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二二年 エトゥンの月 十三日 錆曜日
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邊土の旅が一筋縄ではいかないということは、旅立つ前から散々言われ、この日記でも随分ぼやいてきたけれど、今日という日はその最もたる一日だと思う。明日もこの調子だったら、いよいよあたしはお給金を返上してでも旅をやめて国に帰らせてもらおうと思う。
なんて、このフレーズも使い古してしまったけど、今度こそは本当にそう思う。
少し前までは、野山をやんちゃに駆け回ってきたあたしが、きれいなお顔の騎士様に後れを取るのがなんだかしゃくだったけど、近ごろは後れを取った方が普通な気もしてきた。お人形さんみたいな顔をしておきながら、騎士様ときたら平気な顔でカエルもかじるし泥の中も歩くし、独りでも何にも問題ない気がするから。
今日も朝から、あたしたちはサンゼン川を付かず離れず遡るように、森をさ迷い歩いた。うっそうと茂った森は昨日も一昨日もその前も変わり映えがしないどころか深くなる一方で、うんざりしてくる。馬たちも憂鬱ぎみで、尾羽がしなびた青菜のようだ。
騎士様はしれっとした顔で、まだ春でよかった、夏になればいよいよ緑は濃く深くなって、いま歩いている道もすっかり覆われてしまっただろうねなんて仰る。
道!
これが!
もはや獣道ですらない、なんとなーく下生えが薄いかなというところを、立ち泳ぎでもするように浮き沈みする馬たちの上で揺られて、ため息も出ようというものだ。荷物も多いしついでにと、従者のあたしまで馬に乗せてくれていなかったら、今頃あたしは草に埋もれて溺死していたに違いない。
草原を走るもの(※1)なんて言うけれど、いくら健脚だからって、チビのあたしがこんな森の中を歩かされたらたまったもんじゃないだろう。
朝から何度か休憩をはさみつつも、景色は変わらず、気分も盛り上がらず、昼になって一度河原まで降りて、魚を捕って焼いて食べる。この辺りは人が来ないからか、人慣れしていなくてつかみ取りでもすぐに捕まえられる。ただ、あまり美味しくはない。
大体捕まるのは、なんとかいう蛇みたいに細長いにょろにょろした魚(※2)で、川面に背中が見えるほど気持ち悪いくらいうじゃうじゃいる。ぬるぬるするし、元気が良いので、掴むというより弾くようにして川辺に放り投げるのが一番楽だ。でも美味しくない。
手間のかかる料理をする気力もなくて、串焼きにして食べたけど、小骨は多いし、臭いし、身はぼそぼそしてるし、皮はぐにぐにとかたいし、脂もくどい。でも精はつくとのことで、無理矢理詰め込む。
これなら蛇の方がおいしい。旅立つ前のあたしなら、蛇を食べるなんて、と思ったかもしれないけど、蛇は美味しい。蛇食べたい。でも騎士様は、このあたりの蛇はあたしを飲み込めるくらい大きくて危ないから駄目だよっていう。バカバカしい。そんな大きな蛇がいるものか。アタシがチビっちゃいからといって子ども扱いするのはやめてほしい。 《 いた!!! 》(※3)
結局この日はぎりぎりまで歩いて、枝ぶりのいい樹上に即席の寝床を作って寝た。そろそろ獣避けの練り香(※4)が心もとない。最悪。明日言おう。もうやめますって言おう。三食蛇みたいな魚は、もう嫌だ。
※1 草原を走るもの
全文中に渡って何度か言及されるが、その度にハーフであったりクオーターであったり、あるいは先祖がそうであったりとはっきりしない。ハルモール地方にはグラスランナーが古くから住んでおり、混血度合いもまちまちなため、本人もよくわかっていないと思われる。少なくとも純血ではなさそうである。
※2 にょろにょろした魚
コグチウナギと思われる。当時から王都などではよく食べられていたが、ハルモールには棲息しておらず、食用されていなかった。今日のサンゼン川では絶滅が確認されているが、十八世紀頃の詩句に「水の代わりにウナギが流れる川」などと歌われている。
※3 《 いた!!! 》
後から書き加えられたもの。後日キハダオオウワバミに遭遇するエピソードが語られており、そのときに追記したものと思われる。
※4 獣避けの練り香
コバナハッカをはじめとした獣や虫の忌避する香草類を刻み、磨り潰し、樹脂や粉炭と煉り合せたものだとされる。
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