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少女は学校の図書室で放課後のひとときを過ごしていた。
窓は開け放たれ、カーテンが波打つ影が少女の本に時々影を落とす。心地よい春風に吹かれ少女の髪もたゆたい、時折その髪をかき分ける。
すると三人組の女子生徒図書室の奥から出てきた。声量は控えめだったが、静寂であった室内に十分なほどその声は響き渡る。
「神話ってどこの棚ですか」
「窓際よ」
「そうそう、ちょうどあの人の横の棚ね」
どうやら三人は図書委員のようだ。放課後なので彼女たちが仕事をしていても不思議はない。むしろ関心するくらいでちょうどいいだろう。
「あーそうそう。神話といえばさ、ゼウスって浮気男だなって前からずっと思ってたんだけど」
奥の図書委員室のドア近くにいる一人の女子生徒が突然思い立ったように、他の図書委員に疑問を投げかけた。
窓際で読書をする少女の肩がビクッと飛び上がる。
彼女の横にいた図書委員の生徒は「わかるー」などとおしゃべりに夢中で、他の生徒は視界に入っていない様子だった。
「何人くらいと結婚してるんだっけ」
「五十人くらい?」
「バカぁ。そんなにいないわよ」
「正妻がヘラでしょ、あいじんは?」
静寂だった室内はいつのまにか神様の恋の話一色となり、あることないことを次から次へと彼女らの口から出てくる。
その度に窓際の少女は本で顔を隠しビクッビクッと、過剰に反応していた。
しかし、少女のことを気にも止めずに話はついに「ゼウスってイケメンなのかな」と突飛な話題になっていった。
少女はたまらず、そそくさと帰る支度をして、図書室を後にした。
「なぜかしら。寒気がするわ」
足早に階段を下り、靴を履き替え、正門から外に出た。
そして彼女はくしゃみをした。
たしかに春に入ったばかりで、薄切りでは少し肌寒く、また風も幾分か強く吹き付けているようだ。けれどよく晴れており、堤防の上から夕日が綺麗に映えている。
「桜の蕾が膨らんでる。今年こそお花見したいな」
「さアそれはどうかな。うちは忙しくなさそうでかなり忙しいからな」
「あっ若」
「おいおい迷子を見つけたみたいなニュアンスは傷つくじゃないか」
少女のもとにやってきたのは若田利彦だった。
彼は外回りにかこつけて、散歩していた。本人いわく散歩ではなくあくまで外回りなのだそうだ。
だが、事務所が社員一人ではサボリもなにもない。理由なく外に出ても咎めるものなど初めからいないのである。
「ここ事務所から近いしいつでも来られるんじゃないの」
「残念。ここの桜はもうおしまいさ。ちょっとだけ咲く時期が早い種類の桜なんだ」
「ふーん。確かにそれは残念ね」
そう言って少女は夕日の沈む方を見て、ポツリと呟く。
「今日はついてないなあ」
「おっとっと神様なのにね。そいつは大変だ」
「からかわないで。私は真剣に悩んでるのよ」
肩をすくめて言う。敏彦からはそのシルエットだけが見えているため彼女がどんな表情かは想像するしかない。
「何かあったのかい」
「ふぅー。まあ、大したことじゃないけど。ちょっと思うところがあったのよ」
彼女は利彦に図書室でのことを話した。
彼女としては悩ましく思うことだったが、利彦はそれを聞いて笑い飛ばした。
それに対して少女は振り返って「イー」と怒りを露わにした。
「ごめんごめん。でも人は、みんながみんなじゃないけど大方そう思っていると思うよ」
少女は小首を傾げて利彦の笑っている姿を見ていた。
「おや、その顔はもしかして知らないのかい」
「知らないってなにが」
かくかくしかじか利彦は、ゼウスが神話では愛に生きた男として語られていることを少女に説明する。
「ああ。そういうことね。私も男だったか女だったかもうわからないけど、今こうしてここにいる私は紛れもなく女の私だからなあ」
「でもお嬢さんも愛情深いところあるよね」
「なっなにょ」
少女は驚きのあまり口ごもりあまつさえ噛んでしまった。
「あれお嬢さん具合でも悪いのかい。顔が随分と赤いけど」
そう言われて鞄を持たない方の手で頬を触る。
彼女はなぜこんなに熱くなっているのかわからなかった。
「なんでも、ない。なんでもないわよ」
「おぶって・・・は無理か」
利彦は自らの筋力を悟った風に言った。少女もまた利彦には無理だろうと思った。
「大丈夫よ。ありがとう、若」
少女はそれだけ言うと歩き出した。利彦は首に手を当てて彼も帰路についた。
太陽はすっかり沈み、薄紫色の空にいちばん星が輝く。「今日のご飯はなにかな」「真理亜の作るものならなんでも美味しいさ」などと辺りには楽しげな会話だけがかすかに聞こえている。
窓は開け放たれ、カーテンが波打つ影が少女の本に時々影を落とす。心地よい春風に吹かれ少女の髪もたゆたい、時折その髪をかき分ける。
すると三人組の女子生徒図書室の奥から出てきた。声量は控えめだったが、静寂であった室内に十分なほどその声は響き渡る。
「神話ってどこの棚ですか」
「窓際よ」
「そうそう、ちょうどあの人の横の棚ね」
どうやら三人は図書委員のようだ。放課後なので彼女たちが仕事をしていても不思議はない。むしろ関心するくらいでちょうどいいだろう。
「あーそうそう。神話といえばさ、ゼウスって浮気男だなって前からずっと思ってたんだけど」
奥の図書委員室のドア近くにいる一人の女子生徒が突然思い立ったように、他の図書委員に疑問を投げかけた。
窓際で読書をする少女の肩がビクッと飛び上がる。
彼女の横にいた図書委員の生徒は「わかるー」などとおしゃべりに夢中で、他の生徒は視界に入っていない様子だった。
「何人くらいと結婚してるんだっけ」
「五十人くらい?」
「バカぁ。そんなにいないわよ」
「正妻がヘラでしょ、あいじんは?」
静寂だった室内はいつのまにか神様の恋の話一色となり、あることないことを次から次へと彼女らの口から出てくる。
その度に窓際の少女は本で顔を隠しビクッビクッと、過剰に反応していた。
しかし、少女のことを気にも止めずに話はついに「ゼウスってイケメンなのかな」と突飛な話題になっていった。
少女はたまらず、そそくさと帰る支度をして、図書室を後にした。
「なぜかしら。寒気がするわ」
足早に階段を下り、靴を履き替え、正門から外に出た。
そして彼女はくしゃみをした。
たしかに春に入ったばかりで、薄切りでは少し肌寒く、また風も幾分か強く吹き付けているようだ。けれどよく晴れており、堤防の上から夕日が綺麗に映えている。
「桜の蕾が膨らんでる。今年こそお花見したいな」
「さアそれはどうかな。うちは忙しくなさそうでかなり忙しいからな」
「あっ若」
「おいおい迷子を見つけたみたいなニュアンスは傷つくじゃないか」
少女のもとにやってきたのは若田利彦だった。
彼は外回りにかこつけて、散歩していた。本人いわく散歩ではなくあくまで外回りなのだそうだ。
だが、事務所が社員一人ではサボリもなにもない。理由なく外に出ても咎めるものなど初めからいないのである。
「ここ事務所から近いしいつでも来られるんじゃないの」
「残念。ここの桜はもうおしまいさ。ちょっとだけ咲く時期が早い種類の桜なんだ」
「ふーん。確かにそれは残念ね」
そう言って少女は夕日の沈む方を見て、ポツリと呟く。
「今日はついてないなあ」
「おっとっと神様なのにね。そいつは大変だ」
「からかわないで。私は真剣に悩んでるのよ」
肩をすくめて言う。敏彦からはそのシルエットだけが見えているため彼女がどんな表情かは想像するしかない。
「何かあったのかい」
「ふぅー。まあ、大したことじゃないけど。ちょっと思うところがあったのよ」
彼女は利彦に図書室でのことを話した。
彼女としては悩ましく思うことだったが、利彦はそれを聞いて笑い飛ばした。
それに対して少女は振り返って「イー」と怒りを露わにした。
「ごめんごめん。でも人は、みんながみんなじゃないけど大方そう思っていると思うよ」
少女は小首を傾げて利彦の笑っている姿を見ていた。
「おや、その顔はもしかして知らないのかい」
「知らないってなにが」
かくかくしかじか利彦は、ゼウスが神話では愛に生きた男として語られていることを少女に説明する。
「ああ。そういうことね。私も男だったか女だったかもうわからないけど、今こうしてここにいる私は紛れもなく女の私だからなあ」
「でもお嬢さんも愛情深いところあるよね」
「なっなにょ」
少女は驚きのあまり口ごもりあまつさえ噛んでしまった。
「あれお嬢さん具合でも悪いのかい。顔が随分と赤いけど」
そう言われて鞄を持たない方の手で頬を触る。
彼女はなぜこんなに熱くなっているのかわからなかった。
「なんでも、ない。なんでもないわよ」
「おぶって・・・は無理か」
利彦は自らの筋力を悟った風に言った。少女もまた利彦には無理だろうと思った。
「大丈夫よ。ありがとう、若」
少女はそれだけ言うと歩き出した。利彦は首に手を当てて彼も帰路についた。
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