追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

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16 はんぶんこの甘み

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「まず、明日の入学式について。いよいよファティカがこの学院へ入学する。今頃、城塞区域内にある寮で入居準備をしていることだろう」

 ジンさんの言葉に、私はスコーンを取り出しながら、ファティカ様のことを思う。

 あれから元気に過ごされているだろうか。
 ヒルゼンマイヤー家から離れ、少しでも心が軽くなっているといいが……
 
 そんな私の心情を察したのか、ジンさんはサンドイッチを齧りながら、釘を刺すように言う。

「言っておくが、が来るまで、君はファティカと接触するな。明日の入学式も、君はこの研究室で待機だ」
「えっ、どうしてですか?」
「ファティカの精神は、未だヒルゼンマイヤー家の支配下にある。今話をしたところで、組織について口を割らないだろう。あの家から物理的にも精神的にも離れたタイミングで聞き出すのが一番だ」
「それって……具体的にはいつ頃になるんですか?」
「三週間後だ」

 ジンさんは、あらかじめ決めていたように即答する。
 そして、その『三週間後』というワードに、私はひらめく。

「もしかして……さっきの会議で議題に上がっていた、『入学祝賀会』の日ですか?」
「察しが良いな。その通りだ。俺はその日に、君とファティカを会わせるつもりでいる」

『入学祝賀会』とは、特に優秀な成績で入学した新入生をパーティーに招待し、今後ますますの成長と活躍を激励する毎年の恒例行事……らしい。
 その選ばれし優秀な十五名の生徒のリストにファティカ様の名があるのを、私は先ほどの会議で目にしていた。
 でも……

「どうしてそんなおめでたい日に接触するんですか? せっかくファティカ様の頑張りがお祝いされる行事なのに……」
「簡単だ。時間の制約と、彼女の精神的充足を鑑みれば、自ずとその日がベストであることが導き出される」

 サンドイッチの最後の一口を飲み込み、ジンさんが言う。私はなんのことだかさっぱりわからず、疑問の目で彼を見上げる。
 その視線に応えるように、彼は『くるみとキャラメルソース味』のスコーンを取り出しながら、こう続ける。

「ファティカが入居する学生寮には厳しい門限がある。普段の学院生活の中では、放課後に彼女と接触し、込み入った話をする時間はまずないだろう。しかし『祝賀会』当日は、招待された生徒に限り門限が不問となる。『祝賀会』自体が夜に開催されるからだ。よって、門限を気にすることなく彼女に接触することができる」
「なるほど……」
「そして『祝賀会』では、招待された生徒たちへの今後の優遇措置についての説明がある。金銭的な援助や、学院内の研究施設および資料を優先的に使用する権利、高成績を維持し続ければ卒業後の進路も保証されること、などだ。これらの措置には、生徒の家柄や出自は一切関係ない。良くも悪くも生徒自身の実力のみで評価されるのがこの学院の風土だ。これを耳にすれば、ファティカもヒルゼンマイヤー家に縛られる必要はないのだと、少しは考えてくれるだろう」
「つまり……ヒルゼンマイヤー家が処断され、爵位を剥奪されたとしても、ファティカ様の学院での立場は揺るがないってことですか?」
「そうだ。彼女はあの一族のしがらみから解放され、自分の人生を生きることができる。そうした希望ある未来を提示すれば、組織に関する情報も引き出しやすくなるだろう」

 彼の説明を聞き終え、私は納得する。確かに、ファティカ様に最短で接触するには、『祝賀会』の日をおいて他になさそうだ。

「『祝賀会』の日を選んだ理由はわかりました。それで、私はどのタイミングで接触すればいいですか?」
「『祝賀会』が終わったら、俺が彼女を呼び出す。そして君の元へ連れて来るから、そこから説得を試みてほしい」
「わかりました。犯罪組織の情報を聞き出せるよう、全力で説得します」
「頼んだぞ。少しでも手がかりが掴めれば、組織にぐっと近付くことができる。これ以上、ファティカのような犠牲者を増やさぬため……そして、二度とあのような惨事を招かぬためにも、君の協力が不可欠だ」

『惨事』とは、友人一家を暗殺されたことを指しているのだろう。
 
 ジンさんの青藍せいらんの瞳に、闇色の影が宿る。
 彼の中で燃え続ける、『復讐』の炎の色だ。
 
 その瞳を見つめ、私は……

(……三週間後、か)

 と、この契約が満了する期日を、しっかりと心に刻み込む。
 
 私の本当の仕事は、ファティカ様から犯罪組織の情報を聞き出すこと。
 それが完了すれば、私は解雇される。
 だから……今のうちに、自分に言い聞かせておく。

(ジンさんに、必要以上に情を抱かないようにしなきゃ。でないと……離れるのが辛くなる)

 私は、拳をぎゅっと握る。

 ヒルゼンマイヤー家を追放され、ドロシーさんには金で売られ……情や愛着を抱けば抱く程、離れる時に傷付くことは学習済みだった。
 もう、あんな思いをするのはごめんだ。
 だから、なるべく私情を挟まず、ドライな付き合いに努めないと……
 
 ――と、黙り込む私を不審に思ったのか、ジンさんが顔を寄せ、私の瞳を覗き込んできた。
 突然目の前に現れた美しい顔に、私はぎょっとして尋ねる。

「な、なんでしょう……?」
「……食べるか?」
「へっ?」

 素っ頓狂な声で聞き返すと、彼は『くるみとキャラメルソース味』のスコーンを私に差し出し、

「注文する時、最後までこの味と迷っていただろう? よかったら、半分食べないか?」

 なんて、柔らかな笑顔で言うので……思わず、胸の奥がきゅっとなる。
 
 私が迷っていることに気付いて……私のために、わざわざ買ってくれたの?
 もう……せっかくの決意が台無しだ。
 こんなことをされたら、否が応でも心を許してしまう。
 それともこの優しさも、私を上手く利用するための演技なのだろうか?

 顔が赤らんでいることを自覚しながら、私は差し出されたスコーンに手を伸ばし、礼を述べる。

「あ……ありがとうございます」
「ん」
「……あの……この『チョコチップアーモンド味』もすごく美味しいので、半分いかがですか?」
「ありがとう。いただくとしよう」

 嬉しそうに笑いながら、スコーンを受け取るジンさん。
 
 彼は、『復讐』のためなら自分を偽ることのできる人。
 この笑顔も優しさも、全て偽りのものかもしれないけれど……
 
 彼からもらったスコーンの味は、嘘偽りなく甘くて……ほっぺたが落ちそうな程に、美味しかった。


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