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第1章 黎明編
第6話 スキル
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俺は今稽古をしている。
そう稽古だ、決していじめられているわけではない。
「いってぇぇええ! くっそお! 俺にも当てさせろ!」
少々の怒気をはらんだ木剣はまたも空を斬る。
「あはは、アラタは単純だから読みやすいな!」
ゴツン。
鈍い音を立ててまた木剣で打たれる。
「だから痛いって言ってんだろ! 少しは手加減しろよ!」
先ほどからアラタは生き残るための稽古と称してエイダンにタコ殴りにされている。
エイダンとて別に意地悪や自分の趣味でそうしているわけではない、そう信じたいのだが経験者と未経験者の壁は驚くほど分厚くそして高い。
先ほどからアラタは手加減を要求しているがエイダンはそれに応じるそぶりすら見せず一片の迷いもなく木剣をアラタの頭に振り下ろす。
「ぐあああああ! 痛いっ! 今絶対ダメなところに入った! おい! いい加減にしろ!」
「いや、痛みは恐怖だ。それに打ち勝つ精神力とあとは……多分もうそろそろだと思うんだけど……」
「はあ⁉ そろそろってなんだよ! いいから加減してくれって――」
ゴツン。
「だから痛いって! ……あれ? あんまし痛くない」
アラタはすっかりたんこぶの群生地となってしまった頭を優しく撫でながらこの世界に来てから何度目かの不思議体験に目を白黒させつつ痛みの引いた現実に感謝した。
木剣でガッツリ殴られたというのにあまり痛くない。
殴られたという感覚ははっきりとあるのに叩かれた部位に感じた力はせいぜいスポンジではたかれたくらいの衝撃だ。
「ふう。やっとだな、おめでとうアラタ。スキルが発現したみたいだ」
あースキルね。
はいはい知っているよ。
あれだよね、スキルね、あれね、その、要するにあれだな。
「スキルって何?」
「スキル知らない?」
「知らなーい」
アラタは異世界人なのだ、この世界の常識に当てはめて話を進めるのはやめるべきなのだがエイダンからすればアラタが何を知っていて、そして何を知らないのか、それすら見当がつかないのだ。
だったらとりあえずいちいち説明せずに話を進めてアラタが聞いてきたら答えようというシステムに落ち着いたわけだがそれでは本人に優しくない。
「スキル、スキル、スキルとは……そうだなぁ。まああれだ、なんかいい感じの能力」
「頭殴られても痛くないなんて全然いい感じじゃないぞ。頭殴られないスキルをくれ」
頭殴られないスキルってなんだ、とあまりに抽象的すぎるアラタの要求に対しどこから説明したらいいのか迷うエイダンだったがいざ説明しようとするとこれが中々難しい。
自分の中でざっくりと理解している事柄でも他人に分かりやすく説明することが難しいことはままある。
「とりあえず、アラタが習得したのは【痛覚軽減】だ」
「それ凄い?」
「いや、普通スキルは経験や訓練によって得られるものだから。種類はそれこそ数えきれないくらいあるけど【痛覚軽減】はまあ……それなりの年齢の人なら大体持っているな」
「ふんふん、それで痛覚軽減があるとどうなる?」
「発動中痛みが軽減される。感覚が完全になくなるわけじゃないから強い痛みとかはちゃんと痛いぞ。何はともかく、これでもっと強く打ち込めるな!」
スキルの説明が終わったところでエイダンは木剣を握り直しアラタに近づく。
これでもっと強く打ち込める、その言葉の意味を察したアラタは一歩後ろに後退するがエイダンが進むスピードの方が速い。
「は? おい、まだやるのか? もうスキルはゲットできたんだろ? 正気か?」
エイダンが無言で近づいてくる。
「おい! 優しくだぞ! 分かる? や、さ、し、く!」
ガツン。
痛みの強さは大差ない、スキルの補助があってもその分強く打たれれば感じる痛みはそのままだ。
「いってーな!」
反撃したアラタの木剣はまたも空を斬った。
今日も一日ぼこぼこにされたアラタはエイダンと家に戻り夕食を取る。
それからまた刀で素振りを始める。
エイダンと稽古をしている時に使っている木剣はいわゆる剣の形をしている真っすぐなものだ。
これは俺の持っている刀とは少し、いやかなり使い方が違うみたいだ。
実戦で使う方の武器、刀の方を少しでも使いこなせるように練習しなくちゃならない。
アラタは刀を振りながら考える、あとどれくらい時間が残っているのだろう、カーターさんやエイダンが言うには盗賊は新月の夜に来る。
本当にそうだろうか?
まあ俺は素人だ、みんながそういうのならそれに従うしか道はない。
当日は火を焚いた上で用意した防衛陣地で迎え撃つことになっている。
そんな悠長に構えていていいのか? もしかしたら今この瞬間にも……
「考えても仕方ないな、俺は俺の――」
「頑張っているな」
真っ暗、家の明かりがついているから完全な暗闇ではないがそれでも足元も見えないくらいの闇の中から女の子が出てきた。
「ノエルさん」
「面白い武器だな、見せてくれないか?」
「あ、はい、どうぞ」
言われるままに刀を抜き身のまま渡してしまったが危ないことをした、と追加で鞘も渡そうとしたアラタだがノエルは刀身を見つめながら左手で制止する。
「うーん、多分こうかな?」
一振り、二振り。
アラタが初めて刀を手にして振ったそれとはレベルが、次元が違うことが分かった、分からせられた。
体を動かす分野であればおおよそどんなものでも格の違いを実感する時がある。
それが自分優位なのかそうではないのかは別として、それを実感するときは何か凄まじい超絶技巧を目の当たりにした時ではない。
むしろ何気ない一動作、おそらく初めて手にしたであろう形の武器を数度振っただけでセンスというものは滲み出る。
「こう、こうだな! これはいい武器だ。はい!」
くるんと刀を半回転させ器用に柄の方を向けて返却してくれた。
その動きだけでも彼女が並外れた使い手であり自分とは比べ物にならない程の強者であることが分かる。
「ありがとう……ございます」
「敬語はいらないぞ! じゃあおやすみ!」
「あ…………おやすみ」
ノエルはそう言うと再び闇の中に消えていった。
よく足元が見えるな、俺ならすぐ躓いて転ぶこと間違いなしなんだけど。
ノエルさんから返された刀を握りあの動きをイメージする。
余計な力はいらない、必要なのは円運動、肩甲骨、肘、後は体幹の軸を意識して振る。
「間に合うのかな、俺」
イメージとかけ離れたキレの無い一振りに自分の無力さを感じることしかできなかった。
数日後、今のところ俺の心配は見事に外れている。
襲撃してくる様子はなく村の人達ともそれなりに打ち解けることが出来た。
彼らは一日中防衛のために準備を進めているが誰も逃げ出していない。
逃げるといってもどこに行けばいいのか、そんな感じのことをみんな言っていた。
要するに盗賊達の庭であるこの森を抜けて安全なところまで抜ける方法を持ち合わせていないのだ。
それはそれとして村人たちの戦闘能力が高いということも理由の一つみたいだ。
昨日俺より全然小さい子が化け物みたいな大きさをしたイノシシを一人で仕留めて担いで帰ってきたのだ、今時ハリウッドでもそんな演出はしないというのに自分の眼を疑うしかなかった。
あれだ、スキルとかすんなり受け入れているけどこの世界はおかしい。
見た目と強さが一致していないというか、筋肉モリモリマッチョマンがあのイノシシを仕留めてきたのならまだわかる、分からないけど。
けどここはそういう場所なんだ、受け入れるしかない。
と考え事をしているうちに休憩時間は終わり再び稽古は再開される。
アラタの振る木剣は相も変わらず空を斬り続けているがその鋭さは日に日に増してきている。
別に筋力が急激に上がったとかそういうスキルが発現したとかではないのだが、日を追うごとに鋭く正確に剣を振ることが出来るようになってきている。
アラタは体の使い方というものを思い出してきたのだ、エイダンにぼこぼこにされ、素振りを繰り返し、確実にアラタの体の中の運動神経は剣を振る為の接続を試みているのだ。
しかし、
「くっそ、なんで当たらないんだよぉ!」
「そりゃそうだろ。実戦なら一回食らったらおしまいなんだ、稽古でも食らわないようにするのが当たり前だっ!」
ゴツン。
またアラタの頭に木剣が当たる。
「じゃあ俺は実戦で何回死んでいるんだよ。殴られ過ぎてだいぶスキルが成長したぞ」
日に日に強く打ち込まれる頭部をさすりながらアラタは嫌味を言ってみる。
しかしエイダンはそんなことどこ吹く風という様子で、
「それはよかった。俺は斬られたことないから分からないけどスキルがあっても多分痛いぞ?」
「んなこと言われなくても分かってるわ!」
剣はまた空を斬った。
そう稽古だ、決していじめられているわけではない。
「いってぇぇええ! くっそお! 俺にも当てさせろ!」
少々の怒気をはらんだ木剣はまたも空を斬る。
「あはは、アラタは単純だから読みやすいな!」
ゴツン。
鈍い音を立ててまた木剣で打たれる。
「だから痛いって言ってんだろ! 少しは手加減しろよ!」
先ほどからアラタは生き残るための稽古と称してエイダンにタコ殴りにされている。
エイダンとて別に意地悪や自分の趣味でそうしているわけではない、そう信じたいのだが経験者と未経験者の壁は驚くほど分厚くそして高い。
先ほどからアラタは手加減を要求しているがエイダンはそれに応じるそぶりすら見せず一片の迷いもなく木剣をアラタの頭に振り下ろす。
「ぐあああああ! 痛いっ! 今絶対ダメなところに入った! おい! いい加減にしろ!」
「いや、痛みは恐怖だ。それに打ち勝つ精神力とあとは……多分もうそろそろだと思うんだけど……」
「はあ⁉ そろそろってなんだよ! いいから加減してくれって――」
ゴツン。
「だから痛いって! ……あれ? あんまし痛くない」
アラタはすっかりたんこぶの群生地となってしまった頭を優しく撫でながらこの世界に来てから何度目かの不思議体験に目を白黒させつつ痛みの引いた現実に感謝した。
木剣でガッツリ殴られたというのにあまり痛くない。
殴られたという感覚ははっきりとあるのに叩かれた部位に感じた力はせいぜいスポンジではたかれたくらいの衝撃だ。
「ふう。やっとだな、おめでとうアラタ。スキルが発現したみたいだ」
あースキルね。
はいはい知っているよ。
あれだよね、スキルね、あれね、その、要するにあれだな。
「スキルって何?」
「スキル知らない?」
「知らなーい」
アラタは異世界人なのだ、この世界の常識に当てはめて話を進めるのはやめるべきなのだがエイダンからすればアラタが何を知っていて、そして何を知らないのか、それすら見当がつかないのだ。
だったらとりあえずいちいち説明せずに話を進めてアラタが聞いてきたら答えようというシステムに落ち着いたわけだがそれでは本人に優しくない。
「スキル、スキル、スキルとは……そうだなぁ。まああれだ、なんかいい感じの能力」
「頭殴られても痛くないなんて全然いい感じじゃないぞ。頭殴られないスキルをくれ」
頭殴られないスキルってなんだ、とあまりに抽象的すぎるアラタの要求に対しどこから説明したらいいのか迷うエイダンだったがいざ説明しようとするとこれが中々難しい。
自分の中でざっくりと理解している事柄でも他人に分かりやすく説明することが難しいことはままある。
「とりあえず、アラタが習得したのは【痛覚軽減】だ」
「それ凄い?」
「いや、普通スキルは経験や訓練によって得られるものだから。種類はそれこそ数えきれないくらいあるけど【痛覚軽減】はまあ……それなりの年齢の人なら大体持っているな」
「ふんふん、それで痛覚軽減があるとどうなる?」
「発動中痛みが軽減される。感覚が完全になくなるわけじゃないから強い痛みとかはちゃんと痛いぞ。何はともかく、これでもっと強く打ち込めるな!」
スキルの説明が終わったところでエイダンは木剣を握り直しアラタに近づく。
これでもっと強く打ち込める、その言葉の意味を察したアラタは一歩後ろに後退するがエイダンが進むスピードの方が速い。
「は? おい、まだやるのか? もうスキルはゲットできたんだろ? 正気か?」
エイダンが無言で近づいてくる。
「おい! 優しくだぞ! 分かる? や、さ、し、く!」
ガツン。
痛みの強さは大差ない、スキルの補助があってもその分強く打たれれば感じる痛みはそのままだ。
「いってーな!」
反撃したアラタの木剣はまたも空を斬った。
今日も一日ぼこぼこにされたアラタはエイダンと家に戻り夕食を取る。
それからまた刀で素振りを始める。
エイダンと稽古をしている時に使っている木剣はいわゆる剣の形をしている真っすぐなものだ。
これは俺の持っている刀とは少し、いやかなり使い方が違うみたいだ。
実戦で使う方の武器、刀の方を少しでも使いこなせるように練習しなくちゃならない。
アラタは刀を振りながら考える、あとどれくらい時間が残っているのだろう、カーターさんやエイダンが言うには盗賊は新月の夜に来る。
本当にそうだろうか?
まあ俺は素人だ、みんながそういうのならそれに従うしか道はない。
当日は火を焚いた上で用意した防衛陣地で迎え撃つことになっている。
そんな悠長に構えていていいのか? もしかしたら今この瞬間にも……
「考えても仕方ないな、俺は俺の――」
「頑張っているな」
真っ暗、家の明かりがついているから完全な暗闇ではないがそれでも足元も見えないくらいの闇の中から女の子が出てきた。
「ノエルさん」
「面白い武器だな、見せてくれないか?」
「あ、はい、どうぞ」
言われるままに刀を抜き身のまま渡してしまったが危ないことをした、と追加で鞘も渡そうとしたアラタだがノエルは刀身を見つめながら左手で制止する。
「うーん、多分こうかな?」
一振り、二振り。
アラタが初めて刀を手にして振ったそれとはレベルが、次元が違うことが分かった、分からせられた。
体を動かす分野であればおおよそどんなものでも格の違いを実感する時がある。
それが自分優位なのかそうではないのかは別として、それを実感するときは何か凄まじい超絶技巧を目の当たりにした時ではない。
むしろ何気ない一動作、おそらく初めて手にしたであろう形の武器を数度振っただけでセンスというものは滲み出る。
「こう、こうだな! これはいい武器だ。はい!」
くるんと刀を半回転させ器用に柄の方を向けて返却してくれた。
その動きだけでも彼女が並外れた使い手であり自分とは比べ物にならない程の強者であることが分かる。
「ありがとう……ございます」
「敬語はいらないぞ! じゃあおやすみ!」
「あ…………おやすみ」
ノエルはそう言うと再び闇の中に消えていった。
よく足元が見えるな、俺ならすぐ躓いて転ぶこと間違いなしなんだけど。
ノエルさんから返された刀を握りあの動きをイメージする。
余計な力はいらない、必要なのは円運動、肩甲骨、肘、後は体幹の軸を意識して振る。
「間に合うのかな、俺」
イメージとかけ離れたキレの無い一振りに自分の無力さを感じることしかできなかった。
数日後、今のところ俺の心配は見事に外れている。
襲撃してくる様子はなく村の人達ともそれなりに打ち解けることが出来た。
彼らは一日中防衛のために準備を進めているが誰も逃げ出していない。
逃げるといってもどこに行けばいいのか、そんな感じのことをみんな言っていた。
要するに盗賊達の庭であるこの森を抜けて安全なところまで抜ける方法を持ち合わせていないのだ。
それはそれとして村人たちの戦闘能力が高いということも理由の一つみたいだ。
昨日俺より全然小さい子が化け物みたいな大きさをしたイノシシを一人で仕留めて担いで帰ってきたのだ、今時ハリウッドでもそんな演出はしないというのに自分の眼を疑うしかなかった。
あれだ、スキルとかすんなり受け入れているけどこの世界はおかしい。
見た目と強さが一致していないというか、筋肉モリモリマッチョマンがあのイノシシを仕留めてきたのならまだわかる、分からないけど。
けどここはそういう場所なんだ、受け入れるしかない。
と考え事をしているうちに休憩時間は終わり再び稽古は再開される。
アラタの振る木剣は相も変わらず空を斬り続けているがその鋭さは日に日に増してきている。
別に筋力が急激に上がったとかそういうスキルが発現したとかではないのだが、日を追うごとに鋭く正確に剣を振ることが出来るようになってきている。
アラタは体の使い方というものを思い出してきたのだ、エイダンにぼこぼこにされ、素振りを繰り返し、確実にアラタの体の中の運動神経は剣を振る為の接続を試みているのだ。
しかし、
「くっそ、なんで当たらないんだよぉ!」
「そりゃそうだろ。実戦なら一回食らったらおしまいなんだ、稽古でも食らわないようにするのが当たり前だっ!」
ゴツン。
またアラタの頭に木剣が当たる。
「じゃあ俺は実戦で何回死んでいるんだよ。殴られ過ぎてだいぶスキルが成長したぞ」
日に日に強く打ち込まれる頭部をさすりながらアラタは嫌味を言ってみる。
しかしエイダンはそんなことどこ吹く風という様子で、
「それはよかった。俺は斬られたことないから分からないけどスキルがあっても多分痛いぞ?」
「んなこと言われなくても分かってるわ!」
剣はまた空を斬った。
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