半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第362話 師匠X号

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 銀星十字勲章受勲者。
 暴走中隊長。
 冒険者内最速昇進。
 第32特別大隊、通称冒険者大隊内部におけるアラタの認識は、大まかに分けてこの3つだ。
 銀星十字勲章は素晴らしい功績を残したことの証、これは褒められること。
 1192小隊の小隊長から短期間で301中隊を創設して初代中隊長になった、これも誇れることだ。
 ただ、2つ目の、暴走中隊長という呼び名、これはいただけない。
 原因はコートランド川の戦い終盤、包囲殲滅作戦の真っ只中において、彼はスキル【狂化】に飲まれて壊れかけた。
 幸い味方を傷つけるようなことは無かったし、戦果も十分に挙げた。
 アーキムやエルモ、バートンが機転を利かせて中隊の指揮を引き継いだおかげで、部隊が窮地に晒されることも無かった。
 ただし、それらは全て結果論であって、めでたしめでたしこの話はもう終わりとないかないのが難しいところ。
 今回は問題なかっただけで、次回も同じとは限らない。
 次回暴走した時に敵味方の区別がつくとは限らないし、指揮をほっぽり出してしまう中隊長とはこれ如何に、そういう声も一部では出ていることを、彼の元上官に相当するハルツやレイヒム、リーバイらは認識していた。
 そのほとんどが嫉妬などのやっかみに起因する所だとしても、何らかの手を打つ必要がある。
 何より、アラタ自身のために、自分を制御する術を身につけておくに越したことは無い。

「で、俺が呼ばれたってわけ」

「お手数をおかけします」

 アラタが深々と頭を下げると、カイワレは慌ててそれを止めた。

「そんな凄いことを教えられるわけでもあるめえし、そういうのはナシで行こうぜ」

「ですが……」

「気軽に師匠って呼んでくれてもいいぜ」

 カイワレは、キッチリとしたことが苦手な男だ。
 優しい子だが、頭が悪く時間にルーズ、敬語が苦手、言われたことをすぐに忘れる。
 子沢山で兄弟姉妹の多い家に、彼の居場所は無かった。
 普通そう言った事情を抱える子は軍に入隊させて性根を叩き直させることが多く、カイワレの両親も公国軍の願書を彼に持たせて首都へと旅立たせた。
 しかし彼は道中願書を紛失、失くしてもまた書けばいいのだがそれも出来ず、というよりその発想がなく、首都に到着して彼が流れ着いたのは冒険者ギルドだった。
 流れるように登録を行い、言われるがままに仕事をした。
 そんな彼が一角の冒険者になるにはさらに紆余曲折があるのだが、まあいいだろう。
 とにかく、彼は堅苦しいのが苦手だった。
 アラタは彼のいう通り、カイワレを師匠呼びするかと思い、今までの師に思いを馳せる。
 アレクサンダー・バーンスタイン、アラン・ドレイク、ハルツ・クラーク、ノイマン・レイフォードetc.……

「多いな」

「ん? 何のこと?」

「あ、いや。こっちの話です」

 きょとんとしているカイワレに言うことではない。
 何人目の師匠なのか分からないくらい師匠がいるなんて。
 別に言ってどうなるということでもないのだから、言う必要は無い。

「そっか、じゃあ始めようぜ。少し歩こう」

 ミラ丘陵地帯に帰還後、アラタ達が入ったのは以前と同じ八番砦。
 コートランド川上流付近に陣地を形成、彼らの背後にはルーラル湖が控えている。
 2人は砦を出てから、西に向かった。
 ウル帝国軍がいるのが彼らの東側なのだから、司令部がある一番砦や公国中央部の方角である。
 斜面を降り、眼前に湖をいただきながら、カイワレは師として話を始めた。

「【狂化】を使っていた時、意識はあったか?」

「うっすらとですけど」

「ふんふん。じゃあ、やりたいことと行動が一致していたか?」

「それはちょっと……すみません、どういう意味なんですかね。敵を倒そうとしていたくらいは考えていたんですけど、具体的なところまではちょっと……」

「あぁそれでいいよ。分かった」

 物事を他人に伝えるためには、適当な理解度では物足りない。
 だから自分の知っていると思い込んでいることを他人に再度教えることには意義があるわけだが、アラタの自身に関する認識には、少し甘い部分があった。
 説明が不十分だ。

「てきとーな内容しか話せなくて……」

「大体わかった。まあ普通って感じだな」

「そうでしょうか」

「うん」

 カイワレは路肩に落ちている木の枝を拾うと、適当に振り回し始めた。
 雑草をはたいてみたり、先っぽを地面に擦ってみたり、ただ遊んでいるだけ。
 その後ろをついていくアラタは、早くもカイワレのことを認め始めていた。

 一目見ただけでわかる、体幹の強さ。
 カイワレの身長はアラタより低く、横幅も彼に及ばない。
 雑な表現をすると、アラタを2回り小さくした体格をしている。
 ただ、気持ち悪いほどにぶれない。
 木の枝で遊びながら歩いていても、小石を踏んだとしても、何かに気を取られたとしても、決してぶれない。
 【身体強化】ありで蹴飛ばしたとして、果たして体勢を崩すことが出来るのか。
 彼の中で、疑問と興味、それから警戒心と信頼感が生まれていた。

「なぁ」

 カイワレがふと話を再開した。

「はい?」

「そろそろ始めるべ」

「あ、はい」

 ここは右にルーラル湖が位置する道の途中。
 向かう先には三番、二番、一番砦が待ち構えている。
 戦術的に見れば最も堅く守られたルートであり、ここを進もうとする敵は大きな被害を覚悟しなければならない。
 そして、敵の偵察隊もここにはあまり踏み込みたがらないエリアである。
 これから2人がするような、秘密の特訓にはうってつけの場所だった。

「真剣はあぶねーから置いとけ。今日はこれで十分」

「っと」

 突然投げつけられたそれを、アラタは左手でキャッチした。
 先ほどカイワレが使っていたものとは異なるが、大した太さも耐久力も無さそうな木の枝。
 長さは60cmほど、太さは一番太いところでも親指ほどあるかないか。
 戦闘行為に使うには心もとない。

「強化はありですか?」

「勿論。アラタはまだ【狂化】を制御できないから、それ以外なら基本何を使ってもいい。今日はお手本を見せる日にするべ」

 懐かしい語尾。
 『だべ』という語尾は、アラタの地元東京でも使われているし、母校の所在地である神奈川県でも浸透していた。
 元々、たまに『~べ』と言っていた彼は、横浜明応高校に入ってからより一層語尾に染まった。
 人間、環境次第でどのようにも変わるという良い例だ。
 アラタは右手で棒を構え、左手を隠した。
 特に何か仕込みがあるわけではなくとも、こうしているだけで敵の注意力をいくらか削ぐことが出来る。

「始めるぞ」

「お願いします」

「よし」

 綺麗な踏み込み。
 先手を取ったのはカイワレだ。
 直線的に真っ直ぐ、微笑を浮かべながら彼は間合いを詰めてきた。
 それに対してアラタも立ち遅れしていない。
 しっかりと棒を振り上げて、上段から振り下ろす構え。
 それから左手に魔術の用意。
 雷撃を5発。
 そして足元から土棘を3発。
 彼にとっては小手調べ程度でも、その辺にいる魔術師では太刀打ちできそうにない。
 カイワレからしても、普段なかなか味わう事の無い濃密な攻撃が向かってくる。
 両者の距離が一線を越えた。

 正面上段からの振り下ろし、と同時に土棘。
 ついでに雷撃も起動シークエンスに入り、あとはコンマ数秒後に発動するだけ。
 よりリーチの長い自分が相手を先に間合いに収め、特に何も細工をしなかったカイワレにプラス要素は何もない。
 練習と言えど勝負に負けるなんて考えられないアラタは、割と本気で殺りに行った。
 棒と、地面からの土棘が迫る。

「ふふっ」

 ——笑った?

 微かな音が耳に到達したかどうかという時間の中で、トーンとカイワレが宙を舞った。
 体と地面を水平に、頭が前で足が後ろ。
 剣の間合いは少々崩された。
 しかし、土棘の中の1本がしっかりと彼の身体を捉えている。
 先端は尖らせずに殺傷能力を下げてあるから命の心配はない。
 それでも打撃としては十分な物理的威力、骨にひびが入るくらいは覚悟しなければならない案件だった。
 カイワレは木の棒で突きを繰り出している。
 これを躱せば先に攻撃が届くのは彼の土棘。
 そこから返す刀で斬り落とせば勝ち。
 念のため地面に多めに魔力を流通させておいて、保険を掛けておく。
 さあ、決められたアクションで勝ちを拾おうと、そのまま動いていったそのすぐあと。
 せり出す土棘と、カイワレの手が触れた。
 その時にはすでに、彼の手は土棘と同調して引き上げられつつあった。

「は?」

 少し珍しいものを見た。
 目に見えていない、へそ付近への攻撃に対して、カイワレは完璧な対処をした。
 素手でボールを取るように、それを超えて、飛来する生卵をキャッチするような仕草で、彼は土棘の威力を吸収した。
 その上、彼は左手1本で体を支えてみせた。
 アラタが繰り出した土棘を土台とし、深く斬り込んで1本を狙った。
 刺突を避けることは叶ったアラタが、余裕のなさそうな顔を一瞬みせた。
 すぐに戦いの最中、普段と同じようなポーカーフェイスに回帰したが、驚きが隠し切れない。
 戦闘開始までの話の流れ的に、カイワレは【狂化】を使っているはず。
 なのに搦め手からの攻撃をいとも簡単に捌いた事実は、アラタに少なからず影響を与えていた。

 不思議だ、気になる、面白い、やってみたい、知りたい、身につけたい。

 求道者としての探求心が、彼の好奇心をこれでもかとくすぐってくる。
 カイワレからの刺突を回避したアラタは、後ろに飛びのいて距離を取る。

「俺のと全然違ぇ」

「勉強だな」

 俺が使えばこんな会話もできないのに。

 彼にとって、驚きと発見に満ちたカイワレとの訓練が、いまスタートした。
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