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5話:朝の一幕

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 翌朝。目が覚めたオリビアは布団の中で伸びをした。
 美しい銀髪がシーツの上を流れ、彼女の愛らしい容姿を彩っている。
 紅の瞳を瞬かせ、くゆぅ、と小さくアクビ。
 ゆっくりと隣を見るが、しかしそこには既に誰もおらず、いつもの事ながら少し寂しいと感じてしまう。

 昨晩も彼女は夜遅くまで悶々もんもんとしており、仕方なく眠るノアの真横で声を押し殺しながら自分を慰めていた。
 それをうなされていると勘違いした彼に声をかけられた時は、恥ずかしさで顔から火が出る思いだったが。
 羞恥と共に彼の優しさを思い出し、もぞもぞと身悶みもだえする。

 すっぽりと布団の中に隠れると、まだ彼の匂いと温かみが残っていた。
 その事に動悸が高まる。若い身体が疼く。情欲が湧き上がってくる。
 駄目だ。もしかしたらノアが戻って来るかもしれない。けれど、抑えることが出来ない。
 オリビアの細くしなやかな指は、そろりそろりと彼女の秘部へと向かっていく。
 ほんの少し触れただけで身体がびくりと跳ね上がり、そこからはもう指を止められない。
 昨晩の行為を再現するかのように、オリビアは朝から自身の体を慰めていった。

〇〇〇〇〇〇〇〇

 時は同じく、所変わって冒険者ギルドの裏手にある広場。
 各々が好きなように使用していいとされるその場所で、ノアは隅の方で獲物を振るっていた。
 リボルバーの先端が長い刀身となっている武器、ガンブレイド。
 実用はおろか取り回すのさえ難しい形状のそれを手に、ノアは流麗に舞う。

 右から左へ、下から上へ。
 その動き、その剣の軌道から対人戦を意識しているのが伝わってくる。
 くるり。回っては刀身が閃き、引き金を引く度に撃鉄がガチリと鳴る。
 薙ぎ払い、斬り降ろし、突き立てる。その動作によどみも躊躇ためらいも無い。
 如何にして敵を打倒するか。その為に練り上げられた動作はもはや芸術のようだった。

 激しい運動に汗を流すことも無く、平然とした様子で武器を背負ったホルダーへと戻す。
 そんな彼を遠巻きに見ていた他の冒険者達やギルド職員は、いつの間にか彼に見とれていた事に気が付き、我に返った。
 その中の一人、昨日受付カウンターに立っていた女性が歩み寄る。
 手には書類。ドラゴンの買取額の査定が終了したのだろう。
 ニコニコと朗らかな笑顔で近付く彼女に、ノアは不思議そうな顔を向けた。

「ノアさーん! ……あれ、オリビアさんはいないんですか?」
「まだ宿にいる。それより、何かあったか?」
「査定が完了したので書類をお持ちしました! ノアさん、凄いお金持ちですよ!」

 受け取った書類に目を通すと、総額で金貨百枚。
 金貨一枚の価値は、稼ぎの良い仕事に就いている者が三、四年かけて稼げる額だ。
 それが百枚。確かに大金ではある。
 しかしノアは同時もせず、いつも通りの無骨な表情で言った。

「分かった。じゃあいつものように手続きをしてくれ」
「え、あの……本当に良いんですか? いつも報酬をほぼ全額教会に寄付してますけど、今回は桁が違いますよ?」
「いいんだ。オリビアがそれを望んでいる」
「またオリビアさんですか……」

 冒険者として稼いだ報酬。そこから必要経費としばらく分の生活費を除いた額を、彼らは毎回王都にある大聖堂へ寄付していた。
 それはオリビアの願いであり、引いてはノアの願いでもある。
 孤児院を兼ねている教会に寄付をする事で、一人でも多くの子ども達を救いたい。
 それが聖女オリビアが冒険者となった理由である。

 という建前で。
 実際の所はお金が貯まってしまうと、ノアが冒険者をやる理由が無くなってしまう。
 つまりは共に旅をする事が出来なくなってしまうのだ。それだけは避けねばならない。
 聖女オリビアの心中にはそんな打算も存在していた。
 無論、建前も真実ではあるが、己の欲望が混じっている事も事実。
 恋する乙女はどこまでもしたたかなのだ。

「手元に金貨一枚残れば十分だ。残りは頼む」
「はぁ……では書類を作成するので、サインをお願いしますね」
「分かった。ギルドに向かおう」

 無表情に告げ、ノアは受付嬢と共に冒険者ギルドへと向かった。

〇〇〇〇〇〇〇〇

 オリビアが身を拭き清めてから冒険者ギルドへ向かうと、案の定ノアはそこに居た。
 彼の姿に気恥しさを覚え、顔が熱くなる。
 ともあれ合流して朝食を、と思い声を掛けようとした所で。

「オリビア、この書類なんだが」

 振り返ることも無く、いきなり話しかけられた。
 これもいつもの事。オリビアが傍に居るかどうかが彼には分かるらしい。
 理由は本人にも分からないと言っていたが、今のところその勘が外れたことは一度もない。
 その事を嬉しく思いながら、オリビアは言われた書類に目を通した。
 ドラゴンの買取査定額が金額百枚。そのうち一枚を残し、あとは全額を王都の教会に寄付するというもの。
 我がことながらおかしな方針だと内心で苦笑いをしつつ、書面に問題がない事を確認してサインした。

「はい、問題ありません。よろしくお願いします」
「受け付けました……お二人は本当に変わっていますね」
「これも女神クラウディア様の教えですから」

 オリビアがにっこりと微笑むと、ノアの心は春の陽射しを受けたように暖かみを感じた。
 やはり彼女の存在は尊い。自身の全てを賭してでも守りたいと、改めて強く思う。
 その為にも、もっと強くならねばならない。
 何があっても彼女を守れるよう、多方面に対して学ばなければと。

 改めて決意を固めるノアの心など知らず、オリビアは心の内で朝食に何を食べるかを真剣に悩んでいた。
 何とも欲に忠実であるが、その外面は何処から見ても聖女に相応しいたたずまいだった。
 
 
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