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第二章 王都パラヴェレとガドラン沼地の小さな故郷
26 クロノスの故郷に行こう!
しおりを挟むゼトはクロノスがレジスタンスに所属して領主を捕らえ、俺が主になった経緯まで聞くと、感心したように長いため息をついた。
「はー、そうかよ。主とか貴族とか、俺には理解できない世界だな。まあそれで上手くいってるんならいいか」
「ええ。スバルが主でいてくれて、私はこの上なく幸せです」
「てか俺にまで敬語使うなよ、ムズムズするわ」
「性分ですので」
「性分って、ガキの頃はそんな話し方してなかったクセに……まあ、頑固なところは変わってないってことか」
ゼトはまかないを平らげると、感慨深げにぽつりと呟くように告げた。
「まあ、お前が幸せならよかったぜ。クレイラのおじさんは気の毒だったけどな……トッドもお前ら親子がどうなったのか気にしてたぞ」
「そうでしたか……」
「一度顔見せに行ってやれよ、また会えたら渡したいものがあるって言ってたんだ」
クロノスは黙りこんで何か考えているようだった。ひょっとして、行きたいのに俺に遠慮してる?
「クロノス、村までトッドに会いに行こうよ!」
「そうですね、そうしたいのは山々ですが……ガドラン沼地を超えるには専用の装備が必要で、それにはある程度の金額が必要になります。私の所持金は村を素通りするならイエルトに着くまで保ちますが、装備を揃えるとなるとこの先厳しくなりますね」
「それって、俺達二人分の報奨金を足しても足りない?」
「足りない訳ではありませんが、旅の途中で何が起こるかわかりません。ギリギリまで使い込んでしまうことは、避けた方がいいでしょう」
ああ、そうだよね……お金の問題があったんだ。
でもここで行かなかったら次いつ行けるかわからないし、絶対行った方がいいと思うんだよなあ。
「大丈夫よ、いざとなれば旅の途中で働けばいいんだし。もし働き口が見つからないなら、アタシがおごってあげてもいいわよ!」
メレが得意げに胸を張る。頼もしい発言だ。
「えっ、いいの?」
「お金には困ってないわ。こう見えてアタシ、商才があるのよ。実は前の町で仕入れた品を王都で売るために用意してきてるの。その利益で装備品代は十分賄えると思うわ」
なんて素敵な才能だろう。しかもそれをクロノスのために使ってくれるなんて、メレは仲間思いなんだなあ。一緒に旅に出てよかった。
「メレ、本当にいいの? ありがとう! 太っ腹だね!」
心から賞賛すると、メレは珍しく頬を赤らめて照れた。
「ふ、太っ腹だなんてスバルちゃんそんな、お世辞が過ぎるわよぉ~!! でも嬉しいわあ、ありがとねっ」
……ん? なんでそこ照れたの?? 太っ腹って……
俺のぷよぷよお腹を見下ろして、ああ、もしかして美人関係の褒め言葉かと思う。
すごくかっこいいね! みたいな意味で捉えられたのかな? まあ、喜んでいるならわざわざ訂正しなくていっか。
「メイヴィル、さすがにそれでは申し訳なさすぎます。私が後ほど工面しますので、せっかくの申し出ですが遠慮致します」
「遠慮しなくていいわよ? そもそもアンタのためってだけで提案してるんじゃないもの。あの沼地には貴重で高価なアマドクガエルも生息してるし、そんな辺鄙な場所に住む人達がどうやって自給自足してるかこの目で確かめてみたいじゃない。上手くいけばまた一儲けできるかもしれないし? だから気にすることないのよ」
そう言ってウインクをするメレ。堂に入ってて決まってるなあと見惚れていると、ゼトはうげ、という顔をした。
な、なんで? すごく様になるよね? 男前のウインク。
あ、男前じゃないんだっけ、ゼトにとっては、筋肉隆々ヒゲボーボーのオカマがウインクしてる、的な見え方をしたのかな。
ちなみにクロノスは無表情だった。慣れてるのかな。
「……ありがとうございます、ですが、お金は私がなんとかして稼ぎます。これ以上借りを作るわけにはいきませんので」
「そう? 残念。せっかくクロちゃんに恩を売れるチャンスだったのに」
満更でもなさそうにメレは言う。実はただの親切心ってわけじゃなかったのかな、でもなんだかんだいってメレは優しいし……わざとクロノスが気にしないように、そういう言い方してるのかもね。
そろそろ店も混んできて、ゼトはまた食べに来いよと声をかけて仕事に戻ってしまった。俺達も店を後にする。
宿は四人で一部屋とった。ヘルはまだ帰ってきておらず、俺達は軽くシャワーを浴びて明日に備えて早めに就寝した。
「あー、だりぃ……」
「飲みすぎたの? 馬鹿ねえ」
翌朝。ヘルは二日酔いで撃沈していた。ベッドに突っ伏して青い顔をしている。
「テメェみてえなザルと一緒にすんじゃねえ……俺はお前とは違って人並みに酔うんだよ」
「それがわかってたならどうして飲み過ぎたのよ。大体アンタが人並みなわけないでしょ、樽一つ飲み干しても平然としてるのに。よっぽど酷い飲み方したんじゃないの?」
「あー、うるせえ……頭に響く、喋るんじゃねえ」
「もう、横暴ね」
メレは肩を竦めた。処置なし、とでも言いたげだ。
どうしたんだろう、青嵐の導き解散パーティの時はお酒を水のように飲んでも酔わなかったのに、無茶するほど飲むってことは何かあったんだろうか。
「ヘル、大丈夫? 何か辛いことでもあった?」
「……なんもねーよ。いいから寝かせてくれ」
そのまま寝ようとするヘルに、クロノスが一声かける。
「待って下さい。諸事情により次の目的地が私の故郷の村となりました。沼を越える必要があり、そのための装備を整える予定ですが、ヘルムートは同行しますか?」
「俺はスバルを諦めねえ。地の果てだってついてってやらあ。……金がいるなら報奨金から適当に出しとけ、まだメレが預かってる」
ヘルはそれだけ言うと布団を頭から被ってしまった。白銀の髪がシーツに隠れて見えなくなる。
「仕方ありませんね。ヘルムートの分もついでに買っておきましょうか」
沼を越えるための装備は特殊な防具店に行かないと揃わない。耐毒、耐水、防汚機能がついてないとまともに歩けない土地なんだそうだ。
しかし防具店の親父さんによると今は在庫がないらしい。一通り親父さんと話したクロノスは俺達と相談する。
「取り寄せには五日ほどかかるそうです」
「他じゃ見ないし待つしかないわね、それで手を打ちましょ。で、値段は?」
耳をそばだてて聞いたそれは、俺が想像していた額よりはるかに高かった。庶民の約二月分の生活費に相当する額だ。
三つも機能をつけるためにたくさん魔導刺繍をしているから、その分お値段が跳ね上がるんだね。
うわあ……俺の報奨金、半分吹っ飛んじゃうや。
今着てる旅の服にも大分使ったから、残り少ないかも……これは、お金を稼ぐ方法を考えなきゃ駄目だね。
「スバルちゃん、一緒にスバルちゃんの分も買っちゃうけど、本当にいいのね?」
「うん、お願い!」
予想してたより随分高かったけど、買えるのであれば買わないという選択肢はない。
だってクロノスの久しぶりの里帰りだもん、それに心配してる人だっているんだし、顔見せて安心させてあげなくちゃ。
メレは優しげに目を細めて微笑した。
「全然躊躇いがないのね……アタシ、スバルちゃんのそういうとこ好きよ」
イケメンからの、好きいただきました!
外見を褒められるのは実感なさすぎて困っちゃうけど、内面を褒められるのって嬉しいなあ。
心がじわじわと温かくなる。
「俺もメレの人に親切なとこ、好きだよ!」
褒め返すと、メレは何故か眉根を下げて苦笑した。なんで?
「伝わってないわね、まあいいけど……アタシは別に親切じゃないわよ、結構打算的なんだから」
「でも今回のこと、クロノスのためっていう理由もあるでしょ?」
「えー?別にー、そんなことないわよー?」
そっと視線を逸らすメレ。怪しい。
「この度は私の事情に巻き込み申し訳ありません」
店を出たところで、クロノスが俺達に深々と頭を下げた。
「やだクロちゃん、そんなに畏まらないで? 気になるなら沼地で高級カエル取りたいから手伝いなさい、それでチャラよ」
「そうそう、俺もクロノスにはいつも色々やってもらってるし。このくらい当然だよ!それでも気になるなら後で魔法の練習に付き合ってね!」
メイヴィルの真似をして軽い調子を心がけると、クロノスは顔を上げて苦笑した。
「スバル、メイヴィル……ありがとうございます。それでは、アマドクガエルの捕獲容器を買っていきましょうか。スバルは買い物の後に時間を設けますので、好きに魔力をお使い下さい」
「やったあ! 俺、昨日の大道芸みたいなやつ、やってみたかったんだよね」
「あれは難しいと思うわよ~? お手並み拝見ね」
「がんばってみる。クロノスが魔力切れで倒れない程度に」
「魔力切れですか、感覚を掴みたいのでもう一度その寸前まで追い込んでいただきたいものですが」
「ええっ!? 危険じゃない? 今度にしようよ」
わいわい言いながら、俺達は王都の人混みに紛れていった。
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