魔術師と騎士団長の結婚びより

鈴花 里

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新妻逃げ旅 編

2話 新婚魔術師のお悩み

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 時は遡ること二日前。
 とある女魔術師は真剣な表情でこう言った。


「私はあの色気に殺される」
「…………」
「私はあの色気に殺される」
「聞こえてんだよ。あえて黙ってんだよ」


 女魔術師の正面に座る男は、面倒くさそうにそう吐き捨てると、これ見よがしに大きな溜め息を吐いた。
 しかし、女魔術師はそんな男の態度を無視し、真剣な表情のまま、話を続ける。


「私はあの色気に殺される」
「それはさっき聞いた」
「私はあの色気に殺される」
「…………」
「私は――」
「わかったわかった。それで俺にどうしてほしいって?」
「私ひとりでは処理できないこの悶えを全部聞いてッ!!!」


 顔を真っ赤に染め上げ、ブルブルと体を震わせ叫ぶ女魔術師――エルレイン・ フォーゲル。
 ゆるい三つ編みでひとつにまとめたストロベリーブロンドの髪に、キラキラと輝く金色こんじきの瞳。
 必要最低限の化粧だけをしたナチュラル系美人(黙っていれば)。そして残念なことに、あまり主張の激しくない平凡な体つきをした、この国のとても優秀な宮廷魔術師である。

 そんなエルレインが、同僚の男を正面に座らせ、強制的に聞かせているのは――。


「どうして私の夫はあんなに色気を振り撒いてくるの!?」
「知らん」


 ついこの間結婚してできた伴侶の、強烈な色気に身が削られているという惚気話であった。
 しかし、本人はとても真剣である。


「私を殺そうとしているの!?」
「それはねぇ」
「口から心臓吐きそう!!」
「それはお前に恋愛的耐性がないせいだろ」
「恋愛的耐性スキル欲しい!!!」
「そんなもんねぇわ」


 このままじゃ色気に殺される! と大袈裟に叫ぶエルレイン。
 これとほぼ似た話を、暇さえあれば聞かされている男はすっかり慣れてしまっているようで、お茶菓子として用意されたクッキーをボリボリ食べている。


「いい加減慣れろや」
「無理無理無理無理無理!! まだ結婚して一ヶ月も経ってない!! あれにどう慣れろと!?」
「気合い」
「適当言うな!! こっちは真剣なんだよ!!」
「めんどくせ」
「面倒くさくないッ!!」


 テーブルを壊す勢いで叩くエルレインの額に、男は「やめろ。壊れる」と言いながらデコピンを放つ。なかなかの威力が込められたデコピンは、パンッ! と小さな破裂音を鳴らし、エルレインはその痛さに呻く。


わり。ちょっと力加減間違えた」
「バッカ……っ……これ………私じゃなかったら頭飛んでるから……!!」
「大丈夫。お前の頭はちゃんと付いてる」


 心配無用と言わんばかりにグッと親指を立てる男。
 エルレインはデコピンによって赤く腫れた額を押さえながら、男の手をはたき落とす。


「痛」
「これでチャラね」
「「 …………… 」」


 無言で睨み合い、そして同時にお茶を飲む。
 しばし沈黙が続いた後、先に口を開いたのは男の方だった。


「とりあえず、お前の恋愛的耐性がほぼ無に近いことはわかった。さすが適当に歳だけ食った生娘だな」
「うるさいな!」
「でも安心しろ。大丈夫だ。俺ならその窮地からお前を救ってやれる」
「…………どうやって」
「今晩あたり生娘捨ててこい」
「あんたの股にぶら下がってるイチモツ消し飛ばしてやろうか?」
「それ、生娘が口にしていいセリフじゃねぇぞ、鬼娘きむすめ


 若干、自分の股を隠すような素振りを見せた男に、エルレインは馬鹿にしたように鼻で笑う。しかし、次の瞬間には溜め息をついて、落ち込む素振りを見せる。


「家に帰りたくない……」
「そんな嫌ってやるな」
「嫌いなわけじゃない……。ただ私の動悸と息切れが半端ないだけ……。こう…………すごい苦しくなる」
「慣れるしかねぇな」
「クソがァ……」
「おい。間違っても旦那にその言葉遣いは知られんなよ」


 呆れたようにそう注意してくる男に、「当たり前でしょ」と返すエルレイン。
 しかしここでふと、アホみたいな妙案が浮かぶ。


「嫌われれば離婚できるのでは……」
「馬鹿か。んなことになればお前、超絶面倒くせぇ目に遭うぞ」
「そうなったら、冒険者になって世界中旅するから問題なし!」
「大アリだわ。そもそも国の機密事項知ってる奴をそう簡単に逃がすかよ」
「ちょっとしか知らないから。ちょっとしか」
「そういう問題じゃねぇ」
「いい案だと思ったのに……」


 そう呟いたエルレインに、男は「こいつ、やっぱり馬鹿だな」と呆れる。

 実はエルレイン、この国においてかなり重要な役回りを任されている人物であり、王族からの信頼が厚い。本人の言動を見るに、なかなかの適当人間であることは確かだが、仕事に関しては誰もが認めるほどに手堅いのである。

 そのことに関しては、エルレインの目の前にいる男もまた、尊敬してはいるものの、彼女の本性もよく知っているため、なんとも複雑な気分なのだとか。


「令嬢達からしてみりゃ、喉から手が出るほど羨ましい優良物件だろうに。それをお前ときたら……」
「私にとっての伴侶は【魔法】なの。人と結婚したかったわけじゃない。そもそも半強制的な結婚だよ?」
「それでもあの旦那なら誰だって結婚してぇだろ」
「むむ……」


 そう言われてしまえば確かにそうか……と、エルレインは夫の姿を思い浮かべて頷く。

 もともと貴族達の間では有名な人物であったが、エルレインは結婚するまで夫のことをあまり知らなかった(魔法以外の事柄に興味がないから)。
 同じ王宮に勤めているとはいえ、職種も違えば、仕事場も違う。エルレインの仕事場と夫の仕事場は、棟が違うこともあり、どこかの廊下ですれ違うことさえない。時々、魔物討伐に向かう姿を見かける程度だ。
 もちろん、当時は言葉を交わしたことさえなかった。


「時々、舞踏会にも参加してんのを見たが、そりゃあもう凄かった。ダンスタイムに入った瞬間、令嬢達が群がる群がる。あれはまるで、夜の光に群がる蛾のようだったな」
「せめて蝶にしてあげたら?」
「蛾で充分だ。あれは容姿と家柄目当てで群がってるだけだからな」
「そ、そう……」
「まぁ、本人は一切相手にしねぇで、数人に挨拶を交わしてすぐ帰っちまったけどな」


 そう言って小さく笑う男に、エルレインは「確かにそんなタイプかも」とつられるように笑う。

 確かに日々の色気はすごいものだが、本人自体はかなり淡白な部類だ。
 口数は少なく、あまり表情も動かない。夫婦の営みはもちろんなく、軽いスキンシップもほぼない。しかし、一緒にいる時の距離はなぜか近いため、エルレインは夫の色気にあてられる。

 ちなみに、フォーゲル家の使用人達曰く、「あんなに嬉しそうな旦那様を見るのは初めてです」とほっこりした様子だったが、エルレインにはまったくわからなかったという。


「とりあえず、何かいい色気対策ができるまでは少し距離を置きたいの」
「だから生娘捨ててこ――」
「今、私が呪文を唱えたら、あんたのイチモツが消えてなくなるけど…………いいの?」
「それは困るな」
「でしょうよ。というわけで、遠方の仕事ない?」
「遠方か…………あ。これなんてどうだ?」


 執務机に積み重なっている書類の山から一枚引っ張り出し、エルレインに渡す。もちろん書類の山はものの見事に崩れ落ちたが、男は気にせずそのまま放置だ。


「王都から馬車を使うなら三日。魔獣車を使うなら一日半かかる村だ」
「……うん。悪くない。えーと、仕事内容は【洞窟奥の封印確認】…………なるほど」
「お前に適任だろ?」
「確かにね。この手のものは私の担当だわ」
「じゃあ、適当に今月中にでも――」
「今から行ってくる」
「……は? 今から?」
「寄り道しながらゆっくりとね。それじゃあ、いってきまーす!」
「あ、おい、ちょっと待て、エルレ――」


 バタンッ、と閉じられる扉。
 部屋に残された男は、エルレインに伸ばした手を下におろし、大きな溜め息をひとつ。


「せめて旦那に報告はしてから行けよ、って言いたかったんだけどな……」


 たぶん……いや、絶対しないだろうな、と男はエルレインの出ていった扉を見つめて思うのだった。



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