半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第12話 クラス

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 アラタは部屋に差し込んできた朝日の眩しさで目が覚めた。
 昨日カーテンを閉め忘れて、というより閉める前に寝落ちしていたのか。
 この世界に来てからこんなに熟睡できたのは初めてだ。
 カーターさんの家も悪くはなかったけど寝室が皆と一緒だったからかな、宿とはいえこうして自分しかいない部屋で目覚めるのは久しぶりだしぐっすり眠れたのかもしれない。
 アラタは特別1人でいることが好きな人間ではないがそれでも一人の時間は大事だ。
 人は人と関わっていないと生きていけない生物であるがやはり1人の時間も他人と過ごす時間と同じくらい大事なのだ。
 アラタは上機嫌で昨日の食堂へ向かう。
 ロビーを通り抜けて隣接する建物が食堂なのだが食堂に到着するとアラタの機嫌は少し斜めになる。
 と言うのも日本人、と言ってしまうと少々主語が大きくなりすぎる気がするが日本生まれ日本育ちであるアラタはこの世界の食事に多少なりとも不満があった。
 朝食は食パンと目玉焼き、それにサラダ。
 何だ問題ない良い朝食じゃないかと思うかもしれない、だが何かが違う気がするのだ。
 単にアラタがグルメなだけという説もありえなくはないがとにかく現状に文句を言える立場ではない、なんせアラタは食事代を支払っていないのだから。
 この店はツケが効くとのことで昨夜アラタは喜んでツケようとしていたのだがリーゼからストップが入ったのだ。
 私が立て替えますから、いずれ返してもらえればそれで構いませんからと握らされた金貨で今日の朝食も取っている。
 それでリーゼの言うことに強く反対できなかった側面もあるのだが金銭面についてアラタは多少諦めている。
 何の技能もなく、学があるわけでもない、野球は複数球団指名確実と言われていたがそれも今は意味がない、この世界で生きていくにはアラタはあまりに無力だったのだ。

「まあいいや。そのうち何が足りないか分かるだろ」

 気に入らないと思いつつもしゃもしゃとサラダを平らげて朝食を終える。
 部屋に戻り身支度を整えた後すぐに昨日の冒険者ギルドに向かった。
 今日は2人と合流する前に能力の詳細な測定をしなければならないのだがアラタは内心ワクワクしていた。
 詳細な測定と言っても日本の体力測定みたいに体を動かすわけではない、そのほうがアラタにとっては都合がよかったが本人は気にしていないみたいだ。
 この世界にはクラスというものが存在する。
 クラスというのは人間が15歳になった時に授かる固有の能力であり、神からの恩恵である、とリーゼさんは言っていた。
 分かりやすいところで言うと賢者、勇者、剣士などだと言っていたが冒険者が何をする職業なのかすらまともに理解していないアラタにいくら話したところで無駄を通り越して虚無である。
 このクラスに応じた能力や補助が付くわけだが大部分のクラスの恩恵は微々たるものでクラスの優劣で人生が変わることは稀だった。
 だからそこまで気にする必要はないがアラタは今大学一年生の18歳、本来ならクラスの発現はすでに終わっている。
 すぐにでもクラスを測定したいところだったが本来ギルドで行う業務ではない所を無理を言ってお願いしている、準備に一日必要だったのはそういう理由だ。
 こういうゲームとかはやったことないけど勇者とかかっこいいな、まあそんなに期待していないけどできればかっこいいクラスがあるといいなあ。
 そう祈りながらアラタはギルドのドアを開いて中に入ると…………

「失礼しました」

 外に出てドアを閉める。
 何あれ。
 ここは冒険者ギルドで合っているはず、だよな?
 なんか盗賊の吹き溜まりに見えた気がしたけど。
 アラタは目をこすりながら再びドアを開け……そして閉めた。
 よし、帰って寝よう。
 アラタは今日のスケジュールを変更して朝から惰眠をむさぼることに決定すると宿の方へ歩き出した。

「まあ待ちな。あんたまだクラス測定していないだろ? 俺たちが手伝ってやるよ」

「いやー俺今日はちょっと別の用事が。それじゃあこれで」

 こいつら、力が強すぎる。
 痣になるのは仕方ないとしてもこのまま掴まれ続けたら折れるんじゃないか? やばいかも。
 アラタの左手を掴む見知らぬ男の腕を両手を使って振りほどこうとするがびくともしない、アラタはここまで鈍っていたのかと自分の体の不甲斐なさを恥じるがやっぱりおかしいと考えを切り替える。
 リーゼさんもノエルさんも滅茶苦茶パワーがあった、俺とこの人たち、同じ人間じゃないのかもしれない、そうだ、そうに違いない。

「まま、そう言うな。というか何をしようがお前には色々と聞かせてもらうが」

 ふざけんな、もう帰りたい。
 そんな思いは無情にもギルド支部に入りきらないくらいの数の男性冒険者たちによって打ち砕かれたのだった。

 はい、千葉新です。
 俺は今ギルドの受付カウンターに座っている。
 ここまでは予定通りというか特筆することは何もない。
 予定と違うのは俺の周りを冒険者(男)たちがぐるりと取り囲んでいる点だ。
 おかしいだろ、これが男じゃなくて女だったら良かったのに、何か悲しくてこんな状況に巻き込まれなきゃならないんだ。

「あのー、そんなに見られるとちょっとやりにくいんですけど」

「「「お構いなく」」」

 何がお構いなく、だ。
 構うわ!
 見てみろ、受付の人も困った顔をしてこっちを見ている。
 しかも男ばっかり密集しているからか夏のきったねえ部室の中みたいな匂いがする。
 ここで逃げ出しても……きっと捕まってここに座らされるんだろうな。
 ここで言い合ってもしょうがないし何よりもこいつらからは絶対に逃がさないというリーゼさんとは別の圧を感じる。
 あの2人には後で詳しい事情を一切合切包み隠さず教えてもらわなきゃならない。
 当事者であるアラタは当然として、アラタの受付業務を担当してしまったギルド職員は異様な空気感の中作業をするプレッシャーのせいかいつもより手続きにもたついてしまう。
 それがより一層注目を集める要因となりパフォーマンスが落ちそしてまた注目が増える、といった負のスパイラルが完成していたわけだがしばらくして針の筵に座らされ続けたアラタの前にハンドボールくらいの大きさのガラス玉? のようなものが置かれた。

「えーアラタさん、これからアラタさんのクラスを測定しますのでこの水晶の上に手を置いてください」

 おおー、なんか異世界って感じがしていいな、異世界初めてきたけど。
 アラタは内心ワクワクだった。
 エイダンも太鼓判を押していたし俺は異世界人だし、きっとかなりレアなクラスに違いない、もしかしたら野球選手とかかもしれないけど、まあないか。
 アラタは表に出さないが周囲の状況のことなど忘れていた。
 それくらい楽しみにしていたし青春を野球に捧げた青年はこういったことに飢えていたのだ。
 クラスを測定する様子を一同は固唾を飲んで見守る。
 何か変化があるのか、あったとしてそれは俺が分かるような変化なのか、先に話を聞いておけばよかったとアラタは受付の女性の方を説明もしくは測定結果を教えてくれと見つめる。
 アラタの曇りなき眼はかなりの目力で受付を捉えていて係の人はその視線に耐え切れなかったのか目をそらし何とも言えない表情をする。
 アラタは周囲を取り囲む冒険者の方を向くが同じように難しそうな表情をしている。
 その顔には昨日や先ほどまでの敵意などまるでなく目の前の事象を理解しようと必死だった。

「あのー、俺のクラスなんでした?」

 周囲の反応がこうなるくらいレアなクラスであることは確定だとして、そろそろ俺のクラス名を知りたいんだけどな。

「しょ、少々お待ちください。今詳しい人を呼んできますので」

「なんだよ勿体つけるなよ」

「早くしろよな、これからクエストだってのによぉ。おい、後で結果教えてくれ」

 アラタを取り囲む冒険者包囲網がいくらか緩み仕事に出る冒険者が何人かその場から去っていく。
 アラタとしては見物人は少ない方がいいしなんなら誰もいない方がゆっくり出来ていいと思っている。
 多少待つのは仕方ないとして、その間にもっとこいつらの数が減ったらいいのに。
 アラタはまた期待してしまった。
 その手の期待は裏切られるとわかっているのに。

「おはようノエルちゃん! 今日も可愛いね!」

「ご機嫌麗しゅうリーゼ様、今日も美しい」

 最悪のタイミングで入ってきやがった。
 2人が入ってきたことでさっき出て言った奴らがまた戻ってきたのだ、アラタのテンションは最安値を更新している。
 にしても、2人が他の冒険者と行動しない理由がなんとなくわかった。
 サークルの姫はごめんなんだな、とアラタはおぼろげになりつつある大学のサークルを思い出していた。
 形だけ所属している野球サークルとは名ばかりの何をしているのかよくわからないサークル。
 そんな集まりにも男女ともに一定数所属している人間はいるわけで、初めの一回だけ行ってあとは課題とかだけ見せてもらういわゆる『よっ友』になったわけだが、目の前で起こっているそれはそんなクソみたいな光景に驚くほどよく似ている。

「おはようアラタ。どうだ? クラスはもう分かったか?」

「おはよ、まだ分からない」

「なんでですか? もう水晶に手を置いたのでしょう?」

「まあ、そうなんだけど。なんか詳しい人を呼んでくるから待っててくれって」

 この異常な光景に何のツッコミも無く隣に来ている2人には俺がこうなっていることは分かっていたのだろうか、もしそうなら初めから言っておいてくれれば……はぁ。

「そう言えばノエルの時も時間かかりましたね」

「ああ、水晶が破裂したからな。危うく失明するところだった」

 何気なく超常現象について話しているこの2人は置いておくとして、待たされ続けるアラタは期待と不安が拮抗し始めてきていた。
 なにか俺に不備があったんじゃないか、両手同時に水晶に触れないとダメとか、異世界人お断りとか、だんだん怖くなってきた。

「お待たせしました! 鑑定士さん、お願いします」

 受付のお姉さんが連れてきた紳士……ガイゼル髭にシルクハットはどちらかと言うと変態紳士のイメージの方が強いがそれは昨今の熱い風評被害の結果であって髭やシルクハットの責任ではない。

「はいはい、君がね。はい、じゃあもう一度水晶に手を置いて」

「これ両手同時じゃないと爆発しますか?」

「何を馬鹿なことを、いいから早くしたまえ」

 アラタの見当違いな誤解も解けたところで手を置いた水晶に紳士も手を置く。
 アラタの時はうんともすんとも言わなかった水晶は男が手を触れると暖かそうな淡い光を発した。
 その光を見てアラタは一安心し再びレアクラスに当たる未来を想像する。
 勇者だったら、賢者だったら、ふふふ、かっこいいなぁ。
 こんなのフィクションの世界だけだと思っていたけど、実際に目にするとすっげえ興奮するな。

「むぅう、これは!」

「これはこれは!」

 アラタは水晶に手を置いたまま立ち上がり紳士に詰め寄る、いささか興奮しすぎているようだ。

「君、クラス無いね」

 水晶に乗せた手でバランスを取っていたアラタの手は横滑りして受付カウンターの上を球体は転がり、
 ガッシャン。
 水晶は粉々に割れた。
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