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映画撮影 1
揺らめくフレッシュグリーン
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多数決で決まった「キャンプファイヤーの夜に……」は、薫子の頑張りでストーリーの半分ほどまで進み、役者用の台本と、スタッフ用の脚本が出来上がった。
役者による台本の読み合わせと演技の練習が始まり、途端に多目的ルームが活気づく。そして念願の撮影が始まった。
問題はキャンプファイヤーのシーンだった。
親子連れなどで公園がにぎわうのを懸念して、夏休みまでに生徒しか映らない環境で撮影を終えていなければいけないのに、現状は既に予約が一杯で、生徒たちにエキストラを頼みたいのに日にちが確定できない。
そんなある日、代表の司のところに、公園の管理組合から二週間後に団体のキャンセルが出たと知らせが入った。
理花と薫子も司と一緒になって、C組のクラスメートたちにキャンプシーンでの映画のエキストラを頼むと、かなりの人数が協力を申し出てくれた。
理花ちゃんのためなら協力すると誰かが言い出したのをきっかけにして、それに倣うようにみんなが理花ちゃんのためならいいよと口にする。この間はごめんねという子もいて、クラスメートの優しい気遣いが、理花には嬉しかった。
その様子を、優しく微笑みながら見守っていた薫子が言った。
「理花は幽霊役だけれど、大智君が忘れられない彼女の役なんだからね。切なくていい台本書くから一緒に頑張ろうね」
うんと素直に頷けた。こんなにみんなの気持ちが一つになっているのだから、自分もそれに応えたいと心から思った。
すべての駒が揃って撮影の目処が立ち、映研の部員たちの顔にも英気が宿っている。キャンプの撮影シーンまでの二週間を無駄にしないよう、室内での撮影をできるだけ進めることで意見が一致した。
台本と脚本を練りあげなくてはいけない薫子は大変だったが、司や真人などの意見も取り入れ、ラストまでのストーリーは徐々に形になりつつある。
演技に対していまいち自信が無かった理花も、カメラマンの真人や、監督の司と意見を戦わせたり、妥協したりしながら、駆け引きの面白さを知った。みんなで一つのものを作り上げる難しさや喜びを体験するうちに、こういいう積み重ねが、自分という人間を作る上で、大切な基礎になるのではないかと思った。
演技にも慣れたある日、撮影にありがちなハプニングと、思いもよらない出会いが理花を待ち受けていた。
今日の撮影予定は、香織が太一の家を訪ねるシーンだ。
香織が何度もアタックする度に、忘れられない彼女がいるからと言って断り続けた太一を、形だけでもいいと説き伏せて、香織はようやく太一の彼女になり、初めて太一の家を訪問する。
形だけと言いながら、太一の家に上げてもらって喜ぶ香織の目に映ったのは、今は亡き理華の写真だ。大切なシーンの臨場感を出すために、大智の家のリビングルームを使わせてもらうことになっていた。
そして今、そのリビングに置かれたソファーでは、香織役の薫子が、太一役の大智に押せ押せモードで話しかけている。上目遣いの薫子が、大智の横に寄り添うように腰かけ、しなを作りながらパチパチと瞬く姿に、演技なのか本心なのかは分からないが、大智が思いっきり引いている様子が伝わってきて、撮影を手伝いにきた部員たちは、カメラを回す真人の横で笑いを堪えながら待機している。
薫子のアピールは、役柄以上に本気モードが入っているとしか思えず、理花はやきもきしたが、堂々とアタックできる薫子が羨ましくもある。
薫子の役は明確なセリフがあるのに対して、理花と大智のシーンは大智の中の思い出のシーンにあたるために、仕草だけでセリフが無いのが大半だ。大智との間を詰めたい理花にとっては、明らかに不利だった。
ところが、ようやくチャンスが巡ってきた。
脚本に、仲良く話す太一と理華と謳ってあってある。だが、実際に大智と親しく話したことのない理花は、カメラが回っているのを意識し過ぎて、緊張で硬くなってしまった。
理華と太一の過去のイメージシーンなので、話し声はカットされると分かってはいるが、薫子みたいに好き好きオーラを出すのは、理花とってはハードルが高い。3人掛けの白いソファーの真ん中に二人で座り、大智がすぐ横から理花をじっと見つめるのを感じただけで、頬が熱くなり話すよりも叫びたくなった。
急にカットの声がかかった。司が真人のカメラを止めさせて、理花を振り返る。
「理花ちゃん、顔を真っ赤にするのはいいけれど、太一の大事な思い出の中の理華なんだから、キラキラモードで話しかけて」
「はい。ごめんなさい。頑張ります」
「じゃあ、撮りなおすよ。スタート」
司のカウントと開始の合図で、真人がカメラを回す。理花の中に閃きが走った。
確か、大智は最初カメラマンをやりたがっていたはず。外見で判断してはいけないが、映画を撮るより、スポーツをやっている方が似合いそうな大智が、どうして映画に入れ込んでいるのかという疑問は、頭の中に引っかかっていても、聞く機会がなかった。
今はちょうどいいチャンスだ。セリフを恋愛に持っていこうとするから躊躇うのであって、好きな人のことを知るための質問なら、いくらでも続けられそうだ。
「大智君は、どうして映画研究会に入ったの?」
「えっ?ああ、弟が映画が好きでね。一緒にDVDを見たり、撮影秘話なんかを調べているうちに、俺も映画が好きになったんだ」
「そうなんだ。大智君は本当にいいお兄さんなんだね。弟さんは大智お兄ちゃんが大好きでしょ?」
にっこり笑ってそうだと思うと答える大智を見るうちに、理花の肩から余分な力が抜けた。
弟と一緒に仲良く画面に見入る大智の姿が浮かんで、微笑ましくなる。
頬が緩んだ理花につられ、大智の目がかまぼこ型になる。その瞳に映っているのは、愛情が駄々洩れしているような自分の顔で、理花は一瞬どきりとなった。
大智が少し顔を寄せて、大事な秘密を打ち明けるように小声で話す。
「弟は、俺に映画を作って欲しいと頼んだことがある。だから、今回の映画では、本当はカメラマンをやりたかったんだよ。でもこの通り、役者の方に回されてしまったんだ」
「そういう理由があったのね。でも、大智君がやるなら役者でも弟さんは喜ぶんじゃない?弟さんはどんなジャンルが好きなの?」
「スプラッター系のホラーかな。だから、理華の幽霊姿も、あのキャンプの時みたいに血だらけにすると、弟も喜ぶかも」
「えっ?」
そんなと情けない顔をした理花に、冗談だよと言いながら大智が肩をぶつける。理花も自然に、酷いじゃないと返して大智の腕を叩いていた。
「カット!いい感じ…」
司の声が、突然開いたドアと叫び声で遮られた。
何事かと振り向いた司たちの目に、理花に向かって一直線に走ってくる男の子の姿が映る。次の瞬間、理花は突き飛ばされていた。
役者による台本の読み合わせと演技の練習が始まり、途端に多目的ルームが活気づく。そして念願の撮影が始まった。
問題はキャンプファイヤーのシーンだった。
親子連れなどで公園がにぎわうのを懸念して、夏休みまでに生徒しか映らない環境で撮影を終えていなければいけないのに、現状は既に予約が一杯で、生徒たちにエキストラを頼みたいのに日にちが確定できない。
そんなある日、代表の司のところに、公園の管理組合から二週間後に団体のキャンセルが出たと知らせが入った。
理花と薫子も司と一緒になって、C組のクラスメートたちにキャンプシーンでの映画のエキストラを頼むと、かなりの人数が協力を申し出てくれた。
理花ちゃんのためなら協力すると誰かが言い出したのをきっかけにして、それに倣うようにみんなが理花ちゃんのためならいいよと口にする。この間はごめんねという子もいて、クラスメートの優しい気遣いが、理花には嬉しかった。
その様子を、優しく微笑みながら見守っていた薫子が言った。
「理花は幽霊役だけれど、大智君が忘れられない彼女の役なんだからね。切なくていい台本書くから一緒に頑張ろうね」
うんと素直に頷けた。こんなにみんなの気持ちが一つになっているのだから、自分もそれに応えたいと心から思った。
すべての駒が揃って撮影の目処が立ち、映研の部員たちの顔にも英気が宿っている。キャンプの撮影シーンまでの二週間を無駄にしないよう、室内での撮影をできるだけ進めることで意見が一致した。
台本と脚本を練りあげなくてはいけない薫子は大変だったが、司や真人などの意見も取り入れ、ラストまでのストーリーは徐々に形になりつつある。
演技に対していまいち自信が無かった理花も、カメラマンの真人や、監督の司と意見を戦わせたり、妥協したりしながら、駆け引きの面白さを知った。みんなで一つのものを作り上げる難しさや喜びを体験するうちに、こういいう積み重ねが、自分という人間を作る上で、大切な基礎になるのではないかと思った。
演技にも慣れたある日、撮影にありがちなハプニングと、思いもよらない出会いが理花を待ち受けていた。
今日の撮影予定は、香織が太一の家を訪ねるシーンだ。
香織が何度もアタックする度に、忘れられない彼女がいるからと言って断り続けた太一を、形だけでもいいと説き伏せて、香織はようやく太一の彼女になり、初めて太一の家を訪問する。
形だけと言いながら、太一の家に上げてもらって喜ぶ香織の目に映ったのは、今は亡き理華の写真だ。大切なシーンの臨場感を出すために、大智の家のリビングルームを使わせてもらうことになっていた。
そして今、そのリビングに置かれたソファーでは、香織役の薫子が、太一役の大智に押せ押せモードで話しかけている。上目遣いの薫子が、大智の横に寄り添うように腰かけ、しなを作りながらパチパチと瞬く姿に、演技なのか本心なのかは分からないが、大智が思いっきり引いている様子が伝わってきて、撮影を手伝いにきた部員たちは、カメラを回す真人の横で笑いを堪えながら待機している。
薫子のアピールは、役柄以上に本気モードが入っているとしか思えず、理花はやきもきしたが、堂々とアタックできる薫子が羨ましくもある。
薫子の役は明確なセリフがあるのに対して、理花と大智のシーンは大智の中の思い出のシーンにあたるために、仕草だけでセリフが無いのが大半だ。大智との間を詰めたい理花にとっては、明らかに不利だった。
ところが、ようやくチャンスが巡ってきた。
脚本に、仲良く話す太一と理華と謳ってあってある。だが、実際に大智と親しく話したことのない理花は、カメラが回っているのを意識し過ぎて、緊張で硬くなってしまった。
理華と太一の過去のイメージシーンなので、話し声はカットされると分かってはいるが、薫子みたいに好き好きオーラを出すのは、理花とってはハードルが高い。3人掛けの白いソファーの真ん中に二人で座り、大智がすぐ横から理花をじっと見つめるのを感じただけで、頬が熱くなり話すよりも叫びたくなった。
急にカットの声がかかった。司が真人のカメラを止めさせて、理花を振り返る。
「理花ちゃん、顔を真っ赤にするのはいいけれど、太一の大事な思い出の中の理華なんだから、キラキラモードで話しかけて」
「はい。ごめんなさい。頑張ります」
「じゃあ、撮りなおすよ。スタート」
司のカウントと開始の合図で、真人がカメラを回す。理花の中に閃きが走った。
確か、大智は最初カメラマンをやりたがっていたはず。外見で判断してはいけないが、映画を撮るより、スポーツをやっている方が似合いそうな大智が、どうして映画に入れ込んでいるのかという疑問は、頭の中に引っかかっていても、聞く機会がなかった。
今はちょうどいいチャンスだ。セリフを恋愛に持っていこうとするから躊躇うのであって、好きな人のことを知るための質問なら、いくらでも続けられそうだ。
「大智君は、どうして映画研究会に入ったの?」
「えっ?ああ、弟が映画が好きでね。一緒にDVDを見たり、撮影秘話なんかを調べているうちに、俺も映画が好きになったんだ」
「そうなんだ。大智君は本当にいいお兄さんなんだね。弟さんは大智お兄ちゃんが大好きでしょ?」
にっこり笑ってそうだと思うと答える大智を見るうちに、理花の肩から余分な力が抜けた。
弟と一緒に仲良く画面に見入る大智の姿が浮かんで、微笑ましくなる。
頬が緩んだ理花につられ、大智の目がかまぼこ型になる。その瞳に映っているのは、愛情が駄々洩れしているような自分の顔で、理花は一瞬どきりとなった。
大智が少し顔を寄せて、大事な秘密を打ち明けるように小声で話す。
「弟は、俺に映画を作って欲しいと頼んだことがある。だから、今回の映画では、本当はカメラマンをやりたかったんだよ。でもこの通り、役者の方に回されてしまったんだ」
「そういう理由があったのね。でも、大智君がやるなら役者でも弟さんは喜ぶんじゃない?弟さんはどんなジャンルが好きなの?」
「スプラッター系のホラーかな。だから、理華の幽霊姿も、あのキャンプの時みたいに血だらけにすると、弟も喜ぶかも」
「えっ?」
そんなと情けない顔をした理花に、冗談だよと言いながら大智が肩をぶつける。理花も自然に、酷いじゃないと返して大智の腕を叩いていた。
「カット!いい感じ…」
司の声が、突然開いたドアと叫び声で遮られた。
何事かと振り向いた司たちの目に、理花に向かって一直線に走ってくる男の子の姿が映る。次の瞬間、理花は突き飛ばされていた。
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