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第三章 初デート
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それにしても巽は腰の位置が高いな……足が長くて羨ましい。
「どれが一番美味しかったですか?」
「えーと、刀削麺って言うんだっけ? 初めて食べたけど、アレが一番美味かったなあ。モチモチで癖になりそうだった」
「激辛もイケる口とは意外でしたよ」
「お前こそ涼しい顔して食べそうなのに、辛いの苦手なんだな」
時々熱っぽい目で見つめられるのは困りものだが、巽とは存外話が弾んだ。年代も境遇も割と似ているからだろうか。
「散歩は和泉ともよくしていたんだ。アイツの話を聞いてやりたくても、家だとアレやらなきゃコレやらなきゃって、気になっちゃうからさ」
「私も大吾が幼い頃は、よく川に連れ出しましたね。河川敷を歩くと、意地っ張りな大吾が少しだけ素直になって、色々話してくれたんです」
「ふうん。息子と仲がよくないみたいなこと、言ってなかったか?」
「仲は悪くありませんよ。ただ、昔のように時間を共にすることが減ってきただけです」
市街地を突っ切って足を進める巽についていくと、やがて木々が鬱蒼と立ち並ぶ場所に着いた。
「どこだここは、公園か?」
「公園の一部ですね。あちらに行くと商店街がありますが、私は街路樹を見上げながら歩く方が好みです」
「僕もだ」
ご立派な弁護士先生だし、家も立派で綺麗だし住む世界が違う人かと思っていたが、感覚はそう離れていないみたいだ。
「なあ、僕が和食を食べたいって言ったら、有名所の高級料理店に連れていくつもりだったのか?」
「そういう店がお好きでしたら、いくらでもお連れしますよ。私としては、ほどほどにカジュアルな店の方が通いやすくて好きですね。郁巳さんもそうではないでしょうか」
「うん。あんまり高級店だと身構えちゃって、味がわからなくなりそうだ」
「ふふ、そう言うと思いました」
巽の笑みに釣られて僕も笑顔になっていた。おかしいなあ、僕ってこんなにちょろいやつだったっけ。巽のことを悪くないなあと思い始めている自分がいて戸惑う。
欠点を見つけてやろうと、わざと意地の悪いことを聞いてみた。
「若い愛人を囲っていそうな顔してるのに、庶民派なんだな」
「愛人なんていりませんよ。私はたった一人の愛する人を、とことん愛し抜きたいんです」
「奥さんと離婚したって聞いたから、浮気でもしたのかと思ってたよ」
「おや、私の過去が気になりますか」
巽の指先が不意に僕の手の甲に触れた。なぞるような動きはわざとなのだろう、彼は流し目でこちらを見やる。
ぞわっとしたぞ、やめてくれ……! 手を胸の前に抱えて反論した。
「別に気になったとかじゃなくて、ただの世間話だって。自意識過剰じゃないか?」
「すみません、もしかしたら郁巳さんに意識されているかもしれないと思うと、聞かずにはいられませんでした」
悪びれもなく謝られても返答に困る。低い声がやけに色っぽく聞こえて、こんなところで誘わないでくれと言いたくなる。
ああもう、駄目だ。動揺を顔に出したら、調子に乗られてしまう。顔を逸らした僕に巽は一歩近づく。
「安心してください、郁巳さん。私は一途な男ですよ。ねえ、今日も貴方に触れてもいいですか」
「断るって言ったよな?」
「こんなに色っぽい貴方を前にして、大人しく待てと? 酷なことをおっしゃいますね。私は貴方の身も心もとろとろになるまで、愛して差し上げたいのに」
「ばかっ、こんなところで何考えてるんだ!」
昼でも木々に光が遮られて薄暗い遊歩道には、人通りはほとんどなかった。それでもここは公共の場なんだぞっ!
「誰も聞いていませんよ。ねえ、郁巳さん」
巽は僕の腕をぐいっと引いて、遊歩道の終点に見える飾り気のないホテルを指さした。
「少しだけ休憩していきませんか?」
「だから! 行かないってば!」
口ではそう言う僕だが、足は巽に引かれるままに一緒に歩き出してしまう。もう手遅れなのだろうか……本心ではこいつに抱かれたがっているのか?
思い浮かんだ考えにぞくりと背筋を震わせた。変わってしまう、変えられてしまう、心も体も。
嫌なはずなのに、足は止まらない。せめて反抗心を示したくて、腕を取り返そうとしたり睨みつけたりしてみる。
けれど僕の弱々しい抵抗は、彼にとってはじゃれあいにしか映らないらしい。眼鏡の奥の瞳は甘やかに細められた。
「郁巳さんは困った方ですね、反抗するフリをして私を煽っているのですか? そんなことをせずとも、とっくに私の気持ちは貴方に釘付けなのに」
「そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんです?」
腰を抱かれそうになり、慌てて早足で逃げる。
「くっつくなよ、誰かに見られたら……」
「私は見られても構いませんよ。郁巳さんに悪い虫がつくのを、牽制することができますしね」
「若い頃ならともかく、今の僕を欲しがる人なんていないだろ」
「そうでしょうか? 可愛らしい反応も、涼やかな美貌も、こんなにも魅力的なのに」
口説かれて顔に熱が昇る。視線を巽から外すと、すでに公園を抜けてホテルのある場所まで来ていたようだと気づく。
「さあ、行きましょうか」
咄嗟に逃げ出そうとした体を引き寄せられて、とくりと胸が期待に弾んだ。本当に、どうしてしまったんだろう僕は。全く理性的でいられない、巽の色香に抗うことができない……
火照る顔をできるだけ伏せて頬を隠しながら、巽に促されるままにホテルに乗り込んだ。
「どれが一番美味しかったですか?」
「えーと、刀削麺って言うんだっけ? 初めて食べたけど、アレが一番美味かったなあ。モチモチで癖になりそうだった」
「激辛もイケる口とは意外でしたよ」
「お前こそ涼しい顔して食べそうなのに、辛いの苦手なんだな」
時々熱っぽい目で見つめられるのは困りものだが、巽とは存外話が弾んだ。年代も境遇も割と似ているからだろうか。
「散歩は和泉ともよくしていたんだ。アイツの話を聞いてやりたくても、家だとアレやらなきゃコレやらなきゃって、気になっちゃうからさ」
「私も大吾が幼い頃は、よく川に連れ出しましたね。河川敷を歩くと、意地っ張りな大吾が少しだけ素直になって、色々話してくれたんです」
「ふうん。息子と仲がよくないみたいなこと、言ってなかったか?」
「仲は悪くありませんよ。ただ、昔のように時間を共にすることが減ってきただけです」
市街地を突っ切って足を進める巽についていくと、やがて木々が鬱蒼と立ち並ぶ場所に着いた。
「どこだここは、公園か?」
「公園の一部ですね。あちらに行くと商店街がありますが、私は街路樹を見上げながら歩く方が好みです」
「僕もだ」
ご立派な弁護士先生だし、家も立派で綺麗だし住む世界が違う人かと思っていたが、感覚はそう離れていないみたいだ。
「なあ、僕が和食を食べたいって言ったら、有名所の高級料理店に連れていくつもりだったのか?」
「そういう店がお好きでしたら、いくらでもお連れしますよ。私としては、ほどほどにカジュアルな店の方が通いやすくて好きですね。郁巳さんもそうではないでしょうか」
「うん。あんまり高級店だと身構えちゃって、味がわからなくなりそうだ」
「ふふ、そう言うと思いました」
巽の笑みに釣られて僕も笑顔になっていた。おかしいなあ、僕ってこんなにちょろいやつだったっけ。巽のことを悪くないなあと思い始めている自分がいて戸惑う。
欠点を見つけてやろうと、わざと意地の悪いことを聞いてみた。
「若い愛人を囲っていそうな顔してるのに、庶民派なんだな」
「愛人なんていりませんよ。私はたった一人の愛する人を、とことん愛し抜きたいんです」
「奥さんと離婚したって聞いたから、浮気でもしたのかと思ってたよ」
「おや、私の過去が気になりますか」
巽の指先が不意に僕の手の甲に触れた。なぞるような動きはわざとなのだろう、彼は流し目でこちらを見やる。
ぞわっとしたぞ、やめてくれ……! 手を胸の前に抱えて反論した。
「別に気になったとかじゃなくて、ただの世間話だって。自意識過剰じゃないか?」
「すみません、もしかしたら郁巳さんに意識されているかもしれないと思うと、聞かずにはいられませんでした」
悪びれもなく謝られても返答に困る。低い声がやけに色っぽく聞こえて、こんなところで誘わないでくれと言いたくなる。
ああもう、駄目だ。動揺を顔に出したら、調子に乗られてしまう。顔を逸らした僕に巽は一歩近づく。
「安心してください、郁巳さん。私は一途な男ですよ。ねえ、今日も貴方に触れてもいいですか」
「断るって言ったよな?」
「こんなに色っぽい貴方を前にして、大人しく待てと? 酷なことをおっしゃいますね。私は貴方の身も心もとろとろになるまで、愛して差し上げたいのに」
「ばかっ、こんなところで何考えてるんだ!」
昼でも木々に光が遮られて薄暗い遊歩道には、人通りはほとんどなかった。それでもここは公共の場なんだぞっ!
「誰も聞いていませんよ。ねえ、郁巳さん」
巽は僕の腕をぐいっと引いて、遊歩道の終点に見える飾り気のないホテルを指さした。
「少しだけ休憩していきませんか?」
「だから! 行かないってば!」
口ではそう言う僕だが、足は巽に引かれるままに一緒に歩き出してしまう。もう手遅れなのだろうか……本心ではこいつに抱かれたがっているのか?
思い浮かんだ考えにぞくりと背筋を震わせた。変わってしまう、変えられてしまう、心も体も。
嫌なはずなのに、足は止まらない。せめて反抗心を示したくて、腕を取り返そうとしたり睨みつけたりしてみる。
けれど僕の弱々しい抵抗は、彼にとってはじゃれあいにしか映らないらしい。眼鏡の奥の瞳は甘やかに細められた。
「郁巳さんは困った方ですね、反抗するフリをして私を煽っているのですか? そんなことをせずとも、とっくに私の気持ちは貴方に釘付けなのに」
「そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんです?」
腰を抱かれそうになり、慌てて早足で逃げる。
「くっつくなよ、誰かに見られたら……」
「私は見られても構いませんよ。郁巳さんに悪い虫がつくのを、牽制することができますしね」
「若い頃ならともかく、今の僕を欲しがる人なんていないだろ」
「そうでしょうか? 可愛らしい反応も、涼やかな美貌も、こんなにも魅力的なのに」
口説かれて顔に熱が昇る。視線を巽から外すと、すでに公園を抜けてホテルのある場所まで来ていたようだと気づく。
「さあ、行きましょうか」
咄嗟に逃げ出そうとした体を引き寄せられて、とくりと胸が期待に弾んだ。本当に、どうしてしまったんだろう僕は。全く理性的でいられない、巽の色香に抗うことができない……
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