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第5章 第十五次帝国戦役編
第436話 ビンタの次は
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アラタたちの仕事はシンプル。
追いかけて、隙あらば包囲しようとしてくる帝国軍を撃退しながら退却を行う。
シンプルだが、難しい。
特に、進む方向と戦う方向が真逆という点が彼らを困らせた。
しかし、そんな無理難題にも慣れ切った男たちがいる。
「正面突っ込みます。左から援護ください」
「分かった」
【気配遮断】と黒装束の組み合わせは、大人数がひしめく戦場で容易に透明人間を作り出す。
よほど感知能力に長けた人間がいなければ、アラタの接近を防ぐことは出来なかった。
隙間から風が入り込むように、スウッと黒い影が潜り込む。
「んあ?」
そしてミシミシと鋼鉄製のワイヤーがうなりを上げて、刀を振るうための力を溜め込む。
服の上からでもわかるほど肥大化した筋繊維は、魔力と【身体強化】が合わさって人間に出せる膂力の上限を軽く突破した。
「ん゛っ!!!」
肉を断ち、一瞬のうちに骨まで到達したかと思うと、その感触の余韻に浸る間もなく骨も破砕した。
そして内臓を斬り裂きまた肉を断つ。
肉体の上に着こまれた防具なんて、今のアラタには何の意味もない。
たとえ鋼鉄製だとしてもだ。
魔力強化をしていれば話は変わるのだろうが、生憎アラタの刀も魔力で強化されている。
フルプレートメイルを使っていた兵士を含めて、数名を一度に斬り伏せた。
「圧し潰せ!」
指揮官が絶叫し、すぐに包囲を狭める。
アラタに対応するのなら、これも正解の一つなのだろう。
捌き切れない程大量の肉の壁で無理矢理間合いを押しつぶし、最終的には圧殺する。
なるほど、異世界の戦争においてネームドとはこうやって仕留めるものなのだとルークは感心した。
感心しながら、彼は彼で敵からの攻撃を躱しつつ、カウンターでのどを斬り裂いた。
「それで足りるならな」
ルークが呟いた通り、アラタを包囲する敵集団の一番内側で何かが弾けた。
それが初級魔術の雷撃だと分かったのは、同じ炸裂音が何度か鳴ってからだった。
「魔術師を呼——」
「押し込め! これだけいれアギッ」
「俺を殺したきゃ剣聖でも連れてこい」
嵐の渦中にて刀を振り続けるアラタは、そう豪語した。
確かに徐々に包囲が広がっていっているのが分かる。
都内の午前11時くらいの電車内くらいの人口密度。
これでダメなのだから、いよいよ兵士のレベルを上げなければ対応できそうにない。
もう刀を振れば必ず誰かに当たるくらいの間の取り方をしているアラタだが、その優先順位にははっきりとした思考がある。
近い人間から片付けるのは基本。
ただ、基本に忠実過ぎるとその内ちょっとしたミスで全て台無しになる。
基本は基本として残しつつ、たまにわざと攻撃を躱して間合いの内側に入れる敵を作る。
そうすると反対側の敵は攻撃を躊躇する。
まあ、たまには迷わず敵兵ごと攻撃してくる覚悟の決まった人間もいるのだが、アラタの【感知】はそう言った危険因子を早めに検知することに長けていた。
「槍を捨てて剣かナイフでかかれぇ!」
「おぉ!」
かつてローマがカルタゴを破った時のように、近接戦集団戦においては太く短い剣が好まれる。
そのさらに外側の間合いにおいて槍が有効な働きをする事は、日本の戦国時代の槍衾や古代ギリシアのファランクスが証明している。
そしてそのさらに外側では弓矢と投石、異世界では追加で魔術と繋がっている。
とにかく、この距離感でアラタの刀は少し大振り過ぎた。
「近えなぁ!」
ダンッ、と強く右足で大地を踏んだ。
そこから山のように湯水のように魔力を地面へ注ぎ込む。
人間を含む魔力源が密集している場所では、魔力が乱れて魔術の行使が難しくなる。
だから魔術師と戦う時は最低限自身の周囲に魔力を張り巡らせておく必要がある。
ウル帝国軍の兵士はそこまで考えていないだろうが、人間が無意識に放出している魔力によって戦場は満たされ、魔術の行使が非常に難しい。
だが、難しいだけで不可能ではない。
大公選前、アラタが未開拓領域付近でアーキム達相手に見せたように、他を圧倒する魔力量で塗りつぶせば発動できる。
闇雲に振りまくようでは三流、魔力が足りなければ二流、意図を持って大量の魔力をコントロールしてこそ一流。
アラタの師、アラン・ドレイクの言葉だ。
「足もグハッ!」
土属性魔術、土棘。
既に存在する物体を操作する系統に分類される魔術。
難易度としては雷撃や水弾よりも簡単である。
ただしそれを磨き上げ、敵の防具を貫通するまでに強度を上げるのは至難の業。
アラタも習得までに数か月を要した。
アラタを中心に、無数の棘が地中から敵を討つ。
腹部を突かれた人間はまだよかっただろう。
下方からの攻撃なのだから、股付近に攻撃が当たる者も大勢いた。
ほとんどの兵士がそこの防御は薄く、やすやすと土の棘が肉体を破壊する。
その痛みと衝撃は想像を絶する。
包囲が緩めば、またアラタの刀が有利な状況になる。
「帰らねーなら、死ねや」
辛うじて土棘を躱した兵士の頭の上に、アラタの刀が煌めいた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「あ゛~。今日も生き残った」
ルークの声は疲労をたっぷりと吸い上げていて、聞くだけでこちらまで疲れた気分になりそうだった。
だがまあ、他の人間も似たり寄ったりだろう。
今日だけで4度の戦闘。
敵も公国軍を逃がすまいと必死だし、ただでさえこちらは即席の組織で撤退戦を行っている。
被害は想像以上に大きかった。
「ルーク」
疲れて地面に寝っ転がっている彼の元に、冒険者らしき風体の兵士が数名近づいてきた。
ルークは彼らのことを知っている、有名人で知り合いだ。
「んだ?」
「アラタはいるか?」
Bランク冒険者、レイヒム・トロンボーンが訊いた。
その後ろには同じく冒険者のトマスやカイワレもいる。
「おー、そっちにいると思うぜ」
ルークは寝ながら左手で向こうを指さした。
その先ではアラタとレインが防具の手入れに勤しんでいる。
「わかった、ありがとう。今日も大変だったみたいだな」
「新入りが張り切りすぎてヤバいんだよ。欲しかったら連れてっていいぜ」
レイヒムは彼の冗談だと分かっているので、軽くあしらうと2人を連れてアラタの方へと歩いて行った。
「第32特別大隊長が直々にねぇ……」
厄介ごとに巻き込まれなければいいが、とルークは一抹の不安を胸に抱いた。
「ようアラタ、相変わらず無茶しているみたいだな」
「レイヒムさん。先生も」
「先生はやめろよ。普通に恥ずかしい」
どちらかと言えば先生らしいのはレイヒムの方に見える。
しかしこう見えて、カイワレは本当に教員の資格を有しているのだ。
そしてそして、アラタが制御に苦しんでいたスキル【狂化】のコーチングを請け負っていたこともあり、アラタは事あるごとに彼のことを先生と呼ぶ。
普段よく呼ばれているというのに、20歳になるアラタにそう呼ばれるとなんだかこそばゆい。
「冒険者率高いですね」
「まあ、正規軍も頑張っているから我儘は言えまい」
レイヒムは焚火を囲むようにアラタの隣に腰かけた。
「だいぶ噂になってたぞ」
「何のことですか?」
「治癒魔術師殿と距離が近いらしいじゃないか」
「あー…………」
超至近距離でビンタされたな、とアラタは頬を撫でる。
つい昨日受けたばかりのビンタの感触は、アラタの記憶の上の方に置かれていた。
「どうなんだ? アリなのか?」
「そんなこと話すために来たんですか? 暇ですね」
ハルツならムッとするだろう。
でもレイヒムはそんなこと気にしない。
元はと言えば自分から吹っ掛けた冗談だ。
「俺も大隊長、こう見えて忙しい。単刀直入に言うぞ。冒険者主導の夜襲作戦にお前も参加しろ」
「分かりました」
「時間が無いから早めに返事を……あれ? いま返事したか?」
「しましたよ。やりますって」
「お前なあ、もう少し慎重に……」
「どうせ結果は変わりません。なら早く決めた方が良い」
「はは……そうだな。それがいい」
レイヒムはさっき座ったばかりだというのに、もう立ち上がった。
彼は自分で言ったように、どうやら本当に忙しいみたいだ。
「明日の夜作戦を行う。我々は先行して場を整えるが、お前は後から来い」
「自分も準備しますよ?」
「お前は今日目立ち過ぎた。明日いなければ不審に思われる」
「なるほど」
「日中はセーブしておけ。いいな?」
「了解です」
「よし。また明日の夜な」
「はい、お疲れさまでした」
「おう」
結局、レイヒムもトマスもカイワレも、少しもゆっくりしないままその場を後にした。
彼らが来てから去るまで、アラタの防具の手入れはちっとも進んでいない。
「慌ただしいなぁ」
「アラタさん、お先失礼します」
今度はレインがその場を後にしようと立ち上がった。
彼はさっさと防具の手入れを終えたらしく、防具と手入れ道具を小脇に抱えていた。
「おう、お疲れ。また明日な」
「お疲れさました」
——お疲れさましたかぁ。
高校の時だったらぶん殴られてたけど、こっちの方がいいなぁ。
なんか距離感が縮まった気がする。
アラタは後輩に飢えていた。
ピラミッド構造の極致にいたような人間で、異世界でまともな人間関係が希薄になるに従って、アラタは部下や後輩を持ちたがった。
特にカロンやキィのような、忠誠心100%で出来た後輩を欲していた。
「アラタ、ちょっといい?」
「はい?」
こっちは正直あまり……少し気まずい。
矛盾を孕むようだが、アラタは最近近しい人間を作るのを嫌がるようになった。
いつ死に別れるか分からない毎日の中で出会う人というのは、往々にして長い付き合いに発展することが少ない。
自分が死ぬかもしれないし、相手が死ぬかもしれない。
「となり座るね」
ゾワリと悪寒が走った。
人並みに人の気持ちが分かる彼は、何となく気づいてしまった。
これはイケる相手だと。
「傷みせて。治してあげる」
多少強引にでもキスを迫れば、多分拒まれないだろうと言う空気感と距離感。
少し前、1年以上前なら多分本当にやっていた。
今はただ、気色悪い。
教室の片隅に置かれたバケツに掛けられている、いつまで経っても生乾きの雑巾の匂いのような不快感。
男としての本能を失ってしまったのか疑いたくなる心境と、戦争中に自分に接近してくるタリアに対する向き合い方の難しさ。
「細かいけがも減らさなきゃダメでしょ」
「すいません」
これで違っていたら相当痛い奴だな。
そう考えつつも、彼の20年間の経験則が教えてくれる。
目の前の女性は、自分に好意を抱いていると。
告白すればOKを貰えたり貰えなかったり。
告白されたら受け入れたり受け入れなかったり。
人並みの恋愛経験をしてきたつもりのアラタだが、最近ややアブノーマルに染まってしまった。
恋人との死別は、彼に癒えない傷を刻み込んだ。
「反対側の傷も見せて」
そう言いつつ、タリアはアラタの左腕を引き寄せた。
彼女はアラタの右側に座っていて、距離がさらに縮まる。
不自然にタリアの顔が、唇がアラタの顔に近づいた。
「タリアさん、俺は——」
追いかけて、隙あらば包囲しようとしてくる帝国軍を撃退しながら退却を行う。
シンプルだが、難しい。
特に、進む方向と戦う方向が真逆という点が彼らを困らせた。
しかし、そんな無理難題にも慣れ切った男たちがいる。
「正面突っ込みます。左から援護ください」
「分かった」
【気配遮断】と黒装束の組み合わせは、大人数がひしめく戦場で容易に透明人間を作り出す。
よほど感知能力に長けた人間がいなければ、アラタの接近を防ぐことは出来なかった。
隙間から風が入り込むように、スウッと黒い影が潜り込む。
「んあ?」
そしてミシミシと鋼鉄製のワイヤーがうなりを上げて、刀を振るうための力を溜め込む。
服の上からでもわかるほど肥大化した筋繊維は、魔力と【身体強化】が合わさって人間に出せる膂力の上限を軽く突破した。
「ん゛っ!!!」
肉を断ち、一瞬のうちに骨まで到達したかと思うと、その感触の余韻に浸る間もなく骨も破砕した。
そして内臓を斬り裂きまた肉を断つ。
肉体の上に着こまれた防具なんて、今のアラタには何の意味もない。
たとえ鋼鉄製だとしてもだ。
魔力強化をしていれば話は変わるのだろうが、生憎アラタの刀も魔力で強化されている。
フルプレートメイルを使っていた兵士を含めて、数名を一度に斬り伏せた。
「圧し潰せ!」
指揮官が絶叫し、すぐに包囲を狭める。
アラタに対応するのなら、これも正解の一つなのだろう。
捌き切れない程大量の肉の壁で無理矢理間合いを押しつぶし、最終的には圧殺する。
なるほど、異世界の戦争においてネームドとはこうやって仕留めるものなのだとルークは感心した。
感心しながら、彼は彼で敵からの攻撃を躱しつつ、カウンターでのどを斬り裂いた。
「それで足りるならな」
ルークが呟いた通り、アラタを包囲する敵集団の一番内側で何かが弾けた。
それが初級魔術の雷撃だと分かったのは、同じ炸裂音が何度か鳴ってからだった。
「魔術師を呼——」
「押し込め! これだけいれアギッ」
「俺を殺したきゃ剣聖でも連れてこい」
嵐の渦中にて刀を振り続けるアラタは、そう豪語した。
確かに徐々に包囲が広がっていっているのが分かる。
都内の午前11時くらいの電車内くらいの人口密度。
これでダメなのだから、いよいよ兵士のレベルを上げなければ対応できそうにない。
もう刀を振れば必ず誰かに当たるくらいの間の取り方をしているアラタだが、その優先順位にははっきりとした思考がある。
近い人間から片付けるのは基本。
ただ、基本に忠実過ぎるとその内ちょっとしたミスで全て台無しになる。
基本は基本として残しつつ、たまにわざと攻撃を躱して間合いの内側に入れる敵を作る。
そうすると反対側の敵は攻撃を躊躇する。
まあ、たまには迷わず敵兵ごと攻撃してくる覚悟の決まった人間もいるのだが、アラタの【感知】はそう言った危険因子を早めに検知することに長けていた。
「槍を捨てて剣かナイフでかかれぇ!」
「おぉ!」
かつてローマがカルタゴを破った時のように、近接戦集団戦においては太く短い剣が好まれる。
そのさらに外側の間合いにおいて槍が有効な働きをする事は、日本の戦国時代の槍衾や古代ギリシアのファランクスが証明している。
そしてそのさらに外側では弓矢と投石、異世界では追加で魔術と繋がっている。
とにかく、この距離感でアラタの刀は少し大振り過ぎた。
「近えなぁ!」
ダンッ、と強く右足で大地を踏んだ。
そこから山のように湯水のように魔力を地面へ注ぎ込む。
人間を含む魔力源が密集している場所では、魔力が乱れて魔術の行使が難しくなる。
だから魔術師と戦う時は最低限自身の周囲に魔力を張り巡らせておく必要がある。
ウル帝国軍の兵士はそこまで考えていないだろうが、人間が無意識に放出している魔力によって戦場は満たされ、魔術の行使が非常に難しい。
だが、難しいだけで不可能ではない。
大公選前、アラタが未開拓領域付近でアーキム達相手に見せたように、他を圧倒する魔力量で塗りつぶせば発動できる。
闇雲に振りまくようでは三流、魔力が足りなければ二流、意図を持って大量の魔力をコントロールしてこそ一流。
アラタの師、アラン・ドレイクの言葉だ。
「足もグハッ!」
土属性魔術、土棘。
既に存在する物体を操作する系統に分類される魔術。
難易度としては雷撃や水弾よりも簡単である。
ただしそれを磨き上げ、敵の防具を貫通するまでに強度を上げるのは至難の業。
アラタも習得までに数か月を要した。
アラタを中心に、無数の棘が地中から敵を討つ。
腹部を突かれた人間はまだよかっただろう。
下方からの攻撃なのだから、股付近に攻撃が当たる者も大勢いた。
ほとんどの兵士がそこの防御は薄く、やすやすと土の棘が肉体を破壊する。
その痛みと衝撃は想像を絶する。
包囲が緩めば、またアラタの刀が有利な状況になる。
「帰らねーなら、死ねや」
辛うじて土棘を躱した兵士の頭の上に、アラタの刀が煌めいた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「あ゛~。今日も生き残った」
ルークの声は疲労をたっぷりと吸い上げていて、聞くだけでこちらまで疲れた気分になりそうだった。
だがまあ、他の人間も似たり寄ったりだろう。
今日だけで4度の戦闘。
敵も公国軍を逃がすまいと必死だし、ただでさえこちらは即席の組織で撤退戦を行っている。
被害は想像以上に大きかった。
「ルーク」
疲れて地面に寝っ転がっている彼の元に、冒険者らしき風体の兵士が数名近づいてきた。
ルークは彼らのことを知っている、有名人で知り合いだ。
「んだ?」
「アラタはいるか?」
Bランク冒険者、レイヒム・トロンボーンが訊いた。
その後ろには同じく冒険者のトマスやカイワレもいる。
「おー、そっちにいると思うぜ」
ルークは寝ながら左手で向こうを指さした。
その先ではアラタとレインが防具の手入れに勤しんでいる。
「わかった、ありがとう。今日も大変だったみたいだな」
「新入りが張り切りすぎてヤバいんだよ。欲しかったら連れてっていいぜ」
レイヒムは彼の冗談だと分かっているので、軽くあしらうと2人を連れてアラタの方へと歩いて行った。
「第32特別大隊長が直々にねぇ……」
厄介ごとに巻き込まれなければいいが、とルークは一抹の不安を胸に抱いた。
「ようアラタ、相変わらず無茶しているみたいだな」
「レイヒムさん。先生も」
「先生はやめろよ。普通に恥ずかしい」
どちらかと言えば先生らしいのはレイヒムの方に見える。
しかしこう見えて、カイワレは本当に教員の資格を有しているのだ。
そしてそして、アラタが制御に苦しんでいたスキル【狂化】のコーチングを請け負っていたこともあり、アラタは事あるごとに彼のことを先生と呼ぶ。
普段よく呼ばれているというのに、20歳になるアラタにそう呼ばれるとなんだかこそばゆい。
「冒険者率高いですね」
「まあ、正規軍も頑張っているから我儘は言えまい」
レイヒムは焚火を囲むようにアラタの隣に腰かけた。
「だいぶ噂になってたぞ」
「何のことですか?」
「治癒魔術師殿と距離が近いらしいじゃないか」
「あー…………」
超至近距離でビンタされたな、とアラタは頬を撫でる。
つい昨日受けたばかりのビンタの感触は、アラタの記憶の上の方に置かれていた。
「どうなんだ? アリなのか?」
「そんなこと話すために来たんですか? 暇ですね」
ハルツならムッとするだろう。
でもレイヒムはそんなこと気にしない。
元はと言えば自分から吹っ掛けた冗談だ。
「俺も大隊長、こう見えて忙しい。単刀直入に言うぞ。冒険者主導の夜襲作戦にお前も参加しろ」
「分かりました」
「時間が無いから早めに返事を……あれ? いま返事したか?」
「しましたよ。やりますって」
「お前なあ、もう少し慎重に……」
「どうせ結果は変わりません。なら早く決めた方が良い」
「はは……そうだな。それがいい」
レイヒムはさっき座ったばかりだというのに、もう立ち上がった。
彼は自分で言ったように、どうやら本当に忙しいみたいだ。
「明日の夜作戦を行う。我々は先行して場を整えるが、お前は後から来い」
「自分も準備しますよ?」
「お前は今日目立ち過ぎた。明日いなければ不審に思われる」
「なるほど」
「日中はセーブしておけ。いいな?」
「了解です」
「よし。また明日の夜な」
「はい、お疲れさまでした」
「おう」
結局、レイヒムもトマスもカイワレも、少しもゆっくりしないままその場を後にした。
彼らが来てから去るまで、アラタの防具の手入れはちっとも進んでいない。
「慌ただしいなぁ」
「アラタさん、お先失礼します」
今度はレインがその場を後にしようと立ち上がった。
彼はさっさと防具の手入れを終えたらしく、防具と手入れ道具を小脇に抱えていた。
「おう、お疲れ。また明日な」
「お疲れさました」
——お疲れさましたかぁ。
高校の時だったらぶん殴られてたけど、こっちの方がいいなぁ。
なんか距離感が縮まった気がする。
アラタは後輩に飢えていた。
ピラミッド構造の極致にいたような人間で、異世界でまともな人間関係が希薄になるに従って、アラタは部下や後輩を持ちたがった。
特にカロンやキィのような、忠誠心100%で出来た後輩を欲していた。
「アラタ、ちょっといい?」
「はい?」
こっちは正直あまり……少し気まずい。
矛盾を孕むようだが、アラタは最近近しい人間を作るのを嫌がるようになった。
いつ死に別れるか分からない毎日の中で出会う人というのは、往々にして長い付き合いに発展することが少ない。
自分が死ぬかもしれないし、相手が死ぬかもしれない。
「となり座るね」
ゾワリと悪寒が走った。
人並みに人の気持ちが分かる彼は、何となく気づいてしまった。
これはイケる相手だと。
「傷みせて。治してあげる」
多少強引にでもキスを迫れば、多分拒まれないだろうと言う空気感と距離感。
少し前、1年以上前なら多分本当にやっていた。
今はただ、気色悪い。
教室の片隅に置かれたバケツに掛けられている、いつまで経っても生乾きの雑巾の匂いのような不快感。
男としての本能を失ってしまったのか疑いたくなる心境と、戦争中に自分に接近してくるタリアに対する向き合い方の難しさ。
「細かいけがも減らさなきゃダメでしょ」
「すいません」
これで違っていたら相当痛い奴だな。
そう考えつつも、彼の20年間の経験則が教えてくれる。
目の前の女性は、自分に好意を抱いていると。
告白すればOKを貰えたり貰えなかったり。
告白されたら受け入れたり受け入れなかったり。
人並みの恋愛経験をしてきたつもりのアラタだが、最近ややアブノーマルに染まってしまった。
恋人との死別は、彼に癒えない傷を刻み込んだ。
「反対側の傷も見せて」
そう言いつつ、タリアはアラタの左腕を引き寄せた。
彼女はアラタの右側に座っていて、距離がさらに縮まる。
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「タリアさん、俺は——」
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