すこし未来の、ほかの地球で。

noriko

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約束と運命の鎖

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彼等――施設の子ども達は、思いの外僕を警戒したり、怖がったりはしなかった。
「考えてみたら、みんな裏天使だもんな……」
杏奈みたいに、家庭の事情で裏天使の住む地域にいられない子が多いからなのか、それとも東さんや佳代さんの努力の甲斐あってのことなのか、それはわからないけれど。
僕は大きな浴場に、男の子たちと入った。
僕が今までで見た中で一番大きな、河闇家の特別来客用浴場の倍くらいの大きさがあった。
その広さも、彼等にとっては、動き回るのに窮屈な空間だったようだ。
指を組んで、水鉄砲を飛ばしてやると喜んだ。
誰が一番長く潜れるかとか、誰が一番に体を洗えるかとか、そんな競争も毎日しているらしい。
普段はこの役目は東さんで、彼等は東さんと過ごすこの時間が大好きだと口をそろえて言った。
そして、僕といてもなかなか楽しかった、とも。


風呂から上がると、東さんが寝室に布団を敷き並べていて、男の子達は髪の毛も乾ききらないまま布団へと飛び込んでいった。
風邪を引くから、と東さんと二人で髪の毛を乾かして、全員が眠りについた頃を見計らって電気を消した。
「早いですね、眠るの」
「遊びたいだけ遊ぶからな、こいつら」
暗闇の中でよく見えないが、優しい微笑みを浮かべる東さんの姿が容易く想像できた。
「じゃあ、俺は風呂はいるから、先に部屋戻ってな。三階の奥の部屋だ。わかるな?」
「あ、はい……わかりました」


◇◆◇


子どもたちのいる二階から、三階の部屋へ移動した。
僕の荷物は佳代さんが既にこの部屋に運んで、ベッドの脇にまとめてくれていた。
広々とした部屋には、大きめのベッドが二つ、対称に並べられていた。
ドアの対面には大きな窓があり、柔らかな月明かりが差し込んでいた。
「なんか、電気点けるのがもったいないなあ」
星が綺麗だった。
夜でも明かりの消えることのない中央では見ることの出来なかった光景を、本能的に目に焼き付けようと窓から身を乗り出した。
八月。
気温が高いと言われる南西部で、さらに暑さの最盛期であるこの時期の昼間は、激しく日光が照りつけ、じりじりと肌を焼かれるようだった。
しかし、今はだいたい午後九時。
太陽が沈み数時間が経った今、僕の頬を涼しい風がかすめていく。
暑くもなく、寒くもない。
乾燥も湿気もない。
南西部の夜は静かで、穏やかだった。


「誰かに伝えたいな……あ、そうだ」
そういえば、あれから大助に一度も連絡していない。
こまめに電話を入れろと言われていたのだが……。
慌てて鞄から携帯を取り出し、サブディスプレイを見ると、サイドの赤いランプが点滅していた。
着信7件。開いて詳しく見ると、大助から一時間置きに連絡があったようだ。
まったく気づかなかった。
「なんて言おう……ああ、どうしよう」
謝罪の言葉を考えながら、通話ボタンを押すのを躊躇っていると、急に電話が震えだした。
「! ……びっくりした」
ディスプレイには「大助」と記されている。
とりあえず落ち着こうと深呼吸を二回ほどしてから、おそるおそる携帯を耳に近づけた。


「……もしもし、大助?」
『……あー、やっとつながった』
呆れているのか、力の抜けたような声だった。
「ごめん、なんか全く気付かなくて」
『気にすんな、連絡がとれれば良いんだから』
どうやら、怒ってはいないようだった。
僕はほっと胸をなで下ろした。
「そうだ、えっと……杏奈ちゃんに会えたよ」
『なんだ、もう会えたんだ。それで連絡の暇がなかったんだな』
意外とあっさりと納得されてしまった。
だだっ広い南西部の中から、1日で探せたのに……。
もうすこし褒めてほしかった。


「うん……そういうことにしておいて」
受話器の向こうからは、気さくな彼の笑い声が聞こえた。
『とにかくよかった、あんたも元気みたいだし、杏奈ちゃんも早めに見つかって』
「そうだね……」
ただ、僕は彼女を連れて帰っていいのか。
僕が彼女に正体を明かせば良いのだが、……それも躊躇われた。
なんてったって、僕には彼女との記憶はない。
正体を明かしたところで、彼女と会ったその『僕』であることは出来ないのだ……。
『民人君、元気ないな……どうした?』
大助が静かに尋ねた。


「いきなりどうしたの、僕は元気だよ」
『わかるよ俺には。なんか困ったことでもあったんだろ? そういうとき、返事が適当になる』
彼は、こういう事には特に鋭かった。
その勢いに怯んでしまったが、僕もなかなか頑固なもので、本当の事は言いたくなかった。
「そ……そんなことないよ」
『杏奈ちゃんの事か、施設のことでなにかあった……ちがうか?』
でも、彼にはかなわない。
「……」
『そうなんだな?』
「……うん」
溜め込む所は変わってねえな――盛大なため息とともに、そんな呟きが聞こえてきた。
「杏奈ちゃん、僕のしてるネックレスの、色違い……いや、正確に言えば対になってるのを持っていたんだ」
『……それで?』
「彼女はそのネックレスを一緒に作った相手に、迎えに来てもらうことを約束されてたって言ってた。青い髪の、僕に似た顔の人に」
しばらくの沈黙……その後に、大助が幾分かゆっくりと、呟くように言った。
『……それ、もしかして』


「もしかしなくても、僕……だよね。でも大助、『過去の僕』と今の僕は、同じ人物っていえるの?」
記憶もなくして、
名前も変わって、
性格も……変わったらしい。
『……それでも、ぜんぜん変わってたって、あんたなんだ』
僕の心の中を全て見透かされたようだった。
『人はさ、記憶とかそういうの関係ナシでも、変わるんじゃないかな。まわりの環境が変わったり、なにか大きなキッカケがあったり』
「それでもっ……」
これは、僕だけがよければそれでいい問題ではなかった。
「それでも、僕は彼女のこと、覚えていないんだ……それが、申し訳なくて……」
受話器から、小さなため息が漏れた。
『……これから先、仮に突然姿を消して、しばらくして戻ってきたあんたが、もう一度記憶を失っていたとする』
「……?」
彼は、優しい声で続けた。
『目の前のあんたが、俺や千菜様のこと、全部忘れちゃうとする』
……それはもう既に、僕が彼らに経験させていること、なのだろう。
彼らは、否定するけれど。


『それでも俺たちは、あんたが無事だっただけで、嬉しいと思うぜ』
――本当に?
『忘れちゃったって、また一から築き直せばいい。そりゃ確かにショックかもしれないけど、俺たちには、まだ時間がある』
―― 一から、築き直せばいい。
   過去なんて気にしなくて良い、今が楽しければいい。
4年前、「アサクラミント」が初めて彼に会ったとき、僕に言ってくれた言葉だった。
「――ごめん、大助……千菜様」
『どうして謝る? もしもの話だってば』
「……そうだね、ありがとう」
彼は、受話器の向こうで照れくさそうに笑った。
『まあ……今の話は軽く流してくれて良いや。ともかく、最終的な判断は全部あんたに任せる。あんたと彼女の話も、な』
「……うん」
なんだかとても、心が軽くなった。
反面、甘えてばかりの自分に嫌気がさした。
彼は僕に任せると言ってくれた。
千菜様も優しいから、僕が1人で帰ってきても、何も言わないだろう。


それでも――このままじゃ、いけないんだ。
「絶対、杏奈ちゃんと2人で……中央に帰るよ」
千菜様から頂いた、初めての頼み事。
甘えてばかりじゃいけないんだ。
『そっか』
彼の声は、とても優しかった。
外を見ると、町の灯りはだんだんと消えていき、変わりに夜空にはたくさんの星が浮かんでいた。
「南西部は、すごくいいところだよ。人もすごく優しい。杏奈ちゃん、きっとここで育ったのは良い経験になったと思う。……千菜様にも、伝えておいて」
『了解。じゃあ、無事でな』
「大助こそ」
電源ボタンを押して、携帯を閉じる。


「僕は僕、か……」
ベッドに仰向けになって倒れる。
それと同時に、ノックが聞こえた。
「電話、終わったか」
「東さん……まさか、外で待たせてましたか?」
彼は気にするな、と言って部屋に対称に置かれたベッドに腰掛けた。
「すいません……あ、もしかして話、聞いてました?」
はた、と気づいて飛び起きる。
東さんは、なんとも微妙な表情を浮かべていた。
「目は閉じられても、耳は完璧にはふさげない」
聞きたくて聞いた訳じゃないってことか。
それにしても、千菜様の名前をホイホイ出すなんて、僕って本当に馬鹿だ。
飽くまでも僕個人の行動として、と言われたのに……。
「そう心配するなよ。誰にも言わないから」
「ごめんなさい……騙すつもりじゃなかったんです。半分はほんとに、僕の意志で……」
「あー、だからいいって」
彼は顔をしかめて、言葉を遮った。
「お前がどっか抜けてるしナヨナヨしてるのもわかってる、けど良い奴ってのもよくわかってるから」
「東さん……僕も、東さんが素直じゃないけど優しいってよくわかりました」
「付き合い浅いくせに……余計なお世話だ」
彼はどこか、恥ずかしそうに笑った。
「それはお互い様でしょう」
「まあ……そうなるか」
「え……」
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