悪役令嬢の姉は異世界転移しない~ツミビトライク・ループ~

影帽子

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学校生活編1

第五話『ラブレター騒動3』

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 燃えるような赤の頭髪が揺れる。
 長身のカムイ様よりもさらに高い身長と、がっしりとした大柄な身体つき。
 目の前に壁のような青年が立っていた。

「とりあえずよ、ライラ。こいつは敵か?」

 黒ローブを見やりガルガが問う。

 サヤたちの身近さで感覚はおかしくなっていたが、改めて乙女ゲームの登場人物が実在する現実に、私は思わず叫び出したくなった。
 ツミビファンを自称してる私なので、第一回公式人気投票首位の人気キャラへと深い感慨を覚えてしまっても仕方がないと思う。

 ……でも、ひたるのはピンチを乗り切ってからでも全然遅くないと──私は気持ちを素早く切り替えていた。

「敵……かどうかは分からないけど、私のことを刺そうとしていたのは間違いないかな?」

 対峙する前方の二人を注意深く観察しながら、把握している現状を伝える。

 私の視力はそんなに悪くないはずなのに、やはり黒ローブはローブ以外の部分が黒塗りに見える。
 胸に嫌な感触が湧いてくるものの、もう一方に位置するガルガが、心のモヤモヤを払拭ふっしょくする快活な声をかけてくれた。

「覚えておけライラ! そういうのを敵って言うんだよ!」

 途端、巨体がぜる。
 そう錯覚させる勢いでガルガは前方へと突進して行った。
 漫画で見るような大型剣、バスターソードを水平に構え、次いで太い左腕が得物を握り大きくしなる。

 空気が切り裂かれる音と共に、大剣は半月形に空間を切り裂いていた。

 かすっただけでも致命になってしまうだろうと素人でも予測出来る強烈な一撃。
 しかし、黒ローブはバックステップで危うげなく回避してしまう。

 戸惑いを浮かべたのは攻撃側だったはずのガルガ。

「何だ……? 剣が重いのか? ──クソ! なんで魔法が効いてやがらねえんだ!」

 ガルガのイラ立つ声に、私は"そうだった!"と思い至る。
 今現れたばかりのガルガだから知っているはずはないのだ。

 声を張り上げ、この世界のルールを彼に伝えた。

「ガルガ! ここでは魔法が使えないの! ええと……その剣だけで何とか出来る?」

「はあ!? 何言ってやがる? んなアホな話──あるのか!?」

「あるの!」

 実際に再度の魔法行使をしたらしく、ガルガが思わず私に振り返っていた。
 口を開けて分かりやすく驚いている。

 ──って!

「ガルガ! 前! 前!」

「あ? ……ちぃッ!!」

 音もなく迫っていた黒ローブは、広いナイフの切っ先を俊敏に振るう。
 あわや切り裂かれる寸前、上体を無理やり倒してガルガはバスターソードを前にかざした。
 大剣の真ん中に黒い斬撃が綺麗に命中してしまう。
 身体への直撃は避けられたが……

 鈍い音が大剣から聞こえたような気がした。

「クソが!」

 悪態をつくガルガ。
 無理な態勢がたたったのか、ガルガの大剣はナイフの勢いを殺しきることが出来なかったらしい。

 結果、バスターソードは丁度真ん中のところでボキリと折れる。
 刀身の前半分が地面に落ちた。

 勝機と見たのか、黒ローブは連続攻撃を仕掛けてくる。
 速さを活かした斬撃の重なりを、ガルガは半分以下の短さになった大剣で辛くも防御する。
 幸いにも攻撃は全てさばき切り、黒ローブの攻撃が一旦ゆるんだ。

 ガルガはそれを見逃さず、対峙しながらも大声で宣告した。

「これだけは使いたくなかったが覚悟しろよ! いくぜ! 必殺奥義──」

 ガルガが折れた剣を持つ左腕を大きく内へと下げた。
 居合切りとかそんな感じのポーズだ。
 必殺技発動の構えなのだろうか、威圧感が溢れている……気がする。
 黒ローブも察知したらしく、迅速に後方へと移動していた。

 と言うか、いつの間に必殺奥義なんて習得していたの、ガルガ!?
 原作知識のある私でも知らない情報だよ!

「これでもくらいやがれ! ……チッ! 外れたか!」

「え、ええっー!?」

 なんとガルガは折れた大剣を黒ローブに投げつけていた。
 しかも、難なくかわされているし!
 驚く私の左腕を、大きな手のひらがいきなり包む。
 そのまま強引に後方へと引っ張られた。

「逃げるぞライラ!」

 私を引くのはガルガだった。
 有無を言わさず私も走ることになり、先ほどの場所からグイグイ離れていく。

「ひ、必殺奥義はどうなったの!?」

 目まぐるしく変わる光景に混乱しながらも、とりあえずの疑問をぶつけた。

「あるか、んなもん! はったりだよ、はったり!」

「!?」

 ガルガの肝の座った発想に、私の心臓は物凄くドキドキした。
 危険な綱渡りが過ぎるでしょ!?
 しかも、しかもである。
 続けて乙女ゲームのヒーローがのたまった台詞が。

「第一な──相手にしてられるかッ! こんなやつ!」

「ええっー!? カッコよく登場したくせにぃぃいぃっー!!」

 ガルガのスピードで無理やり引かれているので、私の声がドップラー効果的なアレになってしまう。

「魔法を使えないとか聞いてないんだよ!!」

 この頃には、助走の勢いが乗り切り大きな手からは開放され、ガルガの隣を私は並走していた。
 唯一の特技が速く走ることで良かったと思いつつも、黒ローブが追いかけて来ていることを嫌でも背中に感じてしまう。
 心には焦りしか浮かばない。

 ただただ必至で足を進めていくが──

 痛っ!
 何か見えない壁にぶつかった!?

「クソ! こっちだ!」

 ガルガに再び手を引かれ九十度右へと反転。
 ゴツンと再度見えない壁におでこをぶつけてしまった。

 私たちの走り回っているこの無人の校舎裏は明らかにおかしな点が存在している。

 不可視の壁にも負けず逃走ルートを確保するが、校舎裏からは出られず一定の範囲内をぐるぐる回っているだけの私たち。
 加えて見えない壁にも幾度もぶつかってしまう。
 黒ローブとの距離が一進一退から離れず、壁ゴツンも五回を超えてくると、いいかげん私も涙目になってしまうわけで。

「また行き止まり!?」

「さっきから何なんだよ! ここはよ!」

 校舎裏から見える校庭は目と鼻の先にあるのに、透明な壁によって進むことさえ出来ていない。
 四方八方全てがそんな感じだった。

 あ……!
 ふと、ひらめきが頭の中を横切る。
 そう言えば、ツミビの描写で似た感じのものがあったはずだ。

「これって結界的なアレじゃないのー!」

 結界はミナもそこそこ得意にしている魔法で、物語後半の悪さをする時によく使っていた覚えがある。
 透明な壁で周囲の全方位を囲むことで、今居る場所の見た目そのままに小型の完全密室空間を作り出す魔法であった。

「結界ならすぐに破れるだろうがよ! ……待てよ? これも魔法が使えないせいなのか!」

「多分それぇー!」

 それなりに魔法を使える者であれば結界を破ることは簡単だ、と原作カムイ様は言っていた。
 だけど、ガルガはこの世界に来たばかりで魔法を使うことさえ満足に出来ない。

 当然私も──そもそも私って魔法を使えるのだろうか?
 ライラとなって体感四日目なのに、自身のそんなことすら未だに知らなかった。
 その割に色々適応している気がするのは、失われし一ヶ月の記憶が成せる技なのだろう。

「……ぜーはー……ぜー……」

 大声で話しながら走っていたせいか、そろそろ息が切れてきた。
 むしろ良くもったほうだよ私。
 速度が落ちてきたことで、後ろに迫る黒ローブの存在感が凄いことになってきている。

 そろそろ一巻の終わりかなと内心諦めかけてしまった、そんな時。
 隣の相棒が謎の急停止をした。

「ああクソ! 覚悟決めるか!」

「ガルガ!?」

 ヤケクソ気味の声を上げて、ガルガは反転、後方に向き直る。
 いやいや! それは流石に無茶だって!?

 私の心の突っ込みが通じたのか、ガルガは首だけで軽く振り返ると二ッと笑った。

「これでもカムイの奴に拳で負けたことはないんだよ! やってやるぜ!」

 左手の親指を立てて、無駄に意気込みを伝えてくるガルガ。

「カムイ様はどっちかと言えば僧侶ポジじゃん!? 何でカムイ様を基準にしちゃったの!?」

「うるせえ!」

 一蹴されてしまった……。
 私のことを意に介さず、赤い髪の彼は黒ローブに吠えた。

「──さあ来いよ。化け物さんよぉ!」

 あぁ! もう黒ローブの人に追いつかれているし!?

 一歩踏み込まれれば、あの黒いナイフが届く距離に見えた。
 ガルガが相手にしようとしているのは本物のバスターソードを用いても平然としているような規格外なのである。
 武器が折れてしまった素手のガルガに勝ち目があるはずは──

 ……あれ?
 疑問が浮かぶ。

 真っ黒ローブの人ってこんな感じだったっけ?
 もっと滅茶苦茶な強さだったような……

 違和感と共に、デジャブのような幻影が頭の中を回っていった。

「おいぃぃッ! けろやライラ!!」

「へ?」

 幻影に気を取られて束の間だけ注意がおろそかになっていた。
 ガルガを素通りして化け物さんが私に向かって来ている!? マジでー!?

「クソがァァッ!!」

 黒ナイフが私の胸元へと迫り、一瞬、目をつむってしまった。
 すぐに、ズブッと刺される音。

 ……あれ? 痛くない……?

 恐る恐る目を開けると。

「……クソいってぇッ!」

 目前で黒いナイフがガルガの左手に刺さり、即座に抜かれる。
 何故か黒ローブはそこで一旦後退した。

 ガルガ……もしかしなくても、その手……私を庇かばってくれたの!?

 思わず彼の手を取りそうになり、空手くうしゅで払われる。
 そうだ、のんびり看護をしている余裕なんて今の私たちにはない。

「大丈夫!?」

 それでも、こう聞いてしまうのは人のさがなのだろう。

「お前がチンタラしているのが悪いんだよ! ……で、大丈夫なのか?」

 現在進行形で血が流れているというのに、私の心配をしてくれるガルガ。
 彼の姿に原作のあの優しさを思い出してしまう。
 ……結局私が返答出来たのはこんなありきたりの言葉だけで。

「私は平気。ガルガのおかげだよ!」

「……ふん、ならいい。傷はツバでも付けていたら自然に治るだろ」

「それは無理でしょ!? 血ドクドク出てるよ!?」

 時間が経つ度に血量がどんどん増えている気がする。
 これって、危険だよね?

 ……あれ?

 ガルガの負傷を案じながらも、現状の不自然さにおおよそ気付いてしまった。
 何故黒ローブの人は何故襲って来ないのだろう?
 足手まといの私ではなくガルガが怪我をしている今なんて、絶好の好機なんじゃないの?
 もしかして、場の空気読んでるとか? ……流石にないよね。

 などと思考が明後日の方向に飛んだ私とは対象的に、ガルガは目の前の敵をよく見ていた。

「何だか知らねえが襲って来ないなら好都合だ。こっちから仕掛けてやるぜ」

「止血! まずは止血しなくちゃ!」

 その言葉で我に返り、最優先のことを訴えかける。
 このままじゃガルガが死んじゃうよ!

「後でな!」

「後じゃ駄目でしょ!?」

 思わず突っ込むが、ガルガはすでに突進している。
 ……これも違和感。
 何で突進出来るだけの距離を黒ローブは離れてしまったのか?

 距離は再び縮まり二人の戦闘が始まる。
 当然、今のガルガは当然素手なわけで。

「クソが! 折れても剣は捨てるべきじゃなかったぜ。ナイフがクソやっかいだ」

 刃物相手に素手はあまりにも不利で、ガルガは案の定翻弄ほんろうされていた。

「私拾ってくる!」

 どの道私は足手まといにしかなっていない。
 おそらく止血さえまともにしてあげることは出来ないだろう。
 なら、せめて自分の出来ることで彼に報いたかった。

 折れたバスターソードは斜め横、校舎隅に落ちていた。
 急いで私は走る。

「だー! またライラのほうに行きやがるのか! 今度は行かせねえよ!」

 黒いナイフを驚くほど上手く避け、ガルガが黒ローブに体当たりをする。
 止めてくれなければ、私は刺されていたかもしれない。
 つくづく邪魔にしかなっていない自身の存在を恨みながら、また月並みの言葉をかけてしまっていた。

「ガルガ無事!?」

 そして、私の足は無意識にガルガと黒ローブの居る場所へと進んでしまう。
 ほんと何やっているのよ私!?
 ガルガの剣を拾いにいかなきゃでしょ!

 だけど、黒ローブは急いで態勢を立て直し、何故だかまたも後退してしまう。
 私がハテナマークを頭に浮かべるのと、ガルガが宣言するのは同時タイミングであった。

「当たり前だろ! 俺はまだ死ねないんだよ! 白い大きな家で美人の嫁さんと愛犬に囲まれて幸せな日々を送るまではな!」

「意外に乙女チックな夢!?」

 そういう面は知っていても、この場面で言われるとビックリしかしないよ!
 彼の言葉に反応しつつ、私は足を動かした。

「うるせえよ! チャチャ入れている暇があるんだったら手伝え!」

「何とかなりそうなの?」

 訊ねながら再度バスターソードを拾うため駆ける。
 あと三歩!

「何とかするんだよ! とりあえずそこの剣でも拾って渡せ」

「了解!」

 届いた!

「つーかお前は何がしたいんだよ!!」

 私に言われたのかと思いドキリとするが、黒ローブの人にガルガは言っていたようだ。
 また二人の距離がゼロにほぼ近くなっている。

「近づいて来たと思ったら急に逃げやがって! ちょこまかするなら黙って俺に倒されろ!」

 無事な右の後ろ手で彼から剣を催促された。
 投げても絶対に渡せる自信がなかったので、手渡しで行くことにする。
 急いで拾い、足を前へと動かした。
 折れているのに剣って重い!

「また逃げやがるのか!? いい加減にしろよ! てめえ!」

 ……もしかして、私が近づくと逃げている?

 黒ローブはあからさまに私との距離が近づくと後退している……ような気がする。
 でも、何で?
 そもそも最初は、私を狙って普通に攻撃していたよね?

 こうなったきっかけは……確か……
 ガルガが手を刺された時だ。

「ライラまだか!」

「あ、ごめん! 今渡す──!?」

 先ほどの疑問に答えが出る。
 そうだ! ガルガがかばってくれたあの時、私は胸元を狙われていたんだ!
 私の豊かでない胸元にあるものと言えば──

「……もしかして、これが怖いの?」

 胸元からそれを取り出した。

「何ブツクサ言ってやが──また逃げたやがったな、てめえ?」

 私が胸元から見せたものは、ミナから預かった魔灰まはいの首飾り。
 リルレイラート家に伝わる古びたネックレス型の魔道具である。
 強大な力を秘めてはいるものの、私もミナも使用条件を満たしていないため、現状ただの装飾品に過ぎない……と思っていた。だけど──

「本当にこれを恐れているんだね……」

 魔灰の首飾りをかざしただけで、黒ローブは限界の距離まで後退していた。

「何なんだ、そいつは?」

 ガルガに折れた剣を渡して、私は答える。

「リルレイラートの家宝。一応は凄い力を秘めている魔道具だよ」

「ほー。……よく分からねえが、虫よけを手に入れたんならやることは一つだな」

「虫よけって、もう失礼だな。でも、同感」

 私とガルガは前方の黒ローブ目掛けて走る。
 一人は折れてしまったバスターソードを両手で抱えて。
 一人は魔道具である銀色の首飾りを目の前にかざして。

 黒ローブは逃げようとバックステップをするが、透明な壁に激突してしまう。
 多分自分で張った結界だろうから、流石にお間抜けさんが過ぎていたが、態勢を崩した今こそがチャンスだった。

 当然ガルガも承知で、更なる加速で彼は突き進んだ。



「いい加減その黒塗りの顔にも飽きてきたところだぜ。──はあッ!」



 息を吐き捨て、両手持ちから放たれた袈裟斬けさぎりは、黒ローブを完璧に捉えた。



 ──折れていても十分な長さと鋭さを持つ剣は、そのまま黒の上体を両断していた。






*****

 黒ローブを倒したと思った次の瞬間、裂かれた上半身から黒い闇のようなものが噴き出す。
 瞬く間に黒ローブの姿を覆っていった。

 変化はそれだけに留まらず、まず耳鳴りを感じる。
 唐突に戻ってきたのは周囲の音。
 先ほどまでと明らかに違う様々な音色が耳に溢れてしまい、気持ち悪さと若干の痛みが耳鳴りを生んだ。

「ちっ! 逃げやがったか……」

 私が耳を押さえている間にも、薄暗闇が周囲全てに浸透し、目の前に居たはずの黒ローブは黒へと溶けていた。
 気付けば、その姿をくらましていた様子。

 ……でも、音が戻っているのだから、結界からは出られたってことなんだろうけど……周りがいくら何でも暗すぎるような……。

「だが、まあ……」

 力のない彼の声で、疑問よりも先に現状を思い知らされる。

「ちょっとガルガ!?」

 ガルガの身体は傾き、糸が切れたように倒れていく。
 私は咄嗟に彼の身体を支えようとするが、重くて重力に逆らうことは出来ない。

 自分の身体もよろめいてしまったところで、ガシッと誰かの手が加わる。
 おかげでガルガの巨体と地面との衝突は避けられたようだ。

 同時に──ここでようやく、私たちが結界から出られたのだと実感した。

 来てくれたのですね……。

 急に現れたその人の姿を目視して、私はホッと胸を撫でおろしていた。
 私とその人の手に支えられながら、ガルガの精悍せいかんな横顔は少年のような無邪気さをにじませている。

 その瞳は確かに"その人"を捉えていて。



「勝負は俺たちの勝ちだ。……さっきのを、あのクソ王子に見せられなかったのだけが残念だぜ……なあカムイ?」




 ──その人、カムイ様の平常と変わらない優しい笑顔が、ガルガの軽口への正当な返答だったのかもしれない。






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