売られて嫁いだ伯爵様には、犬と狼の時間がある

碧井夢夏

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4章

再会 2

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 私は後ろにエイミーとウィリアムを従えて、クリスティーナの部屋にいた。
 部屋には大きなテーブルと向かい合った6客の椅子、その奥に一人掛けのソファと応接セット、お仕事用らしいデスクもあり、壁に隣の部屋に続く扉が見える。

 本当に誰にも聞かれていないのかしら。

 クリスティーナを信じていないわけではないし、正直ほかに頼れる人も思い浮かばない。
 だけど、私がクリスティーナを頼ることがここまで分かっているとなると、警戒心というものが湧く。

 なにしろ、あのローレンスの様子から公爵様に逆らうというのはとても難しいことなのだろうと私は知ってしまったのだから。

「私の、望み……。クリスティーナは何か知っているのですか?」
「もともとあなたとは協力し合いたいと思っていたの。自然な流れではなくて?」
「自然な流れ?」
「身代わりで死神伯の元に嫁ぐだけでも相当な難問だと思ったわ。本当はわたくし、アイリーンが逃げると思っていたし、公爵家の関係者は全員そう思っていたはず。でもあなたは逃げなかった。わたくしが思っていたよりもずっと強くて、想像していたよりもずっと魅力的な女性だったのよ」
「……クリスティーナも、私がユリシーズから逃げると思っていたのですか?」
「そうよ。アイリーンは男の人が苦手だと言っていたでしょう? そのうちわたくしのところに助けてっていう連絡がくると思っていたし、助けてあげなくちゃと思っていたもの」

 確かにそうだ。私は男の人が苦手で、本来であれば結婚などしたくなかった。
 ユリシーズは人間の男の人とは違っていて、それが私には魅力的で、多分、人狼だったから惹かれたところもあったのだと思う。

「男の人は、いまでも苦手だけど……ユリシーズだけは大丈夫で……」
「そう。やっぱり幸せに暮らしているのね」
「でも、公爵様に狙われて、切られてしまった……」
「切られた……?」
「ユリシーズは毒の付いた剣で切られたの」

 クリスティーナの顔が翳る。
 これは演技などではなく、本当に知らなかった反応だ。

「ユリシーズは悪いことをしたわけではないのに、命を狙われなくちゃいけないなんておかしくありませんか?」
「……でもね、アイリーン。オルブライト伯爵は危険人物だと思わなくて?」
「どうして?? クリスティーナも公爵様と同じなのですか? ユリシーズは暗殺されるべきだとでも?」
「そうではないの。帝国は伯爵の力に頼ったというのも事実。でも、彼は公爵家の血筋と繋がることを望んだのだから、権力が欲しいのだと思われても仕方がないでしょう?」

 クリスティーナは冷静だった。公爵家の姫君を望むことが危険だと。それだけ、自分が持っている公爵家の血筋の責任や重さを知っている証拠なのだと思う。

 でも。

「ユリシーズは恋心だと主張したのに、誰も信じなかったのですか??」

 ユリシーズは、最初から尊重なんかされていなかったのだ。
 最初に主張したクリスティーナへの恋心は確かに嘘で、公爵様と繋がるためだったけれど。

「やっぱり、クリスティーナは公爵家側の考え方をするのですね」

 私、あなたは違うって信じていた。


 クリスティーナは私の後ろにいるエイミーとウィリアムを見て、「お付きの二人に部屋を案内します。一旦外に出ていただけるかしら? 先ほどの男性が控えているから」と言った。

 エイミーとウィリアムは頭を下げて部屋を退出し、私はクリスティーナと二人きりになる。

 私たちは向かい合って立っていた。
 心臓の音がいつもより大きくなっていて、クリスティーナを相手に自分が緊張していることに気づく。

 落ち着かなくちゃ。
 私は、この目の前の女性に一縷の望みをかけている。

「アイリーン」

 名前を呼ばれてドキリとすると、私の身体にクリスティーナが密着していた。
 ……あ、これ、抱きつかれてる。

「あなたが幸せそうでうれしい。死神伯をそんなに大切に想っているのは驚いたけれど、まさかこんな風に再会できるなんて夢のよう」
「……クリスティーナは?」
「わたくしは、思っていた通りの毎日かしら。特に想定外のことは起きていないから、穏やかだけれど退屈なものよ」
「穏やかなのですね、よかった」

 クリスティーナが離れた時、優しい花の香りがした。鼻のいいユリシーズから香水を禁止されているけれど、こういう香りのする女性に憧れる。

「ごめんなさいね。二人きりで話したかったの」

 クリスティーナがいたずらっぽく笑う。さっきまでの「妃殿下」となにかが違う……?

「いいえ、私もクリスティーナと二人きりになりたかったので」

 私がそう言うと、クリスティーナは一度驚いた顔をして、目をキラキラと輝かせる。

「結婚してから、あなたが訪ねてきてくれたのが一番うれしい。アイリーン、あなたって本当に魅力的ね。やっぱり人は美しいものに触れると癒されるのだわ」
「クリスティーナは自分の顔を鏡で見ればいいのではないですか?」
「自分なんか見たって面白くないでしょう? クリスティーナって呼び捨てにされるのも素敵。前まではお姫様扱いされていたのが寂しかったから」

 あ、と気づいた。私の中でクリスティーナ姫が妃殿下になってから、すっかり姫が取れてしまっていた。

「ごめんなさい、なんだか妃殿下と呼ぶのはよそよそしくて……」
「ううん、あなたにそう呼ばれたかったの。アイリーン」

 ああ、クリスティーナは変わっていなかった。
 妃殿下という立場を務めていて、外の顔を持っているだけ。私の前ではあのクリスティーナのまま接してくれる。

「さっきの話ですが、クリスティーナはユリシーズが暗殺されればいいと思っているのですか?」
「……お馬鹿さん。あなたの愛する人が殺されていいわけないでしょう?」

 クリスティーナはそう言って私の頬をつんとつつく。

「あなたは、わたくしのお父様と戦いたいと思っているのね?」

 優しい顔で尋ねられ、小さくうなずいた。
 この国の公爵……普通に考えたら、手の届かない高貴な存在。
 皇帝に通じる旧王家の血筋で、皇帝ですら逆らえないような人。公爵家は、公人であり貴人だという。

「計画が大分早まってしまうけれど、わたくしもお父様と戦おうとしていたのよ?」
「……え?」
「皇子殿下……わたくしの夫は、権力の集中をよく思っていないの。だから公爵家の権力を弱めようと考えている」
「大丈夫なのですか? 皇子殿下はクリスティーナと結婚して公爵家と繋がっているのでは?」

 クリスティーナと皇子殿下が何を考えているのか、まだ全然見えてこない。

「そうね、でも、外戚ほど厄介なものはないわ。わたくしを皇子に嫁がせたのだって、お父様が国政に関わりたいからだもの」
「やっぱり……」
「だから、勝手なことはさせないつもり。あの人が法律になったら戦争はこの先もなくならないでしょうし」
「クリスティーナ……」

 そうだ。私は忘れていた。
 ここでユリシーズが暗殺から逃れても、また戦争に徴兵されたら私たちは離れ離れになる。

「アイリーン、一緒に世界を作る気はない?」
「世界を、作る??」

 クリスティーナは、突然とんでもないことを言った。
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