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01 黒猫
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昼も夜もお構いなしに喧騒で賑わう街、リューゼンダウト。
ここはウィルフル領一の繁華街であり、最低な人種の掃溜めだ。
特にこんな裏路地なら尚のこと。
「よぉ嬢ちゃ~ん、一人でなにしてんだぁ? 暇なら俺たちと遊ばねーか? 金はねーけどな!! ギャハハハ!!!」
最低だ。
昼間っから酒を飲み、女を買う。そして何よりその下品な言葉と不快な態度が鼻につく。
「…………」
「ああ? 無視たぁいただけねーな? 嬢ちゃんらは一体誰に護られて生きてんのか知ってんのか? 俺ら自警団様に護られて生きんてんの! だから敬えよ、崇めろよ!」
彼らはリューゼンダウトの自警団、その成れの果て。
ただの酒飲みが、何を言うかと思えばーー。
「くだらない」
「あ? なんだてめぇ、今なんて言いやがったんだ!? 聞こえなかったんだが!? なぁ!!?」
「頭も悪ければ、耳も悪いんだ。そんな可哀想なおじさんのために、仕方ないからもう一回だけ言ってあげる。『くだらない、くっさい息吐き散らかすゴミッカス』」
「ガキが!!! おい、てめぇら! こんのクソガキに大人の偉大さを教育すんぞ!!!」
その言葉にこぞって集う男どもは、正義は我に有りと考えた、下心丸出しの馬鹿ばかりだ。
実際その大半が自警団ですらない浮浪者だったりする。
こんな腐った集団、山賊だと名乗った方がまだ格好がつくというもの。
そして鼻息を荒くした男があたしを取り押さえようと手と肩を掴んだ。
「大人だから偉いって、それはあまりにも幼稚だ」
そうぼそりと呟き、あたしは男の片腕を掴み返す。
「ははっ! 女が力で勝てるわけねーだ……ろーーーー?」
そう嘲る男の腕をあたしは易々と捻り上げる。
「いでゃあああああ!!!」
声にならない叫びに混じり、骨の軋む音が聞こえた。
「見た目にばかり捉われるから本質を見抜けないんだ。おじさんも自警団を名乗るんなら、それぐらい分かるよね?」
大の大人に不遜な態度を取る少女の、その風貌がたちまちのうちに変わっていく。
「……こいつ、まさか例の!?」
「ねぇ、少しは愉しませてよ。安心して殺しは専門外だから」
ニタっと笑みを浮かべる少女は、その他大勢の常人にとっては異質にも異様にも映った。
「あの禍々しい黒髪、間違いねぇ、ありゃ……【不吉な黒猫】だ……! あんな化け物連中に敵うわけがねぇ……!?」
一目散にその場から逃げていく男達。
「にゃはッ! 活きのいい獲物がいっぱいにゃ!」
そして微かな悲鳴と鈍い音だけを残し、リューゼンダウトの一角は、一瞬にして静寂に包まれた。
「……にゃ~あ、もう終わりにゃ? つまんないにゃ」
自警団を名乗る男に加え、集まってきた輩は全員地に伏していた。
それを確認すると、少女の姿は元に戻っていった。
そして空を見上げ、登る太陽の位置を確認する。
時間はだいたい午前11時頃か。
「少し遊びすぎたかな。早くギルドに行かないと」
あたしは周りに転がる人達を余所目にスタスタと目的地へと向かった。
冒険者ギルドに到着すると、木製の大きな扉を勢いよく押し開けた。
「マルクさんはどこ?」
ギルドに入ってすかさず受付嬢にそう尋ねた。
「おはようございます、シャオ様。マルクアルト様でしたら二階のロビーにいらっしゃると思いますよ」
「ありがとう」
二階へと上がる階段を登りきると、他の冒険者より頭二つ分飛び出したマルクさんを一眼で見つけた。
「時間通りね。偉いわ、シャオちゃん」
「別に褒められる事じゃない。約束を守るのは当然の事だから」
「そんな事はないわよ。約束を守るのって案外難しいもの……」
マルクさんがあたしの頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。
「……それは果たせない約束をするのが悪い、とあたしは思う」
「そうね、でも仕方がない事だってきっといつかやってくるわ。その時、決して後悔をしないようにするのよ?」
経験則からの忠告なのだろう、物悲しげな表情が窺えた。
「マルクさんがそういうなら……うん、分かった。心に留めておくよ」
「ええ、そうしてちょうだい」
マルクさん、本名をマルクアルトといい、ガチムチな熱血武闘派を絵に描いたようなこの男は、ウィルフル領のこの冒険者ギルド支部に身を置く唯一のAランク冒険者にして、ギルド職員でもないのに新人育成を自らかってでた変わり者。
ただ、この掃溜めにおける数少ない善人とも言える。
「あら、シャオちゃん、髪が乱れてるわよ? 梳いてあげるからそこに座りなさいな」
ただ変人である事も事実だけど。なぜ櫛なんか持ってる? あんた自身梳く髪もない短髪だろうに。
そしてマルクさんに髪を解かれながら、今日あたしがここに呼ばれた理由をマルクさんが話し出した。
「シャオちゃんも冒険者になってもう三か月経つじゃない。つまり新人育成期間が終わるの。それでね、今日は単独で依頼をこなして欲しいの。最終試験としてね」
「ん? 別にそれは構わないけど、それぐらいなら受付嬢が伝えたって」
「もう! こういうのは気持ちの問題なのよ! シャオちゃん! 長い間一緒に依頼を受けて来たんだから、私が最初にあなたを一人前の冒険者として送り出したいの!」
気持ちの問題……よく分からないけど、そういうものなのか……?
「それで依頼の内容は?」
「……本当にあっさりしてるわよね、シャオちゃんは」
「よく言われる」
「依頼内容は至って普通よ。というより私と行動していた時よりかなり安全な依頼になるわ。けれど単独となると色々と勝手も違ってくるから、気は抜かないようにね。はい、これ依頼書」
マルクさんから依頼書を受け取り、一通り目を通した。
「ノーゼの森で【薬草採取】。薬草は解熱剤の材料にフルル草。採取量は支給されるカゴ内に収まる範囲に留める。期限は依頼受理より10日以内、報酬は採取した薬草の価値によって支給される。これはギルドの依頼?」
「ええ、その通りよ。もっというなら商業ギルドからのお試し依頼ってところかしら。まぁシャオちゃんなら失敗する事はないでしょうけど、新人の初単独依頼はこういう万が一失敗しても違約金が発生しないようにギルド内で調整されているの」
「分かった。じゃあ行ってくる」
あたしは依頼書を手にそそくさと受付嬢の元に向かった。
「ほんとせっかちよね、シャオちゃん。まだ髪解き終わってなかったのに……」
受付嬢のテレス=エディントワに依頼書を渡し、薬草を入れるカゴを貰った。
「シャオ様がいらしてもう三か月ですか。時間の流れは早いものですね。今日の依頼をもってマルクアルト様とのパーティーが解消されてしまいますが、ギルド職員としては一刻も早く、誰かとパーティーを組んで貰いたいものです」
「無理」
「即答ですか……つまりこれから私の心配の種が一つ増えてしまうのですね……」
そう言ってテレスが深いため息をついた。
「それじゃ、行ってくる」
「はい、お気をつけて、シャオ様」
あたしは冒険者ギルドを後にし、ノーゼの森へと向かった。
◇
ノーゼの森はウィルフル領の東端にある広大な森だ。厳密にいうなら、ノーゼの森はウィルフル領に面した広大な森と表現すべきだが、傲慢なウィルフル領領主がおよそ30年前に『ノーゼの森は我が領土である』と公言してしまったため、今ではノーゼの森はウィルフル領という誤った認識が民衆の間で共通になりつつあった。
気に入らない。
ノーゼの森は誰のものでもない。誰かが所有していいものじゃない。
だってあそこはーーーー。
「はぁ? 【不吉な黒猫】がなんでここにいんだよ」
それはノーゼの森へと向かう為に、移動馬車へと乗り込んだ時だった。
「誰、あんた?」
「チッ、うっぜぇ……いいか! 俺様はAランク間近のキルス=レンファルドだ! 同じギルドにいんならそんぐらい覚えとけ!」
Aランク間近? 確かにこのキルスっていう男が身に付けている装備一式は高価な物ばかりみたいだけど、身の丈に合わない不釣り合いさを感じる。
なんでだろう?
……あぁそうか、マルクさんと違ってこの男自身からまったく凄みを感じないからか。
「で、私に何か用?」
「てめぇなんかに用はねーんだよ! 俺様の記念すべきAランク昇級試験直前に、てめぇみたいな不吉な奴が同席すんじゃねーつってんだ! さっさと降りろ!!!」
「うふふ、ほんと何にも出来ない半人前以下なのだから、それぐらいの礼儀を弁えてよね」
キルスの仲間と思しき女性がそう言った。
「礼儀? あんた達に? どうして?」
「おい、そりゃどういう意味だ……!」
キルスは腰に携えた剣に手を添えた。
女は立ち上がり、その怒りを露わにしていた。
こんな言葉で冷静さを欠いている? 本当にこんな奴がマルクさんと同等のAランクになろうとしているの?
「……ならあたしは別の馬車に移るよ」
「分かりゃいいんだよ分かりゃ」
「キルスの威圧に当てられたのね、惨めな猫ちゃんが哀れだから今回の無礼は無かった事にしてあげる! でも次は無いからね!」
あたしは早々に別の馬車に乗り移り、ノーゼの森へと向かった。
その途中であたしに言いがかりをつけて来た二人組は下車したと小耳に挟んだが、まぁ関係のないことだ。
ノーゼの森に一番近い村、リービスに到着したのは馬車旅の二日目の早朝だった。
「あんた冒険者だろ? 今日は何の依頼でここに?」
馬車を降りると村人と思われる老人が声をかけてきた。
「ただの【薬草採取】」
「一人でかい?」
「うん、今日は冒険者になって初めての単独依頼なんだ。ようは冒険者になるための最終試験」
この試験が達成出来なければいつまでたってもギルド内では新人扱いされる。新人だと様々な制限が設けられる。単独だと依頼が受けられないのもその一つだが、その中でも依頼達成による支給額三割減があたしにとっては一番の痛手だった。
「ほー、そうじゃったか!? なら頑張らんとじゃな! しかし無理はせんようにのぅ、ノーゼの森は別名迷いの森とも呼ばれておる。森の奥まで行くと言ってそのまま帰って来なかった冒険者も少なくはない。無事に戻ってくるのじゃよ、お嬢ちゃん」
「お爺ちゃんもあたしが戻るまで死なないでね」
物腰の柔らかそうな村の老人は一瞬目を丸くし、そして微笑みながら答えた。
「もちろんじゃよ! わしゃまだまだ死ねんからのぅ。孫の成長も楽しみじゃし」
「そっか、ならよかった。元気でね、お爺ちゃん」
「あぁ、お互いにのぅ」
別れ間際、お爺ちゃんがゆっくりと両手を合わせて、こう呟いた。
「神獣様の御加護があらんことを」
「ーーーーッ!?」
あたしはそれに驚きながらも、同じ作法で、お爺ちゃんに祈りを捧げた。
そうしてあたしはノーゼの森へと踏み入った。
「ーー久しぶり、ここに来るのも」
ここはウィルフル領一の繁華街であり、最低な人種の掃溜めだ。
特にこんな裏路地なら尚のこと。
「よぉ嬢ちゃ~ん、一人でなにしてんだぁ? 暇なら俺たちと遊ばねーか? 金はねーけどな!! ギャハハハ!!!」
最低だ。
昼間っから酒を飲み、女を買う。そして何よりその下品な言葉と不快な態度が鼻につく。
「…………」
「ああ? 無視たぁいただけねーな? 嬢ちゃんらは一体誰に護られて生きてんのか知ってんのか? 俺ら自警団様に護られて生きんてんの! だから敬えよ、崇めろよ!」
彼らはリューゼンダウトの自警団、その成れの果て。
ただの酒飲みが、何を言うかと思えばーー。
「くだらない」
「あ? なんだてめぇ、今なんて言いやがったんだ!? 聞こえなかったんだが!? なぁ!!?」
「頭も悪ければ、耳も悪いんだ。そんな可哀想なおじさんのために、仕方ないからもう一回だけ言ってあげる。『くだらない、くっさい息吐き散らかすゴミッカス』」
「ガキが!!! おい、てめぇら! こんのクソガキに大人の偉大さを教育すんぞ!!!」
その言葉にこぞって集う男どもは、正義は我に有りと考えた、下心丸出しの馬鹿ばかりだ。
実際その大半が自警団ですらない浮浪者だったりする。
こんな腐った集団、山賊だと名乗った方がまだ格好がつくというもの。
そして鼻息を荒くした男があたしを取り押さえようと手と肩を掴んだ。
「大人だから偉いって、それはあまりにも幼稚だ」
そうぼそりと呟き、あたしは男の片腕を掴み返す。
「ははっ! 女が力で勝てるわけねーだ……ろーーーー?」
そう嘲る男の腕をあたしは易々と捻り上げる。
「いでゃあああああ!!!」
声にならない叫びに混じり、骨の軋む音が聞こえた。
「見た目にばかり捉われるから本質を見抜けないんだ。おじさんも自警団を名乗るんなら、それぐらい分かるよね?」
大の大人に不遜な態度を取る少女の、その風貌がたちまちのうちに変わっていく。
「……こいつ、まさか例の!?」
「ねぇ、少しは愉しませてよ。安心して殺しは専門外だから」
ニタっと笑みを浮かべる少女は、その他大勢の常人にとっては異質にも異様にも映った。
「あの禍々しい黒髪、間違いねぇ、ありゃ……【不吉な黒猫】だ……! あんな化け物連中に敵うわけがねぇ……!?」
一目散にその場から逃げていく男達。
「にゃはッ! 活きのいい獲物がいっぱいにゃ!」
そして微かな悲鳴と鈍い音だけを残し、リューゼンダウトの一角は、一瞬にして静寂に包まれた。
「……にゃ~あ、もう終わりにゃ? つまんないにゃ」
自警団を名乗る男に加え、集まってきた輩は全員地に伏していた。
それを確認すると、少女の姿は元に戻っていった。
そして空を見上げ、登る太陽の位置を確認する。
時間はだいたい午前11時頃か。
「少し遊びすぎたかな。早くギルドに行かないと」
あたしは周りに転がる人達を余所目にスタスタと目的地へと向かった。
冒険者ギルドに到着すると、木製の大きな扉を勢いよく押し開けた。
「マルクさんはどこ?」
ギルドに入ってすかさず受付嬢にそう尋ねた。
「おはようございます、シャオ様。マルクアルト様でしたら二階のロビーにいらっしゃると思いますよ」
「ありがとう」
二階へと上がる階段を登りきると、他の冒険者より頭二つ分飛び出したマルクさんを一眼で見つけた。
「時間通りね。偉いわ、シャオちゃん」
「別に褒められる事じゃない。約束を守るのは当然の事だから」
「そんな事はないわよ。約束を守るのって案外難しいもの……」
マルクさんがあたしの頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。
「……それは果たせない約束をするのが悪い、とあたしは思う」
「そうね、でも仕方がない事だってきっといつかやってくるわ。その時、決して後悔をしないようにするのよ?」
経験則からの忠告なのだろう、物悲しげな表情が窺えた。
「マルクさんがそういうなら……うん、分かった。心に留めておくよ」
「ええ、そうしてちょうだい」
マルクさん、本名をマルクアルトといい、ガチムチな熱血武闘派を絵に描いたようなこの男は、ウィルフル領のこの冒険者ギルド支部に身を置く唯一のAランク冒険者にして、ギルド職員でもないのに新人育成を自らかってでた変わり者。
ただ、この掃溜めにおける数少ない善人とも言える。
「あら、シャオちゃん、髪が乱れてるわよ? 梳いてあげるからそこに座りなさいな」
ただ変人である事も事実だけど。なぜ櫛なんか持ってる? あんた自身梳く髪もない短髪だろうに。
そしてマルクさんに髪を解かれながら、今日あたしがここに呼ばれた理由をマルクさんが話し出した。
「シャオちゃんも冒険者になってもう三か月経つじゃない。つまり新人育成期間が終わるの。それでね、今日は単独で依頼をこなして欲しいの。最終試験としてね」
「ん? 別にそれは構わないけど、それぐらいなら受付嬢が伝えたって」
「もう! こういうのは気持ちの問題なのよ! シャオちゃん! 長い間一緒に依頼を受けて来たんだから、私が最初にあなたを一人前の冒険者として送り出したいの!」
気持ちの問題……よく分からないけど、そういうものなのか……?
「それで依頼の内容は?」
「……本当にあっさりしてるわよね、シャオちゃんは」
「よく言われる」
「依頼内容は至って普通よ。というより私と行動していた時よりかなり安全な依頼になるわ。けれど単独となると色々と勝手も違ってくるから、気は抜かないようにね。はい、これ依頼書」
マルクさんから依頼書を受け取り、一通り目を通した。
「ノーゼの森で【薬草採取】。薬草は解熱剤の材料にフルル草。採取量は支給されるカゴ内に収まる範囲に留める。期限は依頼受理より10日以内、報酬は採取した薬草の価値によって支給される。これはギルドの依頼?」
「ええ、その通りよ。もっというなら商業ギルドからのお試し依頼ってところかしら。まぁシャオちゃんなら失敗する事はないでしょうけど、新人の初単独依頼はこういう万が一失敗しても違約金が発生しないようにギルド内で調整されているの」
「分かった。じゃあ行ってくる」
あたしは依頼書を手にそそくさと受付嬢の元に向かった。
「ほんとせっかちよね、シャオちゃん。まだ髪解き終わってなかったのに……」
受付嬢のテレス=エディントワに依頼書を渡し、薬草を入れるカゴを貰った。
「シャオ様がいらしてもう三か月ですか。時間の流れは早いものですね。今日の依頼をもってマルクアルト様とのパーティーが解消されてしまいますが、ギルド職員としては一刻も早く、誰かとパーティーを組んで貰いたいものです」
「無理」
「即答ですか……つまりこれから私の心配の種が一つ増えてしまうのですね……」
そう言ってテレスが深いため息をついた。
「それじゃ、行ってくる」
「はい、お気をつけて、シャオ様」
あたしは冒険者ギルドを後にし、ノーゼの森へと向かった。
◇
ノーゼの森はウィルフル領の東端にある広大な森だ。厳密にいうなら、ノーゼの森はウィルフル領に面した広大な森と表現すべきだが、傲慢なウィルフル領領主がおよそ30年前に『ノーゼの森は我が領土である』と公言してしまったため、今ではノーゼの森はウィルフル領という誤った認識が民衆の間で共通になりつつあった。
気に入らない。
ノーゼの森は誰のものでもない。誰かが所有していいものじゃない。
だってあそこはーーーー。
「はぁ? 【不吉な黒猫】がなんでここにいんだよ」
それはノーゼの森へと向かう為に、移動馬車へと乗り込んだ時だった。
「誰、あんた?」
「チッ、うっぜぇ……いいか! 俺様はAランク間近のキルス=レンファルドだ! 同じギルドにいんならそんぐらい覚えとけ!」
Aランク間近? 確かにこのキルスっていう男が身に付けている装備一式は高価な物ばかりみたいだけど、身の丈に合わない不釣り合いさを感じる。
なんでだろう?
……あぁそうか、マルクさんと違ってこの男自身からまったく凄みを感じないからか。
「で、私に何か用?」
「てめぇなんかに用はねーんだよ! 俺様の記念すべきAランク昇級試験直前に、てめぇみたいな不吉な奴が同席すんじゃねーつってんだ! さっさと降りろ!!!」
「うふふ、ほんと何にも出来ない半人前以下なのだから、それぐらいの礼儀を弁えてよね」
キルスの仲間と思しき女性がそう言った。
「礼儀? あんた達に? どうして?」
「おい、そりゃどういう意味だ……!」
キルスは腰に携えた剣に手を添えた。
女は立ち上がり、その怒りを露わにしていた。
こんな言葉で冷静さを欠いている? 本当にこんな奴がマルクさんと同等のAランクになろうとしているの?
「……ならあたしは別の馬車に移るよ」
「分かりゃいいんだよ分かりゃ」
「キルスの威圧に当てられたのね、惨めな猫ちゃんが哀れだから今回の無礼は無かった事にしてあげる! でも次は無いからね!」
あたしは早々に別の馬車に乗り移り、ノーゼの森へと向かった。
その途中であたしに言いがかりをつけて来た二人組は下車したと小耳に挟んだが、まぁ関係のないことだ。
ノーゼの森に一番近い村、リービスに到着したのは馬車旅の二日目の早朝だった。
「あんた冒険者だろ? 今日は何の依頼でここに?」
馬車を降りると村人と思われる老人が声をかけてきた。
「ただの【薬草採取】」
「一人でかい?」
「うん、今日は冒険者になって初めての単独依頼なんだ。ようは冒険者になるための最終試験」
この試験が達成出来なければいつまでたってもギルド内では新人扱いされる。新人だと様々な制限が設けられる。単独だと依頼が受けられないのもその一つだが、その中でも依頼達成による支給額三割減があたしにとっては一番の痛手だった。
「ほー、そうじゃったか!? なら頑張らんとじゃな! しかし無理はせんようにのぅ、ノーゼの森は別名迷いの森とも呼ばれておる。森の奥まで行くと言ってそのまま帰って来なかった冒険者も少なくはない。無事に戻ってくるのじゃよ、お嬢ちゃん」
「お爺ちゃんもあたしが戻るまで死なないでね」
物腰の柔らかそうな村の老人は一瞬目を丸くし、そして微笑みながら答えた。
「もちろんじゃよ! わしゃまだまだ死ねんからのぅ。孫の成長も楽しみじゃし」
「そっか、ならよかった。元気でね、お爺ちゃん」
「あぁ、お互いにのぅ」
別れ間際、お爺ちゃんがゆっくりと両手を合わせて、こう呟いた。
「神獣様の御加護があらんことを」
「ーーーーッ!?」
あたしはそれに驚きながらも、同じ作法で、お爺ちゃんに祈りを捧げた。
そうしてあたしはノーゼの森へと踏み入った。
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