31 / 54
●強制イベント
家庭訪問①
しおりを挟む
昼食は変身魔法を使って、念のため目立たないように一般兵用の武器を持って外で食べた。ウーバーは便利だけど、気分転換にはやっぱり外出に限る。
数名の護衛を連れて、わざわざ商業エリアにあるバーガー店まで行った。最近できたばかりの店で、“ショウユ”と言う名のオリジナルソースを使っていて、癖になる味らしいと噂になっていた。
お互いに緊急の予定がないと分かった瞬間に、ヒダカが行くと言って聞かなかったのだ。僕が思っていた以上に何かが燻っていたらしい。
『テリヤキバーガー』と名付けられたそれは本当に美味しかった。マヨネーズとの相性が最高で、コクと甘みと苦みが見事なバランスだった。
僕はポテトとチキンのセットでお腹いっぱいになってしまったけど、ヒダカはバーガーだけで三つ食べていた。男の子は若い頃にたくさん食べる傾向があるとは言え、中々の食べっぷりだ。
「食べすぎじゃない? お腹減ってた?」
席を立って包み紙を処分する。
「最近体づくりで制限かけてたからな、今日はチートデー」
「チートデー? なにそれ?」
「え? ああ、確か思い切り食べていい日って意味だったと思う」
「へぇ。面白い習慣だね」
そんな話をしながらお店を出ると、すぐに施設には戻ろうとはしないで出入り口の隅に体を寄せた。無言でヒダカを見上げる。毎日のように隣にいたのに、いつの間にか身長差はニ十センチを越えていた。
「ルメル。いいか?」
「どうぞ?」
ほら、きた。ここまで来ておいてすんなり帰ります、とはならないと思ってた。最初から食事の後は何かするつもりでいたのだろう。
「行きたいところがあるんだ」
「いいよ。どこに行くの? 久しぶりに劇団でも見に行く?」
「いや、付いてきてもらえれば分かると思うから」
「うん……。分かった」
何かを楽しみにしているような顔ではないことが不思議で、曖昧な返事をした。
いつも通りに他愛のない会話をしながら付いて行っているけど、ヒダカの歩調が少し速い。コナト大通りを真っすぐ七番通りまで進んで左に入る。それからすぐに右に折れて、暫く道なり。建物のほとんどが店から住居に変わっていく。
「ヒダカ、どこに行くの? この辺にいい店でもあるの?」
「行くの、店じゃないんだ」
「店じゃない? じゃあどこに行くの?」
「あー……。着けば、分かるから」
彼は視線を上に向けて悩む素振りを見せたのに、結局目的地は教えてくれない。
それからも地元の人間しか知らないような道を右や左に曲がって進んでいく。集合住宅から一軒家がチラホラと見えてきた頃には、僕は目的地に大体の見当が付いていた。
魔導車が二台すれ違える程度のまだ舗装されていない車道沿い。近くにあるのは小さな日用品店のみ。僕ら以外に歩道にいるのは子供連れの夫婦や、花壇の縁に腰かけている老婦人くらい。
ヒダカは、そんな通り沿いにある一軒家の前で足を止めた。
「ここ?」
「ああ」
「誰の家?」
分かっていて聞いた。何故かヒダカの口から直接聞きたかった。
「もう分かってるんじゃないのか?」
「うん、まあね。でも教えてよ。知りたい」
「やっと会う許可が出たんだ。――俺を保護してくれてたグランパとグランマの家だ」
「うん」
「会うなら、お前も一緒に会いたくて。悪かったな、行先も言わずに」
「気にしないで。僕も会ってみたかったから」
「ありがとな」
静かに笑うと、扉の前まで進んでヒダカは大きく深呼吸する。約六年ぶりに会うのだ。何を話そうかとか、受け入れてもらえるだろうかとか色々考えてしまうだろう。
「っし」
妙に伸びた背筋のままヒダカがベルを押すと、リーン、とよくある音が扉の外と中から聞こえてくる。半歩下がって少し待つ。しかし中からは何の音もしない。人が動いている気配もしない。
「行くことは連絡してあるから、家にいるはずなんだけどな」
不安そうな声でヒダカが呟く。不安になって彼を見上げる。こんなに楽しみにしているのに、会ってもらえないのは可哀想だ。
リーン、ともう一度ヒダカがベルを鳴らす。やはり何の反応もない。
「ヒダカ、出直す?」
「いや、グランパたちは俺のせいで名前を変えて生活してる。いくら変身魔法を使ってても、この物々しさじゃあ、きっともう何か噂になってる。そう何回もは来れない」
ヒダカが顎で護衛を指す。僕らは何だかんだと仕立てのいい服を着ているし、どう見てもどこかの金持ちだ。ちょっと心配症な一介の老夫婦の家を訪ねるには違和感が大きい。
「仕方ないな」
「調べるの?」
「俺と会いたくないなら、それはもう仕方ない。寂しいけど諦める。でも万が一何か起こってたら後悔するだろ」
「そうだね。ヒダカがやりたいようにしなよ」
「そうさせてもらう」
顔を扉に向け直すと、ヒダカが魔法を詠唱する。基本的に勇者は詠唱を必要としないけど、複合魔法は別らしい。感知魔法は光魔法、闇魔法、無色魔法の三つを同時に扱う難易度の高い魔法だ。もし無詠唱で使えるなら、それこそチートと言うものだ。
「魔力反応あるな。一つ、二つ、三つ……?」
「ヒダカ?」
「こじ開ける!」
扉を強く睨みつけて、ヒダカが突然叫んだ。僕はすぐに護衛を振り向き指示を出す。
「君と君は僕と障壁解除。残りは身体強化して扉の障壁を! ヒダカの指示に従うこと! 急いで!」
「はっ!」
護衛の声が見事に揃う。訓練された動きで敬礼すると、流れるように指示に従う。
障壁はよくある安全対策レベルに似せて巧妙に隠されているけど、強引に解くにはかなり時間を要するものが何重にも組み込まれている。
「ルメル! 障壁の数は!」
「多分八種類くらい! そっちは!」
「追加で三種類!」
時間をかければ一つ一つはそんなに難しい解除じゃない。でも、今この瞬間にそんな悠長なことは言っていられない。扉の破壊も同じ状況だ。
「ヒダカ!」
僕は決断を迫った。こうなったら、もう方法は一つしかない。
一瞬の間。
「全員下がれ。強行突破する」
決断は一瞬。ヒダカは両手で扉を押すような体勢になると、思い切り魔力を放出した。
数名の護衛を連れて、わざわざ商業エリアにあるバーガー店まで行った。最近できたばかりの店で、“ショウユ”と言う名のオリジナルソースを使っていて、癖になる味らしいと噂になっていた。
お互いに緊急の予定がないと分かった瞬間に、ヒダカが行くと言って聞かなかったのだ。僕が思っていた以上に何かが燻っていたらしい。
『テリヤキバーガー』と名付けられたそれは本当に美味しかった。マヨネーズとの相性が最高で、コクと甘みと苦みが見事なバランスだった。
僕はポテトとチキンのセットでお腹いっぱいになってしまったけど、ヒダカはバーガーだけで三つ食べていた。男の子は若い頃にたくさん食べる傾向があるとは言え、中々の食べっぷりだ。
「食べすぎじゃない? お腹減ってた?」
席を立って包み紙を処分する。
「最近体づくりで制限かけてたからな、今日はチートデー」
「チートデー? なにそれ?」
「え? ああ、確か思い切り食べていい日って意味だったと思う」
「へぇ。面白い習慣だね」
そんな話をしながらお店を出ると、すぐに施設には戻ろうとはしないで出入り口の隅に体を寄せた。無言でヒダカを見上げる。毎日のように隣にいたのに、いつの間にか身長差はニ十センチを越えていた。
「ルメル。いいか?」
「どうぞ?」
ほら、きた。ここまで来ておいてすんなり帰ります、とはならないと思ってた。最初から食事の後は何かするつもりでいたのだろう。
「行きたいところがあるんだ」
「いいよ。どこに行くの? 久しぶりに劇団でも見に行く?」
「いや、付いてきてもらえれば分かると思うから」
「うん……。分かった」
何かを楽しみにしているような顔ではないことが不思議で、曖昧な返事をした。
いつも通りに他愛のない会話をしながら付いて行っているけど、ヒダカの歩調が少し速い。コナト大通りを真っすぐ七番通りまで進んで左に入る。それからすぐに右に折れて、暫く道なり。建物のほとんどが店から住居に変わっていく。
「ヒダカ、どこに行くの? この辺にいい店でもあるの?」
「行くの、店じゃないんだ」
「店じゃない? じゃあどこに行くの?」
「あー……。着けば、分かるから」
彼は視線を上に向けて悩む素振りを見せたのに、結局目的地は教えてくれない。
それからも地元の人間しか知らないような道を右や左に曲がって進んでいく。集合住宅から一軒家がチラホラと見えてきた頃には、僕は目的地に大体の見当が付いていた。
魔導車が二台すれ違える程度のまだ舗装されていない車道沿い。近くにあるのは小さな日用品店のみ。僕ら以外に歩道にいるのは子供連れの夫婦や、花壇の縁に腰かけている老婦人くらい。
ヒダカは、そんな通り沿いにある一軒家の前で足を止めた。
「ここ?」
「ああ」
「誰の家?」
分かっていて聞いた。何故かヒダカの口から直接聞きたかった。
「もう分かってるんじゃないのか?」
「うん、まあね。でも教えてよ。知りたい」
「やっと会う許可が出たんだ。――俺を保護してくれてたグランパとグランマの家だ」
「うん」
「会うなら、お前も一緒に会いたくて。悪かったな、行先も言わずに」
「気にしないで。僕も会ってみたかったから」
「ありがとな」
静かに笑うと、扉の前まで進んでヒダカは大きく深呼吸する。約六年ぶりに会うのだ。何を話そうかとか、受け入れてもらえるだろうかとか色々考えてしまうだろう。
「っし」
妙に伸びた背筋のままヒダカがベルを押すと、リーン、とよくある音が扉の外と中から聞こえてくる。半歩下がって少し待つ。しかし中からは何の音もしない。人が動いている気配もしない。
「行くことは連絡してあるから、家にいるはずなんだけどな」
不安そうな声でヒダカが呟く。不安になって彼を見上げる。こんなに楽しみにしているのに、会ってもらえないのは可哀想だ。
リーン、ともう一度ヒダカがベルを鳴らす。やはり何の反応もない。
「ヒダカ、出直す?」
「いや、グランパたちは俺のせいで名前を変えて生活してる。いくら変身魔法を使ってても、この物々しさじゃあ、きっともう何か噂になってる。そう何回もは来れない」
ヒダカが顎で護衛を指す。僕らは何だかんだと仕立てのいい服を着ているし、どう見てもどこかの金持ちだ。ちょっと心配症な一介の老夫婦の家を訪ねるには違和感が大きい。
「仕方ないな」
「調べるの?」
「俺と会いたくないなら、それはもう仕方ない。寂しいけど諦める。でも万が一何か起こってたら後悔するだろ」
「そうだね。ヒダカがやりたいようにしなよ」
「そうさせてもらう」
顔を扉に向け直すと、ヒダカが魔法を詠唱する。基本的に勇者は詠唱を必要としないけど、複合魔法は別らしい。感知魔法は光魔法、闇魔法、無色魔法の三つを同時に扱う難易度の高い魔法だ。もし無詠唱で使えるなら、それこそチートと言うものだ。
「魔力反応あるな。一つ、二つ、三つ……?」
「ヒダカ?」
「こじ開ける!」
扉を強く睨みつけて、ヒダカが突然叫んだ。僕はすぐに護衛を振り向き指示を出す。
「君と君は僕と障壁解除。残りは身体強化して扉の障壁を! ヒダカの指示に従うこと! 急いで!」
「はっ!」
護衛の声が見事に揃う。訓練された動きで敬礼すると、流れるように指示に従う。
障壁はよくある安全対策レベルに似せて巧妙に隠されているけど、強引に解くにはかなり時間を要するものが何重にも組み込まれている。
「ルメル! 障壁の数は!」
「多分八種類くらい! そっちは!」
「追加で三種類!」
時間をかければ一つ一つはそんなに難しい解除じゃない。でも、今この瞬間にそんな悠長なことは言っていられない。扉の破壊も同じ状況だ。
「ヒダカ!」
僕は決断を迫った。こうなったら、もう方法は一つしかない。
一瞬の間。
「全員下がれ。強行突破する」
決断は一瞬。ヒダカは両手で扉を押すような体勢になると、思い切り魔力を放出した。
0
あなたにおすすめの小説
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
騎士団の繕い係
あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。
没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました
藤原遊
ファンタジー
魔力不足でお城が崩れる!?
貴族が足りなくて領地が回らない!?
――そんなギリギリすぎる領地を任された転生令嬢。
現代知識と少しの魔法で次々と改革を進めるけれど、
なぜか周囲を巻き込みながら大騒動に発展していく。
「領地再建」も「恋」も、予想外の展開ばかり!?
没落領地から始まる、波乱と笑いのファンタジー開幕!
※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~
雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。
突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。
多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。
死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。
「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」
んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!!
でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!!
これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。
な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる