ゲームの悪役に転生した俺が、影の英雄ムーブを楽しんでたら、俺のことが大嫌いな許嫁にバレてしまった

木嶋隆太

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 ハイウルフに襲われたところで、街は大した被害はないだろう。
 ただ、今回のように魔物が大量に溢れている状況なら、話は別だ。
 ……フィーリア様はこの街の防衛戦に参加して、命を落とした可能性が高い。

 ゲーム内で聞けるヴァリドー家の没落話をまとめると、「家族たちがフィーリア様を見捨て、フィーリアが命を落とし、街にも大損害を出したから」、だ。

 ……あのハイウルフ一匹ごときで、街に大損害が出るの? とは疑問だった。
 いやまあ、当時の街の戦力からしてみれば、第三層のハイウルフ一匹でも危険なことは間違いないが、だとしても……さすがに街の被害はそこまでではないだろう。

 今回の一件の方が、ゲーム内の没落話と合致する状況だ。

 もしも、これが正しければ……ゲーム通りの戦力で戦えば、フィーリア様が死に、街にも大損害が出る。もちろん、俺にも大ダメージがあるのだろう。

 俺としては、ゲーム本編開始まで無事なら別にいいという考えではあった。

 ……だが、今は違う。
 屋敷の人たちや、街の人たち。彼らに悲しい思いをしてほしくはない。
 助けられるのなら、助けたい。

 ……さて、どうするか。
 俺は色々と作戦を練るため、部屋に引き篭もる。
 一緒についてきたリームが俺の膝の上に座っている。
 匂いを嗅ぐためである。

「……もしかしたら、これが最後のくんかくんかなのかもしれないのよね」

 変な表現するんじゃない。
 悲しむように俺の胸に鼻を押し付けてくるリーム。
 ……リームがこの場にいるのは、おそらくイレギュラーだろう。
 彼女が俺と出会う機会を増やしたことで生まれたイレギュラー。

 そして、それはリームだけではない。

 ルーフやイナーシア、ヴィリアスなど……本来ならばいないキャラたちがここには集まっている。
 そして、何よりだ。
 ここには俺という最大のイレギュラーがいる。

 未来を変えてやる。

 フィーリア様が死ぬ未来はもちろん、この街にいる人たちのすべての未来を。

 そう決意したときだった。
 ザンゲルが、部屋をノックしてきた。

「……レイス様」
「どうした?」
「……ルーブル様たちが、街から去っていったと先ほど情報が入りました」

 ですよねー。


 俺はため息をつきながら、ザンゲルの言葉に頷いた。
 フィーリア様が死ぬだろうこのイベントで、レイスくんもまた隻腕という大怪我を負うことになる。それは、ゲームでリームから聞けるのだが、彼女は「ざまぁ」と楽しそうに語っていたものだ。

 なぜやられたのか、具体的な原因は分からない。
 街に残って戦ったからなのか、一人で避難しようとして魔物にでも襲われたからなのか。

 どちらにせよ、恐らくレイスくんは放置されるだろうなと思っていたし、俺は父が少ない勇気を振り絞って戦う選択をしたとはまったく考えていなかった。

 フィーリア様を逃がしたあと、自分も逃げるつもりだったんだろうなとはずっと考えていた。
 まあ、分かっていてもそれを指摘するつもりはなかった。
 いても邪魔だし。下手に何か言われる方が嫌だ。

 むしろ、俺にとって、この状況は好都合だ。
 慌てたような足音が聞こえると、ちょうどフィーリア様が入ってきた。

「レイスさん! 大変です! ルーブルさんたちが屋敷にいません!」
「ええ、今しがた聞きました」
「……すでに西門の方に向かったのでしょうか?」
「いえ、東門から馬に乗っていく姿が確認されたようですよ」
「……へ?」

 フィーリア様は俺の言葉に戸惑いの声を漏らす。信じられない、あるいは信じたくないと言った様子の彼女は、それから表情を険しくする。

「……どういうことでしょうか?」
「今回の戦いには参加しないということでしょう」
「……彼らは、本気ですか? それが、ヴァリドー家としての彼らの決断ということでしょうか」

 フィーリア様が怒りでわなわなと体を震えさせる。
 このままだと、俺も巻き込まれて怒られそうだ。

「ですが、考えようによってはラッキーだったとも言えますよ」
「……何が、ラッキーなんですか? この街のトップが敵前逃亡したのですよ?」
「普通なら、確かに士気も下がり最悪の状況になりますが……もともと、父は別に誰にも慕われてはいませんので、その心配はありませんよ」

 一応、家族からは慕われているか。
 好きなものを買い与えていたんだしな。

「ですが、それだと誰が兵士たちの指揮を取るのですか」

 フィーリア様の問いかけ。
 そりゃあもちろん。

「俺がやりますよ」

 今この場で、この街の最高権力者は俺になる。
 俺がそう宣言をすると、ザンゲルがすっと深く頭を下げる。

「レイス様の初めての戦。我々は命に代えてでもあなたを英雄にしてみせます!」
「命は大事にするように。ザンゲル。すぐに西門にすべての兵を集めてくれ。それと、戦いに参加できる使用人たちもだ」
「分かりました!」
「他の伝令役には、ギルドへの連絡と街の人たちへ今この街の状況について伝えてくれ。不安を煽ることのないようにな」

 ザンゲルと兵士たちに指示を飛ばすと、皆が活気溢れた様子で動き出す。
 あっという間に屋敷中に知れ渡り、戦の前だというのに皆のテンションはかなり高い。
 相手は悪逆の森の中でも危険な魔物が多くいる状況にも関わらずだ。
 フィーリア様も、これには驚かれているようだ。

 ……まあ、ここまで士気が上がるとは思っていなかったが、俺が戦いの指揮をとっても士気が下がるということはないと思っていた。

 とりあえず、このまま西門で戦闘準備をしないとな。
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