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今時の座敷わらし

5、座敷わらしとケーキ

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 宇座敷さんの気配消しの効果は絶大で、教室からここまで、誰一人として彼女に目を向ける者は居なかった。

『ちょこ、また消えたし~』

『マジうけるー』

 こんな会話が聞こえてきた辺り、彼女は普段から自分の能力を活用している様子である。

「や、アタシって神出鬼没のキャラにしてるからさー、座敷わらしの気配消しがちょー役に立つんだよね~」

 言質通り間違いなく有効活用しているらしい。

「こうして僕だけが宇座敷さんを認識出来ているのにも理由があったりするの?」

 放課後、背中は学校の方角に向けて、いつもの通学路を宇座敷さんと歩いていた。

「アタシが触れてる人には普通に見えるわよ。ほら、壱多の手首アタシが今掴んでるでしょ?」

 朝と同じように僕の左手首はガシリと掴まれている。
 てっきり逃亡防止の手錠代わりだと思っていたが、まさかそんなしっかりとした理由だったとは。

「あ、そっちの意味も勿論あるけどねー」

 ニシシと笑い、繋がれているほうの手を宇座敷さんが宙に上げた。
 何となくだけど、はしゃいでいる気がする。
 彼女の陽気は、時期のわりには暖かな日差しのおかげなのかな?

 ──と、もう着いてしまったか……。

「……ここが一応、僕の家だよ」

 学校から徒歩十五分程度の距離。
 似た造りの住宅が並ぶ歩道沿いに、住み慣れた赤い屋根の一軒家はあった。

「二階建てじゃん!? 結構でっかいし……やったねアタシ!」

 相変わらず住み着く気満々らしい。
 ある程度諦めを得ていた僕は、玄関の鍵を開け「狭い家ですが、どうぞ」と告げてみる。
「いやだから、でっかいじゃん!」という彼女の返答に微苦笑し、来客用のスリッパを出した。
 入って早々、宇座敷さんが鼻をクンクンさせたので、変な匂いがしていませんようにと祈る。

「へー、良い家だね。綺麗に掃除されてるし、雰囲気もいいし……この家、大事にされてるんだね?」

 頭一つ下から覗き込んでくる彼女の大きな瞳にドキリとする。
 グロスの塗られた唇からの一言で、無性に嬉しくなってしまった僕はきっとチョロイのだろう。

「うん……大事にしているよ。でも、座敷わらしって凄いね、一目でそんなことも分かるんだ?」

「家に関してアタシはプロフェッショナルだからね。まぁ、建築の話はさっぱりだけど、状態がどうこうとか、家の気配が良いとか悪いとかは直感的に分かるのよ」

 へぇ、家にも気配があるのか。流石は座敷わらし──と言っては僕が偉そうかな?

 宇座敷さんを居間へと通し、ソファを勧めてみる。
 普段使いしているものであるが、来客席に指定するくらいには座り心地が良い。
 即刻ボスンと音が立ち、彼女は弾丸のように着席。
 弾力が気に入ったのか、小さくポンポン身体を跳ねらせていた。

「ねぇねぇ壱多! このソファ、良いスプリング使ってるね!」

「百万回使ってもヘタレないスプリングだったかな」

 ソファに限らずこの家の家具は、出来る限り長期間使えるモノという基準で揃えられている。
 デザインよりも機能性重視で選択した結果だった。

「なにそれ! 凄いハイテクじゃん!」

 家具一つに嬉々と反応する彼女の様子に、僕の心はほんのり温かくなった。
 妹がもし居たらこんな感じなのだろうか?
 何となく嬉しさがこちらにも伝播しながら台所へ。

「温かいものと冷たいもの、どっちが良い?」

 居間と台所を繋ぐ扉は料理の時以外開け放たれているので、宇座敷さんの様子はしっかり確認出来る。変わらずぴょんぴょん身体を揺らしている辺り、本当にそのソファが気に入ったんだね。

「あ、お構いなく~。冷たい無糖のお茶でいいよー」

 遠慮してから好みの飲み物を伝えてくれる宇座敷さん。
 言葉の合間が刹那だったのは、お愛嬌だろうか。
 座敷わらしのイメージ的にはこの緑茶のペットボトルかな?

「どうぞ、粗茶ですが」

「わー、粗茶好き~」

 グラスに注ぎ、ついでに買い置きのゴマせんべいをお茶うけに。
 目立ち整ったギャルなメイクの彼女には些かアンマッチなチョイスだったかな?

「ちょっとちょっと~、女子高生にせんべいは流石にないでしょ? アタシ、JKなんだよ?」

 JK、目の前の女子高生は台詞のわりに満面の笑みを浮かべている。
 良かった、お茶うけへの懸念は杞憂だったようだ。

「それなのに、アタシはせんべいも大好きなのよねー。これも座敷わらしのさがなのかしら? うーん、ゴマの香ばしい香りがたまらない!」

 包装の状態で二度砕いてから、彼女は小分けになったせんべいを摘まんでニコニコ食べていた。
 お口に合っていたようで何よりです。

 テレビ横からデザイン脚立という名の四角い収納ボックスを持ってきて、僕も腰かける。
 テーブルを挟んで宇座敷さんと向かい合う形だった。

「それで、宇座敷さんは本当にここに住む気なの?」

 僕の単刀直入な質問に、同じクラスのギャルは緑茶を一口飲んでから、目力のある視線をこちらに向ける。

「心配しなくても大丈夫よ。アタシには気配消しがあるから壱多のご家族に気付かれるようなヘマはしないわ!」

 いや、そういう意味じゃなくてね……。
 妙に自信に満ちているのに心配しか感じさせない発言だけど、今問題としているのは勿論そこではなく。

「宇座敷さん。あなたは確かに座敷わらしであるのだと思います。ですが、その前に僕たちはクラスメイトでもあるわけですよね?」

 あえて丁寧語で告げる。
 伝え辛い種類の話題だったので、自分自身を言葉で着飾ってみた。

「なによ改まって。まぁ、クラスメイトに間違いないんじゃないの?」

「つまりは、です。……年頃の男女が同じ家に住むことになるのは、一般的にあまり褒められたことではないかと」

 宇座敷さんはパチクリとまばたきを一つ。
 きっかり一秒静止した後。
 ゆで上がるように、顔が一気に真っ赤となった。

「ど、ど……どうせい? も、もしかして、これって同棲! 同棲なの!?」

 同棲だけ連呼されるとこっちも変に照れてくるな。

「ええと……正確には同居だと思うよ? 同棲って確か、恋人同士でするもののはずだし」

「こ、恋人!? アタシと壱多が!?」

 幾分混乱しているらしく宇座敷さんの発言がさっきから随分偏っている。
 あたふたしている女の子の姿は愛くるしくあったけど、当然誤解未満の話であり。

「いや、そうでないことは宇座敷さんがよく分かっているよね?」

「……むー」

 何故か頬を膨らませる同じクラスの女の子。
 細めた目が漫画で見たジト目というものにそっくりだった。
 これもラインのはっきりとした化粧の効果だろうか。

「……はいはい、そうですよ~勝手に座敷わらしが取り憑いただけですよー。どうせ同棲でも恋人でもないんでーすぅー。なのでアタシは勝手に住まつかせてもらいますからー……フン」

 あれ? 年頃の男女が一緒に住むのは良くないから、考え直そうという意見だったはずだよね?
 なのに宇座敷さんの中で住み着く意思が一層固まってしまったような……。
 あと、もしかして怒っています?

「怒って、いーまーせーん!」

 即否定されてしまった。
 言葉をわざと伸ばしているのは不満の表れだと思っていたけど、実質的に一日未満しか彼女とは接していないわけで、日の浅い僕の勘違いだったようだ。

 宇座敷さんに考え直してもらう第二プランを練る僕と、バリボリと勢い良くせんべいを食べる宇座敷さん。
 不思議な無言漂う夕方の時間、電灯のスイッチを押した辺り、玄関でガチャリという音がした。

「ただいま~」

 帰宅を伝える聞きなれた声は姉のもの。
 定時前に帰ってくるなんて非常に珍しい。
 噂の変形労働時間制を正しい意味で使用することが出来たのかもしれない。

「ど、どちら様?」

 ひそひそと小声の宇座敷さん。
 せんべいは完食したようだ。

「僕の姉さんだよ」

「そ、そう……ご、ご家族の方が遂に帰ってきたわけね……。でも、大丈夫よ壱多! アタシは気配消し全開でいくからお義姉さんには見えないわ! 気にしないでいつも通りでオーケーよ!」

 いや、普通に気になるから。
 だけど、座敷わらしの気配消しが凄いことは実証済みで、本当に気にならなくなるのかもしれない。

 ニアミスと言えば良いのか、姉さんが居間へとやって来た。
 スーツ姿の両手に、白い箱と白いビニール袋を掲げている。

「壱多、ケーキ買ってきたけれど食べる? あと夕飯にお寿司も買ってきたから」

「おかえり姉さん。今日はなんだか豪華だね」

 いつものよう姉に返す僕の目の前では、身体を強張らせながら家主を見つめている宇座敷さんの姿。
 本当に気配消しを発動させているのだろうか?
 彼女に触れていないのに、当たり前のように見えているんだけど。

「タイムセールで三割引きだったから思わず買っちゃったのよ。それに変形労働で早く帰れたお祝いみたいな感じ?」

 やっぱり変形労働制で今日の勤務時間を短縮してきたらしい。
 基本残業しかない姉さんだったので、お祝いしたい気持ちもよく分かってしまう。

「いつもお疲れ様です。姉さんはすぐにでもケーキを食べたい気分なんだよね?」

「そう、そうなの! 流石は私の弟、よく分かっているわ!」

「どきどき」

 最後の台詞の人は宇座敷さん。擬音を口に出しちゃってるよ。
 姉さんの様子から声も彼女の姿も見えていないようなので、気配消しはやっぱり発動しているようだ。
 僕に気配消しが聞いていないのは気にかかるけど、ひとまずは安心して良いのかな?

 ホッとしながら、台所から皿を三枚と小型フォーク三本、グラスを持ってくる。
 現在見えていない人の前に皿を置いても姉は無関心だった。
 気配消し中は、彼女に関係することも見えなくなっている感じなのだろうか?

「何故かショートケーキが三つとモンブランが一つなんだね。姉さんはどっちを食べたいの?」

「ショートケーキ!」

「ショートケーキ!」

 姉とギャルの食欲が被る。
 でも、宇座敷さんがモンブランって言い出さなくて良かった。
 もしかしたら姉さんがモンブランも食べる可能性もあったからね。
 それぞれの皿にご指名のケーキを置く。
 ついでに、冷蔵庫にあった無糖の紅茶も全員のグラスに注いだ。
 座敷わらしパワーで誤魔化せるだろうという目論見と、いざとなれば僕自身が食べる分という口実も作り出せる配膳だった。

『いっただきまーす!』

 今度はタイミングさえも完全一致する姉さんと不可視のクラスメイト。
 ショートケーキにフォークを刺すタイミングさえ同時である。
 と言うか二人ともテンションが高いな。
 姉さんには同じ喜色を浮かべる宇座敷さんは見えていないだろうけど。

「くぅ! この甘さのために私は生きていたッ!」

「それは流石に大袈裟じゃないかな?」

 僕の突っ込みに、噛み締めるようにショートケーキを口に運んでいた姉さんは、チッチッチッと左指を振る。

「いい? 壱多覚えておきなさい。女はケーキを食べないと朽ちるわ」

「朽ちるの!?」

 姉の謎名言シリーズ再び。
 驚く僕とは対照的に、宇座敷さんもコクコク頷いていた。
 どうやら異性にとっては常識だったようだ。
 ……鎖国をしていた時代の女性たちの身がとても危ぶまれる発言な気もする。

 無粋な思考はともかく、折角なので僕もモンブランをいただく。
 一口で栗の味の濃厚さが分かって、高いやつだと確信した。

「どう、美味しい?」

「うん、凄く美味しいよ。もしかしなくても高いとこのやつ?」

「もしかしなくても高いとこのやつよ」

 姉がえっへんと胸を張る。
 低めの身長の人なのでスーツさえ着ていなければ、隣の現役女子高生と同い年くらいに見えたかもしれない。
 その隣の人は、絶賛笑顔でショートケーキの苺の部分をパクリと一口でいっていた。

「どう、千代子? ショートケーキも美味しいでしょ?」

「うん! すっごくこのショートケーキ美味し──ってあれ!?」

 姉さんがにっこりと、明らかに隣を見ていた。
 ああ、そう言うことか……。
 宇座敷さんはビックリした表情のまま、ピシリとフォークを持って石化している。



 姉さん──最初から宇座敷さんのことが見えていたんだね?





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