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 俺が……『バラリティワールド1』の世界に転生して、二十年が経過した。
 転生先は、モブキャラでもなければ、悪役キャラでもなく最強最高の主人公である聖騎士カイン。
 そりゃあもう、転生したときは飛び跳ねるように喜び、それからめっちゃ鍛えまくって無事ラスボスを倒し、メインストーリーはクリア。

 だったのだが。
 俺は自分が救った国の騎士たちに追われていた。
 理由は簡単。俺が魔族を、助けたからだ。

 手を繋いでいた魔族の少女――アパルに視線を向けると、彼女は不安そうな表情をしていた。

「……おじさん、こわいひとたち、たくさんいる」
「お兄さん、な?」

 震えるような声とともに俺の手を握ってきたアパルにそう言ってから、物陰から様子を伺う。
 俺たちを追ってきている騎士が近くまで迫っている。
 ……かなりの数だ。アパルをつれたままでは、逃げるのは難しいだろう。

「そうだな。怖い人たち、たくさんだ」

 俺は小さく息を吐き、俺はアイテムボックスから鞄を取り出す。
 それから、アパルの握ってきた手をそっと外し、彼女に鞄を渡した。

「……おじさん?」

 受け取ったアパルは不思議そうにこちらをみてきたので、その頭を軽く撫でる。
 アパルは気持ちよさそうに目を細めていた。

 彼女に、このアイテムを使うしかないだろう。

 残っていた最後の移動用魔法が込められたアイテムを発動し、アパルの手に握らせる。
 ……俺は敵にマーキングされてしまっているので、どこに逃げてもすぐに居場所を悟られるが、アパルだけなら……何とかなる。

「アパル。元気に生きるんだぞ」

 目線を合わせるように片膝をつき、彼女の両肩を掴んで笑いかける。

「……おじさん? どういうこと?」
「ここで、お別れってことだ。……ごめんな」

 俺がそういうと、アパルの体を発動したアイテムの光が包んだ。
 俺はそれを確認してから立ち上がり、歩き出す。

「いや、いやだよ……っ。おじさんも、いっしょだって!」

 俺の方に走ってきたアパルが手を伸ばしてきたが、その手が俺に触れることはない。
 アイテムの効果が発動し、彼女の姿が消えた。
 ……俺は小さく息を吐いてから、俺を探しにきていた騎士たちの方へと歩いていった。


「……カイン」

 数千の騎士を連れながら、俺と向かい合い名前を呼んだのはかつての仲間たちだ。
 魔法使いのサーヤ、武闘家のフォース。
 そして……聖女のミハエル。
 全員は、いつでも俺と戦えるように、それぞれの武器を構えている。

「なぜ……なぜ、魔族の子を助けたのですか?」

 魔族の子――アパルのことだ。
 俺がこうして追われているのは、魔族たちを逃がしていたからだ。

「敵意のない魔族まで、殺すつもりはないんだよ、俺は」
「……魔族は、その存在が悪なんです。彼らは、残虐で非道で……彼らを滅ぼさなければいずれまた、人間は彼らの脅威に晒されることになります」
「じゃあ、国の連中が魔族を使って実験してるのを、見て見ぬふりしろってか? 苦しんでいる姿をみて、ゲラゲラ笑ってるのに混ざれってか?」

 助けたのは、アパルだけではない。
 実験に使われていた魔族たちすべてだ。

「それは……魔族の、対策のために――」

 俺はアイテムボックスから一振りの刀を取り出し、ミハエルに向ける。
 俺が武器を取り出したことで、騎士たちが武器を構える。

「もう魔族と人間の戦争は終わった。……それで和解を申し出た魔族たちと手を取り合って生きていくって決めたのに、これだ。悪いが、残虐な存在が魔族っていうのなら……今のお前たちの方がよっぽど魔族だよ」

 俺の知る、ゲームシナリオのエンディングは『まだまだ、うまく行かないことはあるけど、いつかきっと人間と魔族が笑って過ごしていけるようになるはずだ』、とカインがエピローグで語って終わった。

 だが、うまく行かないどころの話ではなかった。
 ……もしも、ゲームのカインがあの人体実験の現場を知って、あんな風に語っていたのだとしたら、俺はブチギレていただろう。

 とはいえ……それはあくまで俺の感覚としての話だ。
 ……この世界の人たちにとって、魔族は人の姿をしていても、魔物と同列の扱いだ。
 残念だが……考え方、価値観が違うだけなんだ。

「悪いけど……まだ子どもの魔族たちをあんなおもちゃのように扱うっていうなら、俺は国だって敵に回してやるよ」

 俺がそう言った瞬間、騎士たちから数多の魔法が放たれる。
 俺はこのゲームをクリアするまでに、やりこみまくった。
 だから、騎士たち如きでは俺にはほぼノーダメだ。
 だが、問題は……かつての仲間たちだ。
 俺と同じように、能力を限界まで育てた彼らは、俺にとって脅威すぎた。

 それでも、主人公である俺の方がスペックは高い。
 だが、三対一……そして、ほぼダメージがないとはいえ、騎士たちの攻撃が飛んでくる状況で俺は徐々にだが、確実に削られていく。

 ……それに、やはり――どうしても、攻撃に迷いが生まれる。
 この世界で、彼女たちと過ごした時間はかなりのものだった。
 友として、仲間として、彼らとともに旅をしていた日々が、力を込めるたび脳裏によぎってしまう。

 隙を見せたら、命を落とすというのに……それでも、俺はどうしても最後の一撃を叩き込むことができなかった。

 どれだけの、時間戦っていただろうか?
 倒れた騎士たちを数えるのは、途中からやめた。呼吸を乱しながら、次の攻撃に備えようとしたときだった。

 ミハエルの魔法が俺の体を貫いた。

「……ッ」

 立ちあがろうとした俺を、数多の魔法が襲いかかる。
 地面を転がった俺が起きあがろうとするが、それを阻止するようにさらに魔法が襲いかかり、俺は吹き飛ばされた。

 ……攻撃は、止まった。
 俺が、もうまもなく死ぬことが分かったのだろう。
 徐々に体が冷たくなっていくのを自覚しながら、俺はこちらに近づいてくる気配をみた。

「……カイン」

 ミハエルの声が響いた。
 こちらを覗き込んでくる彼女の顔をみて、俺はゆっくりと目を閉じた。

 『なぜ、魔族を助けるなんて……』。彼女の表情はそう物語っていた。

 ずっと教会で過ごしてきた彼女からすれば、俺の行動は理解できないのだろう。
 ……この世界の人たちからしたら、そうなんだろうな。
 魔族は絶対の悪なのに、どうして庇うのかって。

 ……それは、違う。
 お互いの考えがぶつかりあって、戦っていただけだ。
 その考えを改めると話している魔族たちまで、ましてや魔族の子どもを実験の道具にしているやつらを俺は認めることはできなかった。

 俺だって、見てみぬふりをしていれば一生安泰の生活なのにな、とは思っているよ。
 俺は、のんびり自堕落に生きるのが好きだったからな。
 ラスボスを倒した英雄の俺は、もう何もしなくてもいいほどの地位も名誉も財産もあった。
 だから、望めばいくらでも自由に生きられたかもしれないが……。

 でも、後悔はなかった。
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