寂しい竜の懐かせ方

兎騎かなで

文字の大きさ
8 / 14

はじめての町

しおりを挟む
 沈黙しているうちに、満足いく出来に仕上がったらしい。竜は肩につかない程度に伸びた髪の毛先をつまんで、ちゅっとキスを落とした。

「……!」
「出来たぞ。女にしては短い髪だが、ショールを被れば誤魔化せるだろう。私も支度をしてくる」

 スピネルは黒に銀糸で刺繍がされた服を引っ張り出してきて着ると、自身も髪を一つに束ねた。洗練された衣装が恐ろしいほどに似合っている。

 貴公子と化したスピネルは、ジルの格好を上から下まで眺めてから頷いた。

「ふむ、悪くない。可愛らしいぞ」

 可愛らしいと言われるのは、子どもの時以来だ。可愛らしい顔だなあと猟師に言われるたびに、男らしくないってからかわれているのかと怒っていたジルだから、微妙な気分になった。

「……それって褒められているのか?」
「女の格好をしている時に、かわいいと褒めるのは間違ってはいないだろう」

 スピネルは目を細めて微笑んだ。そうか、ドレスを着ている自分はかわいいのかと思うと、途端に恥ずかしくなってくる。

 スカートを握りながら所在なく立っていると、荷物を用意し終えた彼は声をかけてきた。

「さあ、そろそろ出立の時間だ」

 スピネルは竜の姿に戻ると、背中に紐状の布を被る。それが終わると、乗れとばかりにお腹を洞窟の床につけて伏せた。尻尾側からよじ登り、巻かれた布がある場所まで辿り着く。

 布は一部分が鞄のように膨らんでいて、体が挟めるようになっていた。毛皮が敷き詰められたその中にすっぽり入って身を納めると、スピネルはのそりと立ち上がる。

「わっ」
「しっかり掴まっていろ。飛ぶぞ」

 ずん、ずんと数回足元から振動が響いた後、大きな翼が左右に開いて洞窟の外へと滑空する。紐を握って風圧に耐えた。

 外は身体中の毛が逆立つほど寒いので、顔だけを出して辺りを確認すると、素晴らしい速さで景色が遠ざかっていくのがわかった。

 前回スピネルに攫われた時とは打って変わって、快適な空の旅だ。肩までぬくぬくと毛皮に挟みこまれながら、一面の銀世界を渡っていく。

 外の景色を見るのも寒くなってきて、頭ごと毛皮の中に潜りこんだ頃、スピネルが声を上げた。

「そろそろ降りるぞ」

 バサバサと羽ばたきながら、スピネルは森の中の開けた場所に着地をした。雪に足を取られないよう気をつけて降りると、黒竜は人の姿をとった。

「ここからは歩いて向かう。ついてこい」

 スピネルは迷いのない足取りで森の中へと分け入っていく。ジルはショールを頭から被り直して彼に続いた。

「この先に人の町があるんだな。何度か行ったことのある場所か?」
「そうだ。人間には悪意を持つ者もいるから、私から離れるでないぞ」
「わかった」

 大人しくついていくと、やがて木々の合間から家々の群れが見えてきた。色とりどりに塗られた屋根が目を惹く。ジルの住んでいた小屋よりも、大きい家屋がたくさん並んでいた。

 手前にはレンガの積まれた高い壁があったが、スピネルはジルを腕の中に抱えるとなんなく飛び越える。

「あ、わっ」
「誰もおらぬようだ。今の内に忍びこもう」

 スピネルは壁の上から降りると、何食わぬ顔で通りを歩きだす。ジルは初めて見る景色に視線を忙しなく動かした。

「家がこんなに……全てに人が住んでいるのか」
「さあな。大体は住んでいるのではないか」

 傾斜の強い屋根から雪の塊が滑り落ちてきて、驚いてスピネルの腕を掴んだ。彼は唇の端を釣り上げてククッと笑う。

「こんなことで驚いていては、店につく頃には疲れ果ててしまうぞ」
「ああ、うん。雪が落ちただけだったな」

 気恥ずかしくて腕を離そうとすると、グッと肩を引き寄せられた。

「……っ!」
「このままくっついていろ。お前が驚きすぎて気絶しても、すぐに抱えられる」
「そんなに驚いたりしない!」
「そうか? フフ……」
「笑うな!」

 肩を怒らせながらもピタリと身を寄せたまま、大通りへと出た。通りは雪がはけていて濡れた石畳が露出している。行き交う人々の姿を、ぽかんと口を開けて眺めた。

「うわあ……」

 美しく染色された深緑色のコートに、ツヤツヤの毛並みの襟巻きをした紳士が目の前を通りすぎていく。

 冬場は毛皮のマントを被って過ごすジルとはずいぶん違う姿に気をとられながら、スピネルに促されて足を動かした。

 暖かそうな毛糸のマフラーをつけた髪の長い人は、胸が膨らんでいた。

 女の人だ……初めて見た女性はジルよりも柔らかそうで髪が長くて、隣を通り過ぎると微かにいい匂いがした。

 人とすれ違う度にいちいち足を止めそうになるジルを、スピネルはさりげなく腰を抱いて歩かせる。人通りは徐々に増えていき、華やかな装飾を施された店が通りを彩りはじめた。

「ここに入ろう」

 スピネルは一軒の店の前で足を止めた。丁寧に磨かれた金属製の扉を押し開けると、中は暖かかった。

 様々な布がディスプレイされ、服が並べられている。商品に気を取られていると、男の店員に話しかけられた。

「いらっしゃいませ旦那様。本日は何をお求めでしょうか」
「手袋はあるか」

 店員はスピネルとジルに視線を走らせ、黒髪で異国風の美形に目を見開いた。その後、一瞬奇妙な物を見るように二人の服装に目を留めたが、すぐににこりと愛想よく微笑む。

「もちろんですとも。奥様用でしょうか」
「ああ」
「お持ち致しますので、お掛けになってお待ちください」

 ジルの知らない丁寧な言葉を使う店員は、恭しく頭を下げて店の奥へと引っ込んでいく。示された椅子に腰掛けて、凝ったデザインの布を見上げながら感嘆の吐息を漏らした。

「世の中にはこんなにも美しい物があるのか……」
「お前の瞳が一番美しい」

 淡々とした口調で真顔で告げられた言葉に、この時ばかりは心臓が跳ねた。今までだって何度も聞いた言葉なのに、やけに胸の奥まで響く。

 じわりと頬が熱くなってきて、自身の不可解な反応に首を傾げた。

「お待たせしました」

 店員は皮でできた手袋を五着ほど持ってきてくれた。

 果実の色のように鮮やかな赤、ジルの髪色より薄い黄色、そんな色とりどりの手袋の中で、黒く飾り気のない手袋に心を惹かれた。

「つけてみろ」

 スピネルに手袋を手渡されて、手を通してみる。皮は柔らかく、まるでジルのために誂えたようにぴったりだった。

「この手袋にしよう。足りるか」

 スピネルが金貨を手渡すと、店員は何枚かの銀貨と銅貨を寄越した。彼は貨幣を受け取ると無造作にポケットにつっこみ、手袋に包まれた手を撫でる。

「これで指先を冷やさずにすむ。寒がりなお前には重宝するであろうな」
「……もらっていいのか?」
「お前のために買ったのだ。使ってくれ」

 指先だけでなく、お腹の底からポカポカと温かな気持ちに包まれる。手袋を眺めているうちに、スピネルは何に使うのか香油を購入していた。見慣れない瓶を見てジルは首を傾げる。

「それはなんだ?」
「油だ。これもお前のために必要な物だ」
「何に使う物だろう」
「後でな」

 スピネルはジルの手を引いて立たせて、店の出入り口の方へと先導した。

「ありがとうございました」

 店員の言葉を背中に受けながら店を出ると、ちょうど店に入ろうとしている人と目があった。目尻に薄く皺が寄っている女性は品のいいドレスを着ていて、メイドを引き連れている。

 なぜかその顔に見覚えがあるような気がした。じっと見入っていると、スピネルも足を止めてその女性を見ていることに気がつく。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

王様お許しください

nano ひにゃ
BL
魔王様に気に入られる弱小魔物。 気ままに暮らしていた所に突然魔王が城と共に現れ抱かれるようになる。 性描写は予告なく入ります、冒頭からですのでご注意ください。

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。 挿絵をchat gptに作成してもらいました(*'▽'*)

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される

中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」 夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。 相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。 このお話はムーンライトでも投稿してます〜

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜

たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話 騎士団長とのじれったい不器用BL

処理中です...