半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第22話 鬼ごっこ

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「はぁっ、はぁっ、はぁっ。くっそ、これいつまで続くんだ」

 地獄の鬼ごっこが開始されてからどれくらいの時間が経過したのだろうか。
 彼の体感時間的には一日以上ゆうに経っているのだがもちろんそんなはずはない。
 実際にはほんの15分程度だったのだが、それを一日以上経過していると感じるあたり、この鬼ごっこの精神的負荷は相当なものがある。
 何より鬼役の人達の足がかなり速い。

「あの人たちもきっと元冒険者なんだろうな」

 実際のところ、鬼が元冒険者であるというアラタの予想は当たっていた。
 彼ら? 彼女らもれっきとした元冒険者、軍関係者、その他治安維持組織のメンバーなど出自は様々だったが等級換算すれば最低でもCランク、つまりリーゼやノエルと同じくらいの評価を持つのだ。
 冒険者の評価は当然ながら戦闘力だけでは測ることはできない。
 2人のような例外を除けば冒険者とはむしろ索敵能力やギルドへの貢献度、果てには社会福祉活動などでも評価される職業である。
 従って私たちはCランクの中でも突出した戦闘力を持つのです! そうリーゼが胸を張って言っていたことを思い出す。
 それってつまり戦闘以外がダメダメだからCランクなのでは? そう言いかけてギリギリ踏みとどまることが出来る程度には2人のことが分かってきたアラタだったが、今はそんなことを考えている余裕はない。
 脳筋の2人に比べ、冒険者に必要な能力をまんべんなく習得してきた人たち相手に逃げ続けなければならないのだ。
 アラタは純粋な追いかけっこから潜伏してやり過ごす作戦にシフトしていた。
 草むらや茂みに入り込み息を殺す。
 口で言うのは簡単だがこれで見つからないようにするのは至難の業だ。
 相手もブランクがあるとはいえその道のスペシャリストだった者たち、それなりに死線をくぐり抜けてきた猛者ばかりなのだ。
 そんな人たちからすればただ隠れて息をひそめているだけの人間なんて捕まえてくれと言わんばかりに映ることだろう。
 だからアラタは息を殺す、気配を殺す、存在を薄める。
 まるで初めからそこに存在しないように、俺はここにはいない、ここにあるのは土、木、草、人間なんてどこにもいない、空気に、空気に…………

「あの子、何処に行ったのかしら? 一応敷地内にいるはずなんだけど」

「匂いは残っているけれど…………この辺りにいると思うのよねえ」

 極限まで気配を薄くしたアラタに鬼たちも徐々に焦り始める。
 彼女たちも道楽でアラタに付き合っているわけではない、もしアラタを捕まえるのにてこずるようならシャーロットから何を言われるか分かったものではないのだ。

「どうする? スキルとクラス解禁する?」

「ダメよ。姐さんに禁止されたでしょ」

「でもこのままじゃ……私姐さんにハンデ解禁してもらえるように頼んでくる」

 鬼のうち一人がシャーロットの方へ向かって歩き始めた。
 そんなすぐ横の草むらにうつぶせになる影が1つ、

(うっそだろ!? この人たちまだ本気じゃなかったのか? もしこのまま解禁されたら……)

 アラタの表情はレイテ村で盗賊と対峙した時よりも遥かに険しい。

(死ぬな、俺)

 姐さんがスキルとかの使用許可を出したところで俺の死は確定する。
 だったら……
 草木の陰に隠れてシャカシャカと地を這う姿はまるでゴキブリそのものだったが、なりふり構っている場合ではない。
 服も汚れて洗濯が大変だとか言っている場合ではないのだ、なにせ人命がかかっているのだから。

「あの子たち遅いわね」

「それはそうですよ。アラタも必死ですから」

 アラタの捕獲を待つ4人は子供たちが遊んでいる所を眺めながら呑気に話していた。

「姐さん、アラタさんは本当に【身体強化】を獲得できると思いますか?」

「ああ、そう言うこと。クラスもなくあの年齢になるまで軽くでも身体強化を使えない人に教えるのは無駄かい?」

「そうではないですけど。よほど機会に恵まれなかった方なのかなと思いまして。そんな方がいったい何故冒険者に」

「アラタは凄いんだ。才能があるから拾ってきた」

 リリー、シャーロット、ノエル三者三様に意見があるわけだがこの中で最も一般論を述べているのはリリーである。
 どんなクラスが与えられるかは完全なランダムではない、と言うのが定説である。
 15歳になるまでにそれまで経験してきた、行ってきたことがクラスとなり現れやすいというのが世間一般での認識であり、その解釈からすればアラタのようなクラスをを持たない人間と言うのはニートか何かだと思われても不思議ではないのだ。
 まあもっともこの世界ではニートでも15歳になればクラスを授かるのだが、クラスがないとはつまりそれよりも下の評価をされている人間と言うことである。
 さらに身体強化程度のスキルは魔力を行使したり日常的な生活をしていれば多くの人が使えるようになるスキルであり技術である。
 それすら使えずに今こうして身に着けようとしているアラタはリリーから見れば、どうしようもない落ちこぼれが幼い頃より研鑽を積み重ねてきた貴族の令嬢たちに肩を並べようと努力し始めたように見えたのだ。
 他人の取り組みにあれこれケチをつける行為は決して褒められたことではないが、才能はあったものの、孤児であり決して順風満帆な人生を歩んできたわけではないリリーにはアラタの頑張りは滑稽に映った。

「二人とも、アラタは何のスキルを持っている? 魔術は使える?」

「【痛覚軽減】、【暗視】だけだ。魔術はこれから習いたいと言っている」

 シャーロットが現在のアラタの手札を確認した所で遠くから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

「もしかしたら……思わぬ副産物が手に入ったかもねぇ」

 シャーロットがそう言いニヤッと笑った。
 ただ笑っただけだがその獰猛そうな笑みは何かしらの意味を含んでいる。

「じゃあリリー、何かあったら呼ぶからそれまで待っていておくれ」

「分かりました。行ってらっしゃい」

 シャーロットが腕まくりをしながら呼ばれたほうへと消えていくと井戸端会議は再開された。

「アラタさん、大丈夫でしょうか」

「シャーロットさんが行った以上無傷という訳にもいかないだろう。今この瞬間にも捕まってあんなことやこんなことになっているかもしれない」

「ちょっと、縁起でもないこと言わないでくださいよ」

「そうだぞ。もうちょっと俺のことを心配してくれよ」

 三人はいるはずのない人物の声を聞いてばっと振り返ると、そこにはあんなことやこんなことになっているはずの男が草むらから顔を出していた。

「アッ、アラ――」

「しーー! 静かに。リリーさん、姐さんはどこですか?」

「さっきアラタさんを探しに出ました。今頃鬼ごっこに参加しているはずですよ」

「くそっ! 一歩遅かったか!」

 リリー経由で鬼のスキル解禁を阻止しようとしたアラタだったが、その目論見が失敗したことで状況はかつてないほどに悪化している。

「稽古は中止だ。三人で俺を孤児院から脱出させてほしい」

「さっきあんなにイキっていたのにもう日和ったんですか? もう少し頑張ってください」

「そうだぞ。どんな罰ゲームなのかは知らないがちゃんと正規のやり方で稽古をすべきだ」

 この女ども、捕まったらどんな目に遭うのか全く分かっていない。
 死ぬんだ、誇張でも虚偽表現でもなく本当に死ぬんだ。
 リリーさんは分かってくれているのか何も言わない、やっぱり女神だ。

「もういいや、2人には頼まない。リリーさん、お願いします!」

「アラタさん、汝に主のご加護があらんことを」

「えぇー、急にどうしたんですか?」

「【気配遮断】、このスキルは存在を認知されていない時に行使すればある程度周囲の人間の認識を阻害し気配を薄めることが出来る。こんな風にね」

 脱兎のごとく駆け出したアラタだが首根っこを掴まれ宙ぶらりんになる。
 こうなってはもう手遅れ、ゲームオーバーだ。

「な、なんで……今はまだ向こうを探しているはずじゃ」

「さっきクラス、魔術、スキルの使用許可を出してきた。もちろん私も能力を使っている。さあ、準備はいい?」

「そんなぁ! リーゼ! ノエル! 助けてくれ! 仲間だろ!」

「そうですね、何があっても仲間です」

「そうだ、何があっても、な」

「くそっこんな時にぃ! リリーさん! リリー様! お願いです、助けて!」

「汝に祝福あれ」

「リリーさぁんっ! この薄情者ぅっ、むっ、ううぅ、うぅぅぅううう!」

刑が執行された。
時間にして約数十秒、異常に長い刑の執行はアラタの心をへし折りトラウマを植え付けるには十分だった。
初めの数秒でアラタの心は折れ、次の数秒でアラタの尊厳は全て砕け散り、残りの時間は時折体をビクンと痙攣するように震わせただけで、およそ人間らしい反応はなくなった。

「ご馳走様でした。なかなか良かったわよ」

 罰ゲームは終了しアラタは解放されたが既にアラタに立っているだけの力は残っておらずそのまま地面に突っ伏した。

「あら、もう限界? 根性ないわね。あなたたち、明日もここにこの子を連れてきなさい。来なかったらこっちから迎えに行くからそのつもりでって伝えておいてちょうだい」

「あ、はい、わかりましたー」

 辛うじてリーゼだけが返事をしたが目の前の惨劇に三人は言葉を失っていた。

「こんな罰ゲームだったなんて。アラタが必死で逃げたわけだ」

「そうですね、リリーは知っていたんですか?」

「い、いえ、知りませんでしたよ」

「おーい、アラタ―、大丈夫かー?」

 返事がない、ただの屍のようだ。

「取りあえず帰りますか。リリー、また明日来ます」

「はい、お待ちしています」

 こうしてシャーロットの下での稽古初日が終了した。
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