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逃亡
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突然歌い出した白露を見た宇天は、馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「あはっ、なにしてるの? 気でも狂っちゃった? ……あれ、おかしいな。なんか急に眠気が」
「んっ? これは……っ! まさか術かっ⁉︎ こいつの口を塞げ!」
命じられた馬獣人は白露の口を塞ごうとしたが、すでに力が入っておらず簡単に逃れることができた。
白露が立ち上がる頃、宇天は眠りこけていた。葉家の主人はふらつき、自らの腕をつねって必死に睡魔と戦っている。
「おのれ、待て……!」
伸ばされた腕を紙一重で避け、出口を求めて走りだす。走りながら必死に歌った。頭痛が酷くなるけれど、そんなことに構っていられない。
がむしゃらに走って、屋敷の外へ向かう。門番も歌で眠らせて、町の中へと飛び出した。ここはまだ皇城から近いらしい、平民街へと足を向ける。
歩くうちに頭痛は止んできた。飲まされた薬はどうやら強制発情薬だったらしいが、白露には作用しなかったらしい。思わず乾いた笑みが漏れた。
(やっぱり僕は、琉麒の番には相応しくないよ)
このまま里に帰ろうか……道の上を歩いているのに、森の中にでも迷い込んだような気分だった。大通りを歩きながら、足の速度は落ちていく。
売り子の呼び声が辺りに響き渡っており、白露の耳にもその声が届いた。
「今年最後の桃だ、この機を逃すと来年まで入荷はないぞ! お、そこの少年! 味見していかんか? 小ぶりだが味はいいんだ」
焦茶の耳を持つ大きくずんぐりとした熊獣人に声をかけられて、彼が手に持つ桃に視線が吸い寄せられる。
ちょうど時刻は昼であり、笹も昼餉も食いっぱぐれた白露はお腹が空いていた。餌につられた魚の様にふらふらと店先に近づいていき、商人の前に立つ。
熊獣人は張り切って、目の前で桃を剥いてくれた。白露はハッとして手を左右に振る。
「ごめんなさい、お金を持っていないんだ」
「金がない? そうか……あ、それなら手首についているその飾り紐と交換しないか? そしたら食べたいだけ桃を食べさせてやる」
魅音に飾りつけられた時に身につけていた、絹糸を縫い込んだ飾り紐を指さされる。
桃の季節も終わりらしいし、白露はこれから里に帰ろうとしている身だ。この機会を逃すと一生桃を食べることができないかもしれない。
どうしても桃が食べたくなった白露は、飾り紐を商人に渡すことにした。取り外して熊獣人の手のひらに乗せると、満面の笑みで受け取ってくれる。
「はいよ! そこに座って待ってな」
丸太でできた椅子を指し示されて座ると、皮を剥かれた桃が白露の目の前にどーんと盛られた。串を使って瑞々しい果肉を刺し、口に含む。じゅわりと広がる甘さは幸福の味がした。
不意に、初めて桃を食べた時のことを思い出す。琉麒は白露の話を微笑みながら聞いてくれて、なんて美しくて優しい人だと感動したっけ。
身を寄せるとこの世のものとは思えない素晴らしい香りがして、抱き締めあうと心から嬉しくなった。
初めて会った時から他人の気がしなくて、側にいると心地よくて。同じ城に住んでいるはずなのになかなか会えなくて、寂しく思ったなあ。
このまま白露が皇都を去れば、もう二度と会うことはない雲の上の存在で。
そう、このまま別れてしまえば、琉麒とはもう会えないんだ。
「……あれ、っく、ふっ」
気がつくと白露は泣いていた。桃の味がしょっぱくなって、ぼたぼたと涙の粒が皿の上にいくつも落ちる。
いつもならもったいないなあなんてへにょりと笑う白露だったが、今日ばかりは全然笑えそうになかった。
琉麒と番になりたかった。どうして普通のオメガとして生まれてこれなかったのだろう。
彼の笑った顔も苦笑する表情も、白露に向ける情熱的な視線ももう見れないのかと思うと、後から後から涙が溢れて止まらない。
桃を食べるなり泣き出した白露を見て、熊店主は目をひん剥いた。
「おいおい、なんでそんなに泣いてんだ! どうした! そんなに桃が美味かったのか!」
「ひぐっ、ぐす……うえーん」
白露は返事を返すこともできないくらいに泣きじゃくり、店主はオロオロしながら白露の周りをぐるぐると回る。
通りの人がなんだなんだと寄ってきて見せ物状態になってきたので、心優しい店主は店の中に入れてくれた。
「あはっ、なにしてるの? 気でも狂っちゃった? ……あれ、おかしいな。なんか急に眠気が」
「んっ? これは……っ! まさか術かっ⁉︎ こいつの口を塞げ!」
命じられた馬獣人は白露の口を塞ごうとしたが、すでに力が入っておらず簡単に逃れることができた。
白露が立ち上がる頃、宇天は眠りこけていた。葉家の主人はふらつき、自らの腕をつねって必死に睡魔と戦っている。
「おのれ、待て……!」
伸ばされた腕を紙一重で避け、出口を求めて走りだす。走りながら必死に歌った。頭痛が酷くなるけれど、そんなことに構っていられない。
がむしゃらに走って、屋敷の外へ向かう。門番も歌で眠らせて、町の中へと飛び出した。ここはまだ皇城から近いらしい、平民街へと足を向ける。
歩くうちに頭痛は止んできた。飲まされた薬はどうやら強制発情薬だったらしいが、白露には作用しなかったらしい。思わず乾いた笑みが漏れた。
(やっぱり僕は、琉麒の番には相応しくないよ)
このまま里に帰ろうか……道の上を歩いているのに、森の中にでも迷い込んだような気分だった。大通りを歩きながら、足の速度は落ちていく。
売り子の呼び声が辺りに響き渡っており、白露の耳にもその声が届いた。
「今年最後の桃だ、この機を逃すと来年まで入荷はないぞ! お、そこの少年! 味見していかんか? 小ぶりだが味はいいんだ」
焦茶の耳を持つ大きくずんぐりとした熊獣人に声をかけられて、彼が手に持つ桃に視線が吸い寄せられる。
ちょうど時刻は昼であり、笹も昼餉も食いっぱぐれた白露はお腹が空いていた。餌につられた魚の様にふらふらと店先に近づいていき、商人の前に立つ。
熊獣人は張り切って、目の前で桃を剥いてくれた。白露はハッとして手を左右に振る。
「ごめんなさい、お金を持っていないんだ」
「金がない? そうか……あ、それなら手首についているその飾り紐と交換しないか? そしたら食べたいだけ桃を食べさせてやる」
魅音に飾りつけられた時に身につけていた、絹糸を縫い込んだ飾り紐を指さされる。
桃の季節も終わりらしいし、白露はこれから里に帰ろうとしている身だ。この機会を逃すと一生桃を食べることができないかもしれない。
どうしても桃が食べたくなった白露は、飾り紐を商人に渡すことにした。取り外して熊獣人の手のひらに乗せると、満面の笑みで受け取ってくれる。
「はいよ! そこに座って待ってな」
丸太でできた椅子を指し示されて座ると、皮を剥かれた桃が白露の目の前にどーんと盛られた。串を使って瑞々しい果肉を刺し、口に含む。じゅわりと広がる甘さは幸福の味がした。
不意に、初めて桃を食べた時のことを思い出す。琉麒は白露の話を微笑みながら聞いてくれて、なんて美しくて優しい人だと感動したっけ。
身を寄せるとこの世のものとは思えない素晴らしい香りがして、抱き締めあうと心から嬉しくなった。
初めて会った時から他人の気がしなくて、側にいると心地よくて。同じ城に住んでいるはずなのになかなか会えなくて、寂しく思ったなあ。
このまま白露が皇都を去れば、もう二度と会うことはない雲の上の存在で。
そう、このまま別れてしまえば、琉麒とはもう会えないんだ。
「……あれ、っく、ふっ」
気がつくと白露は泣いていた。桃の味がしょっぱくなって、ぼたぼたと涙の粒が皿の上にいくつも落ちる。
いつもならもったいないなあなんてへにょりと笑う白露だったが、今日ばかりは全然笑えそうになかった。
琉麒と番になりたかった。どうして普通のオメガとして生まれてこれなかったのだろう。
彼の笑った顔も苦笑する表情も、白露に向ける情熱的な視線ももう見れないのかと思うと、後から後から涙が溢れて止まらない。
桃を食べるなり泣き出した白露を見て、熊店主は目をひん剥いた。
「おいおい、なんでそんなに泣いてんだ! どうした! そんなに桃が美味かったのか!」
「ひぐっ、ぐす……うえーん」
白露は返事を返すこともできないくらいに泣きじゃくり、店主はオロオロしながら白露の周りをぐるぐると回る。
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