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一章
4:ギャリコ(ジェイク・ガーランド)
しおりを挟むタダナオが泣き止むのを待って、その後はベッドに横たわらせて「もう寝ろ」と言って部屋を出た。
部屋を出る直前、猫又がタダナオの傍に寄っていったから大丈夫だろう。
俺はというと、これからどうすべきかを歩きながら考えていた。
だが考えらしい考えはでなくて、結局酒の力を借りて眠った。
翌日、タダナオは昨日のことを謝ってきたが俺は「気にすんな」と言うに留めた。
確かにあれは醜態といえば醜態だったし、本人としては忘れて欲しい光景だろう。
だったらこっちは大したことじゃないと言ってホッとさせてやるのが最善だと思えた。
正直な話、黒の御大の所に行くのは気が重かった。
だが、自分でやったことには責任は取らなきゃならない。
俺はモーヴに留守を頼むとタダナオを連れ立って神殿へと足を向けた。
「お前もついてくるか」
「うなんな」
試しに猫又に声をかけたらよく分からない返事をしてタダナオの肩に乗る。
タダナオはきょとりと瞬きをしたが直ぐに破顔して猫又を撫でた。
神殿への道のりは坂と階段の連続だ。
時折休憩を入れて神殿の入り口に辿り着く頃には太陽は高いところにまできていた。
「あっ、モストゥルムだ!」
「なーん?」
最後の坂を登り切ると黒い獣の姿が確認出来た。
悠然と構える様からは怒りらしいものは感じられない。
タダナオは御大の姿を見るや否や駆け出すと、そのまま御大の懐にダイブした。
「ごめん、ちょっとヘマしちゃった」
「………首を絞められたにしては元気だな」
「ストレートな感想だね」
「率直な謝罪文を貰ったものでな。
危うく山を崩壊させそうになったが、まあ、大事ないなら良かろう」
モストゥルム公は神殿から一定の距離から外に出ることは出来ない。
召喚術を使ってタダナオを呼び戻すのも任意でなければ出来ない制約を背負っている。
昨日は気が気じゃなかったのは想像にかたくなかった。
それを分かっているのかいないのか、タダナオは公のたてがみを触りながら安心させるように言った。
「薬湯を飲ませてくれたんだ。凄く苦かったけど、飲んだらとても楽になった。
あと、ご飯も貰ったよ。夕飯も朝食も美味しかった」
「ほう………きちんともてなされたか。それは何よりだ」
「うなんな」
モストゥルム公とタダナオがなにやら話し込んでいると、自分を忘れるなと言いたげに猫又が声を上げる。
すると、公はジッと猫又を見つめると「見つけたか」とひとつ頷いた。
「うん。もっと時間がかかると思ったけど、存外早く見つかって驚いたよ。
あとはコイツが安心して暮らせる場所を探さないと」
「その前に、やらねばならぬことがあろう。
違うか、ギャリコ」
「そうだな」
こちらに目を向けるモストゥルム公は怒ってもいなければ呆れてもいなかった。
俺の事情を知ってるからこその態度に、俺は深々と頭を下げるしか出来なかった。
「客人に無礼をはたらいたこと、申し訳なく思う。
短慮だった。公の好きなように罰して欲しい」
「そうか。お前は罰を望むか。
どうする、タダナオ。
ギャリコはお前を殺しかけたことを恥じて罰を望んでいるが」
モストゥルム公は判断をせず、タダナオに俺の処遇を問いかける。
タダナオはというと、俺と公を交互に見て言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「元はと言えば、俺がギャリコの名前を間違えたところから始まったことだし、俺にも責任の一端はあるよ。
そりゃあ、殺されかけたのはびっくりしたけど、もう大丈夫だし……俺も気をつけるし、罰はなくてもいいと、思う、けど………」
「ふむ。ギャリコよ、殺されかけた本人はこのように言ってるぞ」
「タダナオがいいからなにも罰せずってのは違うだろ。
アンタ、自分の客分が殺されかけたんだぞ」
「タダナオは客分とは少し違う。カケモノ故、加護を与えたに過ぎん」
「ああ、なるほど。そういうことか。
しかし、このまま無罪放免てのはこっちの収まりが悪いんだが」
贖罪がないのは幸運ではあるが、責任を取らないってのはどうにも性分に合わない。
そういうと、モストゥルム公は「ならば」と口火をきった。
「ご覧のとおり、タダナオはカケモノだ。
言語翻訳能力も備わっていなければ、周囲に認知されぬ状態でもある。
これをどうにかせねばならぬ」
「するってえと、なにか。破片を集めてくればいいのか」
仕事柄探し物は得意だ。それなら任せろと言おうとすると、公は違うと首を横に振った。
「お前にはタダナオに読み書きや剣術を教えてやって欲しい」
「えっ?!」
「なんだと?」
思いがけない提案に、俺とタダナオは同時に声を出した。
だが、モストゥルム公は俺たちの反応など構わず続けて言った。
「タダナオの『原点』はこの区域にある。
だが、タダナオは原点を取り込めぬ状態だ。
他の心の破片を集めるには言語は必須であるし、旅をするにしても戦う術や技術がなくてはならぬ。
姿を顕現させるのは我の力を使えば出来るが、加護にも限界がある。
本人が出来ることを増やしておくにこしたことはない」
「タダナオは旅に出るつもりなのか?」
「その選択をした時に困らぬ為の技術習得だ」
「老婆心かよ」
「目先を変えたい、というのもある」
「目先………」
それはつまり、タダナオの危うさを改善する為の提案ということか。
俺はタダナオを見る。
タダナオは俺と公の会話を聞いて入るが言葉の内容までは理解できていないのか、不思議そうな面持ちで俺たちを見ていた。
「…………わかった。その話、引き受けよう」
「恩にきる」
「そういうな。こっちは贖罪がしたかったんだ。イーブンだろ」
本人不在で決めちまった感はあるが、多少強引な方がいいだろう。
それから公の通訳を交えながら今後の予定を俺たちは詰めていった。
タダナオは最初、語学勉強や一般常識を身に着けることになったのを驚いていたが、特に反対するでもなくすんなりと承諾をした。
勉強は主にアジトで行うことになった。住み込みで雑用をしながら、一般常識と言語を身に着けるのを優先する。
身体を鍛えるのはそれらがある程度形になってからってことになった。
普通の奴が認識出来ない状態はモストゥルム公の加護を貰うことで解決できた。
実は解決でもなんでもないんだけどな。
世界の管理者の加護なんて本来ナラ貰うもんじゃねえんだ。『自分は訳有です』って宣言してるようなもんだからな。公もその辺を気にして与えたくなかったみたいだが、そうも言ってられないってことだった。
タダナオの転居は翌日に決行となった。
猫又はタダナオから離れたがらなかったから一緒に連れて行くことになった。
「明日からモストゥルム公の客人を面倒見ることになった。
異界人のカケモノで、言葉が分からねえし弱っちい。
お前ら、邪険にすんじゃねえぞ」
アジトに帰って部下共に言うと意外なことに反対の声は出なかった。
なんでかと思ったら、モーヴが予(あらかじ)め説明をしてくれていたからだった。
モーヴは帝都時代からの付き合いで、貧乏クジを引かせる形で俺と共々指名手配された奴だ。苦楽を共にした仲間って奴だ。俺の足りない所を補ってくれる頼りになる奴だ。本来なら頭にはモーヴがなるべきだろうに、俺を立てて下についてくれている。頭があがらない相手だ。
だからってわけでもないが、モーヴにはある程度の事情は明かした。
「ジェイク・ガーランドって呼んだんですか、そのタダナオってのは」
「ああ。久々だったもんで、こう、あっという間にプツンだ」
「短慮って言葉知ってますかい?」
「知ってる」
酒を飲みながらひとつ息を吐く。
「なんで知ってたかが分かんねえんだよな」
「頃合い見て本人に聞いてみりゃいいんじゃないんですか?
モストゥルム公はお怒りじゃなかったんでしょ?」
「ああ。そこも妙なんだよな。タダナオが何かやらかすのを予測してたみたいにも思える」
「管理者ってのはよく分からないもんでしょ。
おれらにゃ計り知れないもん背負ってんだ。勘繰りすぎると足元すくわれますぜ」
モーヴの言葉に、それもそうだなと頷いて酒を煽った。
タダナオを迎えに行く日、アジトは朝から妙に浮足立った空気に満ちていた。
義賊とはいえ賊は賊。野蛮な奴らの集まりだってのに柄にもなく緊張してるらしい。
コイツらも人間らしいところがあるんだなと思いつつ神殿に向かい、神殿に足を踏み入れる。
そうして加護を受けたタダナオを連れ帰ると、部下連中はこぞって兄貴風を吹かせてなんともうざったかった。
タダナオはびっくりしつつも身振り手振りで会話を試みていた。
やはり、人に認識されるかいないかは精神に多大な影響を及ぼすらしい。
最初に見た時とはまるで別人のように活き活きとしていた。
「あれは気の所為、だったのかね?」
まるで追い立てられるように「死ねばいいんだ」と言っていた姿を想い出す。
まだまだ油断はならないなと思いつつ、俺は話の輪に加わることにした。
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