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新妻逃げ旅 編
9話 魔術師の選択
しおりを挟む(生まれたての小鹿って、あんな感じなのかな……)
よくわからない謎の抱擁から数分。
ようやく解放された頃には、私のメンタルはゼロを振り切りマイナス状態で。
その結果、またもやユリウスさんに背負われる形となっていた。
(でも、これって完全にユリウスさんのせいだから、しょうがないと思う)
むうっと唇を尖らせて、ユリウスさんの後頭部を睨み付ける。
私は、魔法を伴侶と呼ぶような変わり者だ。自分で言うのもおかしいけれど。
珍しい魔法を見つけたら一から十まで調べ尽くし、基礎的な魔法であっても変質させることはできないかと研究を重ねる。そのすべてに愉悦を感じる系の変人なのだ。
故に、恋愛経験なんてものはどれだけ捻り出そうともゼロでしかなく。むしろ、存在しないに近い。
そんな私だから、ユリウスさんの愛を感じる言動や行動、そして溢れる大人の色気。そのすべてに過剰反応が起き、近頃は心臓が本当に色々と危ない。
ちなみに、今みたいな通常時にはそれほど問題はなく。多少のソワソワ感はあっても、それは許容範囲内のこと。心身ともに健康だ。
願いが叶うのならば、永遠にこの状態をキープしていてほしい。
「……エルレイン」
「はい」
「俺の後頭部を睨み付けるのはいいが、仕事は終わっているのか?」
「まだです」
言われて気付く。そういえば、仕事中だったなと。
ユリウスさんの言動や行動に一喜一憂している場合ではなかった。
「確かこの先に洞窟があるんだったな。このまま向かうか?」
「いえ。その前に村長のところに行って、詳しい話を聞かないと。だから一度、村に戻って――」
「エルレイン。では、なぜここにいた?」
「あ゙」
ユリウスさんの声が明らかに低くなった。
そしてよくよく考えれば、これが完全に説教案件であることに今気が付いた。
(いやでもこれは不可抗力だよね!?)
なぜなら、村長と会う前に性別を戻す必要があったから。
そのためには、人気のない場所を選ぶ必要があったから。
そうしたら、思い付いたのはここだけだったから。
(でも、途中で嫌な感じがして道半ばで着替えたんだけど)
その経緯をまるっとユリウスさんに説明したら、説教は免れるだろうか。
でもそうすると、ローブの件も……。
『絶対に、誰にも、話さないでよ?』
ローブを受け取りに行った際、ぐりぐりと釘を捻り刺された言葉。
(『誰にも』っていうのは、どこからどこまでを言うの……?)
知人や友人、同僚はダメだけど、夫はいいのか。それともこの世でその存在を知っていていいのは、彼女と私だけなのか。
(深読みしだすと、言葉って難しい……)
私のそれほど賢くない頭では特に。
とはいえ、『絶対に、誰にも』と言われたのだから、私達以外にはダメだということだろう。たぶん。
とりあえずそうと決まれば、あとはもう必死に言い訳を並べて納得してもらうしかない。私は何かを誤魔化すということが物を片付けるよりも苦手だけど、とにかく頑張る。頑張って、諦めてもらうしかない。
「は……話も聞かずに! 洞窟の中に入ろうとは思ってなかったです!」
「…………」
「まずここに来たのは! 村長の話を聞く前に下見をした方が…………客観的に見られるかなぁ! と思っただけで……」
「…………」
「べ、別に何かを隠したいとか! そんなこと絶対にありませんから!」
「…………そうか」
「ハイッ」
何度か声が裏返ったけど、気にしない。
うしろからだと、ユリウスさんが今どんな表情をしているのかわからないのが難点だ。納得は……してもらえていると嬉しい。
「エルレイン」
「はい」
「『事情があって話せない』とそう言ってくれれば、俺はそれで納得するぞ?」
「エッ」
おかしい。なぜバレた。
「事前説明を聞くのが面倒だからと、ここへ来た訳ではないんだろ?」
「は、はい」
「意味のある行動であれば、誰も怒りはしない。……まぁ、少し無防備すぎた気はするが」
「ご、ごめんなさい……」
「次からは気を付けるように」
「……はい」
(バレたけど、怒られなかった……)
誤魔化すことに必死で緊張していた体から、解けた強張り。でも、冷静になっていく頭で感じたのは、紛れもない後悔で。
(『詳しくは話せないけど』って、素直に言えばよかった……)
心のどこかで、そんな曖昧な理由では納得してもらえないと、勝手に決めつけていたのかもしれない。一から十まで説明しないといけないなら、誤魔化してしまった方がいいと思ってしまった。
それがなんだか遠回しに、『話しても理解してもらえない』と言ってしまったような気がして。
(うぅ……罪悪感……)
なぜか、違う意味で精神的ダメージをくらった。なんだかとても悪いことをした気分である。
「それで、洞窟の入り口までは行ったのか?」
「いいえ。この辺りでなんとなく嫌な感じがしたので引き返しました。その途中でユリウスさんに会ったんです」
「……そうか。今もするか?」
「今は……あれ? しない、ですね……」
先の道を見つめながら首を傾げる。
そこは、確かに少し前まで嫌な空気が漂っていた場所。私の思い違いではなく、『近付くことは許さない』とでも言うような威圧感があった場所。
でも、今はただ穏やかな風が抜けるだけの空気感で。自分の感覚がおかしかっただけかと、不安な気持ちになる。
ちなみにユリウスさんは、洞窟へ繋がる先の道を見つめたまま微動だにせず。なぜかはわからないけど、それがまるで何かを探っているようにも見えた。
「どうしましょうか?」
「特に変わった感じもしないからな。先へ進んでみるか」
「はい」
ユリウスさんに背負われたまま、洞窟へ続く道を進む。
雰囲気は穏やかなものだけど、周囲は相変わらず動物の気配ひとつしないほど静かで。柔らかな風はそよそよと木々の葉を揺らしている。
(私一人だとダメで、二人ならいいとか? ……いや。依頼書の追記欄には確か――)
【管理担当の村人二名が洞窟へ近付こうとしたところ、いつもと違う不穏な空気を感じた。】と、記載されていた。そうなると、人数は関係ない。ちなみに、その管理担当は二人とも男性なので、性別も関係ないだろう。
(そうなると……ユリウスさん? この洞窟と何か関係がある?)
黒牙騎士団の主な仕事は、【魔物討伐】である。王都近辺はもちろんのこと、被害規模によっては遠方まで足を運ぶ。
だから、その関係でここへ来ている可能性もゼロではないけど。
「ユリウスさんは、この村に来たことってありますか?」
「いや。初めてだ」
「……ですよね」
残念ながら、答えは出ず。ユリウスさんに背負われながら、一人悶々と考えている間に、洞窟入口へと到着した。
(でも、綺麗に整備されてるから洞窟って感じはしないわ)
どちらかといえば、トンネルに近いだろうか。壁は凹凸が浅くなだらかで、補強剤の色なのか白に近い灰色だ。更に、光を灯す魔石が埋め込まれているため中は明るく、暗がりもない。これなら、夜に来ても怖いとは感じないかもしれない。
(でも、残念ながら最奥までは見えないんだよね)
トンネルのように見えても、洞窟は洞窟。残念ながら、中まで真っ直ぐな単純構造とはいかない。右へ左へ曲がっているため、入り口からでは奥まで窺うことはできないのだ。
「「 …………… 」」
洞窟を見つめ、お互い無言で神経を研ぎ澄ます。
「問題ないな」
「ですね」
さすがにここまで来れば、またあの嫌な感じがするかと思ったのに、まさかの皆無。むしろ、他の洞窟よりも安全に思えるのはなぜだ。
「このまま入っても問題はなさそうだが……。一度、村に戻るか?」
「うーん……」
安全第一に考えるなら、ここで一度、村に戻るべきなのだろう。村長から詳しい話を聞き、不測の事態に備え、準備を整える。基本中の基本だ。
でも、洞窟とユリウスさんを交互に見やり、こうも思う。
(不測の事態が起きても、ユリウスさんがいればなんとかなるのでは……)
仮に、一人で洞窟の中に入るなら、不測の事態を予想した準備は必須だ。特に私の場合、好んで一人を選んでいるため、その辺りは抜かりない。
でも、今回は特級冒険者と同等の戦闘力を持つユリウスさんが一緒なのだ。
この場合、それらの準備は必須になるのだろうか。
(いやいや。手持ち分で充分足りる!)
「先へ進もうと思います。……異変を感じたら引き返しますけど」
「わかった」
「……自分で言っておいてアレですけど、いいんですか?」
「あぁ。大丈夫だろう」
そう言って、迷いなく歩き出すユリウスさんの背中で、「あの慎重さはどこへ?」と私は静かに首を傾げるのだった。
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