腐った縁ほど良縁に

鈴花 里

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三毛猫と過保護な番犬

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 営業部と人事部による初の合同歓迎会はその後、大きな問題が起きることもなく無事に終わりを迎えた。
 沙耶は壮司と共に人事部の輪の中で雑談をしながら、自分達が乗るタクシーが来るのを待っているところだ。
 営業部は、この後に二次会も企画しているとのことだが、壮司は参加しないで沙耶と一緒に真っ直ぐ家へと帰るらしい。


「俺は基本参加しないけどな」


 壮司曰く、営業部の二次会は合コンのノリに近いものがあり、独身の若い社員しか参加しないのだそう。壮司も新入社員の頃はなんとなく参加していたらしいが、その後はほぼ参加していないと首を横に振った。
 自分達の二次会とはかなり差があることを知った人事部一同は顔を見合わせて「ノリが若すぎるな」と苦笑いだ。


「おーい、甲斐谷くーん、ちょっとー」


 すると突然、人事部の輪の中にいる壮司に向かって声を掛けてきた人物が一人。
 千輪だ。
 しかもなぜか、その表情がどことなく困っているようにも見える。


「何したのよ」
「何もしてねぇよ」


 千輪から呼ばれた理由にまったく心当たりがないのか、壮司は訝しげに首を傾げながら沙耶の傍を離れていく。


(どうしたんだろ?)


 少し離れた場所で話す壮司と千輪の様子を窺う沙耶は、少しだけ違和感を覚えた。
 相手は一応、上司なのだが、壮司が眉間を押さえたり、面倒くさそうにわざと視線を外したりしているのだ。
 あまり良くない話なのだろうかと気になるものの、沙耶からは少し距離があるため、内容までは聞き取れなかった。
 そして、それから数分後。
 千輪との話を終えたらしい壮司が、沙耶の元へと戻ってきた。
 しかし―――。


「……………」
「ちょっと……。怖いんだけど……」


 大変珍しいことに、とんでもなく不機嫌そうな表情を貼り付けていた。
 それは、付き合いの長い沙耶でさえ、思わず後退ってしまいそうになるほどの不機嫌オーラ。声を掛けるのもはばかられるほどのひどさだ。


「何の用事だった……?」


 逃げ腰になりながらも恐る恐るそう尋ねれば、壮司から返ってくるのは苛立ちを含んだ深い溜め息のみ。これは本当に稀にみる不機嫌さだと、たぶんまったく関係ないだろう沙耶にも緊張が走る。


「そ、壮司……? 大丈夫……?」
「……………」
「お、おーい……」
「……………」


 返事がない。まるで屍のようだ。―――とは言わないが、壮司にしては珍しすぎる反応に、沙耶は下から覗き込むようにして顔を近付ける。なんとなく、壮司の顔の前でひらひらと軽く手を振れば、ガッツリ合うお互いの視線。


「……………」
「な、何……?」


 無言、そして怖い顔のまま見つめてくる壮司に、沙耶はたじろぐ。
 何を伝えようとしているのか、まったくわからない。むしろ、自分の顔に何かついているのではないかと疑ってしまうほど、瞬きなしで見つめてくる。


(い、居たたまれない……)


 そう思いながら、どうするべきかと首を傾げた瞬間―――。


「にぎゃぁっ!」


 何の前触れもなく、すっぽり抱き込まれた。しかもなぜか、がっちりホールドを決めているため、逃げることもできない。
 沙耶の頭の中は、大パニックだ。


「なに!? なんなの!?」
「……………」
「ちょっと……。吐くの? 吐きたいの? やめてよ! ここで吐かないでよ!?」
「……………」
「ちょっ! なんなの!? もう離して! 今すぐ離して! 人前で触んないでよ!」
「……………」
「聞いてんの!?」
「………すげぇ焼き肉の匂いする」
「さっきまで焼き肉屋にいたからね! あんたも同じ臭いしてますけど!?」


 もういい加減にしてくれ! と言わんばかりに地団駄を踏む沙耶。
 しかし、壮司の腕が離れる気配はまるでない。


「離してよ!」
「なんで」
「は、恥ずかしいからっ!」
「すっぽり収まってんだから、誰にも見えねぇよ」
「違う! そうじゃない! 人前ではやだ!」
「二人きりならいいのか」
「そ、そ、そんなこと言ってないっ!!!」


 壮司の言葉に、恥ずかしさメーターがついに最大値を突き破った沙耶は、壮司の脇腹に向かってグーパンチを叩き込んだ。すると、思った以上に威力があったのか、壮司の腕から力が抜ける。
 その瞬間、少しやり過ぎたかも……とは思ったが、沙耶の恥ずかしレベルもマックスを突き破っていたのだ。壮司が悪いと決めつけて、腕の中から素早く脱出し、一定の距離を置く。
 そしてすぐさまババッと周りを確認すれば、営業部の人達はすでにおらず、二人のやり取りを見ていたのは、人事部の人達だけ。
 しかし―――。


(し、視線が………生温かい……)


「………っ……」


 こちらを見つめる人事部一同の生温かな視線を受け、更なる羞恥心に襲われた沙耶はグッと奥歯を噛み締める。
 そして、元凶となった人物壮司を鋭い視線で睨み付ける。


「壮司っ!! あんたのせいで―――」
「悪い、沙耶。今日、一緒に帰れなくなった」
「……………は?」


 このタイミングでそれ言うか? と、なんで帰れないの? といった気持ちを含んだ訝しげな表情で首を傾げる。


「さっき課長に仕事頼まれたんだよ」
「仕事? え、何。今から?」
「あぁ」


 面倒くさそうに表情を歪める壮司を見て、歓迎会の後に仕事入れるなんてとんだ鬼畜野郎だな、と心の中で毒づきながら千輪を批難したところでふと疑問。


(あれ? でも、営業部って今の時期そんなに忙しかったっけ? しかも、壮司だけ?)


 おかしいな、と思いながら首を傾げる。
 他の営業部社員は帰宅するなり、二次会に行くなりしているというのに、なぜ壮司だけが仕事を頼まれているのだろうか。
 特別千輪のお気に入りというわけでもないはずだ。
 それなのになぜ壮司だけ? と沙耶は不思議でたまらない。


「断らなかったの?」
「断った。でも、課長がしつこかった」
「ふーん……」
「じゃあ、気をつけて帰れよ」


 いつもとは違う、妙にあっさりとした態度の壮司。すでに背中を向けて歩き出そうとしている。


(……………いつもなら……こんな簡単に引き下がらないくせに……)


 ふと、いつもの壮司を思い浮かべ、今目の前から遠ざかろうとするその背中に覚えたのは、妙な寂しさ。

 ―――だからなのか。

 自然と手が動いてしまったのは。


「沙耶?」
「………あ」


 無意識に伸びた手が掴んでいたのは、壮司の服の袖。
 名前を呼ばれ、ようやくその無意識の行動に気が付いて、途端に恥ずかしくなった沙耶は急いでその手を離す。


(な、何してんの、私……!)


 壮司を引き留めるように、自然と伸びていた手。
 仕事に行くのだから邪魔をしてはいけない。そんなことはわかっているはずなのに、体が勝手に動いてしまった。


「どうした?」
「な、なんでもない……」
「……………」
「し、仕事なんでしょ……! いってらっしゃ、い……っ」


 してしまったことへの恥ずかしさを誤魔化すために言った言葉で、まさかの追い討ち。あれではまるで―――


「奥さんか」
「言うな!!」
「うん。悪くなかった」
「い、いいから早く行け! もう帰ってくんな!」


 思っていたことを言い当てられ、真っ赤に染まった顔で今度は逆に壮司の背中を目一杯押す。
 するとちょうどよく、呼んでいたタクシーが到着したため、壮司から逃げるように沙耶はタクシーに向かって走り出す。そんな沙耶の後ろからは、いつもより少し大きめな壮司の笑い声が聞こえている。


(笑いすぎだし……!)


 腹が立つやら、恥ずかしいやら、なんとも言えない気持ちのままタクシーに乗り込み、ドアが閉まる寸前。


「いってきます」
「!」


 バタンッとドアが閉まったのと同時に視線を向ける。するとそこには、沙耶に手を振る笑顔の壮司の姿があって―――。


「………バカじゃないの」


 そう口から出た言葉とは裏腹に、その表情には嬉しそうな、柔らかな笑みが浮かんでいた。


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