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本編

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 相容れない敵の存在は、集団の存亡に関わる脅威となる。古代に於いて、異民族による侵略は、虐殺、若しくは奴隷化を意味した。宗教戦争の敗者は、異教徒等によって、改宗か死かを迫られた。思想犯は、敵味方双方の命をも、革命の犠牲とすることを厭わず、体制を覆す日まで闘い続けた。しかし、惑星外との交渉が盛んな今日に於いて、これらは遠い歴史上の問題である。物事の可能不可能を問う際に、それが物理的な原因にあるのか、論理的な原因にあるのかで、その必然性は変わってくる。物理的な不可能性は、どこまでいっても不可能なままであるが、論理的な不可能性は乗り越え得る。嘗ての問題は後者であったが、今日の問題は前者である。即ち生存条件という一点こそが、今日に於ける惑星の全生命体にとっての存亡に直結しているのである。生命の生存に不可欠なものは、水と大気と適切な温度である―という、地球人の思い込みは、どうやら広大な宇宙に於いては、自明ではないらしい。例えば、毒瓦斯と熔岩の中に生きる知的生命体もあるだろう。そして、地球が、彼らにとって“快適な”星に作り替えられた時、水と空気の中に暮らす地球上の生物種は、漏れなく死に絶える。生存条件を異にする者等に敗れるということは、つまり斯ういう事である。異分子との共存は、嘗てのように、支配者、被支配者の態度や心持ちで解決される問題ではない。物理的に不可能な問題なのである。
 カゲネホワという国家が、日本にとって死活的な脅威となっているのは、以上のような背景からである。地球全生命の存亡に責任を負うこの国の政府は、遥か彼方の銀河にある大勢力の伸張を抑え込まねばならなかった。カゲネホワの支配する星は、極度に酸性度の高い液体と大気とを有し、平均気温は、摂氏八十度を超過する。三年前、彼らの為に、一つの惑星が滅んだ。彼の国は、更なる拡張を望んでいるというから、対策は急務である。これに危機感を覚えたのは、日本だけではない。カゲネホワと生存条件を異にする生命体の治める国家は、一様に対策を急いだ。
 日本とオヌムとは、予てより親交がある。両国の政府関係者は、度々会談を行っていたが、近年話すことといえば、専らカゲネホワの話題であった。この国が、辺境の軍備を増強しているという情報によって、俄かにその議論は本格化した。加えて、大国バルシャンル、竝にカゲネホワ領と近く、次の侵略地と目されるホロジの他、八ヶ国による正式な会合が行われた。議論の末、これらの国家による、カゲネホワの抑え込みを目的とした連合が結成される。この他に、アセガノセや、ペネキマカレサウといった帝国も、それぞれ彼の国への対抗を目的とした外交関係の構築を行っていた。日本とは敵対関係にあったが、情報共有については合意している。
 生存条件を同じくする国家同士が、ここまで急速且つ緊密に結び付くのは、敵の侵略的姿勢からだけではない。次の二点が、事態を一層難解にしている為である。第一に、敵の国状把握が困難であることが挙げられる。生存条件を異にする惑星に対しては、諜報の手段が限定される。機器を用いた遠方からの観測は行えるが、間者を送り込むことが不可能であるために、取得し得る情報の精度は充分でない。仮に偵察機器を潜入させることに成功しても、言語や脳波が未解読であるために、行動の意図を読み取ることが出来ない。言語や脳波の解読は、全く不可能ではないが、同一生存条件の生命体に対して行うのとは、比にならない程効率が悪い。第二に、同様の理由で、当該国家との交渉を行うことが出来ない。両国の代表者が、同一の空間で顔を合わせることは、当然不可能である。以上の為に、敵の侵攻が、想定外のままに開始される懸念を拭うことが出来ない。
 また、自国の保全のみが、敵の伸張を抑止する理由の全てではない。同一生存条件の生命体の支配する惑星は、殆ど即座に移民可能な領域でもある。潜在的な支配目標とも換言してよいだろう。これを異分子に汚染されることは、円滑な領土拡張を志向する国家にとって、本意ではないのである。その為に、敵への対抗を目的とする会談の場に於いても、時として同盟国に対する野心を裏に孕んだ提案が行われる。連合に加盟する一部の国家は、この機に乗じてホロジを影響下に置かんとしている。“地理的に責任を有する”との理由から、バルシャンル一国の軍がホロジに駐屯し、同時にホロジ軍の指揮権を獲得するという案は、日本とオヌムによって封殺された。結局、ホロジには、加盟国が共同して防衛に当たることになった。緒戦の布陣についても議論が紛糾した。カゲネホワの主力と思われる兵器群が観測されるカゲー三惑星方面の先陣は、野心的な態度から顰蹙を買ったバルシャンルに押し付けられた。同時に、戦線放棄の懸念を払う為、後陣に三ヶ国の合同部隊が付くこととなった。
 長引いた会談も、ひとまず参加国間の妥結を以て終結し、開戦の日となった。無論、宣戦の布告はない。銀河の八方に散在する、連合支配下の、水を湛えた数百の星々から、千五百ちいほの宇宙機が、一つの引力に引かれるように進んでいく。本朝は申すに及ばず、遠く銀河の大帝国にも、未だ斯様な大軍勢を発こした例は無いように思われた。日本の主力は、カゲー八惑星方面から進軍する。宇宙機の軍勢は、敵の迎撃も無いままに、各々の目標とする地点に接近した。先陣を切った攻撃機が、電磁波爆弾を搭載した噴進弾を発射すると、それらが星を覆うように無数の爆発を見せる。次いで、囮の衛星を軌道上に侵入させる。これは、活動可能な敵の衛星と、地対宙兵器の位置を把握するためである。この囮衛星は、忽ち消失した。
 敵も我々の動きを察知したのであろう。未だ進軍の途上にあった軍勢に向かって、敵の宇宙機の猛撃が迫る。それを認めるや、我が軍も母艦より迎撃宇宙機を展開し、手向かった。両軍、無数の宇宙機が星間を埋め尽くすその様は、宛ら星雲の如く映じた。迎撃宇宙機は、先ず、電磁波兵器を搭載したものが前衛を形成し、敵の半数弱はこれらによる反撃の為に沈黙した。電磁波対策が奏功したのか、残存した敵兵が、我の前衛部隊を蹴散らしつつ進軍するのに向かって、超小型の宇宙機が、取り付く様に突進する。多くは敵の光線に討たれるが、残った機体は、その小躯より繰り出すか細い光線を以て、敵機に夥しい風穴を開ける。出力は極微弱であるが、数が揃えば充分な威力となる。瓦解した部隊に、尚も残った僅かな機体は、後衛の大型戦闘宇宙機の光線群が全て墜とした。
 快進撃のカゲー八方面部隊は、愈々惑星の最周縁の軌道に迫る。残存する敵衛星の座標は特定している。その射程に捕らわれる前に、宇宙機は再び噴進弾を発射した。更に畳みかけるように放った噴進弾は、瓦落多と化した敵衛星の合間を縫って、地表の地対宙兵器を目指すが、全て大気圏突入を待たずに迎撃された。この、敵ながら優秀な防御陣地に対して、日本の戦略決定機が採った戦略は、可能な限りの爆撃衛星を、軌道上に布陣させるというものであった。今回編成された爆撃衛星は、重装型であり、電磁波攻撃への耐性を備えている他、機体の急所については、高出力の光線にも耐え得る装甲が施されている。この重装備は、軌道に入って直ぐに貢献することになる。地対宙の攻撃のみならず、既に停止していた衛星より、数多の小型衛星、宇宙機が展開し、我々の爆撃衛星を襲った。更に地上より、恐らく製造されたばかりであろう兵器群が、日本の衛星の陣取る軌道に向けて増派される。対する我が軍も護衛用、戦闘・迎撃用の兵器を投入して応戦するが、主力兵器の損害は、看過し得ぬ規模であった。敵の部隊は、軌道上を高速で周回し、侵略者の背後を襲う。低高度の軌道上にある敵部隊が、下方に接近する度に、居合の様な戦闘が発生する。此れに地対宙光線砲の、天に遡る雷の如き猛撃を併せた十字砲火に、為す術はなかった。
 戦略決定機は、軌道上に部隊を投入するのを止めた。既存の軌道上部隊は、可能な限り離脱させた。代わりに、軌道外から、今一度、噴進弾による電磁波攻撃を行った。中継地の兵器廠は健在である。補給に滞りはなく、恐らく生産力は劣っていない。補充部隊が到着すると、即座に軌道への侵攻を再開した。今度は軌道上の宇宙機群が手薄である。疾うに補足している地上兵器は、究極の高地より悠々と爆撃し、破壊した。地上より放たれる増援部隊も、制宙権を確保した皇軍の前に敵ではなかった。戦局は、完全に優勢となった。
 軌道上に、観測・発電他、支援用の目的衛星を投入し、地上制圧に向けて、陸上・航空兵器の投下を行わんとしていた、その矢先の事である。彼方より、宇宙機の大群が、津波の如く攻め寄せてくるのを、複数の衛星が観測した。機体は、いずれの同盟国兵器の特徴も示してはいない。その増援部隊は、四光月程度離れたロミハイ二惑星方面より到来したと計算される。該惑星攻略部隊の中心は、バルシャンル軍である。
 大局的に想定外の事態は、本国の兵部省に伝えられる。電波を通じて奏せられたかえりごとには、上述した以上の情報はない。戦略決定機は、あくまでも観測した事実のみを報告する。作戦決定に関わらない推測は、その役目ではない。この事実が何を意味するのかは、人間の判断に委ねられる。兵部卿は、即座に太政官の召集を求めた。バルシャンルへの再三の報告要求にも関わらず、彼の政府は沈黙を続けていた。然る官人は、バルシャンルの離叛を疑い、辺境の防衛に注力することを主張した。またある者は、バルシャンルへの侵攻を主張した。結局、震旦の故事を引用して早計を諫めた治部大輔の一言が、議論の方向を決した。
 兵部省は、戦略決定機に新たな指示を与えた。即ち、その担当戦域をロミハイ二惑星まで拡大することである。考慮すべき事項の増加は、計算速度の低下をもたらす。また、その分だけ、各戦線に割くべき資源も分散される。後は、戦略決定機の力量に委ねられた。官人は、ただ事の次第を注視するほかなかった。
 数時間が経とうとしている。カゲー八では、後詰の部隊との応戦が続けられていた。その中で、敵の地上施設は俄かにその生産力を取り戻し、二正面から侵略者を苦しめた。それと時を同じくして、兵部省に新たな情報が入った。ロミハイ二惑星付近に、軌道を停止したバルシャンル軍の大部隊が観測されたのである。その量から判断するに、当該戦線の部隊は全滅に近い。彼の政府は、大敗の事実を隠蔽していたのであろう。無論、これは盟約に違反する行為であり、非難に値するが、今はその時ではなかった。
 この惑星に近いロミハイ六惑星では、日本をはじめ四ヶ国が戦闘を行っていた。その内、日本の部隊だけが、突如として戦線を離れたのである。彼らが向かった先は、ロミハイ二惑星であった。惑星は、カゲー八の救援の為に、守備兵が希薄になっていた。それを、戦線を離脱した僅かな手勢が攻略した。町という町は、無尽蔵に湧出する小型無人機の大群によって占領された。既存の生産力は、完全にその機能を失い、八方から町を覆う様に向けられた光線銃の銃口は、あらゆる反抗を許さなかった。一方で、武器を取らない限りは、住民は普段の生活を続けることができた。
 平定した惑星は、それ全体が占領者の基地となる。生産機械が搬入され、現地の資源は、軍需製品の生産の為に利用された。新造された大部隊は、二つの方面に向けられた。一方は、前に放棄した戦線へ復帰した。他方は、カゲー八で奮戦していた敵勢の背後を突いた。この奇襲により、先に同じ進路を進んでいた、謂わば腹違いの兄たる敵の後詰部隊は、徐々に態勢を崩し、やがて壊滅した。主要な二つの惑星を失ったカゲネホワの敗戦は、殆ど決定的なものとなった。他の三つの戦線からも、同盟軍の勝利の報が届いた。数日後、最後に残った恒星付近の拠点が陥落すると、戦略決定機は全ての任務の完了を報告した。
 参加した八ヶ国の代表が、画面越しに顔を合わせた。議題は、占領地の分配についてである。旧カゲネホワ領の一部は、アセガノセ、ペネキマカレサウ等も占領しており、その残りの天体が対象であった。開口一番に発せられたのは、バルシャンルへの非難であった。彼らの情報隠蔽が、周辺戦域に与えた損害は軽視し得ない。他の七ヶ国の総意によって、バルシャンルの獲得した領土は、切り取った土地の半数強まで縮小された。バルシャンルは、日本のロミハイ六惑星戦線の放棄についても、同様の罪であると非難した。しかし、カゲー八惑星の救援の為にやむを得なかったこと、これによる周辺戦域の損失はなく、むしろ戦況を好転せしめたことから、他に非難する国家はなかった。斯くして、旧領の大半は、日本とオヌムの二ヶ国が分割する形となった。また、主戦場として甚大な被害を被ったホロジの復興にも、この二ヶ国が中心となって携わることになる。産業基盤の再建には、日本の資本が関与し、兵器の三割はオヌム製となった。
 恐怖に怯える日々は去った。終戦から数ヶ月後からは、漸次各惑星に浄化装置が送られ、汚染された土地は、美しい水の惑星へと変貌していった。数年後には、地球産の植物が生い茂り、静かな緑の大地が生まれた。新たに移り住んだ人々は、この快適な空間での生活を謳歌している。
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