獣人奴隷と魔女

wawakibi

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日常

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 カンッ!・・・・・ガンッ!・・・・ 

 俺はユウから与えられた衣服を身に纏い、今は薪割りを・・している。

 魔女のユウから高い金で買われ奴隷生活から解放された俺は酷い暴力や実験、ホルマリン漬けにされるわけでもなく、暖かい布団に服、日に一度だった食事も朝・昼・晩と3回も食べられるようになり毎日が安心して過ごせていた。
 おかげで痩せ細っていた身体には肉が付き昔の傭兵時代の時、までとはいかないがそれに近づくくらいの肉は取り戻せた。あとは筋力を取り戻せば完璧だ。と自分がこんな事を考えているのに不思議に思ってしまう。

 ・・・・何が完璧なのだろうか、もう戦うこともない。憎むべきあの魔女もとうの昔に死んだと聞いた。そう、死んだんだ。だから俺の戦いも、身体を覆う筋肉もその時に死んだのだ。

 薪割りを終えた俺は少し休憩する事にした。近くの切り株に腰を下ろし空を見上げると青々と澄んで快晴が広がる空はあの頃みたいに澱んだりしていない。鳥が楽しそうに飛び立つ瞬間、森の木々同士が風で揺れ葉っぱが擦れ合う音、目を瞑り周りに集中すればどこまででも聞こえるようになる小さな音、今、俺の心は穏やかなものに満ちあふれている。
と、裏口の扉が開いた音が聞こえた。そこから出てきてこちらへ静かに足を進める人物。俺は振り返ることもなくその人物が来るのを静かに待った。


「わっっ!!アルフ!!ビックリしたか!?」 


 後ろから大きな声を挙げしがみつく魔女のユウは満面の笑みを浮かべながら背中に抱きついてきた。
 
 最初に出会ったときに見せたあの威厳あるユウの姿はどこへいったのやら・・・。

 少し息を吐きユウを見れば手にはバスケットを持ち、俺は被せられていた布をソッとめくり中身を確認した。中には数種類のサンドイッチにパンに飲み物が入っていた。


 「あ、今食べちゃダメだぞ!これから少し歩いた先に綺麗な花畑が広がる丘に行くんだ!そこで今日のランチを食べようと思うのだ!!!」 


 キラキラと輝く目を大きく開けて俺の手を取り、町とは反対の方向に足を進めるユウ。そんなユウに俺は少し呆れつつも声を掛けた。 


 「おい、お前戸締まりは?人は来ないにしても鍵くらいはかけて行け、不用心だろ。何かあってからじゃ遅いぞ」
 

 むっと口を膨らませるユウは俺にバスケットを押しつけすごい勢いで走っていった。

 そこで少し疑問に思った。
ユウは仮にも魔女だ。ここ数ヶ月一緒に暮らしてきてはいるが一度も魔法を使っているのを見たことがない。
どんな原理で発動させているかは分からないが俺が知る昔の魔女は少ししたことでも魔法をポンポン使っていた。
なのにユウは何をするにも自分の足で行きことを済ませる。・・・・少し疑問に思うもユウはまだ幼い、だからきっと魔法が不安定な状態なのだろうと勝手に思い解決する事にした。戸締まりを済ませ息切れしながら戻ってきたところのユウを俺は抱き抱え肩に乗せた。


「掴まっていろ」 


 そう伝え、俺はユウの言う丘へと足を進めた。ユウは落ちないように俺の首もとの毛をガッチリと掴み楽しそうに話出した。


「今日調合した薬は最高の出来だったよ!早速人体実験して効き目が良ければ町の皆に配ろうと思う!!」 


 実験・・・その言葉を聞いた俺は少し身震いした。ここ数ヶ月、気の抜けた暮らしをしてきたから忘れていた。俺は元奴隷だ。なんの為に連れてこられた?すぐに理解できることだ。


「・・・・俺が、それを飲めばいいのか?」


 俺は自分でも思ってたよりも低い声を出していたみたいで少し驚いてしまった。大丈夫に見えた自分の身体は少し震えていたのだ。
肩に乗せているユウに顔を向けると目をまん丸にして驚いていた。


「?」 


 なぜユウがそんな驚いているのか分からなかった。



「アルフ?何言ってるの?前に言っただろう?アルフは私の家族だ。家族にそんな酷いことはしないよ?実験体になるのは私自身だよ。それ以外はない。自分で作った薬だ、自分の腕を信じてるし自分の身体で試すに決まっている。」


 そう真面目な顔で言い切ったユウに俺は戸惑いを隠せなかった。その様子に気がついたユウは話題を変えて丘の花畑の話をしてくれた。今の時期にはいろんな色の花が咲いて綺麗だと。森に住む動物も獣人も集まり憩いの場所だと。笑顔で話すユウが何だか可愛く見えた。
俺はそれ以上ユウを見ることが出来ず正面に顔を向け遠くに見えてくる赤色や黄色、ピンク色をした花畑が広がっているのが見えてきた。


「ユウ・・・あそこか?」


 ユウの返事を聞く前に、少し足に力を入れジャンプすれば俺のすぐ目の前には花畑が広がっていた。
そこにはたくさんの動物に俺と同じ獣人が丘に集まり楽しそうに遊んだりご飯を食べたり眠っている者もいた。
その光景に驚いて目を見開いている俺に、


「どうだ?良いところだろ?」


 そう言って肩から飛び降りたユウはバスケットに入れていた布を引き、座り始めた。ユウは俺に座って。と言い隣を軽くポンポンと叩き示した。俺は素直にそれに従いユウの隣に重たい腰をおろしサンドイッチを受け取った。中にはカリカリに焼かれたベーコンに新鮮なレタスがサンドされユウ特性の白い液体が塗られて至ってシンプルなサンドイッチだった。俺はそれを一口で平らげ次のサンドイッチをユウに催促した。
ニタァと笑うユウはサンドイッチを手渡しながら口を開いた。


「いつもより美味しいだろ?今日のは特別だからな♪」


 にこっと笑うユウになんだかしてやられた感がしてなんとも言えない。


「いつもより真心を込めてみました。あとおまじない・・・・」


 そう得意気に、でもどこか照れたように話すユウが可愛いと、その言葉がストンと胸に落ちてきた。


「???」


 俺はそんな気持ちを無視してユウの口元についていたパンくずを一舐めしてしまった。
自分の行動に驚きつつもユウのほうがまたも真っ赤な顔をして俯き目を伏せたから俺は心の声が漏れていたことに気がつがずにいた。


「・・・・・・かわいい・・・・・」 


「えっ?」


「い、いやっ!!!お、おまじない!!ユウがさっき言った。このサンドイッチには何のおまじないをかけたんだ?」


 俺は誤魔化すようにユウが先ほど声を小さくして話したことを聞き返した。

 顔を赤くし隠すユウ。

 俺の心の奥底で蠢く欲がゾクリと動き出した。まだ幼いユウの身体に当たっていた日の光を俺の身体で遮ぎり、ユウは小さな手で顔を隠していたのを難なく剥がし顔を近づけ、ユウの鼻先に俺の鼻先がくっつくかくっつかない所まで近づけた。
前にも思ったが・・・ユウの肌は雪の様に白く日に焼けることを知らずにいる。
髪は燃えるように赤く俺の心をかき乱す。

 短い時間では合ったがユウの顔を見続けていると、ユウの目にはうっすらと水の膜が覆い、今にもその綺麗な瞳からこぼれてしまうのではないかと思ってしまう。
でもその時は俺の長い舌で舐めてあげれば、きっと大丈夫。
 そしてユウは負けを認めたようで口を開き始めた。


「あー・・・アルフの・・・為にかけたまじないだ・・・・」 


「・・・・・俺の為?」


 どういう、ことだ?
元奴隷の俺に、一体何のまじないをかけるというのだ? 


「あ、アルフの身体は今は毛に覆われているけど、その下は傷だらけだろ?だから・・・・もう傷つくことが無いように、これからも健康で健やかに、安心して過ごせますようにって・・・・私の願いをまじないに込めたんだよ?だって君は・・・・もう私の家族だから・・・・」


 話し終わったユウの身体は小さく震えていた。
俺の頭をよぎるのは昔戦った残虐な魔女・・・忌々しくて憎くて俺たち獣人から何もかも奪い、楽しむことだけに殺す、心の底から大嫌いだった魔女。

 それが今ではひっそりと暮らしているのかその攻撃心をどこに隠したのか分からないくらいに静かになっている。

 ユウもまた同じ魔女で、魔法も使い、きっと薬を作っていると言いながら毒を作ってるかもしれないのに・・・・・・・・

 俺はこの魔女が愛おしくてたまらない。

 小さくて儚い存在。
 守りたいとも思ってしまう己を呪い殺したい。
出来ればその優しさを俺には向けてほしくな無かった。


「アルフ・・・・泣いてるの・・・?」


「え・・・?」 


 気がつけば視界は歪みユウの頬が湿っていた。
俺はユウから離れ自分の涙に驚いた。
仲間が、家族が殺された時ですら涙を流すことが無かった俺が・・・ありえない。
 
自然と手に力が籠もり拳を強く、強く握りしめた。


「アルフ」 


 ユウは立ち上がり俺の名前を呼び手を伸ばし優しく涙が流れた頬を拭っていた。


「アルフ。私はお前に生きてもらいたい。過去に捕らわれず、これからの未来の為に生きろ。そして出来れば・・・・私の、・・・・わ、私の!!」


「・・・・・・?」


 ユウが何かを言いかけた瞬間、少し離れた所から聞こえてくる悲鳴に子供の泣き叫ぶ声。俺とユウは近くに合った大岩に急いで隠れ周りの様子を伺った。
そこには人間の盗賊がたくさんの武器と檻籠を持って獣人狩りを繰り広げていたのだった。






 空には雲一つなく綺麗な青色が広がり、どこからか飛んで流されてきたのだろう、紅一点の風船が気持ちよさそうにフアフアと漂っていたのが見えた。

 ユウとお昼に来た丘には幸福に満ちあふれた動物に獣人の家族にその友達、恋人もいてその空気を汚すことなど誰であっても許されない。
 そんなときにそれをぶち壊したのは人間の盗賊による獣人狩りだった。

 別に珍しい事では無い光景だった。俺も戦いに疲れ途方もなく歩いているところを盗賊に襲われ奴隷生活の幕開けとなったのだから。そんな自分の少し前の過去を思い出し俺は居ても立ってもいられなかった。この場にいる獣人達にあの苦しみを味会わせたくなかった。
咄嗟に隠れた岩陰から飛び出し囚われた獣人を助けに行こうとした瞬間、ユウに腕を掴まれここから出るなと止められたのだ。


「ユウ!俺を止めるな!!獣人が・・・仲間が!!俺は助けに行くぞ!!」 


 ユウの手を払いのけ俺は足にありったけの力を込め地面を蹴り上げようとした。そしてまたも腕を捕まれ邪魔をしてくるユウ。
 俺はユウを睨みつけそのまま行こうとした。がユウは叫んだ。俺を叱りつけるように。 


「アルフ!!お前は今の状況をちゃんと見ろ!!昔お前が傭兵として戦った時みたいに力が完全に戻ってる訳じゃないだろ!!すぐに捕まって奴隷に逆戻りだ!!!馬鹿なことはするなっ!!また死にに行くのか!!?」 


 今までに聞いたことのないくらいに大きな声を挙げ叫ぶユウ。
 
 俺は驚いた。

 ユウの声にもそうだが、何より誰にも話したことのない傭兵時代の俺を・・・・ユウはなぜ知っているのか。


「・・・・どうして・・・・俺が傭兵として戦っていたことを・・・・お前は知ってるんだ?お前は、・・・・・・ナンダ?」 


 俺の問いかけに身体をビクリと震わすユウ。顔が見る見る内に青くなっているのが目に見て分かる。
 ユウは俺から目を剃らし何かブツブツと呟いた瞬間、俺の身体は鉛みたいに重くなりその場から動けなくなった。
 その瞬間、ユウが魔法を使用したのが分かった。
真っ赤に燃える髪に目が赤く輝き、ユウがその場から燃えて消えてしまいそうなくらい赤く光りだした。


「ゴホッ・・・・お前はそこで見ていろ」


 そう言ってユウは盗賊がいる方向へと歩きだし手をかざした。



 またもブツブツと呟いた瞬間に盗賊たちは俺と同じように動かなくなり地面に張り付け状態となった。その間に蔓を器用に操り囚われた獣人たちを解放していくユウ。

 獣人達は急いでその場から居なくなり、残ったのは俺とユウと張り付けられた盗賊となった。
 いつの間にか俺にかかっていた魔法が解けユウの側へと近づく。俺が近くに居ることに気がついていないユウは、寝そべる一人の盗賊を足蹴にし口角を吊り上げニッコリと笑っていた。

 その表情に少しだけ身震いしてしまった。



 「お前等人間は懲りずに・・・何度も何度も獣人狩りをしやがって・・・・私はお前等が心底憎いぞ・・・ゴフッ・・・・」



 そう話すユウは、俺は知らないはずなのに初めてみた感じが全くしないのだ。



 「ユウ・・・?」



 そっとユウの肩に触れた瞬間、赤く輝いていた光が消え酷く息切れをするユウがそこに居た。



 「あ、アルフ・・・・こいつらにはまじないをかけた・・・・悪戯妖精の力も少し借りた・・・・大丈夫、もうこいつらは獣人狩りをしないよ・・・・忠告もした・・・ハァハァ・・・・」



 胸を押さえ苦しそうにその場にかがみ込むユウの顔色は先ほどよりも酷く、死にかけの少女がそこにいた。



 「ユウ!?大丈夫かっ!!??」 



 「アルフ・・・・・・お前に・・・・・・話を、ゴホッ! ゴフッ!!!・・・・・・魔法は使うべきじゃなかった・・・かな・・・・」



 そう言ってユウの口の端からは真っ赤な血が流れ落ちていた。



 「もう喋るな!!!」 



 俺はユウを抱き上げその場から駆け出した。
丘から家への距離はそう遠くないはずなのに、その時ばかりは身体が鉛のように重く、はたまた誰かに引っ張られてるのではないかと思うくらいに身体が言うことを聞いてくれなかった。
 誰かがこの小さな魔女を助けるなと言われてるような気さえしてきた。

走って走ってやっとの思いでたどり着いたユウの家、俺は扉を蹴破りベッドへと寝かせユウに問いかけた。

綺麗に閉じられた瞼はピクリと動くこともなく、端から見たら本当に死んでるかのようで青白い顔をして温もりがなかった。

暖かくならないユウの身体は布団を被せてもあまり意味はなく俺は俺自身の体温でユウを暖めることにした。
服を脱ぎ捨て真っ黒な毛と腕で強く抱き締めた。
自然と腕に力が籠もりこのまま潰してしまうのではないかと思うくらいに俺はユウを締め付けた。


それでも痛いと、何も言わずに素直に抱き締められるユウ。


俺の心が不安と絶望によって重くのしかかり真っ黒なものに覆われていく。 



ーーだめだ。生きてもらわなければ困る。お前はやっぱり魔法を使う魔女で、最悪で大嫌いな存在。けれど魔女は魔女でもユウのことだけは嫌いにはなれなかった。それに・・・・・・お前はどうして昔の俺を知っている? 



その疑問と不安が胸を締め付けてくる。

俺は暗い部屋の隅で頭からシーツを被りユウを抱き抱えたまま目を閉じ深い闇へと沈んでいった。

俺の心は深く傷つき、その傷を塞ぐ方法が今だにわからずにいたが、この家に、ユウに出会って俺の中の何かが変わろうとしていたのが僅かだがわかった。

久しぶりに他人から受ける温もりに優しさをを知った。腕の中で今も眠る少女を失いたくない。俺は同じ獣人に否定され非難されても、ユウの側に居続けたい。

この感情が恋とか愛とか言うものならば・・・・・・俺は素直に受け入れ認め一生伝えることはないのだろう。 


薄れゆく意識の中、目が覚めれば元気なユウの姿があることを居もしない神に初めて祈った・・・・・・



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