魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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明かされた真実

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 ハインツ王子がめそめそしている間に、取り留めのないことを考えていたマリルは、ガルレア王妃が語り始めたことで、意識をいまいる部屋に集中させた。

「もう泣くのはおやめなさい。あなたは正妃である私の息子なのですよ。未来の王が直接手を下さずとも、ああいった汚れ仕事は下僕に任せておけばいいのです。なぜのこのことついていったんですか」

「だってお母さま。僕だって手柄を立てて、さすが第一王子だと思われたかった。お母さまとルーカスが、アルバートに用事があるから僕に席を外すように言ったとき、僕では力不足で役に立たないから、お母さまもアルバートを頼りにするのかと不安になって、待機室に隠れて内容を確かめようと思ったんだ。アルバートへの密命を聞くうちに、スパイを倒す手柄をアルバートだけに渡してなるものかと躍起になって、あの日アルバートのあとをつけて……」

 ちょっと待って! マリルは首筋からぞくぞく悪寒が広がるのを感じた。アルバート王子はまさか……。想像すると息を吸うのが苦しくなる。

「ええ、ええ。本当に厄介なことをしてくれたものよね。思い出したらだんだん、腹が立ってきたわ。本当ならアルバートを気の触れた王子に仕立て上げて、フランセン王国とブリティアン王国の間に戦争を起こすはずだったのよ。それなのにお前がでしゃばるから、戦の応援を頼むふりでジャンマン王国をブリティアン王国に引き入れることができなくなったじゃない」

 初めはハインツ王子を心配していたガルレア王妃も、気持ちの昂りに合わせて語気がきつくなる。追いつめられたハインツ王子は、うだうだと自責の念を吐くばかりの態度を翻し、必死で言い募った

「でも、僕はそんな計画があるなんて、最初は知らなかったんだ。ルーカスは、スパナン王国が国威を高めるために、大魔導師サンサを使って自国より上のフランセン王国の信頼性を落とそうとしているって言ったよね。転移魔法で送られてきた偽のエリザ王女と偽のフランセン王国の騎馬隊が、僕たちの皇太子候補を暗殺しようとしているって。王女さえ打てば兵士は逃げるって聞いたら、僕だって名をあげるチャンスがあると思うじゃないか。僕は悪くない! 僕に真実を告げずに、仲間外れにしたお母さまとルーカスが悪いんだ」

 マリルは、サンサが悪者になっていることに非常に驚きながら、王妃とルーカスが何と答えるのか耳をそばだてた。
 いつもいいなりの息子に反撃されて、王妃が気まずそうにルーカスの顔を見る。ルーカスはさも面倒くさそうに、文句を文句で返した。

「話を聞かれていたなら、アルバート王子にも本来の策略を伝えていないのは、ご存知でしょう。決してハインツ殿下を蔑ろにしたわけではありません。だいたい、どうして弓も剣も秀でたアルバートを差し置いて、ハインツ殿下が手を下すことができたのか不思議でなりませんな。どういう状況だったのか伺いたいぐらいです」

 ルーカスの嫌味にも気が付かず、ハインツ王子が状況を思い出しながら説明を始めた。
 道路に面した森のなだらかな斜面にアルバートが潜んでいるのを、上部からやってきたハインツが見つけた。枯れ葉を踏む音でアルバートが振り返り、皮肉気に見張りかと吐き捨てたとき、突然路上に馬車が現れた。
 アルバートからは20m、後方斜面にいるハインツからは30mほどで、矢は十分に届く距離だ。
 ルーカスの予告通りに転移された馬車は、真っ白なボディーの淵に眩い金色の装飾が施された豪華なものだった。

 アルバートは思う所があるのか、首を捻って考える仕草を見せている。こんな重大な役を任されたくせに、何を迷うことがあるのかとハインツは苛ついた。
 ドアが開き中からピンクのドレスを纏った美しい女性が、辺りをキョロキョロ見回すのを見て、ハインツは仲間の兵士を探しているのだと確信した。 
アルバートが弓をつがえる。ハインツも慌てて持ってきた弓を装着した。

「でも、アルバートは弓を降ろしたんだ。僕は手柄を独り占めできるチャンスだと思って、的を絞った。矢を離す直前になって振り向いたアルバートが、僕が矢を構えているのに驚いて、やめろと言いながら走ってきたんだ。本物かもしれない。打つのはやめろって。僕はもうアルバートに当たらないようにするのが精一杯で……まさかいつも当たらない弓が心臓に当たるなんて思わなかったんだ。もっと早く止めてくれたら、僕は人殺しにならずにすんだのに。あれはアルバートが悪いんだ。僕を止められなかったアルバートが、王女を殺したんだ」

 かごの中で話を聞いていたマリルは、何でも人のせいにする甘やかされたハインツに対し、眩暈がするほど憤りを感じた。
 アルバート王子が殺したんじゃない! 
 自分の力量を分かっていながら、ずる賢くも他人の上前だけ掠め取ろうとしたこの王子が殺したのだ。

 騙された! 馬車の中で息も絶え絶えの王女を目にしながら、心配や後悔などの言葉は一切発せず、ハインツ王子は今と同じセリフを言って責任から逃れようとした。

『アルバート、お前のせいだ。お前がエリザ王女を殺したんだ』

 マリルもエリザ王女も、このろくでなしの言葉を聞いたせいで、アルバート王子が犯人だと勘違いしてしまったのだ。
 ああ、なんてことを! 罪もない王子を相手に、復讐の契約を交わしてしまうなんて。
 もし、エリザ王女が誤ってアルバート王子を殺してしまったら、いったい王女はどうなるのだろう?
 嘘か誠かは知らないけれど、いつだったか悪いことをした人間は天の国に召されることはなく、永遠に生きたまま業火で焼かれると聞いたことがある。想像した途端、マリルは恐ろしくなって胴震いした。

 恐れてばかりではいられない。今マリルにできることは王女の誤解を解くこと。さきほど王女がザイアン王子にアルバート王子を殺して欲しいと頼んだこが気になって、震える指先を花の茎に伸ばし、伝言を読み取ろうとした。
 飛び込んできたのは、アルバート王子を詰るザイアン王子の声。エリザ王女も憤怒の声を上げていた。

『犯人はお前じゃないというのか? この後において言い分けるのも見苦しいぞ。ハインツと組んでも、根っこは俺と同じ気持ちでいるんじゃないかと思っていたが、ただの同類だったわけだ。アルバート、お前を心底見損なったよ』

『無罪だというつもりはない。ハインツをただの見張りだと思って、油断した俺の落ち度だと充分に承知している。王女には申し訳ない気持ちで一杯だ。だから何を言われても受け止める覚悟はある。ただ一つ願いが……』

 誰か、アルバート王子を信じてあげて。
 マリルも同じようにアルバート王子を疑っていたのだから、ザイアンを責めることはできない。
 ハインツの罪の告白を聞いた今では、アルバート王子の実直さや、責任感の強さゆえに抱いている悔恨が、刃のような鋭さをもって愚かなマリルに突き刺さる。
 せめてアルバート王子の願いだけでも聞いてあげて欲しい。マリルは王女に期待した。


『今更愁傷なふりをして、騙そうとしても無駄よ。あなたたちが私の死を確認しようと馬車に入って来た時に、私の意識はまだあったの。ハインツが何と言ったか覚えてる? あなたが殺したと言ったのよ。私ははっきりと覚えているわ。どんなに痛くて苦しかったか、ブリティアン王国のために来たのに、志も果たせず命を奪われる恐怖や絶望がどんなものだったか、私を殺したアルバート王子に味あわせてやりたい一心で、私は最期の力を振り絞って魔女に復讐の依頼をしたの』

 王女の気持ちが痛すぎるほど分かって、マリルは泣きそうになった。でも、相手が違う。戻ってエリザ王女に事実を話さなければ。
 その前にハインツたちから聞き出せる情報がないかどうか確認するために、意識を今いる部屋に戻そうとしたとき、指先からザイアン王子の怒号が伝わった。

『なんて酷いことを! これ以上エリザ王女の苦しみを聞いていたら、俺は今すぐにでもアルバートを殺してしまいそうだ。お前の母上のために、せめて王子として格好のつく最期を用意してやる。アルバート決闘だ。覚悟しろ!』

 ダメ! アルバート王子を殺してはいけない!
 マリルの手に思わず力が入り、茎が揺れ、花も揺れた。

「誰だ?」
 地を揺るがすような大声でルーカスが叫び、かごに向かって杖を振る。その先から黒い魔物が放たれた。咄嗟に転移魔法を使ったマリルの背後を猛スピードで追い、赤い口から飛び出した舌がマリルの脚に巻き付いて引き戻す。

―――きゃーっ、 お師匠様! ―――

 脚が抜けそうに痛む。光が長く尾を引き、臓腑が宙に浮く感覚の中、マリルは胸に隠した書を放つのがやっとだった。
 トカゲのような真っ黒い生き物の口に、マリルが吸い込まれていく。あっという間のできごとのはずなのに、スローモーションのように感じる。悔いはたった一つ。魔術師になりたかったと思いながら、マリルは観念して目を閉じた。

 いきなり身体の重さが戻ったように感じた途端、マリルは逆さまの状態で、ブランコのように大きく揺れた。
 急いで目をあけると、魔物の舌を指で挟んだルーカスが、ぶら下がるマリルを睨んでいた。

「お前は何者だ? 私の記憶の魔術師の中にお前はいない。潰されたくなければ答えよ。ついでに言っておくが、この部屋に結界を張った。お前はどこにも逃げられない」

 冷たく銀色に光る目に怯えながら、マリルは結界の綻びがないか辺りに目を配る。

「無駄だといったろう」
 ルーカスの指がマリルを摘まみ、圧力をかけてきた。


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