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第二章 これはモテ期などではない
同期の悩み
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渡部が予約を取ってくれた店に着いた。
入口で予約の件を伝えると、すんなりと中に案内される。
店内は20代後半くらいのサラリーマンらしき男女が多く、ほんのり照明を落とした店内は和風だけど古臭くない雰囲気だった。
若い人が多いのも頷ける。なんとなくセンスが良い店だ。
店員さんが「こちらです」と連れてきてくれたのは個室で、扉を開けて中に入ると狭い空間に渡部がいる。
薄暗い部屋で、間接照明しかない。
「お疲れ。急にごめんね」
そう言って僕を見た渡部は、髪を下ろしていた。
ロングの黒髪は肩甲骨下くらいまで伸びていて、いつもと雰囲気が違う。
「いや、今日は別に予定なかったから」
思わず渡部から視線を外してしまった。別人みたいでなんだか緊張する。
個室と言っても席に扉がついているような4人席の部屋で、僕は渡部の向かいに座った。
「まだ何も注文してないんだ。何か食べたいものとかある? あと最初のドリンクはどうする?」
手書きでメニューが書かれたA4の厚紙。
僕はそれに軽く目を通して、「ウーロンハイと本日のお造り」と答えた。
渡部は席にある呼び出しボタンを押すと、すぐに扉を開けてやってきた店員さんに注文を始める。
注文した料理は僕のお願いしたお造りの2人前と、サラダ、冷奴、唐揚げだった。
店員さんが扉を閉めて出て行くと、渡部は僕の顔をじっと見ている。
「辻本くんさあ、仕事楽しい?」
突然聞かれて、僕は戸惑う。
渡部は仕事の話をするために僕を呼んだのだろうか。
「あ――……うん、昨日までは辞めたかったけど、ちょっと持ち直したところ」
同期だから繕ってもしょうがないと思って、正直に話すことにした。
「そっかあ。あたしはね、なんかよく分からなくなっちゃって」
「よく分からない?」
渡部が話しにくそうにしていると、お通しとドリンクが来た。
とりあえず形式的に乾杯をして、ドリンクで喉を潤す。
「営業ってさ、あたし達がやっているのはルート営業なんだけど、あんまりやることが無いことも多くて。なんかこの仕事要らなくない? ってどんどん思い始めちゃって」
「それは、どういう時に思ったの?」
「定番商品だけはさ、いつも欠品しないように棚に置かせてくれるの。だけど、新商品はダメ。ただ新商品ってだけじゃ売れないから棚なんか取れないし、うちは弱小メーカーだから広告宣伝にお金もかけないでしょ? 他のメーカーに勝てなくて」
「提案しても、商品を入れてもらえないってこと……?」
「新商品はまず無理だね。売れる商品しか仕入れないのがお店だから、派手に広告費をかけるメーカーの商品しか入らないよ」
「じゃあ、ポスターはおろか、POPなんかも置けないのか」
「ごめんね、制作部が色々作ってくれてるのに。販促物なんか置けるお店、見つからないよ」
渡部はそう言うと、手元のカシスソーダを飲んだ。
「制作部の人たちには『営業が使えない』って言われちゃうし、こっちはこっちで営業だけじゃ限界があるし」
「なるほどねえ……」
「何のために仕事してるんだろって思っちゃうよね」
渡部のいう事はよく分かる。
確かに、大手メーカーは有名な芸能人を使ってテレビやインターネットの広告を沢山出している。
うちの会社は、たまに芸能人を起用して広告ビジュアルを作るけれど、CMなんかを流す体力はない。
「お客さんと、僕たちのためにありがとう」
「なんで辻本くんがお礼を言うのよ」
「間に挟まるって、大変だよなあって」
渡部の悩みは、僕が弁当の漬物で嫌になっていたのとは、また全然別のものだ。
仕事が世の中に出るために、陰で支えてくれる存在なんだ。
「仕事してて、役に立ってる実感なんかないよ」
「そうだよね、僕も会社に入ってずっとそんな感じがする」
「辻本くんもそうなんだ」
「でも、これまで学生だった僕たちが、急にビジネスの世界で役になんか立てないよねとも思う」
僕が言うと、渡部は驚いた顔をした。
「僕は社内チェックのために出来上がった原稿を持っていくことがあるんだけど、グラフィックにしてもコピーにしても、レベルが違う。僕が学んだデザインとは全く違う。『商品の魅力を伝える』熱量が全然違うんだ」
「そうなんだ……」
渡部は静かにお通しをつまんでいた。春雨やらきくらげが混ざったサラダみたいなもの。
何となく無言のまま僕も同じようにお通しをつまんだ。
そこに、本日のお造りと冷奴が運ばれてくる。
お造りの中に、しめ鯖があった。
「〆られてるね、鯖」
「しめ鯖苦手なの?」
「ううん、食べるのは好き」
「どういう意味?」
渡部に不審がられたので、正直に言うことにしよう。
「僕の好きな人、鯖のキャラクターが好きなんだよね」
「なんか変わった趣味だね」
「だから、なんで好きなんだろうって理解しようと思っていて」
「理解できた?」
そこで僕は首を振る。鯖ッキーの魅力は今のところ理解できていない。
「理解はできないけど、理解者ではありたい」
「そういうの、大事だよね」
渡部はそう言うとしめ鯖を食べた。
「うん、美味しい」
「しめ鯖って美味しいよね」
「好きな人に、しめ鯖食べたって言うと嫌がられる?」
「分からないなあ、言ったことない」
宮垣さんがリアルな鯖と鯖ッキーを区別しているのかどうかすら知らない。
僕が今日、鯖を食べたと報告したら嫌がったりするのだろうか。
「いいね、好きな人」
「片想いだよ」
「片想いが一番楽しいじゃん」
「そうなのかなあ」
渡部は、きっと両想いの世界をよく知っているんだろう。だから片想いが一番楽しいとか言えるんだ。
僕は片想いしか知らないから、両想いの方がずっとずっと楽しいに違いないと思っている。
「あたしもしたいなあ、片想い」
「なんだよそれ。どうせなら両想いを目指せばいいのに」
「いいの? あたし、辻本くんのこと好きかもだけど」
渡部がにっこりと笑っている。この二人きりの空間で。
今、僕は目の前の女性に生まれて初めての告白をされたのか?
待て。なんで僕なんだ。
「いや、渡部ならもっといい人がいると思うんだけど……」
「もっといい人って誰? 好きな人に代わりとかなくない?」
「……そうかも、しれない、けど」
言い負かされてどうする。ここは希望を持たせちゃいけないところだ。
だって僕は、宮垣さんが好きなんだから……。
腕時計に文字が表示される。
『やったな!歩』
やってねえよ!!
入口で予約の件を伝えると、すんなりと中に案内される。
店内は20代後半くらいのサラリーマンらしき男女が多く、ほんのり照明を落とした店内は和風だけど古臭くない雰囲気だった。
若い人が多いのも頷ける。なんとなくセンスが良い店だ。
店員さんが「こちらです」と連れてきてくれたのは個室で、扉を開けて中に入ると狭い空間に渡部がいる。
薄暗い部屋で、間接照明しかない。
「お疲れ。急にごめんね」
そう言って僕を見た渡部は、髪を下ろしていた。
ロングの黒髪は肩甲骨下くらいまで伸びていて、いつもと雰囲気が違う。
「いや、今日は別に予定なかったから」
思わず渡部から視線を外してしまった。別人みたいでなんだか緊張する。
個室と言っても席に扉がついているような4人席の部屋で、僕は渡部の向かいに座った。
「まだ何も注文してないんだ。何か食べたいものとかある? あと最初のドリンクはどうする?」
手書きでメニューが書かれたA4の厚紙。
僕はそれに軽く目を通して、「ウーロンハイと本日のお造り」と答えた。
渡部は席にある呼び出しボタンを押すと、すぐに扉を開けてやってきた店員さんに注文を始める。
注文した料理は僕のお願いしたお造りの2人前と、サラダ、冷奴、唐揚げだった。
店員さんが扉を閉めて出て行くと、渡部は僕の顔をじっと見ている。
「辻本くんさあ、仕事楽しい?」
突然聞かれて、僕は戸惑う。
渡部は仕事の話をするために僕を呼んだのだろうか。
「あ――……うん、昨日までは辞めたかったけど、ちょっと持ち直したところ」
同期だから繕ってもしょうがないと思って、正直に話すことにした。
「そっかあ。あたしはね、なんかよく分からなくなっちゃって」
「よく分からない?」
渡部が話しにくそうにしていると、お通しとドリンクが来た。
とりあえず形式的に乾杯をして、ドリンクで喉を潤す。
「営業ってさ、あたし達がやっているのはルート営業なんだけど、あんまりやることが無いことも多くて。なんかこの仕事要らなくない? ってどんどん思い始めちゃって」
「それは、どういう時に思ったの?」
「定番商品だけはさ、いつも欠品しないように棚に置かせてくれるの。だけど、新商品はダメ。ただ新商品ってだけじゃ売れないから棚なんか取れないし、うちは弱小メーカーだから広告宣伝にお金もかけないでしょ? 他のメーカーに勝てなくて」
「提案しても、商品を入れてもらえないってこと……?」
「新商品はまず無理だね。売れる商品しか仕入れないのがお店だから、派手に広告費をかけるメーカーの商品しか入らないよ」
「じゃあ、ポスターはおろか、POPなんかも置けないのか」
「ごめんね、制作部が色々作ってくれてるのに。販促物なんか置けるお店、見つからないよ」
渡部はそう言うと、手元のカシスソーダを飲んだ。
「制作部の人たちには『営業が使えない』って言われちゃうし、こっちはこっちで営業だけじゃ限界があるし」
「なるほどねえ……」
「何のために仕事してるんだろって思っちゃうよね」
渡部のいう事はよく分かる。
確かに、大手メーカーは有名な芸能人を使ってテレビやインターネットの広告を沢山出している。
うちの会社は、たまに芸能人を起用して広告ビジュアルを作るけれど、CMなんかを流す体力はない。
「お客さんと、僕たちのためにありがとう」
「なんで辻本くんがお礼を言うのよ」
「間に挟まるって、大変だよなあって」
渡部の悩みは、僕が弁当の漬物で嫌になっていたのとは、また全然別のものだ。
仕事が世の中に出るために、陰で支えてくれる存在なんだ。
「仕事してて、役に立ってる実感なんかないよ」
「そうだよね、僕も会社に入ってずっとそんな感じがする」
「辻本くんもそうなんだ」
「でも、これまで学生だった僕たちが、急にビジネスの世界で役になんか立てないよねとも思う」
僕が言うと、渡部は驚いた顔をした。
「僕は社内チェックのために出来上がった原稿を持っていくことがあるんだけど、グラフィックにしてもコピーにしても、レベルが違う。僕が学んだデザインとは全く違う。『商品の魅力を伝える』熱量が全然違うんだ」
「そうなんだ……」
渡部は静かにお通しをつまんでいた。春雨やらきくらげが混ざったサラダみたいなもの。
何となく無言のまま僕も同じようにお通しをつまんだ。
そこに、本日のお造りと冷奴が運ばれてくる。
お造りの中に、しめ鯖があった。
「〆られてるね、鯖」
「しめ鯖苦手なの?」
「ううん、食べるのは好き」
「どういう意味?」
渡部に不審がられたので、正直に言うことにしよう。
「僕の好きな人、鯖のキャラクターが好きなんだよね」
「なんか変わった趣味だね」
「だから、なんで好きなんだろうって理解しようと思っていて」
「理解できた?」
そこで僕は首を振る。鯖ッキーの魅力は今のところ理解できていない。
「理解はできないけど、理解者ではありたい」
「そういうの、大事だよね」
渡部はそう言うとしめ鯖を食べた。
「うん、美味しい」
「しめ鯖って美味しいよね」
「好きな人に、しめ鯖食べたって言うと嫌がられる?」
「分からないなあ、言ったことない」
宮垣さんがリアルな鯖と鯖ッキーを区別しているのかどうかすら知らない。
僕が今日、鯖を食べたと報告したら嫌がったりするのだろうか。
「いいね、好きな人」
「片想いだよ」
「片想いが一番楽しいじゃん」
「そうなのかなあ」
渡部は、きっと両想いの世界をよく知っているんだろう。だから片想いが一番楽しいとか言えるんだ。
僕は片想いしか知らないから、両想いの方がずっとずっと楽しいに違いないと思っている。
「あたしもしたいなあ、片想い」
「なんだよそれ。どうせなら両想いを目指せばいいのに」
「いいの? あたし、辻本くんのこと好きかもだけど」
渡部がにっこりと笑っている。この二人きりの空間で。
今、僕は目の前の女性に生まれて初めての告白をされたのか?
待て。なんで僕なんだ。
「いや、渡部ならもっといい人がいると思うんだけど……」
「もっといい人って誰? 好きな人に代わりとかなくない?」
「……そうかも、しれない、けど」
言い負かされてどうする。ここは希望を持たせちゃいけないところだ。
だって僕は、宮垣さんが好きなんだから……。
腕時計に文字が表示される。
『やったな!歩』
やってねえよ!!
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