上 下
7 / 23

7

しおりを挟む

 ……この程度でも、やられるのか。
 男は完全に動かなくなっていて、老婆から奪ったカバンを拾い上げる。

「てめぇは中に入ってる現金が目的なのかもしれないが、それ以上の価値のもんがあるんだよ」

 男を拘束しておけば、あとは治安維持を行なっている騎士様たちが老婆にカバンを返してくれることだろう。
 一件落着。
 ひとまず、俺はさっさとこの場から離脱し、買い物へと戻ろう。

 そんなことを考えながら、歩いていこうとしたときだった。

「……やはり、あなたは素晴らしい力を持っているようですね」
「……げ」

 俺が路地から通りへと戻ると、目深のフードをかぶった女性に声をかけられた。
 視線を向けると、彼女はフードを少しだけあげる。
 ……以前の立食パーティーで見た時と衣装は違うが、彼女は間違いない。
 アレクシア様だ。


 なぜここにこいつが……。いや、こいつとか思ってはいけないだろう。

 ラスボスと最初の街でエンカウントするってどんなクソゲーだって話だ。

 ていうか、今の戦いを見られたか?
 恐らく、見られているよな? さっきの口ぶりからして。
 やべぇ、しくじった。
 あまり、人前で力を使いたくないんだよな……。また力を恐れられたくねぇし。

 よりにもよって、相手がアレクシア様というのも厄介だった。

「アレクシア様……ですか?」
「……ふふ」

 俺が呼びかけると、アレクシア様は俺の口元にゆっくりと人差し指を当ててくる。
 小悪魔みたいな仕草だ。わりと慣れているのだろうか?
 アレクシア様は悪戯っぽく微笑み、

「ここでは名前をあげないでください。目立ってしまうと何が起こるか分かりませんから。……どこか別の場所でゆっくりとお話でもしませんか?」

 これは……提案ではなく、脅迫。
 従わなければ、何をされるか分かったものではないだろう。
 だが、こちらも忙しい。
 ……何より、こいつにあまり関わりたくない。
 何が起きるかマジで分からんし……。

「申し訳ございません。今仕事がありまして……」
「仕事というのは……そういえば、執事の格好をしていますね? どうしてでしょうか?」
「……今日は少し買い物がありまして。普通の格好をしていると、目立つでしょう?」

 執事服なら、あちこちで見かける。
 貴族専門の店で買い物するなら、このほうが目立たずに済むのだ。

「そうでしょうか。あれから、少しあなたのことを調べさせていただきました。あなたの家に仕える使用人の方々たちは優しいですね。それに、ずいぶんとモスクリア家は面白いことをしているようですね」

 ……アレクシア様は、まるですべてをお見通しのような口振りだ。
 俺は使用人との仲はあまり悪くない。ただ、家族たちの命令で俺に優しくしないように言われているので、表面上は無視されることが多い。

 それでも、俺が食事をとれなかったときなどはこっそりと賄いを用意してくれている。
 ……そんな彼らが、俺のことを悪く言ったとは思えない。
 むしろ、その逆で……俺を助けようと善意で行動してくれた可能性もある。
 それを責めるつもりはないが、面倒な奴に目をつけられた。

「家族の人たちにはここまで育ててもらって感謝してもらっていますよ?」
「……それは、本心ですか?」
「ええ、本心ですとも。今日で自由になれますので」

 さすがにやられすぎて頭にくることもなくはないが、それも今日で終わりだ。
 この誕生日を終えれば、俺は晴れて自由の身なのだからここで面倒事に巻き込まれたくはない。
 もうアレクシア様には色々とバレているようなので、そう伝えてから歩き出す。

「あっ、ちょっと待ってください……!」

 アレクシア様が俺を追いかけてこようとしたところで、俺は最速の動きでフードをばさっと外した。

「うえ!?」
「あ、アレクシア様だぁぁぁ! なんかいるぞー!」

 俺は一般人のふりをして叫び、すぐに路地へと避難する。

「ちょ、ちょっと……!? 普通さっきのような状況で私のことをばらしますか……!?」
「うるせぇ」
「う、うるせぇ!?」
「俺は聖女が苦手なもんでな。もう殺されたくないんだよ」
「い、言っている意味が分からないのですが……っ!」
「せ、聖女様!?」
「ぶ、ブルーナル家の聖女様じゃないですか!? 私、あなたの大ファンなんです!」
「うわ、もう……ちょっと……」

 俺の叫びに合わせ、アレクシア様を一目見たいという市民たちがぞろぞろと集まり、アレクシア様は逃げ遅れたようだ。
 ……普通なら、こんな行動を行えばあとで何かあるかもしれないが、俺は今日限りで家を出ていく。

 だから、このあと行われる誕生日会まで耐えられれば、それで問題ない。
 速やかに逃亡したこともあり、アレクシア様につけられていることもなさそうだ。
 ……まあ、聖女様である以上、あの場で全員を押しのけてまで俺を追いかけてくることはできないだろうが。

「……よし、あと数時間。耐えるぞ」

 俺は気合を入れなおし、レクナに頼まれていたものを買って屋敷へと帰還した。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:207,079pt お気に入り:12,430

婚約破棄であなたの人生狂わせますわ!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,661pt お気に入り:49

クラスごと異世界に召喚されたけど、私達自力で元の世界に帰ります

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:6

すべてを思い出したのが、王太子と結婚した後でした

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,878pt お気に入り:111

処理中です...