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羽柴莉緒
アンドロイドは恋に落ちるか
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「お兄ちゃん、新…アンディーは?」
勢いこんで走り込んだ足が、トトトトっと急ブレーキをかけて、上半身が前のめりになる。なぜって騒がしい莉緒に眉根を寄せて睨む兄の横には、優しい笑顔を浮かべた新見研究所長がいたからだ。
はぁ~。相変わらず美しい!
莉緒がぼぉ~っと見惚れていると、兄の叱咤が飛んできた。
「莉緒。研究所内では走らない!いつまでたっても子供なんだから。それに、アンドロイドに名前はまだないし、開発した新見が命名するのが筋だろ?アンディーなんて勝手に呼ぶな」
「え~っ。だって、アンドロイドなんて呼んだらかわいそうなくらいに人間らしいんだもの。仕事の度に違う人格になるなら、せめて親しみやすい名前をつけてあげて欲しいの」
「莉緒ちゃんの言うことはもっともだね。僕はアンディーって名前でもいいと思うよ。アンドロイドに装着した人工皮膚だって、莉緒ちゃんの研究の賜物なんだから、莉緒ちゃんにも名前をつける権利がある」
「新見さん、お兄ちゃんと違って優しいから、ほんと大好きです!」
新見がたじろぐのを見て、あっ、つい本音を言っちゃったと焦ったけれど、口から出た言葉は元には戻らない。急いで言葉を継ぐ。
「えっと、あの図々しいのですが、もう一つお願いがあるのです。アンディーをテストをするときに、新見さんだけのデーターを入れたアンディーを一体貸してください。他の二人の男性のデーターは、別のアンディーにまとめて入れて頂ければ、一人だけの時と、複数のデーターを入れた時のアンディーの動作の比較がしやすいと思います」
「えっ……僕のデーター?」
新見研二は困ったように、親友の羽柴拓己を見た。
「莉緒、無茶を言うんじゃない。新見は研究所に泊まりこみになることも多い。新見のデーターを取るために、研究所のあちこちにカメラをしかけるわけにはいかないし、人物をより正確に再現するためには、約一週間いる。機密を狙うライバル社から情報を引き出されないとも限らないから無理だ」
「だって、アンディーの制作はひと段落したのでしょ。今日からまとまったお休みを取るって、前に新見さんから聞いてるもの。お願いお兄ちゃん、新見さん。一週間分じゃなくてもいいの。いくらアンディーが他の二人を正確にコピーしたって、面識のない本人たちとどう違うのか、私にはさっぱり分からないわ。その点、新見さんなら小さなころから知ってるから、コピーが上手くいかなかった場合には、その箇所を指摘できもの」
いつもなら、莉緒の頼みとあればできる限り叶えようとする新見が、どうして躊躇するのか莉緒は何となくその理由を察していた。
アンディーの最終テストの相手に選ばれたことを、莉緒がはしゃぎながら兄に報告したときに、兄が見せた複雑な表情でこの実験がただの最終テストではないと分かってしまったのだ。
今回アンディーにインプットされた二名の男性は、兄の紹介だと聞く。
きっと兄の目に叶った有能な部下たちなのだろうけれど、いくらアンディーがその二人を象って、莉緒と見合いまがいのことをしたとしても、兄の思惑にはまるつもりはない。
莉緒が憧れの新見を模写するアンディーを希望したのは、兄への反抗心もある。それより大きな理由は、新見に彼女として見てもらえない憂さを、せめて一週間だけでもいいから、アンディ―を恋人代わりにすることで晴らしたいからだ。
多分兄は、そんなことをお見通しだから反対するのだろう。
新見も莉緒の気持ちを読み取っていて、親切を特別な感情と誤解されないように断るには、どうすべきかと困っているようだ。
ましてや親友の妹に面と向かって嫌だとは言いづらいだろう。
兄が実験に託(かこつ)けて、莉緒に花婿をあてがおうとしているのではないかと疑ったのは、日ごろの会話にもある。
だって、兄の口癖はいつも……
「莉緒、新見ばかり見ていないで、自分の歳に合う異性を見つけなさい。研究ばかりして、結婚しないんじゃないかと思うと、時々不安になるよ。新見は良い奴だが、お前もあいつも似た者同士で、研究に取りかかったら、研究室に閉じこもりっきりになって家庭どころじゃなくなるだろ」
そんな風にため息をついて莉緒の先を案じるから、憎むことなんてできないのだけれど…
「新見さん。研究が終わってお家でくつろぐときも、そんな風に紳士的なの?」
「いや、まさか。頭を使う分、家では何もしたくなくてゴロゴロしているよ。弟の奏太によく邪魔だと言われるほど、だらしない」
「じゃあ、そのだらしなさをアンディーにコピーしてください。そしたら、他の二人がよく見えるかもしれないでしょ。私のためだと思って引き受けてください。お願いします」
「う~ん。そこまで言われるなら、やってみよう。羽柴いいよな?」
新見が兄の了解を取り、莉緒の望んだ新見のアンディーが、一週間後に羽柴家に届けられることになった。
莉緒が心の中で、やった~!と歓声をあげ、だらしない姿なんて気になるはずないじゃないと思ったことなど、新見は知るよしもなかった。
勢いこんで走り込んだ足が、トトトトっと急ブレーキをかけて、上半身が前のめりになる。なぜって騒がしい莉緒に眉根を寄せて睨む兄の横には、優しい笑顔を浮かべた新見研究所長がいたからだ。
はぁ~。相変わらず美しい!
莉緒がぼぉ~っと見惚れていると、兄の叱咤が飛んできた。
「莉緒。研究所内では走らない!いつまでたっても子供なんだから。それに、アンドロイドに名前はまだないし、開発した新見が命名するのが筋だろ?アンディーなんて勝手に呼ぶな」
「え~っ。だって、アンドロイドなんて呼んだらかわいそうなくらいに人間らしいんだもの。仕事の度に違う人格になるなら、せめて親しみやすい名前をつけてあげて欲しいの」
「莉緒ちゃんの言うことはもっともだね。僕はアンディーって名前でもいいと思うよ。アンドロイドに装着した人工皮膚だって、莉緒ちゃんの研究の賜物なんだから、莉緒ちゃんにも名前をつける権利がある」
「新見さん、お兄ちゃんと違って優しいから、ほんと大好きです!」
新見がたじろぐのを見て、あっ、つい本音を言っちゃったと焦ったけれど、口から出た言葉は元には戻らない。急いで言葉を継ぐ。
「えっと、あの図々しいのですが、もう一つお願いがあるのです。アンディーをテストをするときに、新見さんだけのデーターを入れたアンディーを一体貸してください。他の二人の男性のデーターは、別のアンディーにまとめて入れて頂ければ、一人だけの時と、複数のデーターを入れた時のアンディーの動作の比較がしやすいと思います」
「えっ……僕のデーター?」
新見研二は困ったように、親友の羽柴拓己を見た。
「莉緒、無茶を言うんじゃない。新見は研究所に泊まりこみになることも多い。新見のデーターを取るために、研究所のあちこちにカメラをしかけるわけにはいかないし、人物をより正確に再現するためには、約一週間いる。機密を狙うライバル社から情報を引き出されないとも限らないから無理だ」
「だって、アンディーの制作はひと段落したのでしょ。今日からまとまったお休みを取るって、前に新見さんから聞いてるもの。お願いお兄ちゃん、新見さん。一週間分じゃなくてもいいの。いくらアンディーが他の二人を正確にコピーしたって、面識のない本人たちとどう違うのか、私にはさっぱり分からないわ。その点、新見さんなら小さなころから知ってるから、コピーが上手くいかなかった場合には、その箇所を指摘できもの」
いつもなら、莉緒の頼みとあればできる限り叶えようとする新見が、どうして躊躇するのか莉緒は何となくその理由を察していた。
アンディーの最終テストの相手に選ばれたことを、莉緒がはしゃぎながら兄に報告したときに、兄が見せた複雑な表情でこの実験がただの最終テストではないと分かってしまったのだ。
今回アンディーにインプットされた二名の男性は、兄の紹介だと聞く。
きっと兄の目に叶った有能な部下たちなのだろうけれど、いくらアンディーがその二人を象って、莉緒と見合いまがいのことをしたとしても、兄の思惑にはまるつもりはない。
莉緒が憧れの新見を模写するアンディーを希望したのは、兄への反抗心もある。それより大きな理由は、新見に彼女として見てもらえない憂さを、せめて一週間だけでもいいから、アンディ―を恋人代わりにすることで晴らしたいからだ。
多分兄は、そんなことをお見通しだから反対するのだろう。
新見も莉緒の気持ちを読み取っていて、親切を特別な感情と誤解されないように断るには、どうすべきかと困っているようだ。
ましてや親友の妹に面と向かって嫌だとは言いづらいだろう。
兄が実験に託(かこつ)けて、莉緒に花婿をあてがおうとしているのではないかと疑ったのは、日ごろの会話にもある。
だって、兄の口癖はいつも……
「莉緒、新見ばかり見ていないで、自分の歳に合う異性を見つけなさい。研究ばかりして、結婚しないんじゃないかと思うと、時々不安になるよ。新見は良い奴だが、お前もあいつも似た者同士で、研究に取りかかったら、研究室に閉じこもりっきりになって家庭どころじゃなくなるだろ」
そんな風にため息をついて莉緒の先を案じるから、憎むことなんてできないのだけれど…
「新見さん。研究が終わってお家でくつろぐときも、そんな風に紳士的なの?」
「いや、まさか。頭を使う分、家では何もしたくなくてゴロゴロしているよ。弟の奏太によく邪魔だと言われるほど、だらしない」
「じゃあ、そのだらしなさをアンディーにコピーしてください。そしたら、他の二人がよく見えるかもしれないでしょ。私のためだと思って引き受けてください。お願いします」
「う~ん。そこまで言われるなら、やってみよう。羽柴いいよな?」
新見が兄の了解を取り、莉緒の望んだ新見のアンディーが、一週間後に羽柴家に届けられることになった。
莉緒が心の中で、やった~!と歓声をあげ、だらしない姿なんて気になるはずないじゃないと思ったことなど、新見は知るよしもなかった。
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