残念令嬢、家を追われて逃亡中〜謎の法術師様がなぜか守ってくれます

兎騎かなで

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36 決戦

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 女王の一言を聞いて、ガヴィーノは宙から剣を取りだした。

「はいはーいっと。そんじゃお仕事の時間だねー」

 すかさずアルトが杖を構える。目前に飛んできたガヴィーノの短剣を、アルトは杖で受け流した。

「お兄ちゃん、俺とヤるの? お手柔らかによろしくぅ」
「ミリア、下がってて! すぐに片づけるから!」
「ハハッ、この僕が舐められたもんだねー。果たしてそう上手くいくかなあ!?」

 二人は瞬間移動を繰り返しながら、お互いの隙を探りあっている。

 その時ラジェが音もなく跳躍した。ヴィヴィアンヌの振り下ろした剣がラジェのいた場所を振り抜く。
 二人も無言で消えて現れを繰り返しながら、ミリアから遠ざかりつつ剣を交えている。

「貴女はわたくしが直々にお相手してさしあげるわ。光栄に思いなさい? ミリアージュ」

 そう言うや否や、女王はレイピアを構えミリアの足目がけて一直線に突いた。ミリアも跳躍してなんとか避ける。

「女王様、どうして!? 私がいないと、女王様の願いも叶わないんじゃないの!?」
「そうね。だから殺しはしないわ? ただ、あんまりにもつまらないことを言うから、ちょっと足の腱の一つでも切って、無駄口を叩く気を挫こうと思ったのよ」

 なにそれ!? とミリアは叫びたくなったが、次第に女王の攻撃を避けるのに精一杯になってきた。

「ミリア! 俺がすぐ行くから、もう少し耐えて!!」
「はああぁ!? 舐めるなあぁー!」

 激昂するガヴィーノは無茶苦茶に剣を振り回したが、それをいなしてアルトは杖で腹をどついた。

「ぐふっ! 痛い……!! お前、絶対にぶっ殺してやる!!」
「怖いな。でも足が追いついてないから、無理なんじゃない?」
「てめええぇー!!」

 ガヴィーノの鬼気迫る怒鳴り声に、ミリアがビクリと身をすくめた一瞬のうちに、女王に距離を詰められる。気がついた時には転ばされていた。

「クッ、ミリア!!」
「……ミリア!!」

 アルトとラジェが同時に叫んだ。まだ二人ともこちらに駆けつけられないようで、ラジェもヴィヴィアンヌを相手に攻めあぐねていた。

「ちょこまかと、いい加減うざったいわ。その足が二度と動かなくなるように、地面に縫いつけてあげる」

 ミリアは瞬間移動を使おうとした。すると女王が首のチョーカーから血法石をもぎりとり、ミリアに投げつける。
 わずかに時の糸を紡ぐ速度を乱されて、でもそのわずかな間に女王の剣がミリアに迫ってくる。

 ミリアは呆然と目を見開いて、赤く瞳を染めた女王の嗤う顔を見つめる。その美しい顔の下、首から顎にかけてチョーカーに隠しきれていない傷痕があるのを見つけた。

 ミリアは、作り物みたいに綺麗な王女様でも、傷があるんだ……と呆けたように思った。レイピアが足の上に容赦なく突き下されるのを、スローモーションのような視界の中でただ見ていた。今更法術を使っても、もう間にあわない。

 とても目を開けていられなくて、ぎゅっと閉じる。
 ザクッと布と肉を切り裂く音が聞こえたものの、痛みも衝撃もやってこない。
 すぐそばで息を詰める音が聞こえ、温かい液体が露出した足首にポタリとかかったような感触がした。恐る恐る目を開ける。

「……っ! アルト!!」

 アルトはミリアに背を向けて、自分の体でレイピアを受け止めていた。脇腹に刺さったレイピアから、血が滴り落ちている。

「くっ、しくじった……っ」

 ミリアの上に落ちてきた血法石のせいか、アルトは瞬間移動する場所を厳密に指定できなかったらしい。ミリアは床と足を濡らした血を見て、叫びだしそうになり咄嗟に口を押さえた。

「わたくしの邪魔をしないでくれる? 不愉快よ」

 女王が無遠慮に剣を引き抜くと、傷口からドバッと血が吹きだす。

「うぐぅっ!!」
「やめて、やめて! アルト、アルト!!」
「ううっ……ミリア、逃げてくれ」
「嫌っ!!」

 嫌だよ、このままじゃアルトが死んじゃう! そんなのダメ!! 私、アルトのことが好きなのに!!

 図らずも、ミリアはこの時やっと自分の気持ちを自覚した。
 アルトが傷つくとこんなにも胸が痛いのは、彼のことが好きだから。
 近づくとドキドキして、触れると落ち着かなくなるのは、アルトに恋をしていたから。

 その瞬間、ミリアの胸元のペンダントが光り輝いた。アルトがハッとして振り向く。

「ミリア……っ鍵が開いた、これで法石が、使える……っ!」
「これ、この光よ! ミリアージュ、さあそれをわたくしに使いなさい!!」

 使う? 使うってどうすれば……ミリアが戸惑っていると、頭の中に記憶が蘇ってきた。予見を使っている時のように、情景がミリアの眼前いっぱいに広がる。

 幻の視界の中に懐かしのドレンセオの灯台が、はるか向こうに見える。木立に囲まれた野端の花畑の中で、ミリアとそっくりな顔をしたクルミ色の髪の女性が口元を綻ばせ、楽しそうに笑った。

 教えてほしいの? いいわよ。じゃあ、ミリアがいつか恋をしたら、思い出せるようにしておくわね。
 えー? どうして今じゃないの? ミリア、ちゃんと覚えてるよ!
 ダメよ、お母様のとっておきの術なんだから。世界中で、ミリアと私しか知らないの。二人だけの秘密よ、いーい?
 なんで秘密なの? どうして?
 物事には、一番いいタイミングってものがあるのよ。それが、ミリアがミリアの王子様に、恋をした時なのよ。
 ミリア、よくわかんない……
 ふふふ、時が来たらわかるわ。ミリア、幸せになってね……

 黄色く優しい光が、ミリアの全身を包みこんだ。暖かい……これが、お母様の遺した知識……この力があれば……

 ミリアは、アルトの傷口にスッと手を掲げる。ミリアの髪色のような白金の光が、アルトを包みこみ、女王の元まで及んだ。女王もうっとりと目を閉じてその光を受けとる。

「なんて暖かいの……」

 光はどんどんと広がっていき、波のように部屋中を満たして部屋の外まで照らした。夢のように美しい光が消えた時には、アルトの傷口は綺麗に塞がっていた。
 いや、塞がっているというよりは、最初からなにもなかったかのようにつるりとした皮膚が、穴の開いた服から隠れ見えた。

「これはいったい……痛くない」
「傷が治った? そんな、ではわたくしは……?」

 リリエルシアはレイピアを床に投げ捨てると、部屋の隅に立てかけてあった鏡に駆け寄った。自身の首元のチョーカーを引きちぎる勢いで外すと、一呼吸を置いて歓喜する。

「……治ってる、治ってるわ! ねえ、ヴィヴィアンヌ、治ったの! わたくしの傷が!!」

 女王は歓声を上げた。

「これできっと、わたくしも貴方に……ヴィヴィアンヌ? おいでなさい、ヴィヴィアンヌ。ヴィヴィアンヌ!」

 部屋にリリエルシアの声が虚しく響くが、応えるものはいなかった。ラジェと戦っていたはずのヴィヴィアンヌは、跡形もなく姿を消していた。
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