その宝石の名前はフレラルート

kio

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プロローグ

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「うぅ……まさかイチタくんと結婚することになるとは夢にも思っていませんでした……」

 俺はクスリと笑う。

「随分と今更な話だね? ……でも、俺もまさか女神様と結婚することになるなんて、思っていなかったよ」

「わー! わー! やっぱりこの話は無しで! 無しでお願いします!」

 真っ赤な顔でオロオロする妻が可愛くて、俺はもう一度笑った。

「も、もー! 笑わないでくださいよぉ!」

「ごめんごめん。あまりにも俺の嫁さんが可愛らしくてね、つい笑ってしまったんだよ」

 ボッと顔に火が付く俺の妻。
 真っ赤だった顔は更に真っ赤に、ゆでだこみたいになってしまっている。

「もー! からかい禁止! 私をからかうのは禁止ですよー!」

「おかしいな、俺は本音を言っただけのはずなんだけど?」

「うぅ……だから、からかい禁止ですって!」

 冗談めかして本音を伝えたら、頬を膨らませてしまう女神様。
 その頬を人差し指でつつくと、空気はすぐに抜けて、

「ぶぅ……今日のイチタくん、何だかいじわるさんです……」

 半眼を向けられたけど、可愛いだけなので俺にはノーダメージ。

「まぁ、あの当時、俺は女神様に嘘をつかれていたからね」

 いじわるだと言われたので、少しだけいじわるな台詞を用意してみる。

「根に持たれていました!? ……あ、あれはですね……ほら、あれですよ! 偽薬ぎやく効果ってやつです!」

 今思えば、かなり強力なプラシーボ効果だったんだと思う。
 彼女が思いこませてくれたからこそ、今の俺があって、ここまでたどり着くことができたのだ。

 だから、今度は冗談めかすことなく、真摯しんしな言葉で彼女にこう伝えよう。



「ありがとう。俺に優しい嘘をついてくれて」

「……こちらこそ、ありがとう、です。……私をこうして見つけ出してくれて」



 お互いに感謝を伝えて、俺たちは一緒に笑い合う。

 とても穏やかな時間だった。

 彼女と籍を入れてからちょうど一年目の今日。

 俺は彼女に白い花束を贈っていた。

 結婚すると思っていなかったという先ほどの今更な台詞は、彼女の照れ隠しだった。
 俺の女神様の特に可愛らしいところの一つだ。

 ──さて、妻は、いつ気付いてくれるかな?

 花束に忍ばせた、彼女と同じ名前のその宝石の存在に。

 サプライズが成功する場面を思い浮かべて、俺は年甲斐もなくワクワクしてしまう。

 幸せだった。

 俺は間違いなく幸せな時間を生きている。

 こんな日が訪れるなんて、それこそ当時は夢にも思っていなかったのだ。

「……イチタくん。私、幸せです」

 俺たちは似た者同士だったから、同じことを同じ瞬間に考えていたらしい。
 そんな些細なことで胸がこれ以上なく満たされるのだから、俺も変わったものだと思う。

 俺は彼女に寄り添い、彼女は俺に寄り添ってくれる。
 あたたかくて、心地良くて、何よりもいとおしい。

 穏やかで、静かだけど居心地よい時間を二人で過ごし、彼女は、やがてその石に気付く。

 サプライズは見事成功し、口を抑えて涙目となってしまう妻。

 同じ名前の宝石があしらわれた装飾品を彼女につけてあげると、涙が二筋流れたので、俺の指ですくい止める。

「うん、誰よりも似合っているよ」

 俺が自信満々に感想を伝えると、彼女は「もー」と可愛くうなってから、にっこり、女神の微笑を俺だけに向けてくれるのだった。



 ──これは、不器用な俺たちがハッピーエンドに辿り着くまでの物語。





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