潮騒サンセットロード

内野蓉(旧よふ)

文字の大きさ
11 / 87
第一章

05-2

しおりを挟む
 いつもはぽんぽん話すことが出てくるのに、この時は何となく聞きづらくて、洋太はアイスに集中しているふりをして俯いていた。 
 順平と付き合い始めてから、考え出すと不安になってしまうことがある。
(第一、オレは男で……もしかしたら、こいつと、ずっと一緒には……)
 その時、まるで以心伝心したかのように、順平が口を開いた。
「一緒に暮らしたい……」
「……えっ?」
 意表をつかれて素っ頓狂な声を上げてしまい、あわてて問い返す。
「それってつまり……同棲するってこと……?」
「ああ……やっぱりダメなのか……?」
 食べ終わったアイスの棒を握りしめたまま、真正面から目を合わせてきた。感情の動きが少ない順平には珍しく、黒曜石のような瞳がどこか思いつめた光を放っている。
 以前、順平から聞いたことがあった。自衛隊の若い隊員は駐屯地内の官舎で生活することが決められていて、そこを出て民間のアパートなどに住むには、曹の階級以上に昇進するか、結婚するかしかない、と。
 まだ若いが工科学校出身者のため、教育期間終了後は三曹へ昇級することになっている順平は、理屈の上では駐屯地外での居住が可能だった。以前は家賃が惜しいから当分民間アパートには住まないとか言っていたが。
――つまり洋太さえ「うん」と言えば、今すぐにでも実行出来る話なのだ。
 洋太は、どうしたわけか目を合わせづらくて、しきりにスプーンでカップアイスをつついていた。困ったような笑みを浮かべながら慎重に次の言葉を探す。
「ダメっていうか……ほら、やっぱりうちって、お寺だからさ。それも結構古くて、檀家さんも年配の人が多いから、正直その……男同士とか、あんまりよくは思ってもらえそうにないかな? って……」
 最後のほうは少し寂しそうな口調になってしまった。いけない、と思ってわざと明るい声で続ける。
「でも、こうして二人でアパート借りて時々は会えてるし、いいんじゃないの? 今はこれで――」
「お前は平気なのか? 時々会うだけで……オレは全然平気じゃない。たまにしか会えないから、溜まりに溜まって結局はお前に負担を掛けてしまう。本当は毎日だって会いたいし、一日中でも抱きたいと思ってる……」
 順平が日焼けした精悍な顔に苦し気な表情を浮かべて、洋太の眼をまっすぐのぞきこんでくる。無垢な飼い犬が主を慕うような、駆け引きを知らないストレートな愛情表現に、答えられない自分が歯痒かった。
(それを言われると弱いなあ……オレだって、本当は毎日会いたいよ……でも……)
 洋太の耳の奥で、昼間の法事で話した高齢の檀家たちや、姉の言葉がよみがえる。
”あんたも早く、次の跡継ぎの孫の顔を――”
”お母さんには、いつ話すつもり――?”
(……オレは、自分に正直に生きたいって思ってるのに、どうしても話せないでいることもあるんだ……)
 大好きな相手と、ずっと一緒に生きていきたい。
 たったそれだけのことを、自分はいつか母親や周りの人達に、ちゃんと話せる日が来るのだろうか? 今いる場所からは、とてつもなく遠い道のりに思えてしまう。 
 そしてそれは、由緒ある寺の跡継ぎの男子として、いずれは誰かと結婚して子供を作り、次の世代に繋ぐという”使命”から”降りる”という決意表明に他ならないのだ。
(やっぱり、今はまだ答えを出せない……母さんも、順平も、誰も悲しませたくないと思うオレは、きっとすごく身勝手で、甘ちゃんなんだろうな……)
 洋太は期待を持たせるような言葉でこの場をごまかすことより、少なくとも目の前の順平に対しては誠実でありたいと思って、大真面目な顔で正座すると素直に小さく頭を下げた。
「ごめん……すぐにはお前の気持ちに答えてやれなくって。でも、何とかしたいとは思ってるから。今はもう少し、このままでいさせてくれないか……?」
「……わかった。オレも悪かった、答えを急かすようなこと言って……」
 少し寂しげな笑みを浮かべて、ふっ……と横を向いた順平が、また置き去りにされた小さな子供のような孤独な姿に見え、洋太は何故か胸をかき乱されるような気持ちがして、思わず手を伸ばした。
「順平……」
 ちらりと目が合った順平が急に大きく息を吐いてテービルに突っ伏したので、洋太は驚いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか

相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。 相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。 ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。 雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。 その結末は、甘美な支配か、それとも—— 背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編! https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

処理中です...