半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第24話 久しぶりの壁

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 アラタがシャーロットの元で稽古を始めてから1週間が経過した。
 彼の体に未だ【身体強化】は宿らないままである。
 ノエルとリーゼはいつまでもアラタに付き添っているわけにもいかないので3日目からはクエストを受けに行っている。
 2人には指名のクエストが来ることがある為いつまでも休んでいるわけにはいかないのだ。
 その事実がアラタを焦らせる。
 ヒモ呼ばわりを払拭したい、名目上護衛である以上守られっぱなしは嫌だ、生活するうえで必要な金も手に入らない、そんな焦る気持ちとは裏腹にスキルは全く発現しそうにない。
 【身体強化】が無いといつまでもシャーロット達の動きについていけず常に手加減されている状態のまま稽古は次のステップに進むことが出来ない。
 アラタの戦闘能力がいくら上がろうと目で追いきれない攻撃には対処できないし反応できないスピードの攻撃は捌くことが出来ない。
 動きを先読みするなんて高等技術一朝一夕で身につくはずもなく、相手の動きに対応するために身体強化は必須、シャーロットの言う通りならスキルを必要とする環境はすでに整っている。
 アラタは稽古以外にも体を動かし、頭を働かせ続けたがいくらやってもうまくいかない。
 …………今日もまた駄目だった。
 姐さんもみんなも飽きずに俺に付き合ってくれるけどそれも申し訳なくなってきた。
 いくらやっても全くスキルが生まれる感覚がつかめない、練習しても練習しても追いつけない所にいる2人のことが頭の隅にちらつく。
 自分より遥か高みにいるライバル、仲間たち、アラタの脳裏には決して気持ちの良いものではない記憶が甦る。
 稽古を終え帰る準備をしていると彼にシャーロットが声をかける。

「アラタ、焦っちゃだめよ。スキルは本来そんなに急に発現したりしないわ」

「いやー、やっぱりそうですか? あはは、また明日頑張ります」

「そう……アラタ」

「なんです?」

「……いや、何でもないわ、また明日待ってるわ」

「……? はい、また明日お願いします」

 シャーロットは何か言おうとしたが何も言わなかった。
 姐さんは何を言おうとしたのだろう?
 まあいいか、明日も頑張ろう。
 アラタは宿に戻り日課の練習をしてから次の日に備えて就寝した。

 時を少し巻き戻しアラタが宿に着いた頃、シャーロットは冒険者ギルドを訪れていた。

「随分とまあ、変わらないねここも。ノエル! リーゼ! いるかい?」

 ギルドに入るなりシャーロットは大きくよく通る声で2人の名を呼ぶと、ちょうどクエストが完了した所だったのか2人は奥の受付カウンター付近にいた。
 2人はシャーロットに気付いたのかこちらを見たが何やら周囲が騒がしい、何か問題に遭遇してしまったのだろうかと一瞬心配になったが杞憂であった。

「どうしたんだい?」

「あっ、シャーロットさん。その、クエストは終わったんですけど最近いつもこんな感じで」

「リーゼさん、あの野郎とは別れたんですか? だったらぜひ俺たちのパーティーに!」

「いやいや、ぜひうちに!」

「ノエルちゃん、うちに来ない? 待遇は保証するよ」

 既に冒険者などとうに引退した身であるが後進の質が下がっているという話は常々耳にしていた。
 シャーロットは痛む頭を押さえこんなことなら後進育成は自分の義務だったのかもしれないと今更ながら少し後悔する。
 やれやれ、ここの男たちはいつの時代も全く変わらない。
 むさくるしい男所帯ではいつも癒しを欲しているのだ。

「あんたら、その辺にしな。今からちょいと借りるからまた今度にしてちょうだい」

「あぁ!? 今俺たちが2人と話している所だろうが! いいから引っ込んでろよ!」

 15年以上も前に引退した冒険者、今現役の冒険者の内ほとんどは彼女のことを知らないのだろう。
 だが本物は纏う雰囲気で周囲に影響を与える、彼女に突っかかった冒険者の顔は見る見るうちに青くなっていった。
 彼女から発せられるただならぬオーラがギルド内に充満しているのだ。

「いいねえ、アラタと言いこんなの久しぶりだからついテンションが上がっちまうねえ。私にケンカ、売っているのかい? いいさ、かかってきな」

 獰猛な笑みを浮かべながらそう言い放つ彼女の迫力に不屈のアレクサンダー・バーンスタインだと知らない冒険者たちは後ずさる。
 肩書や呼び名など後からついてくるものであることをこの状況が証明している。
 そんなもの無くても彼らは理解しているのだ、この人に歯向かったら死ぬ、と。

「い、いえ。勘違いだったようです、どうぞお先に」

「あら、そうかい? じゃあお言葉に甘えて失礼するよ。行くわよ二人とも」

「「……はい」」

 2人は短く返事をするとシャーロットについていきギルドを後にする。

「な、ななな何だったんだ、あの化け物は」

「わからねえ。でもあそこで引き下がったお前の判断は正しいと思うぜ? あいつは俺もやばいと思った」

 ギルドを後にした三人はノエルとリーゼが宿泊している宿へと向かった。
 道中二人はシャーロットからアラタの稽古が行き詰っていることを聞く。
 2人は毎日のようにアラタと顔を合わせているがアラタはあまり自分のことを話さないのだ。
 元々そう言う性格なのかそれとも異世界人であることをポロっと漏らさないように努めているのか分からないが2人とも稽古の進捗が芳しくないことなど知らなかったのだ。

「やっぱりアラタでも簡単には行きませんか」

「むしろ今までが順調すぎたんだ。アラタだって行き詰る時くらいあるんじゃないか?」

 どこか他人ごとのような2人の様子に違和感を覚えたシャーロットは2人にアラタについていくつか質問することにした。

「2人はアラタと出会って間もないのかい?」

「そうです、まだ出会ってからひと月も経っていないですね」

「それにまだ数えるくらいしかクエストも受けていない。アラタはあまり自分のことを話さないんだ」

「そうなのよねぇ、癖の強いうちの子たちとも簡単に打ち解けて話すようになったけどどこか他人っぽいのよね。どこか一線を引いている感じ、2人は何か知らない?」

 アラタがあまり深く人と関わらない理由とは何か。
 パーティーを組んでいる2人はあまり深く考えたことがなかった、だって2人は彼と深く関わりを持つ側の人間だから。
 だが改めて考えてみれば確かにそうかもしれない、誰にも言っていないが彼は異世界人である。
 そう言う意味では元々この世界の住民とは文字通り住む世界が異なる。
 この世界に存在する誰とも血縁関係にないし今の交友関係はすべてこの数週間の間に出来たものだ。
 2人はアラタの今までの行動の意味をなんとなく理解した。

「ま、別に無理して聞こうってわけじゃないさ。ただ気になっただけだよ、今のは忘れておくれ」

(ノエル、どうします? アラタのこと話しますか?)

(いや、話すとしても異世界人であることは伏せておこう。頼めるか?)

(えぇ、まあそうなりますよね。……頑張ります)

(すまない、苦労をかける)

「シャーロットさん、実はアラタには家族がいないんです」

「そうなのかい? てっきり村に家族がいるのかと」

 シャーロットが知っている情報は2人がアラタと相談して決めたレイテ村出身ということだけ、家族云々の話は初めてするのだ、驚くのも無理はない。

「アラタは物心つく前に両親と死別しその後村の皆さんに育ててもらったそうです。ですからどこか他人と一線を引いてしまうのかもしれません。これくらいしか知りませんが、お役に立てたでしょうか?」

「いや、十分だよ。なるほど、参考になったわ」

「あの、アラタは大丈夫ですか?」

「そのことね、明日の稽古では荒療治をしようと思っていたんだけど、でも今の話を聞いて少し迷っているの」

「まだ1週間ですよ? そんなに急がなくても……」

「私らはそう思っていてもね、アラタはそう考えていない。あの子は日に日に焦ってきているの。私たちに迷惑をかけているとでも思っているのか、それとも別に理由があるのか、それを聞こうと思ってね」

 シャーロットの言うことも分からなくはない二人だが既にノエルは話についていくのもギリギリなくらい難しいことを話している。
 つまるところシャーロットはスキル習得を急ぐアラタのために荒療治をするべきか迷っている。
 だがそれはそれとしてアラタが焦る理由を知っておきたいから2人の元を訪ねた、そう言うことである。

「やっぱりこのままじゃよくないね。2人はあの子のことをどう思っているんだい?」

「どう、と聞かれても」

「友人、仲間、他人、男、好き、嫌い、利用価値のある人間、いったいどんな人間なんだい?」

 2人は突然の問いに多少戸惑いを見せたがこれは隠すことでもない、素直に答えられることだったのでありのままを答える。

「……仲間、ですかね」

「私もそうだ、アラタは同じパーティーの仲間だ」

 一見真っすぐで非の打ち所がない回答を聞きなぜかシャーロットは顔を曇らせる。

「……やっぱり健全じゃないね」

 シャーロットはそう言い残すとその場を後にした。
 彼女の中でここ最近の出来事や得た情報をパズルのようにくみ上げていく。
 デイブを助けてくれた男の子。
 そして何を要求するかと思えば稽古を頼まれた。
 強くなることへの異常な執着。
 巷でヒモと呼ばれる新人冒険者。
 この国の、しかも公爵家と伯爵家の令嬢の護衛にしては物を知らない様。
 きっと詳しい事情は一切何も教えてもらっていないのだろう、だが彼にはそれしか道がなかったのだろう、何せ彼は辺境の村の天涯孤独な出自なのだから。
 2人の元を後にしたシャーロットは孤児院に帰る前に宿の裏手に来ていた。

(気配がすると思ってきてみれば)

 彼女が感じた気配、それはもちろん先ほどまでの話題の渦中にいたアラタ本人なわけだが今彼は剣を振っている。
 今日の稽古でも散々痛めつけられていくらリリーに治療してもらったとはいえ限界のはずの体を動かしている。
 その目は真剣そのもの、だが出会った時に比べて剣の鋭さはない。

(若いっていいと思っていたけどこれは危ういわぁ)

 今のアラタではスキル、【身体強化】を獲得することはムリだろう。
 もし荒療治を施したとする上で失敗する確率は非常に高くその場合最悪アラタは命を落とす。

「どうしたもんかねぇ」

そう呟くとシャーロットはその場を後にした。
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