潮騒サンセットロード

内野蓉(旧よふ)

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第四章

06-4

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「……あ……あ、んっ……はあっ……あ……」
 若い男性のやや高い、甘やかなあえぎ声が流水の音にまぎれて、かすかに響く。
 二人の人影が、ライトアップされた庭園の幾何学模様の池のほとりで、箱型の建物下部に潜り込んだような位置にあるコンクリートの細い手すりに腰掛けていた。
 白地に細い紺の不規則な縞模様の浴衣を着た背中が時折、びくんっと震えるように動く。その正面側に屈みこむような恰好で、逞しい男性の背中が浴衣の胸の合わせのあたりで何かを覗くようにしながら、わずかに動いていた。
 洋太が頬を上気させながら、熱っぽく潤んだ瞳を虚空に彷徨わせる。肩のあたりで大きくはだけた浴衣から、生地の白さにも負けないほどの色白ですべらかな肌が露わに見え、短い黒髪の男性の頭部がそれを覆い隠すようにしていた。
 屈みこんだ順平の舌と唇が、さっきから洋太の胸にある薄紅色のツンと立った敏感な突起を、ちろちろと舐め、時に赤子のように吸い付き、ねぶるように舌で転がす。
 同時に片方の手の指が、空いている側の突起を摘まんで、指の腹で押し揉んだり、爪先でピンッと弾いたりする。そうして新たな刺激が加えられるたびに、洋太の腰がびくっと跳ね、快感を抑えきれずに熱い吐息と、あえぎ声が漏れた。
 胸への刺激を緩めず、順平のもう片方の手がするりと浴衣の裾を割って、布に隠されていた洋太の太腿に触れる。熱に浮かされたように涙目になっていた洋太の眼が、急にはっ、として驚いた風に見開かれた。
「あっ……? そ、そこ……は……」
 戸惑うような洋太の小さな声を受けて、屈みこんでいた順平がわずかに顔を上げる。初めての恋人を気遣うように
「嫌か……?」
 そう訊かれた洋太は、一瞬また視線を彷徨わせたが、やがて順平の眼を見つめて、小さく首を振った。
 順平がほっとしたように息をつくと、ゆっくり体を起こして洋太に微笑みかける。安心させようとしているのだろう。
「お前に痛いこととか、つらいことは何もしないから、怖がらなくていい。……オレに全部まかせておけ。絶対に、気持ちよくしてやるから……」
「うん……順平、信じてる……」
 そう笑顔で答えつつも、本当は少しだけ怖いと思っている洋太。
 何せ、つい最近まで自分は”普通に”異性と恋愛して結婚するものだ、と思って生きて来たのだ。――目の前にいる順平と出会って、恋するまでは。
 一応、順平と両想いになってから、ネットで男性同士の恋愛……というか、性的なあれこれを調べてみたりもしたが、気恥ずかしくて全部はちゃんと見られなかった。ぼんやりと、ああいうことをするのかな……くらいのことしか、わからなかった。
 順平が日焼けした精悍な顔に優しい、愛おしそうな笑みを浮かべながら、洋太の唇についばむようなキスをした。続けてもう少し長い、濃厚なキスを繰り返し、洋太が息を弾ませて夢見心地になると、耳元で甘く、低い声で囁いた。
「洋太……下着、自分で脱げるか……? それとも、オレが脱がそうか……?」
 洋太が何を言われたのか徐々に理解して、顔を真っ赤にした。ぷっくりした紅い唇がわずかに震えていたが、それでも、潤んだ茶色の瞳で順平の眼をまっすぐに見て、健気に小さく頷いた。
「平気……自分で、やるから……」
 そう言って、洋太はおずおずと足もとに手を伸ばすと、浴衣の裾をまくり上げ、汗避けに内側に着ていた白いの長襦袢をたぐった。和装向けの穿き込みの浅い男性用ショーツを両手でするすると降ろして片足を抜くと、そのまま残ったほうの足首に、落ちて来ないようにくしゃっと丸めておいた。
 一連の洋太の動作を、固唾を飲んで凝視していた順平が、顔を赤らめて震えている洋太の体を愛おしそうに抱き寄せた。そのまま黙って熱い目線を絡ませ合うと、中断していた濃厚なキスを再開して洋太をうっとりとさせた。
 ディープキスで洋太が湯にのぼせたようになっている間に、順平は一瞬顔を離して自分の手に唾を付けてから、ジーンズの尻にこすりつけて念入りに汚れを落とした。
 またキスに戻った後、順平の手がそっと裾を割ってきて両足の付け根をまさぐり、洋太の芯を柔く握る。ぼうっとなっていた洋太が大きく眼を見開いた。
 順平の掌が、洋太の芯をゆるやかにしごく動作と合わせるように、口中を愛撫する順平の舌の動きがいっそう激しくなり、性感をもろに刺激された洋太は腰ががくがくして座っていられなくなりそうだった。たまらず順平のTシャツの腕にしがみつく。
「んっ……ん、んう……っ」
 唇をふさがれたまま、こもったようなあえぎ声を漏らすと、感じていると判断されたのか、順平の手の動きが少しだけ速くなった。足の間から、するはずのない水音が密やかに響いてきて、洋太が震えながら涙で潤んだ茶色の眼で、まるで小さな子供がいやいやをするように首を振った。
「洋太……もう、こんなにこぼれて、濡れて来てる……オレの手で感じてるのか?」
 順平が唇を離して、怖いくらいに優しい声で洋太の耳元に語りかける。
「わ、わかんない……だってオレ、こんなの知らな――」
 息も絶え絶えになりながら、洋太は内側で高まる快感に抗うように、また弱々しく首を振った。自分がどうなってしまうのか、未知の状況が何だか怖かった。
「いい子だ……もっともっと気持ちよくしてやる……」
 微笑みながら順平が、洋太のうっすらピンク色に染まった耳たぶを甘噛みした。
 とたんに電流のような快感が全身に走って、洋太の体がびくんっと大きく跳ねた。
(え……? い、いまの……何、が……?)
 自分の反応に洋太自身が一番、仰天していた。順平が少し驚いたような顔をして、どこか楽しげな表情で洋太の耳元にセクシーな低音で囁いた。
「ここ、好きなのか……? かわいいな、洋太……」
 言いながら、洋太の弱点とわかった耳たぶを舌の先でつつくように舐めたり、柔らかく歯を立てたりしながら、そっちで気を紛らわせているうちにとばかり、両足の間の芯をゆるやかにしごく手の動きを少しずつ速めて行った。
「あっ……あん……や、何これ……? 体が、おかし……順平っ、あ、あ……っ?!」
 洋太が体内にじわりと高まってくる、今まで感じたことのない血液の脈動と、熱い塊のような股間の圧迫感に戸惑って、思わず叫び出しそうになっていた時――。
 突然、順平が空いていたほうの手で洋太の口を優しくふさぎ、声を潜めて言った。
「しっ……声が大きい、洋太。……誰か来たみたいだ……」
「……っ?!」
 口をふさがれたまま、洋太が驚愕に眼を見開いた。あわてて庭園の入り口のほうを横目で見ると確かに、こちらに向かって歩いて来る男女と思しき二人の人影が小さく見えた。驚きと焦りのあまり、心臓が喉元にせり上がる。
(嘘……?! どうしよう、オレこんな……恥ずかしい格好、もし見られたら……?)
 洋太があまりの事態に動転して凍り付いていると、急に順平の体が動いた。
 浴衣姿の洋太の背中側から脇の下と膝の裏に逞しい両腕を差し込み、そのまま軽々と抱き上げると、大股に何歩か移動した。
 さっきまで腰かけていたコンクリートの手すりに体の横側を向け、庭園の池からは離れた、建物一階の壁際で凹んだ部分に向かって立ち、そこに洋太を降ろした。
 ライトアップの照明の光が強力な分、建物の影になるこの場所は、ほとんど暗闇の死角になって、人がいること自体がわからないような具合いだった。
 さらに順平が壁に寄り掛かった洋太の両脇に手を置くと、庭園側からは二人の立ち姿は、恋人同士のいわゆる”壁ドン”にしか見えない。立ちあがった時点で浴衣の裾は元通り合わさっているので、これで一見、何の不自然もなさそうだった。
「落ち着け、洋太……こうしていれば、もし人が近くに来ても何もバレない……まさしく、浴衣の利点だな……」
 やけに余裕のある口調で、順平が呟くように言った。
 洋太は、順平も自分と同じく、こういう行為は当然、”初めて”なのだろうと思っていたのだが。時折見せた、自分を指と唇だけであえがせる順平の振る舞いが、何故か”経験豊富”な男らしき自信に溢れているような気がして、勘違いだったかな? と混乱した頭で思い始めていた。
 順平は同じ姿勢のまま、自分の大柄な体を壁にして、通行人から浴衣姿の洋太を腕の中に隠すように立っている。
 快楽で蕩かされていた洋太を急に立たせたため、腰が抜けたようになっていたのを支える目的もあり、両足の間に順平の太腿が挟まれていたが。ふっ、と順平が何かに気づいたように、洋太の顔を覗き込んで躊躇いがちに声を掛けた。
「……洋太……? もしかして今、……?」
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