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死のトランプ

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地獄の先は奈落、では奈落の先は何なのか
これは死のゲーム
ここでは人の命は生け花の花にたとえられる
生きる術を奪い、死ぬまでの最後の輝きを楽しむ
僕たちは奈落の花だ

このゲームは大金が得られる
ただし、勝てばの話だ
しかも1勝するごとに賞金は倍になる
しかしボクはたった1勝するだけでいいのだ
たった1勝で妹の命を救うことができる

「ではみなさん、改めてルールの説明をいたします」
ホラー映画さながらのピエロが快活に告げる
「勝負していただくのは大富豪
ルールはシンプルな革命のみ
ただし、ジョーカーは通常の倍の4枚入っています
大富豪のみが賞金を手にし、大貧民は...
おっと、これ以上は後程のお楽しみ
では、さっそく始めましょう
あ、言い忘れていました
最後の残すカードは慎重に決めた方がいいですよ」
ピエロがカラカラと笑う
ボクは戸惑った
そんな裏ルール聞いてないぞ...
大貧民はどうなるんだ?
それに最後の言葉も気になる
疑問を抱いた参加者はボクだけではなかったようだ
ホールがざわつき始める
それを見てピエロはため息をついた
そして、カッと目を見開き、怒鳴った
「うるせえぞクズども
てめえらはここに来た時点ですでに人生の敗者なんだよ
金の亡者は亡者らしく黙って野垂れ死ねばいいんだよ」
ピエロはふぅとため息をつき、またカラカラと笑う
しかし今度は目は笑っていなかった
有無を言わさぬ様相で、席に座ることを促しているようだった
参加者は戸惑いながらも席に着く
死のゲームが始まった

同じ席に座ったのは、どう見てもヤクザのハゲ、さえないオジサン、
あとは目もむけられないほどはだけたお姉さんだ
「どうしたのボク?緊張しなくていいのよ?」
猫なで声で語りかけられる
ボクはうなずくのが精いっぱいだった
「とっとと始めようや」
ハゲが言う
まず、ハゲがカットし、全員が順番にカットして、オジサンが配る
僕の手札は3、4、4、6、9、9、9、9、10、10、1、2、2、J
悪くはない
しかし、ジョーカーが4枚もあるこのルールで油断はできない
革命を起こされたら、ボクはかなり厳しいだろう
「私からね」
お姉さんが6×2を出す
ボクは10×2、ハゲが11×2、オジサンはパス
お姉さんが12×2を出し、みんなパス
またお姉さんの番だ
「ラッキー。じゃ、どんどいくわよ」
お姉さんは8×2を出す
すかさずハゲがヤジを飛ばす
「オイオイねーちゃん
イカサマしてるんじゃねえだろうなあ
何で初手がそんなにも強いんだよ」
お姉さんは笑って受け流す
「あら、みんなでカットしたのを忘れたの?
それに私は配ってないわ
文句があるなら配ったオジサンに言うべきじゃない?
ハゲは納得いかないといった感じだったがケロリと開き直って、お姉さんを嘗め回すように言った
「まあ、それもそうだ
よく見ればお前はいいからだをしているじゃあないか
オレが勝てばお前を一生奴隷にしてやるから覚悟しとけよ」
お姉さんは挑発には乗らなかった
僕の番だが、パスだ
まだここで2を切るべきじゃない
まだ1枚も2が出ていない状況で動くのは得策ではない
場の動きを見るしかない
ハゲもパスした
オジサンが11×2を出し、お姉さんもパス
オジサンからスタードだ
オジサンは13×3を出し、全員パスした
次にオジサンは3×2を出し、お姉さんはパス、
ボクは4×2、ハゲはパス
オジサンが5×2を出し、ボクもパスした
どうやらみんな温存してるらしい
オジサンは次に4を出すお姉さんが13、僕とハゲはパス
オジサンが2を出し、またオジサンの番だ
しかし、このオジサン何かがおかしい
何故さっきから一言も話さないんだ?

オジサンは7を出した
お姉さんは1を出す
ボクはパスし、ハゲが2を出した
場が動き始めたようだ
ハゲがにやける
そしてハゲは7×3+Jで革命を起こした
「残念だったなねーちゃん
ねーちゃんには負けてもらうぜ」
しかしお姉さんは高笑いして、1×3+Jを場に叩き付ける
ハゲの顔が歪む
しかしそれも一瞬、すかさず煽る
「ねーちゃん、よかったのか革命返しなんてして
みたところ残りはブタだけだろ
違うか?」
お姉さんは冷たく笑う
「私は勝たなくていいのよ」
ハゲが訝しむ
「勝たなくていいだって?
まさか俺の女になることを決めたのか?
そいつはいいや
まってな、俺が今からこのオジサンとガキをぶちのめすからよ」
お姉さんはクスクスを笑ったが、そのあとは何も言わなかった
これほどまでに騒いだのに、相変わらずオジサンは黙ったまま、場を見つめている
お姉さんの番だ
お姉さんは4を出した
ボクは6、ハゲはパス、オジサンは8を出した
僕は1を出し、みんなパスした
よし、勝てる
ボクは確信し、9×4で革命を起こす
「ナイス!クソガキ!」
ハゲが肩をたたいてくる
ボクはそれを適当な愛想笑いで流す
振り返った時にお姉さんの顔を見てゾッとした
あの顔は見たことがある...
忘れもしない
両親を殺した、あの男がしていた顔にそっくりだ
いったい何を企んでいるんだ
不安をはねのけ、2×2+Jを出す
全員がパスした
次に1を出そうとした瞬間、ピエロがボクの肩に手を置いた
「僕が最初に言ったことを覚えているかい?」
勝負に夢中で忘れていた
確か最後に残ったカードがどうとか言っていた
曖昧にうなずくとピエロは残酷な目をしていった
「ワクワクだねえ
君の運命がどうなるか楽しみだねえ
君は無事に帰れるのかなあ?」
無事に帰れる?
こいつは何を言っている
胸に暗雲が広がる
そういえば最初に亡者は野垂れ死ねとも言っていた
あれも伏線だったのか
しかし、ボクは必ず生きて帰らなければならない
妹のためにボクはこのゲームに勝ち、ボクは生きて帰るんだ
しかしこのゲームはいったい何なんだ?
もはや不安を振り払うことはできなかった

ピエロが隣でニヤニヤしながら僕を見ている
凄くやり辛いが、もうやることは決まっている
1を出して、3で終わりだ
ボクは1を出した
その時、拍手が聞こえた
音の主は、ピエロだった
ピエロは悲しい表情を浮かべ、別のテーブルへと移った
ハゲが10を出し、オジサンはパス
お姉さんが5を出し、ボクは3で上がった
「ブラボー!素晴らしい勝利でした」
いつの間にか戻ってきたピエロが手をたたく
「あなたはとても運がいい
そしてあなたはとても面白くない」
ないが面白くないだ
こんな明らかに裏がありそうなゲームを楽しむ方がどうかしている
やはり何かあるんだな
やがてピエロはお姉さんのもとへ移動する
すると素っ頓狂な声を上げた
「アーッ!やってしまった、やってしまった!
やってしまいましたねえ!!」
狂ったように連呼する
ハゲがピエロに聞く
「オイ、ピエロ
この女はいったい何をしたんだ?
まさかイカサマか?」
ピエロは嬉々として説明する
「このお姉さんはジョーカーを残しました
私は最初に言いました
最後に残すカードは慎重に選んだ方がいいと
この方はジョーカーを残しました
これはみな一律に罰を受けるということです
3を残した、彼を除いてね」
ハゲの目の色が変わる
気付いた時にはピエロの胸ぐらをつかんでいた
「ふざけんなよ、何が罰だ
そんなの聞いてねえぞ」
ピエロは無表情だ
するとハゲは目を見開き、ピエロを殴った
ピエロは避けず、鼻から血が出た
血は吹かず、男を見つめる
ハゲは身構えたが、何も言わずピエロは立ち去った
「なんなんだ、君が悪い」
ハゲは吐き捨てるように言った
「そういや俺の番か
まあ負けなきゃいいんだ
余裕だな」
ハゲは12を出す
オジサンはパスした
ハゲはそれを見てにやけた
ボクもわかってしまった
このオジサンは、もう勝てないんだ

お姉さんがジョーカーを出して上がる
勝利を確信したハゲは6、5、4、3と続けざまに出す
ハゲも上がった
「よっしゃ!俺も罰はなし!どうだクソピエロ!!」
ハゲは吠えた
ピエロは笑う
「残念ながら、罰を逃れられるのは1人だけなのです
あとから知った人の方が有利になってしまいますからね
よってあなたの最後のカードは4です」
ハゲは狼狽する
「4はいったいどんな罰なんだ」
ピエロが残忍な笑みを浮かべて答える
「簡単です、首吊りですよ
7秒間耐えればOKのね
大丈夫です
意識は飛ぶかもしれませんが、100%死ぬわけではないので」
ハゲは震えていた
それが怒りなのか、恐怖なのかはわからない
ピエロがオジサンのカードを確認しに移動する
「これは!」
ピエロはこの日一番の残忍で、そこはかとなく嬉しそうな笑顔を振りまく
「これは残酷なカードが残ってしまいましたよ!」
お姉さんがうろたえる
「何が残ったの?」
ピエロが笑いをこらえて言う
「このオジサンは10と12を残しています
ルールにのっとり、数字の低い方が最後のカードとなります
よって10が最後のカード!
罰は生殖機能の放棄!」
「なんですって」
お姉さんの声がひっくり返る
「あなたさっき10を出せたでしょう!?
まさか、わざと残したの!?」
お姉さんが半狂乱になって泣く
ピエロがカラカラと笑う
「残念でしたね
大方、VIPの玉の輿でも狙ったんでしょう
残したジョーカーが仇となりましたね
まあ仮に4を残していたら、首吊り計14秒2回落とし
確実に死んでいたでしょう
命があっただけよかったじゃないですか」
ピエロは泣き崩れているお姉さんの肩をたたき、歩き去った

ゲームは終わった
ボクはお金を手にしたが、他の人は散々だった
ハゲは死んだ
頸椎骨折らしい
お姉さんは生きていたが、死んだように見えた
一気に老けてしまい、顔には無数の透明の道が走っている
オジサンが一番元気だった
まるで罰なんて受けていないようだった
金を奪われないように、足早で会場を出ようとするボクをオジサンが呼び止めた
「君はこんなところに来る人じゃない
来てはいけない人なんだ」
ピエロが言っていたように、ここは人間の墓場だ
一度金の魅力に取りつかれた人間は、こうでもしないと目が覚めない
君はそれだけを覚えて帰ってほしい」
急にどうしたんだ
さっきまで黙っていた時とは身にまとう雰囲気が違う
身構えたボクをオジサンが笑う
「お金を奪おうというわけではないから安心してくれ
実はカードを配るとき、イカサマをさせてもらった
君が勝つようにね
なんでそんなことをするのかって?
最初見た時、君は純粋だと思ったからだ
まだ汚れていないと、一目でわかった
だからイカサマをした
汚れていない人間は、汚れてはいけない
既に汚れている人間に失礼だからだ
先人の失敗を繰り返すことほど、愚かなことはない」
ボクは震えた
ボクが勝てたのは、今無事でいるのは運でも、実力でもない
全てこの人のおかげだったのだ
ボクは賞金の一部をオジサンにあげた
「なんだいこれは」
オジサンが怪訝な声を上げる
「気持ちです
ボクが今こうやって話せているのもあなたのおかげです
これを使ってまともな生活に戻ってください
足りないとは思いますが、きっかけぐらいにはなるはずです」
するとオジサンは破顔した
初めて見せた笑顔は仏のようだった
「面白いことを言う
こんなおっさんに投資しようというのかい?
私はギャンブルや酒で使ってしまうかもしれないのだよ」
「構いません
あなたも本当はここに来るべき人ではないんじゃないですか
今度会うことがあれば、ちゃんとした場所で会いたいです」
そう言い残し、ボクは帰った
賞金で妹は手術を受け、妹の病気は治った
ボクは妹に今回のことを話した
「私たちも優しく生きないとね」
妹の笑顔はただただまぶしかった

ここはVIPルーム
VIPに囲まれ、オジサンがゲームの主催者に褒められていた
「でかしたぞクソジジイ
なかなかやるではないか」
クソジジイと呼ばれたオジサンは、はいと短く返事をして
ありがとうございますと付け加えた
勢いを得たオジサンはさらに続ける
「今回で借金は全部返済しました
少年からお金ももらえましたし、この仕事、今回で引退させていただくことはできませんか」
言い終わるや否や、オジサンは射殺された
主催者が高らかに告げる
「どうですかみなさん
この男の希望を摘み取った瞬間、まさにエンターテイメントではありませんか」
主催者は喝采を受ける
死のゲームは終わった
しかし今日もどこかで行われていることだろう
それはあなたのそばかもしれない
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