追放聖女は黒耀の王子と復讐のシナリオを生きる

河津田 眞紀

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32 着飾った再会

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 ――そうして、五日後。
 いよいよ、『入学祝賀会』の日が訪れた。
 
 私がファティカ様に接触し、犯罪組織の情報を聞き出す、運命の日だ。

 
「……こんな感じかな」

 夕日が差す更衣室にて。
 私は鏡を見ながら、先日買ったリップを塗り、ムラがないか確認する。
 
 日中の授業は全て終わり、生徒たちは既に校舎からいなくなっていた。
 教員用の更衣室をお借りして、『祝賀会』に参加するための身支度を整えているところである。
 
 リップをしまい、髪型とドレスを今一度確認する。
 このドレスは、ジンさんがいつの間にか用意していたものだ。
 レースをたっぷりあしらった、ラベンダー色のフェミニンなワンピース。丈が膝下まであり、ウエスト部分をリボンでキュッと締めているため、背が高くない私でもそれなりにスタイルが良く見えた。
 髪型は、自分でアップにまとめた。同じくあの時買ったヘアオイルのおかげで、綺麗にセットできたと思う。目尻に引いたピンクのアイシャドウも良い感じだ。

「……よし」

 私は鏡に向かって頷き、ドレスに合わせた鞄を持って更衣室を出る。
 と――既に支度を終えたジンさんが、廊下に立っていた。
 
 ダークグレーのベストに、いつものスーツより裾の長いタキシード。
 私のドレスと同じラベンダー色のネクタイには、先日私がプレゼントしたピンを付けている。
 髪型も、いつもは下ろしている前髪を少し上げ、よりスマートな印象に整えられている。
 
 そのあまりのかっこよさに、私は「お待たせしました」と言うのも忘れ、見惚れてしまう。立っているだけで絵になる、まさに王子様のような装いだ。
 
 何も言えずに立ち尽くしていると……ジンさんは顎に手を当て、まじまじと私を見つめ、

「……時々、自分が怖くなる」
「へっ?」
「君の魅力を最大限に引き立てるドレスを選んだつもりだったが……まさか、これほどまでとは。これでは自分で自分に毒を送りつけているようなものだな」
「ど、どういう意味ですか?」
「想像を遥かに超える程、そのドレスが似合っている、という意味だ。他の者に見せるのが惜しいくらいに、美しい」

 そんなセリフを、それこそ王子様のような微笑みで言うので……
 私はドキッと心臓を揺さぶられ、思わず目を逸らす。
 すると、彼はずいっと私の顔を覗き込み、

「……唇が、いつもより艶やかだな」
「り……リップを塗ったので」
「目尻もキラキラしている」
「あ、アイシャドウを引いてみました」
「髪も、いつもとは違う香りだ」
「これは、ヘアオイルを少々……」
「…………本当に、綺麗だな」
「ふぇっ?!」

 じーっと穴が開く程に見つめられ、私は恥ずかしさのあまり目を回す。
 確かに、少しでも大人っぽくなろうと思って着飾ったけど……メイクもヘアオイルも気付かれるかわからないくらいに控えめなものだ。なのに、まさかこんなに褒められるだなんて。
 
 彼の視線に耐えかね、私は手をパタパタ振りながら否定する。

「い、いえいえ! ジンさんの方がとてもよくお似合いで、その……すごく、かっこいいです。見ているだけで、ドキドキします」
 
 最後は尻すぼみになってしまったが、正直な気持ちを伝えた。
 ジンさんは不敵に笑うと、私から離れて立ち、

「ふっ、そうだろう? 今日の俺はかっこいいんだ。もっとドキドキするといい」

 腰に手を当て、堂々と言った。
 こういうところを見ると、(あぁ、ジンさんだなぁ……)と妙に安心する。ファティカ様への接触を前に緊張していた心が、少しだけ軽くなった。
 
 しかし、ジンさんがネクタイのピンに触れながら、

「中でも最もかっこいいのは、このネクタイピンだ。上品なデザインに、俺の瞳と同じ色のストーン……選んだ者のセンスが伺える、素晴らしい品だろう? 使うのが惜しいと思っていたが、やはり付けてきてよかったな」

 なんて、嬉しそうに笑うので……せっかく収まっていた鼓動が、また高鳴ってしまう。
 
 全然高価なものではないし、ジンさんならもっと良いものをたくさん持っているだろうに……今日という大切な日に、私が贈ったピンを付けてきてくれたことが、あらためて嬉しくて。
 
 私は、顔が綻ぶのを感じながら、彼に歩み寄り、

「そうですね。良くお似合いです」
「ふふ、だろう?」
「……これからも、たくさん使ってくださいね」

 たとえ私が、あなたの元を離れても。
 そう心の中で付け加え……私は、微笑みかける。
 

『これ以上、危険な領域に踏み込まなくていい。何かしなくてはと、責任を感じなくていい』

 五日前、彼に言われた言葉――
 "対象物の『時間』に干渉する"という本当の能力に目覚めたというのに、私は結局、ジンさんの『復讐』に最後まで関わる役目を負うことができなかった。

 でも、まだ諦めてはいない。
 まずは今夜、ファティカ様との接触を成功させる。
 そして、聞き出した情報を元に、この能力を生かせる道を探るのだ。
 
 これ以上、ジンさんに傷付いて欲しくない。
 少しでも力になれるように、負傷したらすぐに癒せるように、最後まで側に置かせて欲しい。

 しかし、それでもジンさんに『不要』と見なされたその時は、大人しく関係を断つしかない。
 そうなったら……私に代わって、このネクタイピンにジンさんを見守ってもらおう。


 ……なんて考えていることを、ジンさんは知る由もなく。

「あぁ、もちろん。さぁ、そろそろ行こう。もうすぐ時間だ」

 そう言って、優しい笑みを浮かべた。



 * * * *



『入学祝賀会』のおこなわれるイベントホールは、学院内で最も広く、最も豪華絢爛な会場だ。
 
 美しい彫刻が施された白い壁や柱。
 床は艶やかな大理石で、天井の大きなシャンデリアを反射している。
 うんと見上げるほど背の高い窓に、深い青色のカーテン。
 入口から向かって正面には、立派な舞台がどんと構えている。
 
 そんな煌びやかな空間に、今、三十名ほどの人が集まっていた。
 まずは、ジンさんを含む先生方。もちろん、学長と副学長も揃っている。
 それから、魔法研究所の高名な学者さんや、軍部の偉い人たち。皆、優秀な魔法能力を持つ有望な学生を見るために集まった。
 
 肝心の招待された新入生たちは、別室にて待機中だ。
 この後、時間になったら合図と共に入場する。

「新入生が入場し、まずは学長先生からのご挨拶。続いて、来賓の方々からお祝いの言葉。そして最後に、先生方から今後の優遇措置についての説明……その間、私は舞台袖で待機していれば良いんですよね?」
「あぁ。説明が終わった後は立食パーティーに移る。ファティカに遭遇すると面倒だから、申し訳ないが君はエントランスで待っていてくれ」
「わかりました」
「……何が食べたい?」

 と、着々と準備の進む会場のテーブルを一瞥し、ジンさんが言う。立食パーティーでは、ビュッフェ形式で好きな料理を取ることになっていた。

「待っているだけでは腹が減るだろう。俺が後でこっそり食事を持って行ってやる。メニューは事前に確認済みだ。おすすめは、ローストビーフのサラダ、マッシュポテト、魚のマリネ、ラザニア、ステーキ、ローストチキン、チョコレートケーキ、苺のフレジェ辺りだ。さぁ、どれがいい?」
「え……えっと……」
「遠慮はするな。君が食べたいものは何品でも持って行く」
「じゃあ…………今言ったぜんぶを、ちょっとずつ」
「……食いしん坊め」
「んなっ?! だって遠慮するなって言うから……!」
「冗談だ。ちゃんと持って行くから、たくさん食べろ」
「もう……」

 頬を膨らます私を面白がるように笑うと、ジンさんはネクタイの位置を正し、

「さて、まずは見知った先生方へのご挨拶からだ。メル、一緒に来てくれ」

 と、爽やかな教員の顔付きになり、颯爽と歩き始めた。


 
 ――関係者や来賓への挨拶を終え、いよいよ開演の時間となった。
 
 合図と共にエントランスが開き、盛大な拍手の中、招待された十五名の新入生が入場する。
 普段は学生服に身を包む彼らも、今は華やかなスーツやドレスに着飾っていた。
 
 その中にファティカ様の姿を見つけ、私は舞台袖のカーテン裏でゴクッと喉を鳴らす。
 久しぶりに目にするファティカ様は、緊張されたご様子だが、お元気そうだった。淡い水色のドレスが艶やかな黒髪にとてもよく合い、儚くも可憐な雰囲気を醸し出している。
 
 そんな、彼女の無事を純粋に喜ぶ気持ちと、「いよいよだ」と緊張する気持ちに挟まれ、私は一度目を閉じる。

(……大丈夫。真摯に話せば、ファティカ様はきっと協力してくださる。組織の壊滅も、ヒルゼンマイヤー家の解体も、ファティカ様にとって良いお話に違いないんだから)

 そう自分に言い聞かせ、私は『祝賀会』の進行を見守った。



 * * * *



 ――『祝賀会』は、つつがなく執り行われた。
 今後の優遇措置についての説明を聞き、生徒たちは希望に目を輝かせていた。
 そうしてそのまま、先生方や来賓と交流する立食パーティーが始まったので、私は裏口からホールを出て、エントランスの方に回り、待機した。

 ジンさんがこっそりやって来たのは、立食パーティーが始まってすぐだった。美味しそうな料理を全種類、大きなお皿を二枚使って、綺麗に盛り付けて持って来てくれた。

「皿は後で回収しに来る。それでは」

 そう短く言うと、彼はまた会場内へ戻って行った。
 本当に、優しくて気が利く人だ。今日で雇用関係が終わるかもしれないことに、また気持ちが引きずられそうになるが……

(……だめだめ。今は『ファティカ様説得作戦』に集中っ)

 そう切り替え、持って来てもらった食事を、もりもりと食べた。



 ――そして、数時間後。
 副学長の閉会の言葉を最後に、『祝賀会』は終了した。
 
 生徒や先生方が談笑しながら会場を後にする中、私は足音を殺し、事前に決めていた待ち合わせ場所へと向かう。
 それは、学院の敷地内にあるカフェ――ジンさんがスコーンを買ってくれた、あのガラス張りの建物の裏手だ。
 この後、人目に付かないこの場所へ、ジンさんがファティカ様を連れて来ることになっていた。

 程なくして、二人分の足音が聞こえて来た。
 そして、こんな声も。

「アーウィン先生……一体、どこに向かわれるのですか?」

 不安げな、ファティカ様の声だ。
 
 いよいよ……いよいよ、この時が来た。
 
 私は逸る鼓動を抑えるように深呼吸し、彼らの到着を待つ。

「すまない、もう少しで着く。君に……会わせたい人物がいるんだ」

 建物の向こうから聞こえる、ジンさんの声。
 それを合図に、私はガラス越しにぼんやりと見える二人の影に近付き……
 ついに、ファティカ様と対面した。

 いきなり現れた私に、ファティカ様は驚き、足を止める。

「あ……あなたは……?」

 眉を顰め、怪訝な表情で私を見つめる彼女。
 どうやら、辺りの暗さと装いのせいで、私だと気付いていないらしい。

 私は、結っていた髪をパサッと解き、亜麻色の長髪を露わにする。
 すると、ファティカ様ははっと目を見開き、驚愕する。

「め……メルフィーナさん……?!」

 私の名を呼ぶそのお声は、あの頃と変わらず可憐なもので……
 
 私は、久しぶりの再会を心から嬉しく思い、笑みを浮かべながら、


「ファティカ様……お久しぶりです」


 そう、静かに答えた。


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