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第一幕
⑧ 一歩たりとも譲るわけには参りません
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「わ、私、お茶を取りに戻りますね!」
「なら、俺も一緒にいかないとな。アルマ1人だと、塔の中は危ないからな!」
ピリピリとした空気が充満する牢の雰囲気に耐えかねたアルマとテオがそろって立ち上がる。が、すぐさま、その肩をがっしりとした太い腕に押さえつけられた。
「許さん。2人ともそこにいろ。儂1人にするな。ローラン殿のことをよく知るお前達がいなければ、何かあったときに困る」
「そ、それならアルマだけで十分っすよ! 俺もそれほど、お姫さんと仲が良いわけじゃないんで」
「テオ兄ぃ、ズルい!」
妹を捨てて逃げるつもり! というアルマの悲鳴に絆されたわけではないが、ルドルフは厳めしい顔のままテオに向かって首を振った。
「だ、団長……」
うう……と観念したテオはテーブルを挟んで熱気を吹き上げているローランとレオンハルトの様子をこっそりと盗み見て、すぐに目を逸らした。
「いくらなんでも欲張りすぎだろう。材料はすべてこっち持ちだぞ?」
「あら。これは不思議なことを言いますのね。レオンハルト様はお抱えの料理人に賃金を払っておりませんの? 厨房の食材を料理人が自腹で買っているとでも?」
すでにテーブルに載せられた羊皮紙はインクで真っ黒になっている。ローランが書いた数字をレオンハルトが打ち消し、そしてレオンハルトが書いた数字をローランが打ち消して――というのを何度も繰り返してこうなった。
事情を知らなければ、まるで少年と少女の微笑ましい光景に見えるかもしれない。
2人ともどことなく顔を赤らめて、視線を頑なに合わせようとしないところなど老境にさしかかったルドルフにとっては甘酸っぱいにもホドがある。
が、その会話の中身は金色の刃と刃が火花を散らす真剣勝負だ。
とくにルドルフの見たところ、レオンハルトはいつになく意固地になっている。そしてローランは――貴族の令嬢とは思えない執念で食い下がっていた。
「とにかく、見習い騎士様の武具に対する付呪は金貨2枚。正騎士様には金貨5枚。これは譲れません。これでもかなり勉強させていただいたお値段です」
「毎回毎回それではいくらなんでも高すぎる。ヘタしたら普通に魔法の武具を求めた方がマシということになりかねん。第一、お前のエンチャントの効果も俺は確認してないだぞ。言い値を飲めるわけがないだろう」
言いながら、ローランの書いた数字を打ち消して、金貨1枚半と金貨3枚を上書きする。
「それでは私が困ります。他のお客様に顔向けが出来ませんもの」
「他の客なんていないだろうが」
「未来のお客様です」
さっとローランの手が動いて、また数字を書き換える。
正直、このままでは日が変わっても終わりそうに無い。まさか、牢の中で仲良く一晩を過ごすというわけにも行くまい。
「しかし、あの執着は何か理由があるのか?」
それにしてもローランのがめつさは少し度が過ぎている気がする。不思議に思ったルドルフに事情を知るアルマがうなずいた。
「ローラン様はご自分をお買い上げなさるつもりなんですよう。裁きが下されれば、きっと自分は奴隷に落とされるだろうからって」
「なるほどな」
今までに聞いたことの無い話だが、それなら理屈はわからないでもない。
貴族の奴隷落ちは見せしめの意味合いが強い。おそらく、大金貨が飛び交うオークションになるだろう。
銀貨どころか金貨を山と稼がなければ、とても追いつくものではない。
「ルドルフ様からもお口添えをお願いしますのです。ローラン様が可愛そうすぎますよう。なんとか無罪になんて言いませんから、せめてローラン様が機会を得られるようになって欲しいです」
「ふむ」
「それに、そういう事情を差し引いてもローラン様の魔術はお買い得ですよう。恋のおまじないの魔術具だけでも、ものすごい売れてるんですから!」
恋のおまじないはともかく、ローランの魔術具の才に疑いは無い。
出来合いの鎧に簡単な術を施すだけで、竜鱗も切り裂くというルドルフの魔剣を数度とは言え、受け止めてみせたのだ。
ルドルフは少し考え込んでから、思いついたアイデアを試してみることにした。
「なら、俺も一緒にいかないとな。アルマ1人だと、塔の中は危ないからな!」
ピリピリとした空気が充満する牢の雰囲気に耐えかねたアルマとテオがそろって立ち上がる。が、すぐさま、その肩をがっしりとした太い腕に押さえつけられた。
「許さん。2人ともそこにいろ。儂1人にするな。ローラン殿のことをよく知るお前達がいなければ、何かあったときに困る」
「そ、それならアルマだけで十分っすよ! 俺もそれほど、お姫さんと仲が良いわけじゃないんで」
「テオ兄ぃ、ズルい!」
妹を捨てて逃げるつもり! というアルマの悲鳴に絆されたわけではないが、ルドルフは厳めしい顔のままテオに向かって首を振った。
「だ、団長……」
うう……と観念したテオはテーブルを挟んで熱気を吹き上げているローランとレオンハルトの様子をこっそりと盗み見て、すぐに目を逸らした。
「いくらなんでも欲張りすぎだろう。材料はすべてこっち持ちだぞ?」
「あら。これは不思議なことを言いますのね。レオンハルト様はお抱えの料理人に賃金を払っておりませんの? 厨房の食材を料理人が自腹で買っているとでも?」
すでにテーブルに載せられた羊皮紙はインクで真っ黒になっている。ローランが書いた数字をレオンハルトが打ち消し、そしてレオンハルトが書いた数字をローランが打ち消して――というのを何度も繰り返してこうなった。
事情を知らなければ、まるで少年と少女の微笑ましい光景に見えるかもしれない。
2人ともどことなく顔を赤らめて、視線を頑なに合わせようとしないところなど老境にさしかかったルドルフにとっては甘酸っぱいにもホドがある。
が、その会話の中身は金色の刃と刃が火花を散らす真剣勝負だ。
とくにルドルフの見たところ、レオンハルトはいつになく意固地になっている。そしてローランは――貴族の令嬢とは思えない執念で食い下がっていた。
「とにかく、見習い騎士様の武具に対する付呪は金貨2枚。正騎士様には金貨5枚。これは譲れません。これでもかなり勉強させていただいたお値段です」
「毎回毎回それではいくらなんでも高すぎる。ヘタしたら普通に魔法の武具を求めた方がマシということになりかねん。第一、お前のエンチャントの効果も俺は確認してないだぞ。言い値を飲めるわけがないだろう」
言いながら、ローランの書いた数字を打ち消して、金貨1枚半と金貨3枚を上書きする。
「それでは私が困ります。他のお客様に顔向けが出来ませんもの」
「他の客なんていないだろうが」
「未来のお客様です」
さっとローランの手が動いて、また数字を書き換える。
正直、このままでは日が変わっても終わりそうに無い。まさか、牢の中で仲良く一晩を過ごすというわけにも行くまい。
「しかし、あの執着は何か理由があるのか?」
それにしてもローランのがめつさは少し度が過ぎている気がする。不思議に思ったルドルフに事情を知るアルマがうなずいた。
「ローラン様はご自分をお買い上げなさるつもりなんですよう。裁きが下されれば、きっと自分は奴隷に落とされるだろうからって」
「なるほどな」
今までに聞いたことの無い話だが、それなら理屈はわからないでもない。
貴族の奴隷落ちは見せしめの意味合いが強い。おそらく、大金貨が飛び交うオークションになるだろう。
銀貨どころか金貨を山と稼がなければ、とても追いつくものではない。
「ルドルフ様からもお口添えをお願いしますのです。ローラン様が可愛そうすぎますよう。なんとか無罪になんて言いませんから、せめてローラン様が機会を得られるようになって欲しいです」
「ふむ」
「それに、そういう事情を差し引いてもローラン様の魔術はお買い得ですよう。恋のおまじないの魔術具だけでも、ものすごい売れてるんですから!」
恋のおまじないはともかく、ローランの魔術具の才に疑いは無い。
出来合いの鎧に簡単な術を施すだけで、竜鱗も切り裂くというルドルフの魔剣を数度とは言え、受け止めてみせたのだ。
ルドルフは少し考え込んでから、思いついたアイデアを試してみることにした。
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