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第一章
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目もあやな満月が墨を満たしたような夜空に輝いていた。
足元よりはるか下の地上ではところどころで町の明かりの中を行き交う人びとの姿が小さく見える。
大坂城の天守閣の屋根に二人の忍びの姿があった。
「才蔵よ。この屋根の下には天下人の太閤秀吉がいる」
石川五右衛門は夜風に蓬髪をなびかせながら立っている。
弟子である霧隠才蔵はその姿を片膝をついた格好で見上げていた。
「才蔵。忍びなればでっかいものを手に入れよ」
五右衛門は伊賀者であったが、古来の忍びとしての生き方に飽き足らずに抜け忍となっていた。
「でかいものとはなんだ。お頭」
「それは、天下よ」
「天下をどのように手に入れる」
「見ておれ。おれたち二人にならできる」
夜闇に五右衛門の白い歯が煌めいた。
関ヶ原のいくさより六年前。文禄三年(一五九四年)のことであった。
「なに。玉城だと」
徳川家康はうわずった声をあげた。
家康は長旅の休憩に輿をおりたところで本多忠勝より、関ヶ原盆地を見わたすことができる山の上に巨大な山城があるとの報を受けたからだ。
「治部め。やはり本気でわしを迎え討つ気か」
石田治部少輔三成が家康に対して敵対行動をとっているのは明らかであった。
霧隠才蔵は徳川忍び組の頭領服部半蔵とともに蜘蛛のごとくひれ伏していたが、初めて目通りした主君家康の姿を勘づかれずに盗み見た。
屈強な体であるが頭と胴体が大きな割には手足がいささか細くて短い。落ち着きのないそぶりが滑稽でさえある。
亡き太閤秀吉の家臣筆頭であるので、威風堂々とした武将を思い描いていたのだが。
――よもや小心なお人なのか。
才蔵は目をすこし横にやる。
家康が乗っていた輿をかつでいた駕輿丁たちがこちらの声が届かぬくらい離れた木陰で休んでいるのが見える。
「数万の兵が入るほどの構えになっているとのこと」
忠勝の声は割れ鐘のように大きく響くが、知性の光が秘められているのを感じさせる。
才蔵は自分たちに忠勝が顔を向ける気配を感じた。
「そうであるな半蔵」
「は。これにひかえる手の者がたしかに見てまいりました」
半蔵が横にいる才蔵にわずかに目を向ける。
「どうしてこれまで気付かなかったのだ」
家康は焦れたように言う。
「恐れながら。忍び組の手の者を幾度か玉城に放ちましたがことごとく討たれましてございます」
半蔵は額を地面に擦りつけた。
「それで」
忠勝の声は相変わらず平然としている。
「徳川忍び組の名にかけて、伊賀の里より選りすぐりの手練れを四人呼び寄せて放ちました。それが昨日」
「その者どもは」
「ここにおります者だけが戻って参りました」
半蔵はふたたび才蔵に顔を向けた。
「ほう。その方、名は何と言う」
家康に声をかけられたが、才蔵はまだ動かない。
「ゆるす。名乗れ」
忠勝の許しが出たので口を開く。
「霧隠才蔵と申します」
「玉城でおまえの仲間たちを討ったのは何奴であった」
「世鬼一族で」
「毛利の忍び、か」
忠勝はほくそ笑んだ。
世鬼一族は西国を牛耳る毛利家に代々仕えている忍びである。
現当主の毛利輝元は三成に担がれて石田方の総大将として大坂城で秀頼とともにあった。
「その方は世鬼の者を討ち取ったのか」
家康はその場で小さく行ったり来たりしている。
「はい。一人は仕留め申しました」
「天下分け目の大いくさの前哨戦において三対一で徳川方が負けておるではないか」
「たかが忍び同士の争いで前哨戦などと。それに天下分け目の大いくさというのも少し大袈裟かと」
忠勝が苛立つ家康をたしなめる。
「いいや、わしは許せん」
「負けてはおりません」
無礼を承知で才蔵が割って入った。
「なんじゃと」
「拙者が残った三人の世鬼を討てば、徳川方の勝ちかと」
「おお、そうじゃ。よくぞ言った」
家康が才蔵に歩み寄って来る。
「その方、おもてをあげよ」
才蔵がわずかに横に顔を向けると半蔵が頷いた。才蔵が顔をあげる。
「ほう。おなごのような顔じゃのう」
家康が言うように、才蔵は女と見紛うほどの美形であった。才蔵の気品のある顔を見て、さる高貴な身分の血が流れているのではないかと言う者もいた。才蔵自身は天涯孤独で親の顔も知らないが。
「できるのか」
忠勝の声は鋭い。
「されば――」
木陰で休んでいる駕輿丁たちの方に才蔵は顔を向けた。
「聞かれており申す」
家康と忠勝が才蔵の目線を追った。
駕輿丁の集団から下帯だけを着けた赤銅色の体に着物を羽織った男が一人が駆けだした。
「曲者!」
「ご無礼を――」
猛将忠勝が振り向くより早く、才蔵は立ち上がっていた。神速で肩の下まで伸びた総髪に手を入れてから、その手を振るった。黒い棒手裏剣が飛ぶ。
棒手裏剣は逃げた駕輿丁まで迫ると蜘蛛の巣のように黒く広がった。
それは十数本の髪の毛。棒手裏剣は髪の毛を束ねて作ったものであった。
才蔵は一瞬のうちに己の髪でそのような武器を作っていた。
広がった髪が駕輿丁の首に巻き付いて食い込む。
「世鬼一族の者です」
世鬼の忍びが扮していた駕輿丁はしばらく己の首をかきむしるような動きをしてから倒れた。
「これで二人、倒し申した」
再び才蔵は地に蜘蛛のようにひれ伏していた。
「見事じゃ」
家康が嘆声をもらした。
「この才蔵、かの石川五右衛門の弟子にござりますれば」
黙って成り行きを見ていた半蔵が口を開いた。
「石川と言えば太閤さまに盗みを働いて生きたまま油で煮られ処刑されたという。なんとも豪胆な者よ」
「その石川でございます」
「さもありなん。しかし石川とやらが太閤さまをそこまで怒らせるとは。いったい何を盗んだのじゃ」
その場にいる者の視線が才蔵に集まる。
「淀君さまのお心を――」
天下人であった太閤秀吉が没してからわずか二年後。
家康が会津征伐に向かう道中、石田三成は反徳川の軍勢を集めて家康の兵が残っていた伏見城を攻め落とした。
江戸に引き返した家康は石田方の様子を静観する。
石田方は大坂周辺の徳川方の城を次々と攻め落とし、三成が大垣城に入城して陣容を整えつつあった。
慶長五年(一六〇〇年)九月一日。家康は満を持して自らは東海道から、嫡男秀忠は中山道から西へ進軍を開始した。
九月十二日。徳川方の軍勢が集結している赤坂まであと二日のところまで家康は迫っていた。
「我が方と治部どのたちの兵はおよそ同じ数かと」
「八万ほどか」
家康は小さく唸りながら爪を噛み始めた。
ついさきほど繰り広げられた世鬼一族と才蔵の闘争など忘れたかのように、評定は続いていた。
「そこにさらに玉城に入城するほどの軍勢となると」
忠勝は家康の思惑を解きほぐすように言葉を促す。
「やはり秀頼さま」
「大坂城にいる毛利輝元めが秀頼さまを担ぎ出して来るやもしれませぬな」
「それが治部の切り札か」
家康の唸り声が大きくなる。爪の噛み方も強くなってきた。
「大坂城にはどれほどの兵がいるか。半蔵」
忠勝が吠えるような声をあげる。
「三万は超すかと」
「なんと」
家康の口が開いたままになった。
「大坂から玉城までは二日もあれば来れましょうぞ。秀頼さまが戦場に来たとなれば、我が方の豊臣恩顧の武将たちは主君に弓引くことを恐れるは必定。それならまだしも彼奴らそろって石田方に寝返る恐れもございますな」
「そ、そんな」
「すぐにもいくさを始めるのがよろしいかと。秀頼さまと輝元が出陣する前に勝負を決しましょうぞ」
「秀頼さま出陣の報が戦場に届き、石田方に豊臣家の千成瓢箪の旗が掲げられたら万事休すじゃ」
「いかがいたしますか、殿」
忠勝に睨みつけられる中、家康は爪をかじったまましばらく動かなかった。
「待とう――」
「え」
ようやく家康が発した言葉に、忠勝は思わず驚きの声をあげた。
「秀忠の軍の来着を待つのじゃ」
「し、しかし。秀忠さまの軍は真田に足止めを食らっており、関ヶ原到着にはあと六日はかかるとのこと」
「だが、あれは三万五千の兵を率いておる。秀忠軍が来れば、大坂城の兵が来ても数の上では我が方が勝る。わしは万全の備えでいくさに望みたい。それにな――」
家康の顔に笑みが浮かぶ。
「このいくさは長引くとわしは見ている」
今度は忠勝が太い腕を組んで首をひねって唸り出した。
「そこで才蔵じゃ。二人ともおもてをあげよ」
才蔵は半蔵とともに上半身を起こした。
さきほどまでとは打って変わって家康の瞳は輝きを帯びていた。
「才蔵、そなた大坂へ行け」
「はっ。して、大坂にて何をすれば」
「秀頼さまのご出陣を止めるのじゃ。淀の方の心を盗んでな」
秀頼はまだ八歳と幼く、母親である淀の方の言いなりであろう。そして大坂城の宿老たちも淀の方には容易には物申せないと聞く。
「石川五右衛門の弟子であるそなたならできるであろう。どうじゃ」
家康は両ひざに手をついて腰を折って才蔵の顔をのぞき込んだ。
その顔には先ほどまで爪を噛んで唸っていた弱々しい影が消え失せていた。太閤の家臣筆頭に相応しい覇気がみなぎっている。
否とは言わせぬ威圧感があった。
「承知いたしました」
才蔵は頭をさげた。
「それとな、残っている世鬼一族の二人もついでに仕留めよ。これは言わば、影の天下分け目のいくさであるぞよ」
家康は高らかに笑った。
足元よりはるか下の地上ではところどころで町の明かりの中を行き交う人びとの姿が小さく見える。
大坂城の天守閣の屋根に二人の忍びの姿があった。
「才蔵よ。この屋根の下には天下人の太閤秀吉がいる」
石川五右衛門は夜風に蓬髪をなびかせながら立っている。
弟子である霧隠才蔵はその姿を片膝をついた格好で見上げていた。
「才蔵。忍びなればでっかいものを手に入れよ」
五右衛門は伊賀者であったが、古来の忍びとしての生き方に飽き足らずに抜け忍となっていた。
「でかいものとはなんだ。お頭」
「それは、天下よ」
「天下をどのように手に入れる」
「見ておれ。おれたち二人にならできる」
夜闇に五右衛門の白い歯が煌めいた。
関ヶ原のいくさより六年前。文禄三年(一五九四年)のことであった。
「なに。玉城だと」
徳川家康はうわずった声をあげた。
家康は長旅の休憩に輿をおりたところで本多忠勝より、関ヶ原盆地を見わたすことができる山の上に巨大な山城があるとの報を受けたからだ。
「治部め。やはり本気でわしを迎え討つ気か」
石田治部少輔三成が家康に対して敵対行動をとっているのは明らかであった。
霧隠才蔵は徳川忍び組の頭領服部半蔵とともに蜘蛛のごとくひれ伏していたが、初めて目通りした主君家康の姿を勘づかれずに盗み見た。
屈強な体であるが頭と胴体が大きな割には手足がいささか細くて短い。落ち着きのないそぶりが滑稽でさえある。
亡き太閤秀吉の家臣筆頭であるので、威風堂々とした武将を思い描いていたのだが。
――よもや小心なお人なのか。
才蔵は目をすこし横にやる。
家康が乗っていた輿をかつでいた駕輿丁たちがこちらの声が届かぬくらい離れた木陰で休んでいるのが見える。
「数万の兵が入るほどの構えになっているとのこと」
忠勝の声は割れ鐘のように大きく響くが、知性の光が秘められているのを感じさせる。
才蔵は自分たちに忠勝が顔を向ける気配を感じた。
「そうであるな半蔵」
「は。これにひかえる手の者がたしかに見てまいりました」
半蔵が横にいる才蔵にわずかに目を向ける。
「どうしてこれまで気付かなかったのだ」
家康は焦れたように言う。
「恐れながら。忍び組の手の者を幾度か玉城に放ちましたがことごとく討たれましてございます」
半蔵は額を地面に擦りつけた。
「それで」
忠勝の声は相変わらず平然としている。
「徳川忍び組の名にかけて、伊賀の里より選りすぐりの手練れを四人呼び寄せて放ちました。それが昨日」
「その者どもは」
「ここにおります者だけが戻って参りました」
半蔵はふたたび才蔵に顔を向けた。
「ほう。その方、名は何と言う」
家康に声をかけられたが、才蔵はまだ動かない。
「ゆるす。名乗れ」
忠勝の許しが出たので口を開く。
「霧隠才蔵と申します」
「玉城でおまえの仲間たちを討ったのは何奴であった」
「世鬼一族で」
「毛利の忍び、か」
忠勝はほくそ笑んだ。
世鬼一族は西国を牛耳る毛利家に代々仕えている忍びである。
現当主の毛利輝元は三成に担がれて石田方の総大将として大坂城で秀頼とともにあった。
「その方は世鬼の者を討ち取ったのか」
家康はその場で小さく行ったり来たりしている。
「はい。一人は仕留め申しました」
「天下分け目の大いくさの前哨戦において三対一で徳川方が負けておるではないか」
「たかが忍び同士の争いで前哨戦などと。それに天下分け目の大いくさというのも少し大袈裟かと」
忠勝が苛立つ家康をたしなめる。
「いいや、わしは許せん」
「負けてはおりません」
無礼を承知で才蔵が割って入った。
「なんじゃと」
「拙者が残った三人の世鬼を討てば、徳川方の勝ちかと」
「おお、そうじゃ。よくぞ言った」
家康が才蔵に歩み寄って来る。
「その方、おもてをあげよ」
才蔵がわずかに横に顔を向けると半蔵が頷いた。才蔵が顔をあげる。
「ほう。おなごのような顔じゃのう」
家康が言うように、才蔵は女と見紛うほどの美形であった。才蔵の気品のある顔を見て、さる高貴な身分の血が流れているのではないかと言う者もいた。才蔵自身は天涯孤独で親の顔も知らないが。
「できるのか」
忠勝の声は鋭い。
「されば――」
木陰で休んでいる駕輿丁たちの方に才蔵は顔を向けた。
「聞かれており申す」
家康と忠勝が才蔵の目線を追った。
駕輿丁の集団から下帯だけを着けた赤銅色の体に着物を羽織った男が一人が駆けだした。
「曲者!」
「ご無礼を――」
猛将忠勝が振り向くより早く、才蔵は立ち上がっていた。神速で肩の下まで伸びた総髪に手を入れてから、その手を振るった。黒い棒手裏剣が飛ぶ。
棒手裏剣は逃げた駕輿丁まで迫ると蜘蛛の巣のように黒く広がった。
それは十数本の髪の毛。棒手裏剣は髪の毛を束ねて作ったものであった。
才蔵は一瞬のうちに己の髪でそのような武器を作っていた。
広がった髪が駕輿丁の首に巻き付いて食い込む。
「世鬼一族の者です」
世鬼の忍びが扮していた駕輿丁はしばらく己の首をかきむしるような動きをしてから倒れた。
「これで二人、倒し申した」
再び才蔵は地に蜘蛛のようにひれ伏していた。
「見事じゃ」
家康が嘆声をもらした。
「この才蔵、かの石川五右衛門の弟子にござりますれば」
黙って成り行きを見ていた半蔵が口を開いた。
「石川と言えば太閤さまに盗みを働いて生きたまま油で煮られ処刑されたという。なんとも豪胆な者よ」
「その石川でございます」
「さもありなん。しかし石川とやらが太閤さまをそこまで怒らせるとは。いったい何を盗んだのじゃ」
その場にいる者の視線が才蔵に集まる。
「淀君さまのお心を――」
天下人であった太閤秀吉が没してからわずか二年後。
家康が会津征伐に向かう道中、石田三成は反徳川の軍勢を集めて家康の兵が残っていた伏見城を攻め落とした。
江戸に引き返した家康は石田方の様子を静観する。
石田方は大坂周辺の徳川方の城を次々と攻め落とし、三成が大垣城に入城して陣容を整えつつあった。
慶長五年(一六〇〇年)九月一日。家康は満を持して自らは東海道から、嫡男秀忠は中山道から西へ進軍を開始した。
九月十二日。徳川方の軍勢が集結している赤坂まであと二日のところまで家康は迫っていた。
「我が方と治部どのたちの兵はおよそ同じ数かと」
「八万ほどか」
家康は小さく唸りながら爪を噛み始めた。
ついさきほど繰り広げられた世鬼一族と才蔵の闘争など忘れたかのように、評定は続いていた。
「そこにさらに玉城に入城するほどの軍勢となると」
忠勝は家康の思惑を解きほぐすように言葉を促す。
「やはり秀頼さま」
「大坂城にいる毛利輝元めが秀頼さまを担ぎ出して来るやもしれませぬな」
「それが治部の切り札か」
家康の唸り声が大きくなる。爪の噛み方も強くなってきた。
「大坂城にはどれほどの兵がいるか。半蔵」
忠勝が吠えるような声をあげる。
「三万は超すかと」
「なんと」
家康の口が開いたままになった。
「大坂から玉城までは二日もあれば来れましょうぞ。秀頼さまが戦場に来たとなれば、我が方の豊臣恩顧の武将たちは主君に弓引くことを恐れるは必定。それならまだしも彼奴らそろって石田方に寝返る恐れもございますな」
「そ、そんな」
「すぐにもいくさを始めるのがよろしいかと。秀頼さまと輝元が出陣する前に勝負を決しましょうぞ」
「秀頼さま出陣の報が戦場に届き、石田方に豊臣家の千成瓢箪の旗が掲げられたら万事休すじゃ」
「いかがいたしますか、殿」
忠勝に睨みつけられる中、家康は爪をかじったまましばらく動かなかった。
「待とう――」
「え」
ようやく家康が発した言葉に、忠勝は思わず驚きの声をあげた。
「秀忠の軍の来着を待つのじゃ」
「し、しかし。秀忠さまの軍は真田に足止めを食らっており、関ヶ原到着にはあと六日はかかるとのこと」
「だが、あれは三万五千の兵を率いておる。秀忠軍が来れば、大坂城の兵が来ても数の上では我が方が勝る。わしは万全の備えでいくさに望みたい。それにな――」
家康の顔に笑みが浮かぶ。
「このいくさは長引くとわしは見ている」
今度は忠勝が太い腕を組んで首をひねって唸り出した。
「そこで才蔵じゃ。二人ともおもてをあげよ」
才蔵は半蔵とともに上半身を起こした。
さきほどまでとは打って変わって家康の瞳は輝きを帯びていた。
「才蔵、そなた大坂へ行け」
「はっ。して、大坂にて何をすれば」
「秀頼さまのご出陣を止めるのじゃ。淀の方の心を盗んでな」
秀頼はまだ八歳と幼く、母親である淀の方の言いなりであろう。そして大坂城の宿老たちも淀の方には容易には物申せないと聞く。
「石川五右衛門の弟子であるそなたならできるであろう。どうじゃ」
家康は両ひざに手をついて腰を折って才蔵の顔をのぞき込んだ。
その顔には先ほどまで爪を噛んで唸っていた弱々しい影が消え失せていた。太閤の家臣筆頭に相応しい覇気がみなぎっている。
否とは言わせぬ威圧感があった。
「承知いたしました」
才蔵は頭をさげた。
「それとな、残っている世鬼一族の二人もついでに仕留めよ。これは言わば、影の天下分け目のいくさであるぞよ」
家康は高らかに笑った。
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