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第一章 領主の屋敷と青嵐の導き
16 魔法は隠そう
しおりを挟むアジトに戻ると、昼食を食べるには早い中途半端な時間だった。
「二階で休憩しましょ。お茶を淹れてあげるわね」
メレは手際よく、いい香りのするお茶を淹れてくれる。
「はい、スバルちゃんどうぞ」
「ありがとう」
カップを受け取り、華やかな花の香りがするハーブティーを啜る。暖かい液体が喉を滑り落ちる感覚に、ホッと一息ついた。
「ねえメレ、形見かもしれない物ってどんなやつなの?」
「それはクロちゃんが起きてからのお楽しみよ。でも、そうねえ。もし形見じゃなかったとしても、きっと喜んでくれるんじゃないかしら?」
何なんだろう、気になる。気になるけど、聞いても教えてくれなさそうだ。ここは大人しくクロノスさんを待つことにしよう。
「これで作戦は終わったんだよね? この後、青嵐の導きのみんなはどうするんだろう?」
「そうねぇ、ボスのことだからちゃんと考えてるんじゃない? アタシは目的を果たしたから抜けるけどね」
「そうなの?」
メレはクスリと笑う。
「そうよー、領主をぎゃふんと言わせて、世の中顔や血筋だけが全てじゃないって証明できたわけだしね。今後は、アタシの夢のために行動するつもりよ。スバルちゃんは?」
「俺? 俺は先のこととか全然考えてなかったや」
「ふーん? まあ、まだ数日はアジトにいるでしょうし、その間に考えたらいいわ」
メレの長い指がカップを口元に運ぶ様を見つめながら、俺はボンヤリと考える。
今後、かあ。目の前のことに必死だったから、急にそんなこと言われても戸惑っちゃうな。
日本に帰る方法とかもわかんないし。
そんなに絶対に帰りたいってわけでもないけどね、ここの生活も悪くないし。
両親に無事だよって手紙くらい出せたらいいなあ、とは思うけど。
父さん達元気かな。俺んちは農家なんだけど、今年は雨が多いから野菜が駄目にならないか心配してたなあ。
上京してくるまで改造に改造を重ね使ってた、林の中の秘密基地はまだ無事だろうか。
とりとめもないことを考えていたら、背後からゴソゴソと人の気配を感じた。
振り向くと、クロノスさんが気だるげに額を押さえながら、ヘルの部屋から出てきたところだった。
「クロノスさん!」
「アンタ今頃起きたの? 遅すぎよ」
いつもより乱れた服装で頭を振りながら、クロノスさんは心なしか焦った表情で俺達に問いかけた。
「スバル、メイヴィル、屋敷は焼け落ちていませんか? それに、領主はどうなりました?」
「まずは顔を洗って、頭をハッキリさせてきなさい。話はそれからね」
フラフラとした足取りで洗い場へ向かうクロノスさんは、数分後にはパリッとした服装で戻ってきた。
まだ顔色は悪いけれど、瞳はしっかりと焦点をメレに合わせている。
「説明をお願いします」
「ええ。クロちゃん、どこまで覚えてるのかしら?」
「消火活動をしていたところまでですね。いつの間にここへ戻ってきたのでしょうか」
「じゃあ、そこから話をするわね」
あの後火が消し止められ、ついさっき領主が伯爵によって身柄を確保された話をすると、クロノスさんは少し瞳を伏せた。
「そう、でしたか。私がいないうちに全て終わってしまったようですね」
「ちゃんと起こしてあげようとはしたのよ? でもアンタ、ビンタまでしてもピクリともしないんだもの」
「ああ、通りで頬がヒリヒリ痛むわけです」
「悪かったわね!」
「いえ」
クロノスさんは一瞬じとりとメレに視線を向けたけれど、本気で怒っているわけではなさそうだった。
それより、ことの顛末を見送れなかったことを後悔しているよう。
クロノスさんの盛大な寝坊の原因に一つ思い当たることがあって、俺はクロノスさんにおずおずと声をかけた。
「あのさ、クロノスさん。クロノスさんが起きれなかったの、俺のせいかもしれないんだ。加減がわからなくて、クロノスさんを魔力切れにしちゃったみたいで……それで回復するのに時間がかかったんだと思う。ごめんね」
「魔力切れ? どういうことでしょう?」
クロノスさんは思いがけないことを聞いたというかのように目を見張った。
「俺さ、触れた人の魔力を引き出して、魔法を使えるみたいなんだ」
「それは……」
クロノスさんは考えあぐねて、結局言葉を飲み込んでしまったらしい。
やつれてもなお美しい顔には、にわかには信じられないと書かれているように思えた。
「まあ、信じられないわよね。スバルちゃん、実際に見せてあげたら?」
「そうするよ。クロノスさん、ちょっといい?」
俺はクロノスさんの腕を取り、魔力を吸い上げた。病み上がりだからちょっとだけ。
手のひらの上に風の渦を作ると、クロノスさんは首を傾げた。
「これでわかった?」
「いえ、その……スバルは風の属性の魔力の持ち主だと思っていたのですが」
「違うよ! これ、クロノスさんの魔力だから」
「私の、魔力?」
クロノスさんは目を見開いて風のミニ竜巻を凝視した。
メレは魔力を引き出される感覚がわかったみたいだけど……ああそうか、クロノスさんはそもそも魔法を使ったことがないんだもんね。
それじゃ、実感もわかないはずだ。
「それで、こっちがメレの魔力だよ」
今度はメレの手を取り、手のひらの上に小さな火の玉を出した。クロノスさんはだんだんと理解が追いついたらしく、目を見開いて俺の手のひらの上を穴が空くほど見つめた。
「人は、一つの属性の魔素しか内包することができないはずですが……スバル、貴方はどのようにして、この奇跡を実現されているのでしょうか」
「うーん、俺にもよくわからないんだよね。でも、なぜか使い方はわかるんだ」
そもそも魔力なんて、地球の人類には備わってないはずだしね?
自分の中にもさっぱり魔力を感じないし。
クロノスさんは知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き出し、呼吸を整えた。
「すみません、取り乱しました。とても稀な能力ですね、才無しとなった者が大挙して、スバルに教えを請いに来そうです」
「それは困るなあ、俺にもどうやってやってるのか説明できないのに」
「そうね、スバルちゃんの能力は貴重で、才無しとなった人から妬まれそうだし隠した方がいいわ」
俺達はこれ以上俺の体質の情報を広めないことで同意した。なんか有名になったら、ろくなことにならない予感がするしね。
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