6 / 12
尾行開始、だけど
しおりを挟む
恭祐と大雅が白いワゴン車を置いたマンションの前に急いで戻ると、道の先に遠ざかっていくスーツ姿の男性がいる。
「いいか、速足で歩き、ターゲットを追い抜く。抜いてから2つめの電柱で歩みを止めて上を見ながら二人で話をするぞ」
「え……??」
「電柱と電線を見ているふりをしながら、視線をなるべくターゲットに向けずに観察する」
「そんな器用なことできませんよ」
「ああ、お前は上だけ見てろ」
言いながら恭祐は黒いスーツ姿の背中を速足で追いかけ始める。
遅れまいと大雅が付いて行くと、恭祐は小さく振りかえって「合わせろ」とささやいた。
「よし、一旦距離を測るぞ」
「……はい?」
「そこの電柱からどの程度距離があるか確認しよう」
「は、はい」
「図面が正確とは限らないからな」
「そうなんですか?」
電気工事の話を振りながら恭祐がうなずく。ターゲットは5メートル先に迫っている。
「最近は材料費が高騰しているせいで、余分な材料を見越した工事はできない。ちゃんと無駄がないように働くぞ」
「時代なんですか? 昔は無駄があったんですか?」
「俺も最近の人間だから昔のことは知らないけどな」
――ターゲットを追い抜いてから2つめの電柱って、ターゲットも歩いているわけだし、そんなに観察する時間ないんじゃ……。
大雅が心配をしながら恭祐に続いてターゲットを追い抜く。
黒いスーツ姿のターゲットは頭髪を整髪料で固めているようだ。
「面取りは俺だけでやるから、桂は電柱の観察に専念しろ」
「はい……」
そこまで念押ししなくても、と嫌そうな顔をしてひとつめの電柱を過ぎ、30メートル先にあるふたつめの電柱を視界に入れる。
「あれだ」
恭祐はそう言いながらふたつめの電柱を指差し、地図と図面を大雅に渡す。
ターゲットは後ろを歩いている。見てはいけないと言われると何故か振り返ってみたくなるものだ。
恭祐が歩みを止めると、大雅も立ち止って電柱の上を見るように顔を上げた。
黒い電線が何本も空を横切っている。
恭祐はターゲットの方に身体を向け、電柱を確認するふりをしていた。
槇田は歩きスマホをしながら、イヤホンで何かを聞いているようだ。
伏し目がちで顔の特徴が捉えづらい。
この状況で「面取り」ができるのだろうかと思いながら、大雅は自分の手に握られた図面に視線を戻した。
ターゲットが視界に入ってから通り過ぎていくまでおよそ10秒間。
「大丈夫でしたか?」と大雅が小さく尋ねると、「ああ」とそっけなく返される。
「面取りは、着ている服や身に着けているものを把握したり、歩き方や不意に出るクセを知ったりするのが重要だ」
「スマホを見ていたので、顔がよく見えませんでしたね」
「個人が持つ独特の雰囲気と匂いさえ記憶できればいい」
「……匂い??」
大雅が顔をしかめると、恭祐はくすりと笑う。
「『末裔』だと言っただろ。目は悪いが鼻は人一倍良いから安心しろ」
「……さすが犬山ですね」
「馬鹿にしてんのか? ぶっ飛ばすぞ」
「暴行罪……いや、脅迫罪で訴えます」
「……シツレイイタシマシタ」
恭祐は棒読みで謝ると、そのままマンション前に停めた白いワゴン車に戻る。
「俺はスーツに着替えてターゲットを追う。後部座席に移動するから駅まで桂が運転しろ」
「ええっ……はい?」
「この道を真っすぐ行けば駅ロータリーに着く。恐らくターゲットは電車に乗るつもりだ。今から向かえば先に着けるだろう」
「じゃあ、急がないと」
焦る大雅に比べ、恭祐は落ち着いていた。後部座席に乗り込み、作業着からスーツに着替え始めている。
「車の運転なんて普段しないので、事故ったらすいません」
「絶対事故るな。職質も受けるな」
そんな無茶な、とエンジンをかける。
運転自体が久しぶりだというのに、この車は大きい。
「運転する予定があるなら先に言ってくださいよ。練習したのに」
「尾行なんてケースバイケースで何が起きるか分からないもんなんだよ」
「指示が荒いんですよ、ったく、上司としてどうなんですかね?!」
「あーあーあーあー俺が悪うございましたね」
「そういう、ただ謝ればいいみたいな対応、女性ウケ最悪ですよ」
「男が女ウケを語るな。『蓼食う虫も好き好き』だ」
果たして意味が分かっていてそのことわざを使ったのか、確かに人の好みとは千差万別かもしれない。
恭祐は蓼で、虫にでも好かれたいのだろうか。
不意に、50歳手前で小麦色の肌をした『たけよ』の顔が浮かんだ。
ーーいや、あれは女じゃないよな。
大雅が運転する白いハイエースワゴンは、ターゲットの槇田浩介をあっさりと追い抜いて駅に向かっていく。
槇田はイヤホンを外しており、もうスマホを見てはいない。
「猶予はせいぜい30秒だな。駅前のコンビニで降ろせ」
「はあ? どこですか?」
「向かって右」
「ああっ通り過ぎた」
「そこで停まれ!」
「はいっ」
車はロータリーで停車し、恭祐は車を降りる準備をしている。槇田は来ていない。
「いいか、これから尾行に入る。車のカーナビで俺のGPSが見られるようになっているから色々いじってみろ。変なところに車を停めていると職質されかねない。大通り沿いにあるコンビニの駐車場で寝ているふりをしろ。何なら寝てて良い」
「え、所長はいつ頃の戻り予定ですか……?」
「知るか。いちいち説明している時間がない。待機していろ」
もっと詳しく、と思っている間に、恭祐は後部座席のドアを開けてコンビニエンスストアに消えて行った。
「はあ?! なんなんだよ、あの人……」
大雅は所持金がなく、小銭くらいしか持っていない。
尾行がいつ終わるか分からないのに、どう過ごせというのか。携帯電話も持たされていない。
恭祐が駅前のコンビニエンスストアに入って雑誌コーナーで外を見ていると、槇田が駅ロータリーに到着した。
その槇田の後ろに恭祐がついて行く。どうやら槇田は駅舎に入り、恭祐もその後に続いたようだ。
「GPSって……地図を見ても土地勘無いんだけどな……」
駅ロータリーにいたら警察に声をかけられるかもしれない、と、大雅は車を駅ロータリーから移動させることにする。
近くには交番があり、ここにいたら職務質問を受けかねない。
「いいか、速足で歩き、ターゲットを追い抜く。抜いてから2つめの電柱で歩みを止めて上を見ながら二人で話をするぞ」
「え……??」
「電柱と電線を見ているふりをしながら、視線をなるべくターゲットに向けずに観察する」
「そんな器用なことできませんよ」
「ああ、お前は上だけ見てろ」
言いながら恭祐は黒いスーツ姿の背中を速足で追いかけ始める。
遅れまいと大雅が付いて行くと、恭祐は小さく振りかえって「合わせろ」とささやいた。
「よし、一旦距離を測るぞ」
「……はい?」
「そこの電柱からどの程度距離があるか確認しよう」
「は、はい」
「図面が正確とは限らないからな」
「そうなんですか?」
電気工事の話を振りながら恭祐がうなずく。ターゲットは5メートル先に迫っている。
「最近は材料費が高騰しているせいで、余分な材料を見越した工事はできない。ちゃんと無駄がないように働くぞ」
「時代なんですか? 昔は無駄があったんですか?」
「俺も最近の人間だから昔のことは知らないけどな」
――ターゲットを追い抜いてから2つめの電柱って、ターゲットも歩いているわけだし、そんなに観察する時間ないんじゃ……。
大雅が心配をしながら恭祐に続いてターゲットを追い抜く。
黒いスーツ姿のターゲットは頭髪を整髪料で固めているようだ。
「面取りは俺だけでやるから、桂は電柱の観察に専念しろ」
「はい……」
そこまで念押ししなくても、と嫌そうな顔をしてひとつめの電柱を過ぎ、30メートル先にあるふたつめの電柱を視界に入れる。
「あれだ」
恭祐はそう言いながらふたつめの電柱を指差し、地図と図面を大雅に渡す。
ターゲットは後ろを歩いている。見てはいけないと言われると何故か振り返ってみたくなるものだ。
恭祐が歩みを止めると、大雅も立ち止って電柱の上を見るように顔を上げた。
黒い電線が何本も空を横切っている。
恭祐はターゲットの方に身体を向け、電柱を確認するふりをしていた。
槇田は歩きスマホをしながら、イヤホンで何かを聞いているようだ。
伏し目がちで顔の特徴が捉えづらい。
この状況で「面取り」ができるのだろうかと思いながら、大雅は自分の手に握られた図面に視線を戻した。
ターゲットが視界に入ってから通り過ぎていくまでおよそ10秒間。
「大丈夫でしたか?」と大雅が小さく尋ねると、「ああ」とそっけなく返される。
「面取りは、着ている服や身に着けているものを把握したり、歩き方や不意に出るクセを知ったりするのが重要だ」
「スマホを見ていたので、顔がよく見えませんでしたね」
「個人が持つ独特の雰囲気と匂いさえ記憶できればいい」
「……匂い??」
大雅が顔をしかめると、恭祐はくすりと笑う。
「『末裔』だと言っただろ。目は悪いが鼻は人一倍良いから安心しろ」
「……さすが犬山ですね」
「馬鹿にしてんのか? ぶっ飛ばすぞ」
「暴行罪……いや、脅迫罪で訴えます」
「……シツレイイタシマシタ」
恭祐は棒読みで謝ると、そのままマンション前に停めた白いワゴン車に戻る。
「俺はスーツに着替えてターゲットを追う。後部座席に移動するから駅まで桂が運転しろ」
「ええっ……はい?」
「この道を真っすぐ行けば駅ロータリーに着く。恐らくターゲットは電車に乗るつもりだ。今から向かえば先に着けるだろう」
「じゃあ、急がないと」
焦る大雅に比べ、恭祐は落ち着いていた。後部座席に乗り込み、作業着からスーツに着替え始めている。
「車の運転なんて普段しないので、事故ったらすいません」
「絶対事故るな。職質も受けるな」
そんな無茶な、とエンジンをかける。
運転自体が久しぶりだというのに、この車は大きい。
「運転する予定があるなら先に言ってくださいよ。練習したのに」
「尾行なんてケースバイケースで何が起きるか分からないもんなんだよ」
「指示が荒いんですよ、ったく、上司としてどうなんですかね?!」
「あーあーあーあー俺が悪うございましたね」
「そういう、ただ謝ればいいみたいな対応、女性ウケ最悪ですよ」
「男が女ウケを語るな。『蓼食う虫も好き好き』だ」
果たして意味が分かっていてそのことわざを使ったのか、確かに人の好みとは千差万別かもしれない。
恭祐は蓼で、虫にでも好かれたいのだろうか。
不意に、50歳手前で小麦色の肌をした『たけよ』の顔が浮かんだ。
ーーいや、あれは女じゃないよな。
大雅が運転する白いハイエースワゴンは、ターゲットの槇田浩介をあっさりと追い抜いて駅に向かっていく。
槇田はイヤホンを外しており、もうスマホを見てはいない。
「猶予はせいぜい30秒だな。駅前のコンビニで降ろせ」
「はあ? どこですか?」
「向かって右」
「ああっ通り過ぎた」
「そこで停まれ!」
「はいっ」
車はロータリーで停車し、恭祐は車を降りる準備をしている。槇田は来ていない。
「いいか、これから尾行に入る。車のカーナビで俺のGPSが見られるようになっているから色々いじってみろ。変なところに車を停めていると職質されかねない。大通り沿いにあるコンビニの駐車場で寝ているふりをしろ。何なら寝てて良い」
「え、所長はいつ頃の戻り予定ですか……?」
「知るか。いちいち説明している時間がない。待機していろ」
もっと詳しく、と思っている間に、恭祐は後部座席のドアを開けてコンビニエンスストアに消えて行った。
「はあ?! なんなんだよ、あの人……」
大雅は所持金がなく、小銭くらいしか持っていない。
尾行がいつ終わるか分からないのに、どう過ごせというのか。携帯電話も持たされていない。
恭祐が駅前のコンビニエンスストアに入って雑誌コーナーで外を見ていると、槇田が駅ロータリーに到着した。
その槇田の後ろに恭祐がついて行く。どうやら槇田は駅舎に入り、恭祐もその後に続いたようだ。
「GPSって……地図を見ても土地勘無いんだけどな……」
駅ロータリーにいたら警察に声をかけられるかもしれない、と、大雅は車を駅ロータリーから移動させることにする。
近くには交番があり、ここにいたら職務質問を受けかねない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
竜華族の愛に囚われて
澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。
五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。
これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。
赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。
新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。
そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。
※某サイトの短編コン用に書いたやつ。
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる