23 / 59
第二章 小田原
第二十三話 永正七年、収穫と選択
しおりを挟むここに来てから、五年という歳月が流れた。その間に、河川工事や区画整理をはじめ、近くの田んぼから始まった米の増産方法は、小田原から北条領内へと瞬く間に広まっていった。その結果、収穫量は十倍に跳ね上がり、農民も北条家も驚くほど豊かになった。麦畑も含め、農地面積も年々拡大の一途をたどっている。田には不向きな土地でも、お茶や葡萄、ミカンなどの生産が行われ、もはや食の心配は一切なくなった。
収穫した作物には、さらなる付加価値を付けて加工販売する。特に酒は、需要と供給のバランスが崩れて高値で取引されていた。春さんは別の酒蔵に技術を提供したり、工場を増やしたりした結果、酒関連だけで工業団地が形成されるほどだ。黒壁が永遠に続くような異様な光景が広がっている。
我が家では、新しい甘味のメニュー開発に取り組んでおり、その味見には食堂のおばさまたちと春さん、芳、皐、そして夕が欠かせない。春前から取り組んでいた簡易冷蔵の技術で、それなりに冷える環境が整い、試作のプリンは皆に大好評だった。
仕事終わりに家でまったりとしていると、芳が「話がある」と言う。ややこしいことになりそうだ、と思いながら、私は頭の中で様々な可能性を巡らせていた……。
「夕の事、どうするつもりですか!」
どうする?何もしていないのだが、と私は心の中でつぶやいた。
「嫁にもらうか、嫁に出すか。このまま家に縛るのは可哀そうです。」
芳の言葉に、私は返す言葉が見つからない。
「夕の気持ちはどうなんだ。勝手に押し付けるわけにはいかない……。」
「貴方、夕の気持ちに気付かないのですか!夕は貴方がここに来てからずっと、貴方に気持ちをよせていますよ。」
芳の言葉に、私はただ呆然とするしかなかった。鈍感な自分が憎い。
翌日、私は友蔵さんのもとへ、具体的な話をしに行った。
__________
その頃、関東では公方足利政氏の子、高基を巡る争いが勃発していた。山内上杉家でも顕実と憲房の相続争いが激化。この二つの争いが融合し、政氏が顕実と結び、高基が憲房と結んで両陣営が激しく戦い合ったのだ。結果として憲房が関東管領となり、上杉家は憲房のもとに統一された。高基も公方の座に就いたものの、公方家は統一されず、まさにカオス状態。これが世に言う「永正の乱」である。
戦が続いたおかげで、兵糧や酒、お茶、そして甘味などが飛ぶように売れ、我々は莫大な利益を上げた。数量限定の松田屋の純米大吟醸は、帝にも献上され、ついでに将軍にも献上している。敵対する両上杉家や武田家、公方家なども、我々の商品をこぞって買ってくれる。
堺の豪商や同盟を結ぶ今川家も含め、その人気は絶大だ。堺では価格が何倍にもなっていると聞くが、詳細は知らない。各地に商品が流れ、関東はもとより、尾張や越後からも商人がやって来るようになった。
相模屋製の例のポンプやストーブも飛ぶように売れている。ポンプはまだしもストーブはかなり重い。そこで私は馬車を作ることにした。はじめは荷車を想定していたが、遠方から来る商人や領内の峠越えには荷車では厳しいため、馬一頭で引ける軽い幌馬車モドキを製作。それが領内を移動していると、「それも売ってくれ」という要望が上がり、馬車工場を作り販売するに至った。自動車ができれば廃業になるだろうが、設計図は残して保管している。
関東のお偉方が内輪揉めしている間、関係のない我々は数年をかけて工場の生産性を上げていった。特に軍事に関わる装備は必須である。隊にいた時の装備を再現するために、基礎から積み上げる作業の繰り返しだ。小規模な化学工場や精密機械を作る精密工場などを増やしていった。
幻庵(高橋是清)からは、教育関連の紙や印刷機、資源情報まで提供され、それに基づいて鉱山用の掘削用工具やトロッコなどを制作した。トロッコを引く動力が必要となり、焼き玉エンジンや蒸気動力の開発に着手している。
仕組みは分かっても、それを制作する機械がなければ始まらない。そして、ここには何もないのだから、すべてを一から制作するしかない。紙の生産の機械化も、完璧とはいえないが、この時代としては及第点だろう。印刷機は完成しそうだが、インクの原料が今一つで改良を続けている。前世の基準で見てしまうから厳しくなるが、形になるまで永正九年までかかった。
工場が増えると働く人口も増え、小田原から酒匂川の上流まで長屋の軒数も増えてきた。金持ちや特定の家臣に大家権利を売買し、長屋の住民と長屋の管理をさせている。前世でのアパート経営だが、この時代は住民が犯罪者になると大家の責任が発生する、リスクの高い仕事だ。
江戸時代の長屋にはレンタル屋があり、買わずに借りる店がここでも営業している。大家が長屋の共有スペースを住民総出で掃除したり、棒手振りが朝の長屋で売り歩いたりする様子は、まるで落語の長屋話しの世界そのものだ。
45
あなたにおすすめの小説
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ラストダンジョンをクリアしたら異世界転移! バグもそのままのゲームの世界は僕に優しいようだ
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はランカ。
女の子と言われてしまう程可愛い少年。
アルステードオンラインというVRゲームにはまってラストダンジョンをクリア。
仲間たちはみんな現実世界に帰るけれど、僕は嫌いな現実には帰りたくなかった。
そんな時、アルステードオンラインの神、アルステードが僕の前に現れた
願っても叶わない異世界転移をすることになるとは思わなかったな~
森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜
斗成
ファンタジー
人里遠く離れた森の中、植物の力を見せつけるような、居心地の良いと評判の店があった。どんな薬も取り揃えており、お茶を飲ませてくれる薬屋だ。そんな薬屋には、妖精族、エルフ族、ドワーフ族、狼族、犬人族、龍族、小人族…etcなど、多様な種族が姿を見せる。
冒険心や退屈心を全く感じない、未知に一切興味がない薬屋の主人がのんびりと店を経営していく中で、店に集まる魔物や動物たちと平和に和やかに過ごしていく。
異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~
たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。
たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。
薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。
仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。
剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。
ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて
ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」
お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。
綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。
今はもう、私に微笑みかける事はありません。
貴方の笑顔は別の方のもの。
私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。
私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。
ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか?
―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。
※ゆるゆる設定です。
※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」
※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド
異世界転生したおっさんが普通に生きる
カジキカジキ
ファンタジー
第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位
応援頂きありがとうございました!
異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界
主人公のゴウは異世界転生した元冒険者
引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。
知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる