追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

文字の大きさ
19 / 47

19 魅惑の個人授業

しおりを挟む

 心配するジンさんを見上げ、誤魔化すように笑みを浮かべていると……彼は私の額から手を離し、珍しく暗い顔で俯いた。

「失態だ……俺としたことが」

 そう呟くと……左手に持っていた紙袋をクシャッと握りながら、肩を落とし、こう言った。

「君が貧血を起こしているとも知らずに、昨日と同じ味のスコーンを買って来てしまった……こんなことなら鉄分が豊富な『ブルーベリーとラズベリー味』を買うべきだった……本当にすまない」
「えぇっ?!」

 目を伏せるジンさんの言葉に、思わず声を上げる。
 まさか、わざわざ昼食を買って来てくれるなんて……申し訳なさに、私はあわあわと手を振る。

「あ、謝らないでください! むしろ気を遣わせてしまい、申し訳ありません!!」
「いいや、君の希望を聞かずに先走ってしまった……連日軽食で済ませず、もっと栄養価の高い食事にするべきだったな。それに……」

 ……と、ジンさんは研究室の中を見回し、

「……部屋を、片付けてくれたのか」
「へっ? あ、はい。することがなくて暇だったので……」
「体調が悪いなら安静にしていてくれ。それとも、掃除中に目眩を起こしたのか?」
「いやぁ……そういうわけでは…………」

 咄嗟に「貧血だ」と言い訳した罪悪感にじわじわと苛まれ、私が目を逸らすと……
 ジンさんは、机の上の資料が動いていることに気付いたらしく、例のレポートをパラパラと捲った。

「……これを、読んだのか?」

 ビクッと、私は肩を震わせる。
 そして、恐る恐る彼の方を見ながら……素直に、肯定した。

「は……はい。読みました」
「なるほど……それで嫌な過去を思い出し、具合が悪くなったのか」

 はい、バレました。
 
 稚拙な誤魔化しを見破られ、私はダラダラと冷や汗を流す。
 そんな私の顔を、ジンさんはずいっと覗き込み、目を細めながら言う。

「言ったはずだ。俺に虚勢は通用しないと」
「ご、ごめんなさい……」
「それで……体調は?」
「……へ?」
「顔色が悪い。よほど辛いことを思い出したのだろう。大丈夫か? 落ち着くまで、無理に笑わなくていい」

 そう、優しく言いながら……
 私の頬にそっと、手を添えた。
 
 てっきり叱られると思っていた私は、その手の感触に、私を見つめる瞳に、ドキッと胸を高鳴らせる。

「すまない。俺が昨日あんなことを言ったから、君はこれを読み、辛いことを思い出してしまったのだな」
「ち……違います。これは、私が勝手にやったことで……私が、自分の能力について知りたいと思ってやったことなんです。ジンさんのせいじゃありません」
「それでも、自己分析の正しい手順を伝えなかった俺の過失だ。精霊の力は、心の最も弱い部分と繋がっている。踏み入るにはきちんとした手順を踏まなければならない」
「手順……」
「そう。それを生徒に説くのが、教師としての俺の仕事だ。君が本当に自分の能力について知りたいと思うのなら……やはり、明日からの講義を聞いてもらうのが良いだろう」

 そう言って、彼は私の頬から手を離した。

 ……まだ、胸がドキドキしている。
 あんな自然に頬に触れてくるなんて……これが自己肯定感の高い美形の距離感。私には、あまりにも刺激が強すぎる。

(いやいや。落ち着け、メルフィーナ。彼は紳士的な振る舞いとして、心配して触れただけ。きっと他の女の子にも同じことをするんだから)
 
 未だおさまらない鼓動に胸を押さえていると、ジンさんは昨日と同じように机の端に腰掛け、紙袋からスコーンを取り出しながら私に言う。

「昼食は食べられそうか? 他のものが良ければ買い直して来るが」
「だ、大丈夫です。本当にすみません……ありがとうございます。いただきます」

 私は呼吸を整えながらスコーンを受け取り、椅子に座る。出来たてを買って来てくれたのか、手にしたそれは、まだ温かかった。
 
 そのぬくもりに少しほっとし、私は冷静になる。そうだ。今は私なんかの話をしている場合じゃない。
 
 私はジンさんを見上げ、気になっていたことを尋ねる。

「入学式はどうでしたか? ファティカ様の姿は見えましたか?」
「あぁ。少し緊張しているようだったが、体調は悪くなさそうだ。少なくとも、今の君よりは顔色が良かったな」
「はは……それならよかったです」

 苦笑いしつつ、私は安堵する。
 私のせいでファティカ様にも酷い罰が与えられていたらどうしようかと思っていたが……無事に入学できたようだ。

「ファティカ様を含む一年生も、明日から授業が始まるんですよね?」
「あぁ。事前の履修選択で、ファティカは俺の講義を選んでいる。俺が直接指導する機会もあるだろう」
「おぉ……ジンさんとファティカ様が先生と生徒として出会うなんて、なんだか不思議です」
「君は裏側から見ているせいでそう思うかもしれないが、ファティカにしてみれば必然だ。当たり前だが、『祝賀会』の時までは他の生徒と同じように接する」
「じゃあ私は、ファティカ様と被らない時間帯でジンさんの講義を聞きますね。生徒さんの邪魔にならないよう、廊下でこそっと聞き耳を立てさせてもらいます」
「……本当にいいのか? 先ほどのように辛くなるなら、無理強いはしない」
「何を言っているんですか。魔法学院の講義を受けられる千載一遇のチャンスですよ? この機を逃すわけにはいきません」

 それに……ここで専門知識を身に付け、治癒力に磨きをかければ、次の仕事を探す時に役立つかもしれないし!
 ……という内心は、心の中に留めておく。
 
 私の返答に、ジンさんは心配そうな顔をした後……ふっと小さく笑い、

「では、いつも以上にしっかりと講義の準備をしなくてはな。君に聞かれていると思うと、俺も背筋が伸びる思いだ」
「い、いえいえ。私のことは気にせず、いつも通りでいてください」
「そうもいかない。教師というのは、全ての生徒に届くように講義しなければならない。廊下に一人、君という熱心な生徒がいることを常に念頭に置いておこう」

 そう、柔らかな声音で言った。
 
 もう……この人は。
 ちょっと嬉しくなるようなことをサラッと言えるところが、本当にズルい。
 
 そんな思いでジンさんをジトッと見ていると……逆に、彼にもじっと見つめ返される。

「な……私の顔に、何か付いていますか?」
「いや、よくよく考えてみれば、君は生徒でもおかしくない年齢だったな。いっそ制服を着て、教室に紛れ込むか?」
「は?! そ、そんなの無理に決まってますよ!!」
「そうだろうか? あの制服は君によく似合いそうだし……ふむ、どうにかして手に入れられないものか」
「駄目ですって! いくら制服を着ていても、見慣れない顔がいれば流石にバレますよ!」
「なら、屋敷うちをする時にでも着てもらおう。制服に着替えた方が、いろいろと雰囲気も出るからな」
「こっ、個人レッスン……雰囲気……?!」

 その場面を想像し、私は顔を熱くする。
 
 制服を着た私と、教師なジンさんが、お屋敷で二人きりで個人レッスン……
 それって、なんかこう……ちょっとイケナイ感じがするのですが……?!
 
 俯き震える私に、ジンさんがくすりと笑い、

「……ふふ。なかなか悪くないだろう?」

 と、私の妄想を見透かしたように言う。
 私が「へっ?!」と顔を上げると……ジンさんは、机の上から身を乗り出すようにして私の顔を覗き込み、
 

「――知りたいことがあれば、俺が何でも教えてやる。君が理解するまで、手取り足取りみっちりと……な」


 なんて、妖しく笑いながら、低く囁くので……
 私は、未だかつてない速さで脈打つ心臓の音に、呼吸の仕方を忘れる。

 何コレ……なんなのコレ?!
 だ、駄目だ……頭の中が、一気にピンク色になって……ころされる……この人の色気に、ころされる……っ!?

 強すぎる色香に当てられ、私がぐるぐる目を回していると……
 ジンさんが、目の前で「ふっ」と吹き出し、

「あはは。君は本当に面白いな。顔が茹で蛸のようだ」
「なぁっ?!」

 こ、この人は……また私の反応を面白がって……?!

「だ……だから! そういう意地悪はやめてください!!」
「意地悪? 俺は君に魔法学を教えようとしているだけだが?」
「うっ……でもでも、言い方に悪意があります! 勘違いさせるようなコト言わないでください!!」
「ほう、それは悪かった。で? 君は一体、どんな勘違いをしたんだ?」

 ニヤリと笑うジンさん。私は墓穴を掘ったことに気付き、ギクッと震える。
 
 い、言えない……そんな……ちょっとイケナイ雰囲気な場面を想像しちゃいました、だなんて……!!
 
「そ、それは……」
「それは?」
「え、えぇと……」
「…………」
「………………っ」
「……ふふ、冗談だ。それだけ元気なら、もう大丈夫そうだな」

 ぱっ、と離れるジンさんに、私は「ふぇっ?」と間の抜けた声を上げる。
 
 もしかして……私の気分を変えるために、わざとこんなやり取りを……?

 その答えを求めるように見つめる私に、彼はやはり悪戯な笑みを浮かべ、

「それはそうと……先ほどから口の横にチョコが付いている。今のうちに拭くといい」
「へっ? うそっ?!」
「これを食べたら出掛けるぞ。俺のエプロンを買いに行かなくてはな。どんなデザインのものが良いか……君に、選んでほしい」

 楽しげに笑いながら、そう言った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

処理中です...