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第10話 マンイーターとの戦い(後編)

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 俺達は昨日と同じバシュミル大森林の正面にある城壁に再び登る。

 地平線の向こう、森の奥深くには大量の鳥が慌ただしく飛んでいる。
 まるで黒い霧のようだった。
 奴らはもうそこまで来ているのだ。

「さあ、さっさとやるわよ、敵は待ってくれない」
 シャルロットは勇み足で俺に迫る。

「待ってくれって、俺にも心の準備があるというか、それになんか軽くないか? 俺は初めてだっていうのに」

「私が良いと言ってるの! それに私だって初めてよ。男のくせに情けない」

「いや、俺はただ、こういうことはちゃんとというか、事前にすることが」

「何しとるかのー、少年よ、お前さんの朴念仁で、この街が全滅してしまうじゃろがい。なにが良くないのか? 
 たかがキスじゃぞ。それにお嬢ちゃんがいいって言ってるんじゃ。さっさとやれ、ちゅーっと、男じゃろ。事前にする事なんてないじゃろがい!」

 俺は思わず彼女から視線を逸らす。
 逸らした視線の先の森からは土煙が上がっているのが見えた。
 確かに時間がない。

 でも、それでいいのか、そんな成り行きでしていい事ではない気がするし。
 いや、それはヘタレの言い訳だ。俺は覚悟を決めてる。

 そうだ、彼女と一緒に冒険をするようになってからとっくに俺の心は決まってる。
 俺は姿勢を正して、真正面から彼女に対峙する。

「よし、わかったよ。……シャルロット、……俺はお前が好きだ。ずっと一緒にいよう」

 俺はそのまま顔を近づける。 
「え! え? ま、待って! あっ! ん! ……んん! …………ん、はぁはぁ、ちょっと、ん! んんっ! んーー!…………。 はぁはぁ……もう! ……いきなりなんて、……ずるい」

「…………吾輩は粘膜が触れる程度でいいと言ったつもりじゃったが、随分とディープな感じじゃったのう。
 だが、それでよし、魔力は嬢ちゃんからお主にいきわたった。
 魔剣開放には十分すぎるほどでおつりが来るくらいじゃ」

 気が付くとシャルロットの意識はもうろうとなり、倒れそうになる。
 俺は彼女が倒れないように抱きしめた。魔力が枯渇してしまったのだろうか。

「さて、お嬢ちゃんは全ての魔力を君にゆだねてしまった。これは責任が重いぞ?
(ふふ、あの堅物レーヴァテインの魔法使いの末裔ともあろうものが、自身の全魔力をゆだねるとはのう。普段の言動から脈ありとは思っておったがこれは予想以上にベタぼれではないか。
 まったく、これがツンデレというのか、難儀なものじゃ、まあそれはおいおいといったところか)
 ところで少年よ、君の使える攻撃魔法はなにがあった? ここは街に近いから火の魔法はダメじゃ。できれば氷の魔法か次点で土系の魔法が推奨されるが」

「はい、初級のアイスニードルならできます。シャルロットのおかげで最近、習得することができました。それと、ルカ様、シャルロットをお願いします」

「うむ、任された、ふふふ、お姫様はぐっすり眠ってしまったか。なんとも幸せそうにとろけた顔をしておる。どんな夢を見ているのかのう」

 体中に魔力が溢れている、これならいける。

「ではいきます! 『ベヒモス』魔剣開放!」

 普段はまったく言う事を聞かなかった魔剣が、今では俺の思うとおりに可動している。
 両刃のブレードは二つに割れ、中心から複雑な魔法術式が描かれた金属の棒が露わになる。

 この金属の棒が、この魔剣の魔剣たる最大の機能。魔力の増幅と集積、最適化、これを使えばドラゴンだって倒せる、まさに最強の魔剣だ。

 欠点はとても重い事だ、この形状になると、重心が外側になってしまうので余計に非力な魔法使いでは持てないだろう。

 だが、オーガの血を引く俺なら何とか敵に向かって構えることが出来る。

「アイスニードル!」

 魔法を発動させると剣を中心に、何重にも光のリングが展開される。
 俺は剣の切っ先を森から出てきたマンイーターの群れに向けると、光のリングは目標を認識したのか激しく点滅する。攻撃可能のサインだ。

 柄元にあるトリガーを引くと無限に思える氷の槍が次々と敵に向かって降り注ぐ、剣先の方向を変え薙ぎ払うように氷の矢をつぎつぎとマンイーターの群れに向かって撃つ。

 身長の二倍ほどの長さはある氷の槍は無慈悲にマンイーターを貫き、そのまま地面に突き刺さる。
 マンイーターはそのまま串刺しの状態で地面に固定された。
 まるで早贄だ、たしか捕らえた獲物を串刺しにして地面に吊るす修正をもった魔物がいたがまさにそれだ。

 まだ生きているマンイーターは氷の槍から抜け出そうともがいているがやがて凍り付き動きを止める。
 その光景は圧倒的でむごたらしく思えた。しかしやらなければ俺達がやられていたのだ。

「しかし、こいつらは何から逃げてきたのだろう」

「……さぁ、ね、ふあぁぁ、終わったのかしら。よかった。これで安心して夢の続きを……、そうだ! あんた、私が起きたら覚えてなさ……い、……すぅー」

 シャルロットは先程の戦闘の音で起きたのだろうか、しかし、目をしぱしぱさせていたかと思ったら、再び目の前ですぐに眠りについた。

 地面に倒れるところだ、俺はとっさに抱きとめる。
 俺の腕の中で眠る彼女は、安心しきっているのか、とても幼く見えた。
 いや、これが本来の彼女の姿なのだ。普段の彼女は、今までが波乱万丈すぎたが故のことだろう。

「すまんのう、少年よ、吾輩も魔力切れと徹夜続きで、体力が無くてのう、そのお姫様は君が運んでくれるじゃろうか」

「ええ、お疲れさまでした。これで、この街の危機は救われたっててことでしょうか」

 ……だがこれからが大変だ。
 スタンピードが起きるということはこの森の奥で何か異変が起きているという事。
 やつらは寝ずにここまで走ってきた、余程の危機があったということだ。

 まだ、俺達は見知らぬ相手に身構えなければならない、原因はなんだ、調べることは多い、これから大変だ。

「もう、らめらったらー、ふへへ、まだ、らめらって」
 寝言だろうか、ふぅ、まったく、そんな緩んだ声を聞いたら緊張が解けてしまった。
 俺の両手に抱かれた、お姫様の寝顔を見ながら、今はひと時の安らぎを噛み締めていた。
 
 終わり。
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