【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる

望田望

文字の大きさ
43 / 54
第四章 ゲームは本筋に入る

義母 シャリエ・フサロアス

しおりを挟む
 帰りの魔導車は僕一人だった。兄はまだ仕事があるし、そうでなかったとしても、僕と兄の二人が密室にいることをフサロアス家は許さないから。

 家に帰りつくと、珍しくシャリエが僕を出迎えた。にこやかに笑う様子が相変わらず恐ろしいと感じてしまう自分がいる。これでも前に比べれば少しは対等に話ができるようになったつもりだけど、所詮十八歳の子供だ。向こうからすればまだまだどうとでもなると思われているんだろう。

「義母さん。どうしたのですか? 何か御用でも?」
「ええ。あなたにこれまでの頑張りを労わるために、何か贈り物をさせてもらいたいと思って待っていたの」

 全くどういうつもりなのか分からない。断っても受け取ってもいい結果にならないことだけは理解できるけど。

「贈り物、ですか。義母さんのお陰で不自由なく暮らせていますよ」
「そんなお手本通りの答えはいらないのよ? 分かっているでしょう?」

 シャリエが冷たい目で見下ろしてくる。ここまではっきりと嫌悪を表に出されるのは珍しい。目の錯覚だったのかと思う程あっと言う間にシャリエの表情は美しい笑みに戻っていた。

 負けたくないと思うのに、勝てる気がしなくてただ名前を呼んで出方を伺う。笑顔を浮かべのが精一杯だ。背中に冷たいものが流れる。

「義母さん……?」
「何でもいいのよ。物でも人でもそれこそなんでも、ね」

 これが兄なら有利な条件を引き出すのだろうな、と悔しくなる。僕にできるのは、精々できる限りヒダカの手綱を握って、戦いに勝って自由を手にすることくらいだ。フサロアス家をどうこうするだけの権力も能力ももってなんかない。

 改めて自分の不甲斐なさを目の当たりにして、気持ちが沈みそうになる。そんな場合ではないことが、ある意味で救いだった。

 不意にシャリエが音を立てずに近づいて耳元で囁いた。

「だって、ねぇ、あなた、もう気付いているんでしょう? あの契約が完了されることは無いって」

 眼球がカラカラになるまで目を見開いた。

 ああ、やっぱり……。

「いいのよ? あなたがその体のままでいいのなら今すぐにでもここを出て自由になっても。よくやってくれたわ。私もこれ以上あなたを縛り付けるのは心苦しいもの。勇者様も、たくさんのことを乗り越えてくれて、開戦も近い。もう大丈夫よ。言ったでしょう? お願いを聞いてくれたから、あなたは自由よ」

「そん、なの……」
「勇者様のパーティーにはあなたがいなくても大丈夫よ。分かっているでしょう? あなたの代わりなんていくらでもいるの。こちらから他の人間を宛がうわ」

 分かっている。分かっているんだ。そんなことは。それでも、僕がいいと言ってくれる仲間がいるから――。

「……そんな、無責任なことは、できません。神試合には向かいます……!」
「そう? 大して役に立たないのに? あなた、本当に自分勝手なのね?」

 決死の言葉は、残念そうな顔にあっさりと受け流された。悔しくて涙が滲みそうだ。

「贈り物の件、考えておきなさい。いつでもいいのよ?」

 シャリエが余裕のある笑みで踵を返した。



 部屋に戻ると、ベッドに腰かけてぼうっと天井を見上げた。

 六年間、掃除だけはしっかりとされている自室。それなりの調度品に、色とりどりの花。いつヒダカが来てもいいように体面は整えられている。

 僕は、これ以上成長できない。あの女が契約を解除するとは思えないからだ。

 逆に言えば、兄が首相でいることと、兄妹たちの安全は保障されている。僕の自由も。

 でも僕はずっと子供のままだし、男のフリをし続けなければいけない……。何より、何があってもヒダカの友達でいなきゃいけないんだ。――何があっても。

 血の契約は破ればペナルティがある。

 どんなペナルティがあるのかは余り知られていない。命を落としたという記録は見かけなかったけど、契約内容の複雑さや難しさに比例してペナルティも重くなるようだし、故意に残さなかっただけかもしれないから本当のところなんて分かるはずもかった。


 僕とシャリエの契約は、以下の通りだ。


【シャリエ】
 ・ メルシルは体の成長を止めること
 ・ メルシルは男性として過ごすこと
 ・ メルシルは勇者と友人になり、他勢力からの接触を防ぐこと


【メルシル】
 ・ 兄を首相にすること
 ・ 兄と妹たちを傷つけず、好きにさせること
 ・ メルシルを自由にすること


 この中で一番効力が強いのは、体の成長を止めているというところだ。スラオーリの意思に反しているのに成り立つということは、それだけこの契約に何かしらの力があるということだ。

 そして自分から契約を破った場合に、まず考えられるペナルティは次の三点だ。


 ・ 兄の失脚
 ・ 兄妹たちの不幸
 ・ 自分の不自由

 避けたいのは最初の二つだけど、どの契約がどの程度の効力だと判断されているのかも分からない上に、馬鹿正直にこの通りになるとも思えない。

 結局、どうしようもないのかな。この曖昧で強制力だけはある感じ、なんだか呪いまじないみたい。

「……あれ……?」

 記憶に何かが引っ掛かる。なんだろう? 何か、言っていた。あのとき、シャリエは何と言っていた?

『ちょっとだけお呪いまじないを受けてほしい』

 と言っていなかったか?

 ――お呪いまじない

 勢いよく立ち上がった。

 血の契約が、もし呪いまじないの類なのだとしたら情報が少ないのにも頷ける。そもそもこの国では呪いまじないは余り使われることがない。使い方を知らない人の方が多いし、知っていても使えない人が多いのだ。

 あのバイレアルト教授でさえ、呪いまじないに関しては余り詳しくないらしい。きっと誰も考えもしなかったことだ。もしくはこれも故意に隠されていたのか。固有魔法だと言い張ってしまえば、研究しようにも追及しにくいところがある。ましてや相手はフサロアス家。

 でも、本当にそうだとしたら――。

「核が、ある……?」

 それはこの前見たような形をしていないかもしれない。何せ、呪いまじないの種類など詳しくない。

 それでも光明が見えた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足でお城が崩れる!? 貴族が足りなくて領地が回らない!? ――そんなギリギリすぎる領地を任された転生令嬢。 現代知識と少しの魔法で次々と改革を進めるけれど、 なぜか周囲を巻き込みながら大騒動に発展していく。 「領地再建」も「恋」も、予想外の展開ばかり!? 没落領地から始まる、波乱と笑いのファンタジー開幕! ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

騎士団の繕い係

あかね
ファンタジー
クレアは城のお針子だ。そこそこ腕はあると自負しているが、ある日やらかしてしまった。その結果の罰則として針子部屋を出て色々なところの繕い物をすることになった。あちこちをめぐって最終的に行きついたのは騎士団。花形を譲って久しいが消えることもないもの。クレアはそこで繕い物をしている人に出会うのだが。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜

ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。 草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。 そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。 「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」 は? それ、なんでウチに言いに来る? 天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく ―異世界・草花ファンタジー

前世は厳しい家族とお茶を極めたから、今世は優しい家族とお茶魔法極めます

初昔 茶ノ介
ファンタジー
 代々続くお茶の名家、香坂家。そこに生まれ、小さな時から名家にふさわしくなるように厳しく指導を受けてきた香坂千景。  常にお茶のことを優先し、名家に恥じぬ実力を身につけた彼女は齢六十で人間国宝とまで言われる茶人となった。  しかし、身体は病魔に侵され、家族もおらず、また家の定める人にしか茶を入れてはならない生活に嫌気がさしていた。  そして、ある要人を持て成す席で、病状が悪化し命を落としてしまう。  そのまま消えるのかと思った千景は、目が覚めた時、自分の小さくなった手や見たことのない部屋、見たことのない人たちに囲まれて驚きを隠せなかった。  そこで周りの人達から公爵家の次女リーリフィアと呼ばれて……。  これは、前世で名家として厳しく指導を受けお茶を極めた千景が、異世界で公爵家次女リーリフィアとしてお茶魔法を極め優しい家族と幸せになるお話……。   ーーーーーーーー  のんびりと書いていきます。  よかったら楽しんでいただけると嬉しいです。

白い結婚を言い渡されたお飾り妻ですが、ダンジョン攻略に励んでいます

時岡継美
ファンタジー
 初夜に旦那様から「白い結婚」を言い渡され、お飾り妻としての生活が始まったヴィクトリアのライフワークはなんとダンジョンの攻略だった。  侯爵夫人として最低限の仕事をする傍ら、旦那様にも使用人たちにも内緒でダンジョンのラスボス戦に向けて準備を進めている。  しかし実は旦那様にも何やら秘密があるようで……?  他サイトでは「お飾り妻の趣味はダンジョン攻略です」のタイトルで公開している作品を加筆修正しております。  誤字脱字報告ありがとうございます!

処理中です...