アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 23rd night 騎士の報告

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 カイは、その夜にレナの部屋をノックした。
「どうしたの?」
 中から声がして、レナが扉を開ける。そこには護衛中のはずのカイが立っていた。

「……さっき、外国人兵が城に出たのは、聞いたか……?」
 カイが静かにレナに尋ねる。
「……負傷者が出たという報告は聞いたわ」
 レナはカイの様子がどこかおかしい気がして、カイを部屋に招き入れた。とりあえずゆっくり話を聞きたいと言って、隣り合ってテーブルの席に着く。

「サラを襲った者と同じグループだと思われる外国人兵4名が、城を襲った。門番が1名、負傷している」
 カイはそこまで言うと、その後の報告を渋っている。
「それで、その兵は……今は?」
 レナが当たり前のように尋ねると、カイは言いにくそうに、
「俺が、殺した」
 と言ってそれ以上は何も言わなかった。

「そう」
 レナはそれだけ言うと、カイをじっと見つめている。
「ありがとう。あなたを雇っているのは私なのだから、その4人の兵士を殺したのは、私ということになるわね」
 レナが当然のように言ったので、カイは自分の耳を疑った。今迄雇われて人を殺めなければいけないことは何度もあったが、それが主人の責任だと言い切った雇用主には会ったことがない。

「あなたが、今、思っていることを私に教えて。それは本来、あなたではなく私が負うべき感情なのだから」
 レナが言うと、カイは少し言いづらそうに語りだした。

「それまで生きていた人間を殺めるということは、未来を奪うことだ。やらなければやられると分かっているから躊躇はしないが、毎回自分の手が血で染まるのは気分の良いものではない。特に、この国のような武力を持たず争いのない国では、殺しなどしたくなかった」
 レナは、いくつもの戦場を経験した騎士団長でも、人を殺めることには抵抗があるのだと知る。

「そう。あなたはもっと割り切っているのかと思っていたから、それを聞いて安心したわ」
 レナはそう言って、テーブルの上に置かれたカイの手に触れる。
「この手は、血で染まってなんかいない。あなたが私の命を守ってくれたから、私は今、ここにいるのよ」
 そう言ってカイに触れたレナの手は、少し冷たかった。カイの手に比べ指は随分と細く、小さくて頼りない。

 カイは、その手が持つ責任や覚悟を初めて知った。こんな戦いに向いているはずもない小さな手こそが、どんな強靭な戦士の手よりも、強いのだと。

「まさか、農業国の王女にそんなことを教えられるとはな」
 カイは呟くように言うと、レナをじろりと見る。
「何よ?」
「いや?」

 カイはそれ以上、何も言わなかった。
 主従関係は金額の上に成り立っているものだと思っていたカイは、尽くすべき主人もこの世にはいるのかもしれないと、柄でもないことが頭によぎる。が、何を血迷っているんだと慌てて頭の中からその考えを消し、レナから目を逸らした。

 重ねられたレナの手は、少しだけカイの手を包むように握られている。決して力の強くない小さなその手を、カイは振り払うことができそうになかった。
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