オメガパンダの獣人は麒麟皇帝の運命の番

兎騎かなで

文字の大きさ
33 / 43

逃亡

しおりを挟む
 突然歌い出した白露を見た宇天は、馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「あはっ、なにしてるの? 気でも狂っちゃった? ……あれ、おかしいな。なんか急に眠気が」
「んっ? これは……っ! まさか術かっ⁉︎ こいつの口を塞げ!」

 命じられた馬獣人は白露の口を塞ごうとしたが、すでに力が入っておらず簡単に逃れることができた。

 白露が立ち上がる頃、宇天は眠りこけていた。葉家の主人はふらつき、自らの腕をつねって必死に睡魔と戦っている。

「おのれ、待て……!」

 伸ばされた腕を紙一重で避け、出口を求めて走りだす。走りながら必死に歌った。頭痛が酷くなるけれど、そんなことに構っていられない。

 がむしゃらに走って、屋敷の外へ向かう。門番も歌で眠らせて、町の中へと飛び出した。ここはまだ皇城から近いらしい、平民街へと足を向ける。

 歩くうちに頭痛は止んできた。飲まされた薬はどうやら強制発情薬だったらしいが、白露には作用しなかったらしい。思わず乾いた笑みが漏れた。

(やっぱり僕は、琉麒の番には相応しくないよ)

 このまま里に帰ろうか……道の上を歩いているのに、森の中にでも迷い込んだような気分だった。大通りを歩きながら、足の速度は落ちていく。

 売り子の呼び声が辺りに響き渡っており、白露の耳にもその声が届いた。

「今年最後の桃だ、この機を逃すと来年まで入荷はないぞ! お、そこの少年! 味見していかんか? 小ぶりだが味はいいんだ」

 焦茶の耳を持つ大きくずんぐりとした熊獣人に声をかけられて、彼が手に持つ桃に視線が吸い寄せられる。

 ちょうど時刻は昼であり、笹も昼餉も食いっぱぐれた白露はお腹が空いていた。餌につられた魚の様にふらふらと店先に近づいていき、商人の前に立つ。

 熊獣人は張り切って、目の前で桃を剥いてくれた。白露はハッとして手を左右に振る。

「ごめんなさい、お金を持っていないんだ」
「金がない? そうか……あ、それなら手首についているその飾り紐と交換しないか? そしたら食べたいだけ桃を食べさせてやる」

 魅音に飾りつけられた時に身につけていた、絹糸を縫い込んだ飾り紐を指さされる。

 桃の季節も終わりらしいし、白露はこれから里に帰ろうとしている身だ。この機会を逃すと一生桃を食べることができないかもしれない。

 どうしても桃が食べたくなった白露は、飾り紐を商人に渡すことにした。取り外して熊獣人の手のひらに乗せると、満面の笑みで受け取ってくれる。

「はいよ! そこに座って待ってな」

 丸太でできた椅子を指し示されて座ると、皮を剥かれた桃が白露の目の前にどーんと盛られた。串を使って瑞々しい果肉を刺し、口に含む。じゅわりと広がる甘さは幸福の味がした。

 不意に、初めて桃を食べた時のことを思い出す。琉麒は白露の話を微笑みながら聞いてくれて、なんて美しくて優しい人だと感動したっけ。

 身を寄せるとこの世のものとは思えない素晴らしい香りがして、抱き締めあうと心から嬉しくなった。

 初めて会った時から他人の気がしなくて、側にいると心地よくて。同じ城に住んでいるはずなのになかなか会えなくて、寂しく思ったなあ。

 このまま白露が皇都を去れば、もう二度と会うことはない雲の上の存在で。

 そう、このまま別れてしまえば、琉麒とはもう会えないんだ。

「……あれ、っく、ふっ」

 気がつくと白露は泣いていた。桃の味がしょっぱくなって、ぼたぼたと涙の粒が皿の上にいくつも落ちる。

 いつもならもったいないなあなんてへにょりと笑う白露だったが、今日ばかりは全然笑えそうになかった。

 琉麒と番になりたかった。どうして普通のオメガとして生まれてこれなかったのだろう。

 彼の笑った顔も苦笑する表情も、白露に向ける情熱的な視線ももう見れないのかと思うと、後から後から涙が溢れて止まらない。

 桃を食べるなり泣き出した白露を見て、熊店主は目をひん剥いた。

「おいおい、なんでそんなに泣いてんだ! どうした! そんなに桃が美味かったのか!」
「ひぐっ、ぐす……うえーん」

 白露は返事を返すこともできないくらいに泣きじゃくり、店主はオロオロしながら白露の周りをぐるぐると回る。

 通りの人がなんだなんだと寄ってきて見せ物状態になってきたので、心優しい店主は店の中に入れてくれた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜

せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。 しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……? 「お前が産んだ、俺の子供だ」 いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!? クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに? 一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士 ※一応オメガバース設定をお借りしています

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

処理中です...