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エピローグ

アンドロイドは恋に落ちるか

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 あまりにも強い光を浴びたせいか、瞬いても視覚が戻らず、目の前が真っ暗のままだ。

「ケンディー、いうことを聞いてくれ。じゃないとスクラップにするからな」

「奏太君。意識が戻ったの?それとも寝言?」

 一気に目が覚めた。暗いのは、視覚が戻らないんじゃなくて、外に止めた車の中にいるからだ。

「莉緒ちゃん、俺、もう一度行かなくっちゃ。兄さんが……」

 声が詰まって涙が溢れてきた。暗いから顔を見られなくて済むものの、声の震えから泣いているのはバレてしまっているだろう。

「何があったの?新見博士がどうしたの?」

 莉緒の声に緊張が走り、奏太の肩を揺する手に力がこもった。
 何をどんな風に説明すればいいのか迷っていると、パトカーのサイレンが近づい来るのが聞こえた。
    莉緒が闇に瞬く赤い光を不安そうに見つめながら、木呂場刑事に尋ねる。

「さっき追ってきたパトカーが戻ってきたのかしら?移動した方がいいんじゃないでしょうか?」

 莉緒の質問に応えるように、木呂場のスマホがタイミングよく鳴った。話に耳を傾けていると、相沢からの報告で、どうやら黒石に招かれたゲストたちが、怪奇事件を目にしたことでパニックに陥り、110番通報をしたことが分かる。

    そっちの事件で駆けつけたのならいいのだが、何しろノーヘルの莉緒を後ろに乗せてパトカーとカーチェイスをした奏太としては、捕まったらどんな罰則が待っているのか考えるのも怖い。

 奏太がスマホから漏れてくる相沢の声に集中して、聞き漏らさないようにしている時に、コンコンと窓をノックする音が聞こえた。
 電話に全神経を傾けるあまり、警官がきているのにも気が付かなかったのかと奏太の全身が粟立つ。振り向こうとした矢先に、いきなりドアが開けられた。

「何で無視するんだ?返事ぐらいしろ」

「に、兄さん……」

 驚きすぎて声も出せない奏太の身体を押して、研二が左横に座る。
 助手席には、アンディーが座った。アンディーは奏太のスマホとGPS機能で繋がっているから、研究所のすぐそばに止めた車の中に奏太がいるのを探知して、ケンディーを案内してきたのだろう。

「新見博士、よくご無事で。良かった! やっぱり奏太君は、寝ぼけてたのね。心配して損しちゃった」

 右側から莉緒が肩をぶつけてくる。いや、だって、と混乱する奏太の肩に研二が腕を回して言った。

「莉緒ちゃん、奏太は僕の命の恩人なんだ。いじめないでやってくれ」

「えっ、奏太君、そんなに活躍したの?どんな風に新見さんを助けたのか教えて」

「えっと、その、パーティー会場でね」

「パーティー? 何だか覚えのある展開だけど、パルクールで相手を倒したなんて言わないわよね?」

 助手席に座るアンディーがクスクス笑いながら、ゴリラみたいに大きな用心棒と、楽しそうに追いかけっこをしていたよと答えた。

「本当のところはどうなの?じらさないで教えてよ」

 莉緒が顔を覗き込んでくる。可愛い顔をしているくせに鋭いから、下手な嘘は言えない。こういうときは真実を混ぜるのがいいと聞いたことがある。

「黒石博士は兄貴の研究を横取りして、招待客たちに、自分が発明したように思わせようとしていたんだ。でもあいつらが作ったアンドロイドが不具合を起こして、兄に頼らざるを得なくなったのが面白くなかったんだと思う。マッドサイエンティストと呼ばれる黒石博士は、アンドロイドのお披露目と同時に、変な余興を兄にさせて、兄こそがおかしな博士だと印象付けようとしていたんだ。それを俺が妨害したわけ」

「愛する弟に名誉を守ってもらって、僕は感激したよ」

 しれっと話を合わせる研二の様子に、本当にアンドロイドかと疑いたくなる。

「男同士の絆ってやつね。いいなぁ~」

 本当にいいんだろうか?事件現場から三人共抜け出してしまって。目撃者も大勢いるというのに……

    三人の会話が落ち着くのを待っていたように、木呂場が口を挟んだ。

「さて、ちょっとした手続きを済ませてから、新見邸に帰りましょうか」

 黒石に囚われていた研二と奏太と言っても本当はアンディーの方だが、奏太が代わって捜査に来ていた警官の元に出向き、無事に逃げ出したことを告げた。会場はパニックになっているため、木呂場刑事が責任をもって二人を送るということで話をつけ、車に乗り込む。エンジンをかけた木呂場に、奏太が恐る恐る訊ねた。

「あの、バイクはどうしたらいいでしょうか?俺、捕まっちゃう?」

「道路交通法違反は現行犯逮捕が規則ですが、あれだけ沢山のパトカーに追われていたとなると、ドライブレコーダーから身元を割り出して検挙される場合もありますね」

「うわっ、やばい。点数ですまないのかな」
 
「さぁ、今回の場合は上から追うなという命令が出ているようですし、サナトリウムに向かう途中で、私がパトカーに応援を頼んだ時には、奏太君のバイクは味方の車両として連絡してあるので、どうですかね。まずいことになったら掛け合ってみますので、今夜はここに隠しておいて、後で取りに来る方が得策かもしれません」

 研二にお前なにをやってるんだと小突かれたが、ヘルメットも被らず無理やり後部座席にまたがった張本人は、知らん顔を決め込んで窓の外をみている。
 一人だけ悪者になるのは癪だけれど、好きな人の前で恥を晒すのは耐えられないだろうと考え、奏太は言い訳もせず無茶をしてごめんとだけ応えた。
 奏太から文句が返ってこないことに驚いた莉緒が、何か言いたそうに横からまじまじと見つめてきたが、やがて気まずそうに俯いた。

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