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1章
アイリーンの結婚式 3
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家に帰ると、執事に「クリスティーナ様、お手紙が届いております」と公爵家からの手紙を渡された。
公爵家の獅子の印が刻印された封蝋印を見て、クリスティーナ姫からだと分かった。
「ありがとうございます!」
私はその封筒を受け取って、窓がまだ完全に直っていない部屋に直行する。
侍女のエイミーも一緒についてきていた。
「クリスティーナ様からですか?」
「そう。差出人は書いていないけれど」
手紙の封を開けると、封蝋印が粉々に砕けた。
『わたくしの片割れ、大切なクリスティーナへ
予定より早い結婚と挙式の予定に驚かせてしまったようですね。こうしてまたあなたとのやり取りに、どこか懐かしさを感じています。
皇室の都合もあり、なるべく早くわたくしを呼びたいと言われてしまったの。
オルブライト伯爵の噂を聞くけれど、あなたを妻に迎えてから随分と柔らかい人になったと父の部下だった方たちが言っていたそうよ。
お父様とお母様には事情を伝えたので、挨拶が必要なら宮廷の護衛長が案内するらしいわ。
護衛長はユリシーズ・オルブライト伯爵もよく知っているモーリス隊長なので探していらしてくだされば大丈夫。
元気な姿が見られるのを楽しみにしているわね。
アイリーン』
「ユリシーズ様にアイリーン嬢と知り合いだと言っていないのは大丈夫でしょうか……」
「どちらにしても、見せられない手紙だわ」
手紙を読み終わって、初めて知った。
公爵様がユリシーズの様子を見張っているらしい。
ユリシーズは誰かに監視されているのかしら。
不気味さを感じて、公爵様への挨拶という大仕事に気持ちが暗くなる。
確かに、ユリシーズは公爵様と奥様に挨拶した方が良い。
義理の父と母に全然挨拶をしていないわけだから……。
公爵様も奥様も、望んではいないでしょうけれど。
手紙を畳み、鍵のかかるジュエリーケースにしまう。
今まではイミテーションのジュエリーしか入っていなかった金色のケースに、今日一日で本物の宝石と手紙。絶対に誰にも奪われてはいけないものが加わった。
これをユリシーズに読まれると本格的にややこしいことが起きる。
かといって、クリスティーナ姫の手紙をすぐに破ったり燃やしたりするのもなんだかもったいなくて。
「エイミー、明日は帝都に向けて出発よ」
「はい。『アイリーン・クライトン様』の挙式パレードをご覧になるのですよね」
「ユリシーズが、わたくしのことに気付かないように祈っていてね」
「はい……」
エイミーは真剣な顔をしている。ユリシーズが見かけだけで誤魔化せるならよかったのに。
翌日、朝の早い時間から帝都に向けて馬車を走らせた。
ユリシーズと私とエイミーを乗せた馬車は帝都の宿に向かう。
とうとう着いてしまうという気持ちで馬車の中では落ち着かなかったけれど。
馬車はどんどん進んでいき、夕方前に帝都に到着した。
ユリシーズが予約していたのはいわゆる高級宿で、パレードが見えるように通り沿いにバルコニーのある3階の部屋。金やクリスタルガラスが装飾に使われた煌びやかな建物で、上級貴族らしい宿泊客しかいないような場所だった。
高価なドレスも宝石も泊まる場所も。私が伯爵夫人になったのだと思い知らせてくれるのには充分すぎる。
自分の両親の生活水準が低いと、こういうところでいつも戸惑ってしまうのだけれど。
3階から外を見れば、パレード前のためなのか、帝国兵の方々の姿が見える。
「今日はゆっくりしましょう。まあ、夜はノクスが出てきてしまうのですが」
「食事はどちらで?」
「こちらの1階にあるレストランでいただこうと思っています」
「はい」
クリスティーナ姫の手紙に書かれていた公爵様との面会のことを、ユリシーズには言っていない。
それよりも、クリスティーナ姫がアイリーンとして現れた時のユリシーズが心配で仕方ないし、宮廷に近づきたくはなかった。
***
「信じられねえ。抵抗せずにのこのこ連れられて来やがって」
夜になり、ノクスのユリシーズが不満を口にした。
私たちは同じ部屋にいた。
「だって、理由がなかったんだもの」
「理由なんか適当に仮病でも使えばいいだろうが」
「仮病なんてうまくできない。お医者様を呼ばれたら悪いし」
「……ったく、そういう馬鹿正直なとこ、嫌いじゃねえけど」
ノクスは私の頬に触れ、そっと唇にキスをした。
「なんだって、こんなところにディエスが来たがったんだ……」
「皇族の挙式なんてずっとなかったから、気になったのですって」
ノクスがため息をつきながら私を抱きしめる。
きっと、不安にさせてしまっているんだと思う。
「クリスティーナになんか、二度と関わらなくていい」
「あなたは、血塗れの薔薇まで贈ったくらいだものね」
「は?」
「公爵家に贈る薔薇に、豚の生き血をかける人なんていないわ」
「なんだそれ?」
「……え? あなたが用意したんじゃないの?」
「豚の生き血は好んで飲むが、薔薇なんて知らねえな」
ちょっと待って、どういうこと……?
明日、クリスティーナ姫が『アイリーン・クライトン』として皇室に入る。
第四皇子との挙式はパレードも行われる。
ユリシーズにパレードを見ようと誘われて私たちは帝都の宿にやってきていた。外には満月にほんのり満たない月が浮かんでいる。
今は夜で、目の前にいるのはユリシーズの夜、ノクス。
ピンと立った黒い耳を頭から生やし、ふさふさとした大きな尻尾を揺らしている。
「血塗られた薔薇ってやつは、俺じゃなくてディエスが用意したんじゃないか?」
「どうして? そんなことをする意味が分からないわ」
「相手が人狼(ウェアウルフ)の女だったら理解できるが、クリスティーナが好むとは思えないよな……」
「ディエスじゃない誰かの仕業?」
「考えられなくもないが……」
ディエスには薔薇に血を掛けた犯人を濁された。
てっきりノクスの行動だと思っていたのだけれど……。
「クリスティーナ姫との婚姻を嫌がっているあなたがやったのかと……」
「薔薇を買うのも、それを公爵家に贈る手配をするのも、だいたい昼間にしかできないだろ」
自分ではないと話すノクスが嘘をついているようには見えない。そんなことをする理由がない。
「ディエスが薔薇を手配している記憶は?」
「新月が近かったから、記憶がねえな」
「新月が近いと記憶が残らないの?」
「新月と満月に昼と夜の意識が完全に分かれる。逆に、その間は少しずつ混ざるんだ」
「確かに、私がここに嫁いできたのは新月が終わって2日後で、手紙のやり取りをしたのは新月直前だったかも……」
もしもディエスが薔薇に生き血をかけたのなら。
クリスティーナ姫に対する憧憬と想いの見え方が、全く違って見えてくる。
「ディエスって、好きな人を痛めつけたい願望とかありそう?」
「いや。人狼の誇りみたいなものはちゃんと持ってる」
「人狼の誇り?」
「家族と仲間が一番大事で、強きが弱きを助ける。その辺に誇りがある」
「じゃあどうして……」
「クリスティーナへの執着は、違ったのか……?」
ノクスは耳を垂らして「うーん」と唸っていた。
「明日、ここから『アイリーン・クライトン』として華やかなパレードに参加するクリスティーナ姫を見るのよ」
「どっちにしろ警戒した方がいい……俺もディエスが暴走しないように見張る。力にはなれないかもしれないが」
ノクスは私をぎゅっと抱きしめて、明日に向かう不安をなんとか忘れようとしているみたいだった。尻尾が私に巻き付いてきていて、ふわふわした感触がある。
「この結婚はディエスが望んだものだったのよね?」
「……それは間違いない」
じゃあどうして、血塗られた薔薇が公爵家に届いたのだろうか。
公爵家の獅子の印が刻印された封蝋印を見て、クリスティーナ姫からだと分かった。
「ありがとうございます!」
私はその封筒を受け取って、窓がまだ完全に直っていない部屋に直行する。
侍女のエイミーも一緒についてきていた。
「クリスティーナ様からですか?」
「そう。差出人は書いていないけれど」
手紙の封を開けると、封蝋印が粉々に砕けた。
『わたくしの片割れ、大切なクリスティーナへ
予定より早い結婚と挙式の予定に驚かせてしまったようですね。こうしてまたあなたとのやり取りに、どこか懐かしさを感じています。
皇室の都合もあり、なるべく早くわたくしを呼びたいと言われてしまったの。
オルブライト伯爵の噂を聞くけれど、あなたを妻に迎えてから随分と柔らかい人になったと父の部下だった方たちが言っていたそうよ。
お父様とお母様には事情を伝えたので、挨拶が必要なら宮廷の護衛長が案内するらしいわ。
護衛長はユリシーズ・オルブライト伯爵もよく知っているモーリス隊長なので探していらしてくだされば大丈夫。
元気な姿が見られるのを楽しみにしているわね。
アイリーン』
「ユリシーズ様にアイリーン嬢と知り合いだと言っていないのは大丈夫でしょうか……」
「どちらにしても、見せられない手紙だわ」
手紙を読み終わって、初めて知った。
公爵様がユリシーズの様子を見張っているらしい。
ユリシーズは誰かに監視されているのかしら。
不気味さを感じて、公爵様への挨拶という大仕事に気持ちが暗くなる。
確かに、ユリシーズは公爵様と奥様に挨拶した方が良い。
義理の父と母に全然挨拶をしていないわけだから……。
公爵様も奥様も、望んではいないでしょうけれど。
手紙を畳み、鍵のかかるジュエリーケースにしまう。
今まではイミテーションのジュエリーしか入っていなかった金色のケースに、今日一日で本物の宝石と手紙。絶対に誰にも奪われてはいけないものが加わった。
これをユリシーズに読まれると本格的にややこしいことが起きる。
かといって、クリスティーナ姫の手紙をすぐに破ったり燃やしたりするのもなんだかもったいなくて。
「エイミー、明日は帝都に向けて出発よ」
「はい。『アイリーン・クライトン様』の挙式パレードをご覧になるのですよね」
「ユリシーズが、わたくしのことに気付かないように祈っていてね」
「はい……」
エイミーは真剣な顔をしている。ユリシーズが見かけだけで誤魔化せるならよかったのに。
翌日、朝の早い時間から帝都に向けて馬車を走らせた。
ユリシーズと私とエイミーを乗せた馬車は帝都の宿に向かう。
とうとう着いてしまうという気持ちで馬車の中では落ち着かなかったけれど。
馬車はどんどん進んでいき、夕方前に帝都に到着した。
ユリシーズが予約していたのはいわゆる高級宿で、パレードが見えるように通り沿いにバルコニーのある3階の部屋。金やクリスタルガラスが装飾に使われた煌びやかな建物で、上級貴族らしい宿泊客しかいないような場所だった。
高価なドレスも宝石も泊まる場所も。私が伯爵夫人になったのだと思い知らせてくれるのには充分すぎる。
自分の両親の生活水準が低いと、こういうところでいつも戸惑ってしまうのだけれど。
3階から外を見れば、パレード前のためなのか、帝国兵の方々の姿が見える。
「今日はゆっくりしましょう。まあ、夜はノクスが出てきてしまうのですが」
「食事はどちらで?」
「こちらの1階にあるレストランでいただこうと思っています」
「はい」
クリスティーナ姫の手紙に書かれていた公爵様との面会のことを、ユリシーズには言っていない。
それよりも、クリスティーナ姫がアイリーンとして現れた時のユリシーズが心配で仕方ないし、宮廷に近づきたくはなかった。
***
「信じられねえ。抵抗せずにのこのこ連れられて来やがって」
夜になり、ノクスのユリシーズが不満を口にした。
私たちは同じ部屋にいた。
「だって、理由がなかったんだもの」
「理由なんか適当に仮病でも使えばいいだろうが」
「仮病なんてうまくできない。お医者様を呼ばれたら悪いし」
「……ったく、そういう馬鹿正直なとこ、嫌いじゃねえけど」
ノクスは私の頬に触れ、そっと唇にキスをした。
「なんだって、こんなところにディエスが来たがったんだ……」
「皇族の挙式なんてずっとなかったから、気になったのですって」
ノクスがため息をつきながら私を抱きしめる。
きっと、不安にさせてしまっているんだと思う。
「クリスティーナになんか、二度と関わらなくていい」
「あなたは、血塗れの薔薇まで贈ったくらいだものね」
「は?」
「公爵家に贈る薔薇に、豚の生き血をかける人なんていないわ」
「なんだそれ?」
「……え? あなたが用意したんじゃないの?」
「豚の生き血は好んで飲むが、薔薇なんて知らねえな」
ちょっと待って、どういうこと……?
明日、クリスティーナ姫が『アイリーン・クライトン』として皇室に入る。
第四皇子との挙式はパレードも行われる。
ユリシーズにパレードを見ようと誘われて私たちは帝都の宿にやってきていた。外には満月にほんのり満たない月が浮かんでいる。
今は夜で、目の前にいるのはユリシーズの夜、ノクス。
ピンと立った黒い耳を頭から生やし、ふさふさとした大きな尻尾を揺らしている。
「血塗られた薔薇ってやつは、俺じゃなくてディエスが用意したんじゃないか?」
「どうして? そんなことをする意味が分からないわ」
「相手が人狼(ウェアウルフ)の女だったら理解できるが、クリスティーナが好むとは思えないよな……」
「ディエスじゃない誰かの仕業?」
「考えられなくもないが……」
ディエスには薔薇に血を掛けた犯人を濁された。
てっきりノクスの行動だと思っていたのだけれど……。
「クリスティーナ姫との婚姻を嫌がっているあなたがやったのかと……」
「薔薇を買うのも、それを公爵家に贈る手配をするのも、だいたい昼間にしかできないだろ」
自分ではないと話すノクスが嘘をついているようには見えない。そんなことをする理由がない。
「ディエスが薔薇を手配している記憶は?」
「新月が近かったから、記憶がねえな」
「新月が近いと記憶が残らないの?」
「新月と満月に昼と夜の意識が完全に分かれる。逆に、その間は少しずつ混ざるんだ」
「確かに、私がここに嫁いできたのは新月が終わって2日後で、手紙のやり取りをしたのは新月直前だったかも……」
もしもディエスが薔薇に生き血をかけたのなら。
クリスティーナ姫に対する憧憬と想いの見え方が、全く違って見えてくる。
「ディエスって、好きな人を痛めつけたい願望とかありそう?」
「いや。人狼の誇りみたいなものはちゃんと持ってる」
「人狼の誇り?」
「家族と仲間が一番大事で、強きが弱きを助ける。その辺に誇りがある」
「じゃあどうして……」
「クリスティーナへの執着は、違ったのか……?」
ノクスは耳を垂らして「うーん」と唸っていた。
「明日、ここから『アイリーン・クライトン』として華やかなパレードに参加するクリスティーナ姫を見るのよ」
「どっちにしろ警戒した方がいい……俺もディエスが暴走しないように見張る。力にはなれないかもしれないが」
ノクスは私をぎゅっと抱きしめて、明日に向かう不安をなんとか忘れようとしているみたいだった。尻尾が私に巻き付いてきていて、ふわふわした感触がある。
「この結婚はディエスが望んだものだったのよね?」
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